37 兄の帰還
風の月、火の週、風の日
錬金術は胸躍らせるほどの事はまだできてない。 魔玉は俺の部屋では4つ以上置くと1日で使えるまでに魔力を保存することができないことが判明した。
だから、自分用に3個だけ確保して後は教会にまかせている。 自分の部屋以外にもおけばいいのかもしれないけれど、人目にあまり触れさせないようにしている。 アレックさんにも自分の部屋以外に置かないように言われてるしね。
でも、魔玉のおかげと魔力が増えたこともあり、ポーションの生産数が増えた。 1日40本になり、大体毎日売切れてる。
でも、別の薬屋からのお願いもあり、なにかあった時以外は日に40本が限度になった。 町にある3つの薬屋全店で30本くらいおけるくらい作れるようになれば委託販売もしようと思うけど1日90本って魔力が足りなすぎるよ……。
スライムの核は貯まりまくっている。 買取り値段は下がったけれど、俺のせいじゃない。
実は錬金術ギルドも研究の為にスライムの核を買い始めたのだけれど俺の買取り値段が基準になってしまった。
そのため錬金術ギルドから抗議が入ったのだ。 それでも取ってきてくれるのだから本当にありがたい話だ。 もっと集めるのだ! 何が俺をそこまでかりたてるのか、わからない。
でも、困ったこともある。 新しい物が作りたいのだ。 だけど、作れそうなものが引っかからない。
露店めぐりをしてもすぐに使わないといけないけど、ほかの素材がなかったり、家に置いておくにはかさばったりと諦めるばかりだ。 魔玉作りでいい感じに経験値が入ってるみたいだけど、ポーションプラスと魔玉が熟練度を上げきってしまう前に発見したいものだ。
冒険者になって、色々な騒ぎがあった1年だけどもう少しで終わりだなぁ。 なんて思っていたけれど、今年最後の騒動が待っているなんてオーク狩りをしていた俺はまったくもって思っていなかった。
「ただいまー」
「ユリトちゃん! やっと帰ってきたよ。 大変だよ!」
シミリスさんが、やけにあわてて俺に話しかけてきた。 たまにイタズラされたりするけどこうやってあわててるのは珍しい。
ゴルポさんもクラリスさんもそわそわしてる感じだ。 本当に何があったんだろう?
「ロミットが! ロミットが帰って来たんだよ! 女連れで!」
シミリスさんの言うことが正しいという風にゴルポさんもクラリスさんも首を縦に振る。
「……え? 兄さん帰ってきたの? 父さんと母さんがもう帰ってこないって言ってなかったっけ?」
そう、確か最強の冒険者になるとかなんとか言って家を出て行ったって聞いたはずだ。 兄さんが家を出たからこそ俺は家を継げることになったんだから。
「そうは言ってたけど帰ってきちまったんだよ。 それだけならいいんだけど、さっきリックの怒鳴り声が聞こえてねぇ……。 なんかまずいことになってそうなんだよ」
「それって俺は急いで母さん達の所に行った方がいいんじゃないの……?」
「行った方がいいと思うよ! 2階にいるから行っといで!」
それを聞いて俺は急いで2階に行った。 するとそこは緊張感のある静けさが横たわっていた。 そこには困り顔の母さんに、イライラしてる父さん、腕を組み指をトントンして不機嫌そうな5つ年上の兄さんに勝気な目で父さんを睨む知らない女の人がいた。
「た、ただいまぁ……」
「ユリトか、おかえり」
「おかえりなさい。 ユリト」
「ここはもうお前の家じゃないぞ出てけ」
「ロミット! 帰ってくるだけなら歓迎もできるがさっきからなんだ! 突然帰ってきたかと思えば、俺が家を継ぐだと! お前は自分の意思でこの家から出て行ったんだろうが! それを今更!」
突然女連れで帰ってきて、出迎えてみれば家は俺が継ぐからって言い出したのか?
最初から家に帰るつもりがあったなら父さんもここまで怒る事はなかっただろうし、帰ってきたとしても自分で住む場所見つけるなら問題ないはずなのによりにもよって、帰ってこないと宣言して出て行ったのに家を継ぐからユリトは出て行けじゃそれは怒るだろ……。
ぼんやりとしか覚えてないけど兄さんのいい思い出ってないなぁ……。 えらそうだった覚えがあるくらいかな?
「だから、悪かったって。 俺も結婚することになって冒険者やりにくくなったんだよ。 だったら、俺はこの町の警備隊にでも入って暮らそうと思うのは普通だろ? それにマリーナは商人の娘でこの店の役に立つぞ」
悪かったといいつつ、まったくそう思ってるようには見えなかった。 でも、それなら家を継ぐ必要はないよね?
