58 決意
家に帰るとシーラからアレックさんがいつでもいいから来てほしいと連絡があった事を聞いた。まずい事になりかねないからと、ソフィーに知恵の輪を作らないように言っておき、家に会った知恵の輪全部回収してからアレックさんの所へと向かった。
そして現在、確認の儀を終わったところだ。アレックさんの要件聞くと面倒事だろうから先にこっちの要件をすますようにお願いしたのだ。
「先に確認の儀をして解除覚えてるかどうか調べてくれって言われた時は何を言ってるのか? と思ったけど確かに解除を覚えてるね。完全にシーフだよ」
「やっぱり覚えてたんですね……。これよろしくお願いします」
俺はそう言って知恵の輪を入れた箱をアレックさんに渡した。渡した中身を見て驚いてる。
「これって前にみせてくれたものだよね? これで覚えたのかい?」
「そうみたいです。実は今日、新人冒険者のアシストしてたんですが、シーフの子にこれ渡したらこれで解除覚えられるって言われまして……。アレックさんからの伝言聞いたってのもあったんですけど、急いで来ました」
「そのシーフの子も興味深いけど確かにこんなもので解除が覚えられるならまずい事になる。誰かに渡したりはしたかい?」
「シーフの子からは回収しましたし、他では誰にも渡してません。ソフィーにも作らないように言ってありますし、誰かに渡したか聞いたら渡してないって言ってましたから大丈夫だと思います」
「それならいいのだけれどね。それでなくても仕事が増えたのにまた増えるところだったよ」
疲れた表情でそんな事をいう。増えた仕事ってのはたぶんオーランドさんの話した事だよね。
「オーランドさんが昨日、家に来ました。それに関係してって事でいいんですか?」
アレックさんは深いため息を吐いて話し始めた。
「まさしく、その事に関係してだね。まずは謝ろう。本当に申し訳なかった」
「アレックさんが謝る事じゃないですし、それにアレックさんの素性もちゃんと教えてもらってないです。想像はできますけどそれじゃ変な勘違いするかもしれませんから教えてもらってもいいですか? アレックさんが本当はどんな人なのか」
しばらく沈黙が続いた。目を閉じて何かを考えてる。ここまで来てどこまで話すかとか考えてるのかな? それともこれまでの事を思い出してるのか。俺はアレックさんの返事を待った。
「できれば、知られたくはなかったんだがね。ソフィーをユリト君に紹介すると決めた時から知られる覚悟はしていたつもりだったけど、いざとなるとね。私は教会の人間でこの町に修行の一環で来て、それから住み着いてるのは事実だ。ただ、生まれが先代王の8番目の子供で、今の国王の大分歳の離れた弟でもある。8番目だし比較的自由にさせてもらっていてね。光属性持ちだったから教会に入れられ、将来は教会の中でもそれなりの発言力を持つ立場になる事が約束されていたんだよ。ユリト君のおかげでやりたくもない権力争いから逃げ出せて感謝しているんだ。今回の事で君に大きな迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない」
本当に申し訳なさそうに謝罪してくれてるけどアレックさんが悪い訳じゃない。むしろまったく関係ないと思ってる。それなのに謝罪されるのもちょっと困る。
「さっきも言いましたけどアレックさんが謝る事じゃないので本当に気にしないでください。むしろ離れた所にいる兄の息子なんて他人みたいなもんじゃないですか。それともその第3王子でしたっけ? アレックさんは親しくしてるんですか?」
「実は1度もあった事がない。王族でありながら権力から逃げてる私の話は王族の中じゃ有名な話でそれをダシにして話をしてたとは手紙に書いてあったけどね……」
「それならやっぱりアレックさんは関係ないですよ。それで聞きたいんですけど、これからアレック様って呼んだ方がいいですか?」
「ユリト君から様付けされると鳥肌たつからやめてほしい。今まで通りでいいよ。難しいかもしれないけれどね」
そういって寂しそうな顔をするアレックさん。本来なら王族なんてわかったら態度を変えなきゃいけないとは思うんだけど……ねぇ?
