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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

偽りのカガミ

作者: 篠原ろんど

 火薬の匂いが鼻をくすぐる。

 光が漂い、僕を照らす。

 行かないで、逝かないで、いかないで、イカナイデ、

 ああ、君は僕だけのーーーー


 ―♠―♦―♥―♣―


 遠くの方で銃声。と、同時に爆発した様子が窓から見える。

 国境争いで内戦が絶えず、この辺りは世紀末のように酷い有様。もう少し仲良くできはしないものか、とベルはため息。

 父親は内戦に駆り出され、母親は出かけ途中に巻き込まれ、使用人は収入源を求め別宅へ。おかげでこの家に住んでいるのはベルだけ。死ぬのも時間の問題だ、と半ば諦めかけている。

 玄関ホールも、リビングも、自室すらしんとした静けさでつまらなくなり、ベルの生活空間は屋根裏部屋となっていた。


「毎日毎日、飽きないのかしら……。そちら側は随分と気楽に思えるわ」


 ベルは煌びやかな金髪を揺らし、部屋にひっそりとたたずむ姿見に向かって愚痴をこぼした。独り言、ではない。相手はいる。その証拠に姿見から少年の声がした。


「そうだね、よかったら、こちら側へくるかい?」

「無理よ、クロード。行き方が分からないわ」

「冗談だよ、ベル」


 にこり、と少年、クロードは微笑む。銀の髪が美しく輝いている。鏡の中は光っていた。

 クロードが現れたのは数日前。この屋敷にベルだけが残された日。その時のショックが強くて、あまり良くは覚えていない。でも、優しく声をかけてくれた。それだけは、よく覚えてる。それから毎日相手になってくれて、次第にこの部屋に引きこもるようになった。


「私はね、あなたに感謝してるの」

「どうしてだい?」

「ふふっ、内緒」


 口元に手を当て、楽しげに笑って見せる。クロードは首を傾げ、きょとんとしていた。窓の外の世界は、この部屋とは別の世界のよう。ベルは幸せを感じていた。ずっと、ずっとこんな時間が続けばいいのに、と。


「本当に……この世界で本物は、私達だけのよう」

「……さあ、もうお休み。暗くなってきたようだよ」


 クロードが就寝を促す。ええ、そうねと返事をし、毛布にくるまった。数分後にはすう、とリズムを刻む心地の良さそうな寝息。

 やがて真っ暗になる。今日の天気は曇りだった。銃撃戦の煙ももくもくと立ち、おかげで月が見えない。

 鏡越しにクロードは呟いた。


「*夢が**る……」


 ―♠―♦―♥―♣―


 小鳥たちの声が響く。それが耳に入ってくると、朝か、と思う。むくりと起き上がり周りを見回し、いつもはおはようと声をかけてくれる人がいないと気付く。


「……クロード?」


 返事はない。不思議に思い鏡に近づく。映っているのは寝起きの自分の姿。


「クロード? ねえ、返事をして? ねえ!! クロード!!??」


 いくら呼んでも、鏡を揺さぶっても、返事はない。どうしたものか、と振り向いた。その時。

 後ろから手が、首元に伸ばされた。


「ぐぁッ」

「こっ*に来**い?」


 ぎゅうと首を絞められ呼吸が困難になる。後ろからかけられた言葉は聞き取ることが難解で、なにを言っているかさっぱりだ。


「くろー……ど?」

「*っち*来**」


 痛い、怖い、辛い。ベルは膝から崩れ落ちる。意識を失う直前笑った口元が見えた。それが誰のものなのか。定かではない。


 暗闇の中。自分の手元を見、足下を見た。やがてノイズが鳴り、強くなっていく。ここにいてはダメ。暑くて仕方がない。


 ザー、ザー、マチ……ガ、エタ―――――


 ―♠―♦―♥―♣―


 ハッと覚醒した。

 小鳥の声が聞こえ、世はまだ平和のようにしか思えないほどの静けさ。

 はあ、はあ、と息切れをし、周りを見渡す。姿見に映った自分の顔は、それはもう、ひどいもの。汗だくになり、恐怖で顔が引きつった姿。しかし、こんな姿になった原因、夢の内容がどうも上手く思い出せない。困ったものだと悩んでいると、鏡からスゥッと少年が姿を現した。