「だったら、その子を母さんに頼んでここで働かせてもらって、俺が警備隊の面接を頼めばいいだけのことで、お前が家を継ぐなんて話をする必要はないだろ!」
父さんも同じ事を考えたみたいだけど、兄さんの考えは違うようだ。
「俺が帰ってきたんだ。 俺が継ぐのが当然だろ? 商売に関してだってマリーナがいるから問題ないし、わざわざ母さんみたいに両方できなきゃいけないなんてことないだろ?」
「できなければいけないって事はないけど、ユリトは両方ともできるのよ? それに薬屋はただ商売でお金を稼ぐだけってお仕事ではないの。 その辺りの機微はマリーナさんではわからないのではないかしら?」
父さんも母さんも今のところは、突然帰ってきた兄さんに家を継がせる気がないみたいだ。 帰って来ないものと思って俺に継げるように色々教えてくれてきた訳だしね。 そして兄さんのお相手はマリーナさんと言うらしい。
「お金を稼ぐだけではないとおっしゃいますが、この店は露骨に儲けに走っているではありませんか。 私ならもっとうまくやってみませすよ」
「ふざけるな! 露骨に儲けに走っているだと!? ローザがそんなことするわけないだろうが!」
「どうしてそんな風に思っているのか聞きたいですね」
儲けが出てるのは確かだ。 でも、だからこそほかのお店とも色々連絡を取り合いながら、うちで新人の面倒を見て送り出したり、治癒院からの仕事はこっちでは請けなかったりできる限りの事をしてるのだ。
外から見ればうちが儲けてるって言われるのはまだわかるけど露骨に走っていると言われるのは、俺も父さんも我慢できなかった。
「だってそうでしょ? あのポーションはここでしか作られていない。 製法を独占しておくなんて露骨以外のなにものだというのです」
勝ち誇ったような顔をしているけれど、こっちは呆れた。 仮にも自分が世話になろうというお店の情報くらいしっかりと集めないのだろうか?
「製法の独占といいますが、ユリトが錬金術を使って作っているとこの町の人なら多くが知っていることなのですけど……」
呆れて声も出ない俺と父さんの変わりに母さんが説明するけど、
「錬金術なら作り方を教えればいいだけのことではないですか。 それにわざわざ錬金術なんていう必要があるのですか?」
「父さん、母さん……この人勘違いしてるみたいだからちょっと桶と薬草取ってくるね」
俺は調剤室に走り、この後使う予定だった桶と薬草を持って2階に戻った。 怪訝そうな顔をする兄さんとマリーナさん、って兄さんは俺がギフト錬金術使えるの知ってるよね? まぁ俺のことなんて興味なかったかな。 あ、あの当時はまだ使えてなかったね。
「いったい何をするんですか?」
いつものようにポーションの準備をする俺に質問してくるけれど、とりあえずさっさと準備をしてやってしまう。
「錬金開始」
いつもと同じ反応をして出来上がるポーション。 それを見ていた二人は、
「「はぁぁぁ!?」」
かなり驚いた様子だった。
「これはなんですか!? どうすればこんな方法で作れるようになるんです!」
「だから、錬金術ですよ。 学問ではなくてギフト錬金術ですけどね」
「ギフト錬金術とかウソ言わないで! どうしてそんな死にギフトが使えるのよ!」
「子供の時からの努力の結果ですけど……」
「ローザ……あれは努力なのだろうか?」
「あれは無茶ばっかりだったわ」
わめくマリーナさんはともかくとして、父さん母さん今はそんなことどうでもいいと思います。
「なぁマリーナ、今の材料って珍しいものあったか?」
「いえ、たぶんただの薬草と魔力水だと思いますけどそれがなにか?」
兄さんが話の矛先を変えたみたいだけどどうしたんだろ?
「特別なものがないなら、ユリトにもっと作らせればいいんじゃないか? マリーナならもっとうまくできるんだろ」
それを聞いて黙って考え込むマリーナさん。 別に待ってる必要はないよね?