「今まで通りでいいなら助かります。教会のおじさんが王族でしたとか言われてもどうすればいいのかわかりませんし」
「そう言ってくれると助かるよ。さて、ここから本題に入るけどいいかな?」
「その前にミュースさんに手紙出したりできませんか? 今はまだ何書けばいいかわからないですけど、何か書いて送りたいんです。今までの感謝とかそういう事」
「申し訳ないけどそれは無理だね。王宮に手紙を送るとすべて検閲が入る。貴族だろうが平民だろうがそれは変わらない。そして業務以外の物はほとんどすべて廃棄させる。伝える必要があるものでも手紙を直接渡すのではなく、要約したものを渡したり口頭で伝えたりするんだ。私が送ったとしてもそれは変わらない。それと向こうからの手紙も期待しない方がいい。可能な限り王宮内の情報を外に出さないの処置だね。ちなみに私の所に来た手紙は国からの正式な物とオーランドといったかな? 彼が聞いた内容を要約したものを私の知り合いが書いてくれたものだね。もちろんこの2通は別々の人物が私に届けているよ」
「その片方持って来たのがオーランドさんなんですね。厳重なんだか厳重じゃないのか……。でもそれなりのリスクなしには無理ってことですよね」
そこまでするのか? って思うけど必要な処置だからしてるんだろうなぁ……。
「権力というのは怖いもので色々あるんだよ……。そして今度は君にその手が伸びてきてるのが本題だ」
「オーランドさんから聞きましたけど、ポーションプラスの事ですか?」
「それも含めてということになるかな……。ポーションプラスは向こうにとって衝撃的だったみたいだよ。情報は渡していたけど信じられてなかったみたいだね」
情報渡されて信じないで、今回の事で実感したからって急いで行動起こしてるのか……。バタバタしてるなぁ。
「日々多くの業務をこなす中で、胡散臭い情報として見向きもしなかったんだろうね。それで君に王都へ出向いてほしいと言ってきてる」
「お断りします」
「そう言うとは思ってたけど即答だね」
「嫌ですよ。町から離れるのなんて……。それに権力って怖いものなんでしょ? 今はアレックさんとか町の人が守ってくれるけど、王都じゃ誰も……、それに、また……」
まずい、ちょっと泣きそうになってきた。この手の話になると本当に感情をコントロールできなくなる。アレックさんが、すまないね。って言いながら撫でてくれる。いつものパターンだな。いつになったら平気になるんだろう。
「落ち着きました。すみません……」
「いや、こちらとしても悪かったと思う。君の心の傷は未だ残ってるものだったのにね。そんな後に話す事ではないんだがね。私から君の状態を報告するけど、たぶん迎えの人間や馬車を寄こしてくるだろう。国の為と言って無茶を通せるからね。ユリト君が泣こうが喚こうが関係ないだろうしね」
さーっと血が引く音が聞こえる気がした。もう詰みですか? また俺の人生は誰かに引っ掻き回されるのか? ただ、この町で暮らしていきたいだけなのに……。
「だけど1つだけなんとかできるかも知れない方法がある」
「そんな方法があるなら最初から言ってよ!!!」
「ユ、ユリト君?」
「あ……、ごめんなさい……」
自分でも信じられないくらい大きな声が出た。アレックさんも困惑してる。それはそうだろう。俺だってこんな大きな声を出すとは思ってなかったのだ。
「いや、驚いたけどね。私が脅かし過ぎたのが悪かったね。すまないね。ただ、なんとかできる可能性があるだけで確実じゃないからちゃんと知っておいてもらいたかったんだ」
「そうですか……。それでその方法ってなんですか?」
俺としても予想外に大きな声を出して、整理がついてないため言葉使いがぶっきらぼうになってしまったのは仕方がない事だと思う。
「国としてはポーションプラスという実績を見て、ギフト錬金術は有用であるのではないかと判断した。だからポーションプラスを作れるギフト錬金術持ちの人間がほしい訳だ。ソフィアの成長具合は聞いている。君の目から見て彼女はどう見える?」
「総魔力量も多いですし、魔力の大量消費を毎日のようにしてますから回復量も増えてるみたいです。魔力が多いから試行回数も多く成長も早い。今の状態でさえ俺の1歩手前、このまま行けば普通に俺を追いぬいて、魔力制御覚えればきっと俺の知らない次の段階に進む気がします」
さっきの確認の儀でスキルを確認したけど解除が追加されただけだった。でも、最近相手の才能みたいなものがなんとなくわかることがある。
