67 ようこそとさようなら
風の月、風の週、土の日
もうすぐ今年も終わる。そんな時期になった。
レーリックおじさんやソフィー、友人たちと別れてからは、気持ちを入れ替えて精力的に動いている。
久しぶりにオークを狩りに行った時の違和感は忘れられない。オークの数が増えていると俺は思った。だけど、ちょくちょく行ってる人達はそんな事感じてなかったようだし、ギルドでも特にそういう話は聞いてないと言われた。
俺が1つの仮説を立ててガリックスさんと話すと、本当にそうならまずい。と色々と狩りにいった人に事情を聞いてまわったりしている。
仮説と言っても単純な話で、ほんの少しずつ増えていけばそれほど気にならないんじゃないか? って事だ。それに時間を空けてオーク狩りに行くなんて人はほとんどいない。だから俺みたいに2か月近く行ってなかった。なんて人間が行けば明らかな違和感として感じ取れたということだと思ったのだ。
そして、ガリックスさんが調べてくれた結果、やはり増えているだろうという結論に達した。冒険者達には注意が呼びかけられた。暴走の足音が近づいてくるのを感じる情報だった。
錬金術で出来上がった小型の魔法銃、デリンジャーは成長させている。
魔石はいくら観察しても名前が浮かばないので仮に錬金魔石プラス1と名前をつけてみた。最初はただのゴブリンの魔石とゴブリンの魔石しか錬金できなかった。それを何度も繰り返した結果プラス1同士でも錬金ができるようになり、錬金魔石プラス2にパワーアップした。500以上の魔石を使う事で錬金魔石プラス7まで持ってくることができた。
デリンジャーに使われていた錬金魔石はプラス1だったので、錬金魔石プラス1を使う事で成長する。それを繰り返してこちらもプラス7相当にまで持って来てある。だけど8にするには熟練度が足りないらしくできていない。
威力は上がってきてるけど微妙な感じだ。プラス7相当でも2、3発頭に撃ちこまないとゴブリンが倒せないくらいの強さしかない。最初の頃の何発撃っても倒せる気がしないよりはずっと成長したと思うけれどもね!
いい面としては、使う魔力量が極端に少ないという事だろうか。確かに2、3発撃ちこまないといけないけれど、それでも俺がマジックアローで倒すよりは低コストだ。
悪い面は、威力が低い、威力の調節ができない、直線しか撃てない。といったところだろうか? この威力だと調節もなにもないと思うけれどもね。武器を持たないといけないってのも悪いと言えば悪いのだろうけど、普通は武器は手に持つものだしね。魔法使いだって杖を持つし……。そう考えれば俺のこの意見は異端と言えると思う。
そういえばポーションを納品に行った時にマリーナ義姉さんが妊娠したって聞かされた。体調も体型も今はまだ変わって見えないけど確からしい。体調の不良とかあって仕事に支障がでそうなら助けてほしいと母さんにお願いされた。そういうことならとお願いを受けた。マリーナ義姉さんはだんだん当たりも柔らかくなってきている。商売以外の事にも目を向けているからだと思う。
ただ、妊娠おめでとうございます。って言った時の、ありがとう。がなんとなく影があったのは気のせいだろうか……。
精力的に動いてるといえばそうなんだけど、前はずっとこんなもんだったはずなのだ。周りの人はようやくユリトが元に戻ったと安心してた。俺が遊んでいるとすっごい心配になるとか俺はどれだけ働いてるイメージがあるんだよ! って突っ込みたくなったけど、実際無の日以外は仕事ばっかりだったので突っ込めなかった。休みの日は錬金術を集中的にやってるだけだしなぁ。
こうしてついに約束の日がやってきた。我が家に2人の使用人がやってきたのだ!
「初めましてユリト様。私はグレンと言います。よろしくお願いします」
グレンさんは見た目50前後くらいに見える白髪交じりの紳士だ。何このオジサマかっこいいよ!