「父さん、母さん、けっきょく兄さんらはどうするの?」
「お前が出てくんだよユリト」
「ロミット! お前が出てけ!」
「マリーナさんはうちで雇ってあげるから、家は自分たちで用意するべきじゃないかしら?」
「そうですわね。 ユリト君でしたっけ? その子を外に出して多く作らせ、ほかの店にも卸してもらえば目をつけられにくくなるでしょうね」
考え終わったのか戻ってきたマリーナさん。 やっぱり兄さん達は俺に出て行ってもらいたいみたいだね。 じゃあ俺はどうなんだろうか? 確かに家を出るのは嫌ではある。 だけど、毎日顔を見ようと思えば見れる訳だしなぁ。
「ねぇユリト君? もっともっとポーションを作ってもらえるかしら?」
「お断りします。 作ろうと思えば作れますけど、冒険者もやりたいですし、錬金術ももっとできるようになりたいですしね」
「それはさすがにわがままが過ぎるのではないかしら? ポーションだけ作ってればいいじゃない」
「冒険者ギルドからは定期的に起きるオークも暴走を抑えるか小さくするためにオーク狩りを積極的に行ってほしいっていわれてますし、教会からもギフト錬金術を与えられた人達のために少しでも多くの情報を集めてほしいって言われてます。 子供ですけどそれなりに頼りにされてるんですよ」
「ユリト、お前がオーク狩りだと? ばかも休み休み言え。 ろくに剣も使えなかったお前が倒せるはずがないだろ」
頼りにされてるというと黙ったマリーナさんにかわって兄さんが口を出してきた。 今の俺のこと全然知らないくせに……。
「剣は確かに今でもからっきしだけど、倒す方法なんていくらでもあるよ。 ほら」
俺は空間収納の中から今日の成果であるオークの魔石を7つ出す。 燃費は悪いけどDランク並みの実力くらいは俺にだってある。 それを見た兄さんは驚いたみたいだったけどニッと口元を上げた。 正直気持ち悪い。
「つまり、ユリトはもうすでにDランクの実力があるわけだ。 だったら、家の事は気にしないでDランク冒険者として町を出て行くといい。 家の事は俺たちにまかせてな!」
「ちょ、ちょっとロミット!」
兄さんはいい考えだって思ったみたいだけど、マリーナさんはそうは思わなかったみたいだ。 それはそうだろう。 詳しいことは知らなかったと思うけど、それでもポーションの事は知ってたんだ。 みすみす金づるをほうりだす必要はないのだから。
「ねぇマリーナさん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「な、なにかしらユリト君」
「マリーナさんは、母さんや父さん、この店を大事にしてくれますか?」
「え? えぇもちろんよ」
母さんと父さんはこっちを見てる。 マリーナさんは戸惑ったみたいだけど返事をしてくれた。
「兄さんは、母さんと父さんと仲良くできる?」
「ふん、当然だろ? それが家を継ぐという事だ」
兄さんの言ってる意味がよくわからないけど、当然と答えてくれたわけだし大丈夫かな?
「けっきょく誰かが折れなきゃいけないなら、俺が折れるよ。 ポーションの納品に来る時に顔見れるしね。 俺が家を出るよ」
「ユリトお前……」
「ユリト……」
「まったく、早くそう言えばいいんだ。 このうすのろ」
「ロミット!」
「父さん、抑えて抑えて」
俺の決断にこんな時にもいい子にしなくてもいいのにって考えてるっぽい気がするけど、あんまり長引かせるのも良くないと思う。 そして我が兄は空気が読めなさ過ぎる……。 本当に大丈夫だろうか?
「でも、ユリト。 本当に大丈夫なの?」
母さんはやっぱり心配してくれるけど、たぶん大丈夫だと思う。
「前から錬金術用のアイテム置いておける部屋借りようかと思ってたから大丈夫だよ。 それに、俺が継ぐとなったらお店をちゃんと見てくれる誰かをどうするかって思ってたからマリーナさんがいてくれるならそれでいいと思うしね」
「私に任せれば問題ありませんわ」
「お願いしますね。 じゃあ俺は部屋で荷物まとめてくるから、母さんは契約書つくってもらえる?」
「ユリトは1度言い出すと頑固だしね……。 ユリトがそれでいいならそうするわ」
「俺は納得しないぞ! どうしてユリトが!」
「あなたは少し静かにしなさい! 後でお話ですからね」
「いや、しかしだな」
「あ、な、た?」
「お、おう。 わかった……」
母は強し。 父さんが母さんの迫力に完全に負けた瞬間を見てしまった。 こういう場面はあまり見たくなかったなぁ。 そして俺は行くタイミングを少し逃した気がする
「マリーナ、契約書ってなに書くんだ?」
「普通なら雇用に関するものだけど、さっきまでの話でユリト君はポーションくらいしか作ってないように聞こえたから、1日何個、月の総数何個、それをいくらで買いますとかそういう契約書を作ると思うわよ」
さすが商人の娘さん。 これは事務に弱い母さん……というかこの店にとってはいい人材かもしれない。
そしてやっぱり兄さんはあれな人だった。
「そんなの冒険者でオーク倒してるんだから十分だろ? 店のために全部タダで作らせればいいだろ」
「ロミット! あなたは商売を、職人を、お金をなんだと思ってるのよ! だいたいね…………」
「お、おい! そんなこと話されても俺にはさっぱり! って聞け!」
「ロミットがちゃんと聞きなさい!」
こっちはこっちで始まってしまった。 マリーナさんは商人なんだなぁって納得してしまった。 ……うん、俺は荷物をまとめに行こう。
こうして俺は家を出ることになった。 さしずめ薬屋さんの息子から薬屋さんの契約錬金術師になったと言うべきだろうか? とりあえずまとめるだけまとめて、持っていけないものはしばらくおかせてもらっておいて、住む場所が決まったらとりにこようと思う。
それまでは……夕暮れ亭にでもお世話になろうかな?
いきなりな展開ですがこれにて第1章終了となります。
明日の更新からは第2章となります。
よろしくお願いします。




