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桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
8/52

八、海賊と浦島。



 その島は一色領と皆元領のちょうど境目にある無人島。島の入り口は南方の浜一つのみで、他方は断崖絶壁である。島の沖には大型の帆船があり、島の浜にも何隻もの小舟が繋げられている。

 浜から一本道を少し歩くと、唐風の大きな屋敷があった。

 それが海賊たちの本拠地だ。


 その屋敷の一角。

 十畳ほどの和室には香が焚かれ、羅紗綿の絨毯が敷かれており、部屋の中央には脚の高い卓と椅子。すべて南蛮の家具である。

 そこに美女は座っていた。

「……誰がそんなことを?」

 彼女は形の良い眉をひそめた。胸元が開けた衣服。すらりと長い足は惜しみもなくさらけ出している。美女のそばには女が二人。胸元と腰回り以外は肌をさらしている。なんとも目のやり場に困る服装だ。

 向かいの席には三人の客人がいる。

 右から赤い羽織を纏うおかっぱ頭の男、質素な羽織袴をきちんと着た巨漢、そして、上等な羽織袴を着た中肉中背の武士であった。

「坂上様。私は聞いておりませんよ?」

 美女は切れ長の目を細め、苛立ったように訊ねる。

 おかっぱ頭の坂上金吾はあっさりと首を振った。

「俺も知らないな」

 素っ気なく答える彼に美女はますます眉根を寄せた。控える女二人も警戒心を露にする。しかし金吾は飄々として、卓に頬杖をついた。

 無表情の熊吉も内心ヒヤリとしてその状況を眺めていた。

 恐らく、彼女が指摘しているのは今日の昼間のことだろう。

 浦島の港が海賊の連中に襲撃に会い、浦島兵はこれを撃退。海賊はそのほとんどが死に至った。彼女が憤りを感じるのは当然のことであった。

 彼女は、この海賊団『和爾わに』の首領なのだから。

「おやおや、そんなことがあったのかね」

 その声は熊吉の左隣から。パン、と扇子を広げて呑気そうに扇子を煽ぐ男だ。熊吉は面倒くさそうに険しい顔をして振り返った。

 彼は平井(ひらい)康佑(やすすけ)と言い、金吾たちと同じ皆元家臣のひとりであった。

 元々、一色攻略を一任されていた男だったが、康佑は策に乏しく、一向に西方進出への目途が立たなかった。そんなわけで見限った金吾たちの上役が、二人を送り込んだのだ。

 現在、海賊『和爾』の首領と会えるのは熊吉のおかげでもある。

 右隣で金吾が康佑に対して舌打ちを漏らした。しかし康佑は気づいていない様子。

 熊吉は咳払いを一つして、美女に弁解した。

豊玉(ほうぎょく)殿。我らは何も知りません。これは信じとでもお思いてもらうしかありませんが」

「信じろ? そんなことで私が頷くですか、熊野様」

 あでやかに微笑んだ。その笑みはすべてを凍らせるようなものだった。熊吉は眉をひそめて黙った。

「確かに何もしておりませんな、我々は。あなたがたと協力関係に我々が、どうしてあなたがたを駒のように使うのでしょうか?」

 康佑も笑いながら熊吉に賛同した。

 そう、金吾たちと『和爾』は協力関係にあった。

 一向に進まない一色攻略に熊吉は、海賊騒ぎがある港に目をつけ、海賊を金で雇ったのだった。一色を内から崩壊させることができればこんなに楽な侵攻戦は無いのだから。

 康佑の笑みに、美女――豊玉は柳眉をひそめて小さく息をいた。

「まぁ、良いですわ」

 美女――豊玉は肩にかかる艶のある黒髪を払う。

「貴方がたはい仕事をしてくれました。あのを捕まえたのは素晴らしいですわ」

 上からな態度であった。隣の金吾の表情が厳しくなる。それに気づいた熊吉はすぐさま口を開いた。

「有難いお言葉です」

 海賊たちが騒動を起こす少し前、金吾と熊吉は彼女を見つけ、捕えた。おまけ付きではあるが。

 こちらの言葉に機嫌を良くしたか、豊玉の表情が若干明るくなる。

 彼女は卓にある杯を手に取った。その杯は妙な形をしており、真紅の酒ががれていた。聞けば南蛮の酒なのだが、血のような色ゆえ熊吉は辟易していた。

「お飲みになります?」

 豊玉は提案した。熊吉は遠慮しておいた。しかし金吾は杯を差し出した。注げ、と言ったふうに。応えるように豊玉の傍に控えていた女がこちらへ寄って来た。

 熊吉は小さくため息をき、話を進める。

「犯人は身内にいるのでは?」

「何をおっしゃいますか、私の男たちが愚かなことをするとでも? そんな者はおりませんわ」