「初めましてユリト君。私はポーラ。よろしくね」
ポーラさんは20代くらいに見える女性だ。ただ、ものすごい違和感がある。きれいな人なんだけどとんでもなく強い気配がするし、見た目の年齢じゃ測れないものを感じるので高位の魔法使いなのかもしれない。
そして何より、この2人の印象を強くするのは騎士2人の態度だ。すっごいビビってる気がする。
「グレン様にポーラ様までこちらにやってきたのですか!?」
驚きの声を上げたのはアルムさんだ。って様付けってどういうことですか? 使用人ですよね? ポーラさんはそういう感じには見えないけどさ。
「レーリックのお気に入りっていうから、どんな子か気になって来ちゃったわ。私とグレンなら完璧でしょ?」
「完璧というよりも過剰戦力ですよ……。城からも含めて相当反対意見があったと思うのですが……」
「私がお願いすれば一発よ」
「ポーラの場合お願いを拒否されたら、魔法を一発で押し通るじゃありませんか」
「だからお願いで通るのでしょ」
次元の違う話をしていると思った。城からの反対意見を一発で吹き飛ばすとかどういうことですか? レーリックおじさんは何を思ってこの人達を送り込んできたのでしょうか?
「あのザムさん。あの人たちはいったいどういう人たちなんですか?」
「俺に聞くな。本人に聞いてくれ。俺はここから逃げたい」
ザムさんの様子がなんかすっごい変です! いや、本当にこの人たちはいったいなんなのだろうか……。
「えっと、すみません。ユリトです。よろしくお願いします。それでその……、アルムさんとザムさんの態度が普通ではないので説明していただけると助かるのですが……」
「レーリックをおじさん呼ばわりするんだから、私の事はポーラお姉さんって呼んでいいのよ?」
「ちなみにポーラは私の妻でレーリック様と同じ歳ですので、気を付けてくださいませ」
何やら驚きの情報が投下された訳ですけど、何に気を付ければいいんですか!? 俺の嫁に手を出すなって事ですか? それとも年齢は高いから色々気を付けろって事ですか?
「え? いくら魔力が多くてもこんな若い状態でいられるものなの? っていうか夫婦なの!?」
「ポーラお姉さんって呼んでね。レーリックは確かに同い年よ。外見に関しては魔力S持ちで若いうちにレベル上げると外見は変わらなくなる人間もいるのよ。それが私って事。それでも今までの人達を見てると寿命は200くらいだけどね」
「その見た目で200年生きるって詐欺じゃないですか。 ポーラ姉さん」
「見た目の年齢詐欺なんていくらでもいるからいいじゃない。それがちょっとすごいだけだし」
「いや、ちょっとって……」
「それでグレンとは夫婦なの。グレンがまだヤンチャな頃から面倒見てあげててそのままお付き合いしてるの」
「グレンさんがヤンチャって……」
もう何を言っていいのかわからない。この紳士然とした人のヤンチャな頃っていったい何をしてたんだろうか?
「お恥ずかしい限りですが、昔は冒険者として少々仕事をしておりましたので、その頃の話にございます」
「冒険者として少々仕事って……。それがSランクパーティの2人組が言う事かよ……」
「へ?」
ザムさんの一言で思考が停止する。目の前にいる人はSランク? 2人組って事はポーラさんも? え? あ? うそ?
「元でございます。それをいったらポーラなどSランクパーティに2度所属している訳ですし」
「私とレーリックの2人で火力はすごかったし、他もすごかったわねぇ」
「どうしてそんな人達がここにおいでになったのでしょうか?」
もう訳がわからないよ! そんな人達ならお城とかで働こうよ! いや働いてたのか? だったらなんでこっちに来たのさ!
「レーリックをおじさん呼ばわりする子が気になったからよ。それにそろそろあの場所も飽きたし」
「レーリック様が最高の人材をとおっしゃいましたので、立候補させていただきました。レーリック様のあの慌てる様は見ものでございました」
飽きたとか言って来ちゃうポーラ姉さんもポーラ姉さんだけど、グレンさんもただの紳士じゃないみたいだね!
「ユリト……。がんばれよ」
ザムさんの一言にどう返せばいいのかわからなかった。
「何はともあれ、仕事はきっちりこなすから安心なさい」
うん……、とりあえずしっかり仕事はしてくれるらしいので安心です。……お願いしたら暴走が起こった時に力を貸してもらえるだろうか?