ソフィーなんて毎日のように接してるのだ。いやというほどそれを感じる。
レベルを上げたいけど町を離れたくない。前にレベルあがったのは1、2か月前だったっけ? オークだけじゃもう年単位でレベルあげるのかかりそうだ。
何かを得るためには何かを捨てないといけない。俺は町にいることを選んでる。アレックさんの言ってる方法がたぶんわかった。だから、俺は町に残れる手段を選びたい。色々と流される俺だけどこれだけは譲れない。
「次の段階ね……。それはいつもの錬金術師の勘かな?」
「わかりません。最近感じるようになった変な感覚ですから……」
「そうか。たぶん君を連れて行くための馬車が来る。それまでにソフィアが君と並ぶほどの実力があればユリト君は残れるかもしれない。おそらく2人とも連れて行こうとするだろうけど、そこは私やユリト君次第といったところかな?」
「いつ頃馬車が来るかわかりませんけど、このまま放っておいてもソフィーは近々、最低でもポーションプラス作れるくらいの実力はついてると思います。俺の代わりに王都へ行ってくれないか頼んでみます」
譲れないとか思いながらも、頼んでみますとかいう自分がちょっと可笑しかった。そんな思いが態度に出てたのかもしれない。
「すまないユリト君……。無理をさせてしまっているね」
この時すぐに言葉が出なかった。無理してるのかな? よくわからないけど、この後少し話をして家に帰った。
「ソフィー、シーラ、話がある」
家に着く頃には夕食前になっていたので、食べ終わってから2人に話すことにした。2人がどんな反応するのか怖い。
アレックさんから話してもらえば良かったんじゃないかと今更になって思ったりもしたけど、今はまだ師匠だもんね。師匠……ね。
「お師匠様なんです?」
「今日アレックさんに所に行ってきたのは知ってると思うけど、ポーションプラスを作れる人間って事で王都に呼ばれたんだ」
「お師匠様は王都に行ってしまうですか!」
最後の方に被せ気味にソフィーが声を上げる。自分達がどうなるか心配なのか、それともなんとなく感じる別の感情が言わせてるのか……。
「俺は王都に行く気はないよ。アレックさんにもそう言ってきた。今の俺じゃ向こうに行く前に潰れる可能性もあるし、向こうについても使えるかどうかわからないしね」
「それはどういう事です?」
「この辺の事の詮索はしないでほしいかな。それでも、王都から迎えが来る可能性があるってアレックさんは言ってた」
「それじゃあ、やっぱりお師匠様は王都に行ってしまうですね……」
「今のままならね。だからソフィー。俺の代わりに王都に行ってくれないかな」
俺の言葉の意味がわからないのか、キョトンとしていた。どんな反応するかと思って口に出したけどこんな反応か……。いや、これからだよね。
「ユリト様、どういうことでしょうか? 王都に戻れるのなら戻った方がお嬢様の為になりましょう。しかし、求められてる人材以外の者として送られたお嬢様はどうなるか考えておられますか?」
「今のままならソフィーを代わりに送り出すなんてできないよ。条件はポーションプラスを作れる人間なんだろうしね。でも、それくらいならすぐにソフィーでも作れるようになるよ。そうなれば俺が師匠をやる必要はなくなる。後は魔力制御ができれば俺と並ぶんだから、そしてすぐに超えていくと思うよ」
「なるほど、わかりました。お嬢様、この話を受けましょう。家に戻れるかまではわかりませんが少なくともここよりはいいはずです。それにいつまでもアレック様に頼っている訳にはまいりません。これはいい機会ではないでしょうか?」
シーラの今までの態度でもわかってたけど、ソフィーの現状に不満があるのが今の言葉や言い方からありありと見えた。俺を見てれば現状でもアレックさんに頼らずに生きていくなんて簡単なのはわかると思うんだけどね。ソフィーがたかが町の……、違うか。平民に雇われるのが嫌なのかな。
「えっと、お師匠様。一緒に王都へ行く事はできないのです?」
「さっきも言ったけど俺がもたない。町から離れたくない。だから王都には行きたくない。それにもうほとんど師匠なんて言うほどの事やってないしね」
「で、でもでも、最初に言ったです! 一緒に色々試していこうって。だから王都で一緒にがんばるです!」