「やあ、おはよう。ベル。今日は随分とうなされていたようだね。悪夢でも見たかい?」

「……クロード。いえ、なんでもないわ。おはよう」

「そうかい? それならいいけれど……。何かあったらすぐに頼るんだよ?」

「ええ、ありがとう」


 にこりと笑って見せた。そして立ち上がり、扉に手をかける。どこに行くんだい? と聞かれたので、少し飲み物を取りに、と答えた。

 この屋敷に残った食料は、精々後数週間。尽きてしまえば自分は死ぬ。それはそれで構わないと思うのだが、一つだけ心当たり。クロードは、どうするのだろうか。私が居なくなってしまったら、あの人は独りぼっちになってしまうのだろうか。

 厨房に行き、カップを取って紅茶を注ぐ。使用人が居た頃も自分でやったことは何回かある。その度に「いけません、お嬢様。後は私がしますので」と慌てた様子で駆けつけた使用人に注意をされる。それでも手を止めることはなかった。自分の注いだ紅茶を父や母の元に持って行く。それだけで、えらいわね、と頭をなでられ褒められた。懐かしいほど。今では、もう遠い昔のことのよう。

 軽い菓子と紅茶を注いだカップを盆の上に乗せる。そして屋根裏部屋を目指した。


「クロードが待っているわ。あの人は心配性ですもの」


 ふふっと笑い、小走りで駆けていく。紅茶が冷めぬよう、零れぬように気を遣いながら。そこでふと、立ち止まった。廊下に飾られた、一枚の肖像画。父親と、母親と、幼い私。あの頃の、笑っていた幸せな家庭。もう悲しくない。はずなのに、この気持ちは……?

 ベルは思いを振り切って部屋まで再び駆けた。


 ―♠―♦―♥―♣―


 夜に入った。

 遠くの方で銃声。と、同時に爆発した様子が窓から見える。

 国境争いで内戦が絶えず、この辺りは世紀末のように酷い有様。もう少し仲良くできはしないものか、とベルはため息。

 そこで気がつく。この光景は、前にもあった気がした。はて、いつのことだったか。そういえば昨日は何をした? ……何を? 何? さあ? 思い出せない。

 自分の手のひらを見つめた。

 ――――おかしい。

 どういうことだろう。自分は記憶力はよかったはずでは無いだろうか?