使用人の2人がやってきたといことは騎士の2人、アルムさんとザムさんが帰るということでもある。その日のうちに乗せてもらえる馬車を探しに行き、2日後の馬車にのせてもらえることになった。
でも、実はこの馬車が出る事を俺は知っていたのだ。それは少し前にアーサー君達がこの馬車に乗って王都に向かう事になったというのを聞いていたからだ。
知ってて教えなかったのかと言われたんだけど、アーサー君達が今は6人で組んでて、更に4人の別の人達と移動すると聞いていたのでさすがにもう空きがないと思っていたのだ。この4人は王都で大型パーティに入っていて、アーサー君達を誘ったらしい。
大型パーティは特に規定がある訳でなく、人数が多くなってパーティ内でグループを作ってグループ事で別行動するようなパーティは自然とそう呼ばれる事になる。
そして当日の朝になった。出発場所はいつも通りの北門だ。アルムさんとザムさんは昨日の夜に十分にお礼もして、ポーションも渡しておいた。ここに来るまでも話をして最後の挨拶はすんでる。そうするとメインはアーサー君達との挨拶になる。とはいえお別れ会はしてあるんだけどね。
「アーサー君おはよ。調子はどう?」
「ユリトさん、おはよう。調子はいいよ。眠そうにしてるのもいるけどね」
「それは僕の事? はふぅ……、おはよユリト」
「おはよアルタ。だいぶ眠そうだね。いくら護衛依頼じゃないからって気を抜き過ぎなんじゃない? これから外に出るんだよ」
「平気平気、出るまでにはしっかりするからさ。それに人も多いしなんとかなるって」
確かに人は多い。今回馬車に乗せてもらう人はすべて戦力として数えられる人ばかりだ。アーサー君達ですらこの辺りでは十分な戦力になる。そこに4人グループに騎士2人。ありえないほどの戦力になってる。
「確かにアーサー君達の方も10人全員が冒険者だし、後の2人は騎士だから旅の安全は確実なものだろうとは思うけどもね」
「え? 騎士2人ってマジで? うわ……大丈夫かな」
「大丈夫だよ。2人ともしばらくうちで暮らしてた人でお堅い騎士様って人達じゃないからね」
「騎士様と同じ家で暮らすってどういうことさ……。あ、アーサー。みんなが呼んでるっていうの忘れてた」
「アルタ……。そういうのは早く言ってほしかったよ。それじゃあユリトさん。今までありがとうございました。このご恩は忘れません」
「気にしないくていいよ。俺も誰かと組んで行動するのって楽しいなって思ってたからありがたかったよ。活躍と無事を祈ってるよ」
「ありがとうございます!」
そういってアーサー君はみんなの所へと行った。他の子らは個別の挨拶には来ないらしい。ちょっと前にどんちゃん騒ぎしたから十分と言えば十分ではあるけどね。
「みんな挨拶しにくればいいのにって思うんだけどね。僕がユリト担当みたいになっちゃったから、今更挨拶するのもって言ってたよ」
「あれだけ騒いだしね。また別れの挨拶すると変な感じなのかもね。それに、みんなに囲まれるのも正直勘弁願いたいかな。あの美少女達の中に入るのは凡人にはきついよ」
「ユリトも悪くないと思うけど、比較対象が悪いからね。ユリトはやっぱり出て行く気ないんだ」
「まったくないね。あったらすでに行ってるよ」
行く気があったらレーリックおじさん達と一緒に行ってるだろうしね。錬金術使うには最高の環境になるだろうしね。それを蹴ってまでここにいるのだ。よっぽどの事がない限りこの町を出る事はないだろう。
「残念。こっち方面に来ることがあるかわからないし、これで最後かな……」
「冒険者なんてそんなもんだよ。そもそも命がけの仕事なんだから」
「確かにね。死なないよにがんばらないとね。命あっての物種だからね」
「そう言う事。ほらこれ上げるからしっかりね」
アルムさんとザムさんにもあげたいつものポーション詰め合わせセットだ。このポーションは俺にトラブルを招くことがよくあるが、渡された方は無事にやってるみたいなので願掛けみたいなものになっている。
ソフィー達が王都に行ったし、もうたぶんポーション関係のトラブルは起こらないよね……?
暴走の後の事は考えたくないね! また缶詰めとかになりそうな気がするよ!
「ユリト謹製ポーションだね。ありがたくもらっておくよ。それじゃそろそろ時間だから行くね」
「元気でな。また会えると嬉しいよ」
「僕もまた会えたらいいなって思うよ。ユリトが僕のお仲間じゃなかったのは残念だったけど、それでも楽しかった。昔の友達に会えたみたいでなんか嬉しかったよ。それじゃあね!」
最後の言葉の後で、小さな声でなにか呟いたような気がしたが俺には聞き取ることができなかった。
そして、新しくできた友人たちと短い時間だけどお世話になった騎士の2人が旅立っていった。安全な旅になりますように。そしていつまでも無事でいてくれますように……。
今年も後少し残っているけど、出会いも別れも色々なことがあった。来年は……、暴走が起こる事への備えと対策ってことになるのかな? 静かな日常が戻ってくるのはもう少し先の話みたいだ。