俺と一緒にいたいと言われても困る。動いてしまえば意外となんとかなることもある。でも、俺の心はもってくれるか? 無理だよそんなの……。
「ソフィー、無理なんだよ。俺はこの町から離れたくない。それに近くに味方がいない王都が怖くて仕方がない。怖いんだよ……。無理……なんだよぉ……」
途中から涙が出てきた。もう涙が止まらない。こんな姿は見せたくなかったのにな……。泣き出して俺に対して、ソフィーは慌てだしてシーラはなんか冷めた目で見てる気がする。泣いてるくせにこんな事は見えるんだな。もうここにはいたくない。最後の気合を振り絞って立ち上がる。
「ごめん。部屋に戻る」
俺は2人を置いて部屋に戻った。あぁ……今日は1人か。
泣き出したユリトは部屋に戻ってしまった為、今部屋にはソフィアとシーラの2人が残された。
「シーラ、お師匠様はどうしてしまったです?」
「わかりません。ですが、お嬢様が教わる事もほとんどありませんし、今回の話を受けてはいかがですか?」
「でも私は一緒にいたいです」
シーラはソフィアのまだ理解しきれていない感情を理解し知っていた。だからこそ、ユリトという人物から引き離したかった。
今回の話は都合がいい。アレックからの話と言う事は少なくとも王宮か教会が絡んでいる。家に戻れる可能性もあるし、その上を目指すこともできるかもしれない。
ユリトはソフィアの今後を考えれば大きくプラスを与えてくれた存在ではあったが、いずれは切り捨てなければいけない人物でもあった。だからこそ、シーラはユリトに対してきつくあたってきた。
「お嬢様、いくら望んだとしてもユリト様のさきほどの様子をみるに強引に連れていかねば無理でしょう。今までお世話になったのです。その恩返しも含めてお嬢様がポーションプラスを作れるようになり、ユリト様が望むようにして差し上げるのがよいのではないでしょうか?」
シーラはソフィアという少女の事をよく知っている。だからこそ、どういう言葉を選び話せばその道を選んでくれるか知っている。
シーラはこれがすべて最後にはソフィアの為になると信じての行動だ。あくまでもシーラが思うソフィアの為ではあるが……。
「私はお師匠様と一緒にいたいです……。でも、私が代わりに行った方がお師匠様に恩返しできるです?」
「もちろんです。今でさえあの状態です。このまま放っておけばさらに悪い状態になってしまわれる可能性もあります。それを救えるのはお嬢様だけです」
「……今日はもう休むです。考えてみるです」
「おやすみなさませお嬢様」
部屋へと戻るソフィアをシーラは見送った。夕食を食べ終わった直後に話し始めたためまだ食器などがそのままなので片付け始めた。
「気持ちの整理をしっかりつけてくださいね。お嬢様」
そんな事をつぶやきながら仕事を進めるのであった。
ソフィーは部屋で悩んでいた。ユリトの部屋は隣だ。さっきの姿を見てたぶん部屋で布団をかぶって音が漏れないようにしながら泣いてるのではないかと思った。
来た当初、ギフト錬金術を教えてえてもらえるとはしゃいでいた。それに付き合って色々おしえてもらった事に感謝していた。
期待と現実の狭間で落ち込んだこともあったが、それでもソフィーはここまで連れてきてもらったと思っている。
錬金術以外でも町に連れて行ってもらったり、プレゼントをもらったり本当にうれしかった。
ユリトの事は優しい人だと思っている。そして頼れる人だとも……。そんな人があんなに泣いたという事実が衝撃的だった。
ソフィーも家を離れる時は寂しいとは思った。だけど、家にいる人間の事やこれから先の事を楽しみで仕方がなかった。ユリトはそれらのすべてが怖いと言う。
ソフィーには理解できなかった。でも、ユリトにとってはそういうものでこの町から離れたくないという強い気持ちはわかったと思う。
一緒にはいたいと思った。でも、今まで恩を返せる最大の方法は何か? それはシーラが示してくれた。
ならばとソフィーは思う。短い間ではあったけどたくさん感謝するべき事があった。その感謝のすべてを返そうと。そう決めたのだった。
翌日、ユリトは態度はぎこちないながらも部屋から出てきた。
「その……昨日は」
「お師匠様! 私、私がんばります! お師匠様の代わりを務められるようにがんばります!」
「え? あ、うん」
ソフィアの勢いに負けて頷くがよくわかってないような微妙な顔をユリトはしていた。シーラはそれをみてソフィアの決断を静かに喜んでいた。
タイトルの60→58に修正しました。