「どうしたんだい?」

「クロード! いえ、なんでもないのよ。なんでもないのだけれど……」

「?」

「……これは、本当に現実なのかしら?」


 きょとんとした顔でベルを見つめるクロード。その瞬間、吹き出した。


「あっはっはっは!」

「ちょっと、もう、わらいごとではないのよ! 私は真剣に……!」

「分かってる、分かってる! ひー、お腹痛い……!」

「あなた、全然分かってないでしょう!」


 むう、と頬を膨らませた。クロードはまあまあとなだめるように落ち着かせる。既に涙目になっているクロードになだめられても、説得力がなさ過ぎる。

 ベルは、はあ、とため息をつき「もういいわ」と諦めたように告げた。


「私はもう寝るわ」

「そうかい。じゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」


 毛布にくるまり部屋の明かりを消す。途端に睡魔が襲いかかってきた。それに飲み込まれるようにベルは目を閉じ、夢の世界へと足を踏み入れた。


 ―♠―♦―♥―♣―


 起床。窓の向こうはまだ薄暗い。

 遠くの方で銃声。と、同時に爆発した様子が窓から見える。

 国境争いで内戦が絶えず、この辺りは世紀末のように酷い有様。もう少し仲良くできはしないものか、とベルは―――――


 ザー、ザー、


 ノイズが走るように頭痛がした。その頭を抱えてうずくまる。うっとうしいように声を出した。


 ああ、もう。わかってる。


 しかし声は出なかった。ぱくぱくと口だけが動いている。薄暗い部屋の中独り、声にならないコエで呟く。


 時間を間違えた。シナリオ通り、ちゃんとやらなくては。あの頃の記憶、夢の通りにやらなくては。まだ間に合うの。まだ、まだ―――――


 ―♠―♦―♥―♣―


 遠くの方で銃声。と、同時に爆発した様子が窓から見える。

 国境争いで内戦が絶えず、この辺りは世紀末のように酷い有様。もう少し仲良くできはしないものか、とベルはため息。

 今度はきちんとした夜。これで大丈夫。後はあの人を待つだけ。

 しかしいくら時間が経っても、あの人の声はしない。


「……****? 返事をして? 嘘でしょ?」


 自分の声が宙を舞う。あの人の名前が、上手く口に出せなかった。鏡はなんの変化も示さない。

 嘘、噓、うそ、ウソ、うそ……

 ドンドンと鏡を叩く。


『痛いよ、やめて』


 笑いながら制止を促してくるあの人はどこへ?いつもワタシを楽しませてくれたあの人はどこへ?


 ……ユ、メ?


 そうだ、これは夢。現実なんかじゃない。そうだ、そうだそうだ。現実なんかじゃない。私自身も夢。私自身も偽り。あの人が本物。この世界で唯一の本物。そうなの。****が本物なの。ああ、見つけてあげなくちゃ。また夢から覚めて、見つけなくちゃ。


 ザー、ザー、


 ―♠―♦―♥―♣―


「いい? あなたは病気を持っているの。出来るだけ安静なさい?」

「私、病気なの? 死んじゃうの?」


 涙目になって母親に訴える幼い頃のベル。きらりと光る金髪とピンク色のドレスを揺らして母親のドレスの裾を掴む。母親はにこりと微笑んで、


「大丈夫。死ぬ病気では無いわ。大丈夫よ」


 と優しく諭した。

 本当? 本当? 私、お母様と離ればなれになるのは嫌よ?

 ベルはまだ疑う。大丈夫、と母親の暖かい手がベルの髪をなでた。


「ただ少し、幻覚が見えるだけよ」

「げんかく……?」

「本来いないはずのお友達が、いつかあなたの前に現れることでしょうね? もう居たりして」


 ふふっ、と笑ってみせる。母親はこの辺りでは絶世の美女で、ベルはそんな母親に憧れていた。眩しいほどの母親の笑った顔。ベルはそれが大好きだった。


 だから、母親が死んだと知ったとき。耐えきれなかった。頭の中で何かが崩れ落ちる音がして、その場に座り込んだ。噓だ、なんで、どうして、とうわごとのように呟き続ける。側にあった鏡をふと見て、思う。

 誰か、居ないの?


 望んだ現実は別のもの。望んだ真実は自分の都合のいいように繰り返し、繰り返し。シナリオは昔描いた夢そのもの。キャストも全員揃っているわ。あとは、そこに自分が入るだけ。


 ザー、ザー、


 違う。間違ってる。こんな甘い夢、終わらせないと。私はもう、こんな時間はいらないの。


 ―♠―♦―♥―♣―


 気がつくと、鏡の前で棒立ちしていた。


「大丈夫? どうしたの?」


 あの人が心配そうにこちらを見つめる。


「大丈夫よ、何ともないわ。分かったことがあるだけ」

「分かったこと?」

「この世界で、本当の偽物よ」


 指を、鏡へ、あの人へと突きつけた。


「ねえ、あなたでしょう? クロード」

「……」

「あなたは私が生み出した幻、幻覚。本物ではないの」

「……あはは、自分でも気付いていなかっただなんて、今気付いたなんて。何も知らない、愚かなベル。でもね、それは、ちょっと違うかな?」

「どういうこと……?」


 自分の姿を見てみてよ、とクロードは消えた。代わりに自分の姿が映る。意味も分からず疑問符を頭の上に浮かべていたベルは、その姿に愕然とした。そこにいたのは、


 焼け溶けたベル、そのもの。


 服は焼け焦げ、肌は溶け、綺麗で煌びやかな金髪の髪は真っ黒に焦げていた。

 恐ろしく、醜い。父親から貰った勇ましさと、母親から貰った綺麗さなど、欠片も残ってはいなかった。


「ヒッ……」

「どう? これが現実。この世界全部が偽り。つまり、」


 君はもう、死んでいる。


 聞きたくはなかった。受け入れたくはなかった。あれだけ自分が死んでも構わないと思っていたのに、何故?

 逃げるように駆け出した。廊下を駆けまわった。


『お嬢様、そんなに走っては』

『少し落ち着いてくださいな』


 苦笑気味にいつも注意してくる使用人は?


『落ち着きなさい、ベル』

『そうだぞ、立派な女性が走ってしまっては』


 微笑んで嗜みを教えてくれた父母は?


 肖像画を見上げる。その、どれもが笑った顔。笑った顔なのに、こちらを見下し、笑っている嫌な顔。

 膝から崩れ落ちる。涙が出ない。声も出ない。こんな酷い姿……どうして?

 風景がガラリと変わった。バチバチと音がする。

 熱い、暑い。

 下を見れば炎が舞っている。そうか、これは誰かが放った炎。その中で、私は死んだ。ならばもう、ちゃんと死んでしまおう。父親の元へ。母親の元へ。

 この館に残されたのは、独り、私だけなのだから。全身が成仏を望んだ。もうすぐ天へ行ける。身体が浮遊を感じた、その時だった。


「ねえ、ベル」


 廊下の鏡から声がした。

 バッと振り返る。そんなはずはない。あなたは、私が生み出した幻覚のハズでしょう?


「僕は君によって生み出された。ずっとそばにいた。そして君の父母が死んだとき、君は願ったんだ。お願い、独りにしないで、と。その願いによって僕は実体化した。だから、ねエ、僕ヲ一人にしなイ……で、クれル、よ、ね?」


 伸ばされた手は鏡を通り抜け、ベルの方へ近づいた。やだ、やめて、来ないで。ベルの魂は逃げることは叶わず、その手に捕らえられてしまう。そのまま鏡へ、ゆっくりと近づいた。


「よカ、ったラ、こチ……ら側ヘく、ルかイ?」


 無理よ、クロード。行き方が分からないわ


「大丈夫ダ、よ、ベ……ル。今ノ、君な、ラ」


 壊れ始めたクロードは願いのまま、本能のままにベルを引きずり込もうとする。

 嫌だ、イヤだいやだ嫌だいやだイヤダ!!!!!!!


「ヨウコソ、ベル」


 ―♠―♦―♥―♣―


「さあ、注目の品はこちら! 何百年も前の戦争時、ある屋敷が焼け落ちたらしいのです。その中で奇跡的に無事だった姿見! 十からのスタートです!」


 競売場に響き渡る司会者の声。舞台に置かれた立派な姿見は、煤汚れて少し汚いものだが、コレクターから見れば素晴らしいものに違いない。

 その証拠に、会場からはいくつもの声が上がっている。

 二十、三十、四十、五十、六十!

 数字はとどまることを知らないまま、大きくなっていった。


 お父様、お母様。私は、いつになったらそちらへ行けるのでしょう?


 姿見の中で揺らめいた黒い影。それは誰も気付かないまま、買い取り者が決定した。


 ―♠―♦―♥―♣―


 火薬の匂いが鼻をくすぐる。

 光が漂い、僕を照らす。

 行かないで、逝かないで、いかないで、イカナイデ、

 ああ、君は僕だけのものなのだから。

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