 豊玉は自分に寄り添う女の胸を触る。

「もちろん、女の子にも♡」

 甘い喘ぎ声を出す女に、熊吉は思わず目を逸らした。大事な合議の際になんとも無作法な……。熊吉は本当に辟易していた。知らずと声は荒れる。

「では、他に誰がっ……」

「熊吉、冷静になれ」

「は?」

 思わぬ横槍に熊吉は目を見張る。隣を見ると、金吾は杯に注がれた真紅の酒をまじまじと見つめていた。彼は杯を揺らしながら続ける。

「俺たちや和爾の連中以外にもくちばし入れれる奴はいるだろ」

 熊吉は目を細めた。そう言われて思い当たったのが一人だけいた。康佑がほぅ、と唸り、口の端を上げる。

「なるほど、あちら側の……」

「もう来てるんだろ? 入ってきたらどうだ?」

 金吾が杯から目を離し、部屋の入り口へと向けた。その途端素早くふすまが開く。姿を現した男に、金吾はニヤリと笑った。

「――清海殿」

 禿頭の武士、浦島清海は現れた。


「清海様……貴方ですか、私の可愛い男たちを唆したのは」

 海賊『和爾』の首領、豊玉は顔をしかめた。それでも美しい彼女なのだが。

「……」

 しかし清海は答えない。金吾が笑って促した。

「何か言ったらどうですかね。せっかくの同志なのですから」

 当然嫌味にしか聞こえない。好戦的な彼の態度に熊吉が肩をすくめる。

 ややあって、清海は金吾に口を開いた。

「一色の、力を見るにはちょうど良かったろう」

「だが、主家の連中は戦闘にいなかったらしいぞ」

「……」

 再び黙り込む清海に豊玉は拳をつくった。

「我らの隠れ家がばれてしまいますわ。いつ何時、一色が軍を率いてやってくるか……。それでは貴方がたの望む未来はありませんでしてよ?」

「そうだな、どう責任を取るつもりだ?」

 二人に追及されるものの、清海は目を閉じてその場から動かなかった。金吾が小さく舌打ちした。

「……じゃあ、質問を変えよう」

 金吾が杯を呷り、言う。

「あんた、本当に一色を裏切る気があるのか?」

 その質問にその場の全員が目を見張った。

 清海もゆっくりと片目を開ける。その瞳に動じる気配はない。真っ直ぐと質問を受けた様子だった。

 それをどう捉えたかはわからない。金吾はいやらしく唇を上げた。

「何か隠してんじゃねーだろうな」

「金吾さん、もう……」

 思わず口を挟む熊吉だが、当然のように無視された。

 浦島清海は皆元と手を組み、主家である一色に反旗を翻そうとしている。しかし彼の真意は未だ見えない。無論大国の皆元と小国の一色が争えば一色の敗戦は濃い。浦島という家名を守るためだろうか。それとも……

「……もう、よいのだ」

 やがて、清海が口を開く。金吾を真っ直ぐと見つめて答えを出した。

「これ以上政春に付き合ってられん」

 そう吐き捨てた。

「……」

 金吾は目を細め、清海を推し量るように睨んだ。

 睨み合う二人。熊吉は止める時を見過ごし、諦観したように二人を眺める。豊玉と控える女は興味なさげに卓に並んだ料理に箸をついていた。

 そのとき扇子を閉じる音が響く。康佑はにこりと笑って、清海に言った。

「戦闘になりますが、それはけられぬ事です。豊玉殿」

 康佑は彼女に向き直り、扇子で卓を指す。卓の上のは料理の他に、包み紙がある。中身は金だ。

「報酬は用意致しましたので、それなりには……。清海殿もそのときは頼みますよ」

「わかったわ、報酬分は働いてあげる」

「承知した」

 豊玉と清海の頷きに満足したのか、康佑はにこにこと笑顔だ。

 そんな能天気な彼に熊吉は深いため息をく。すると豊玉が思い出したように小首を傾げて言った。

「あ。女の子の一人はどうしましょうか?」

「あん?」

 女と聞いて思いつくのは捕らえた二人組。正直言って金吾には関係のないことだ。

「勝手にしろ。あっ、熊吉はいるか? あいつ」

「遠慮しておきます」

「だとよ」

「そうですか」

 にんまりと笑う豊玉。

「可愛いだったから私のものにしましょうか」

「豊玉さまー、あたしに飽きちゃいましたー?」

「ずるいですぅー」

 猫なで声でささやくのは侍女らしき女たち。豊玉の首や腕に抱きついていた。

「あなたたちをほったらかすわけないでしょ? 可愛いは大歓迎なんだから、ね♡」

 そして豊玉は、女の頬に口づけしたり、尻を撫でたりしていた。

「……」

 熊吉は吐きそうになった。


 * * *


 目が覚めるとそこは冷たい石の上だった。ひんやりとした石が頬に当たり、思わず身じろぐ。体を起こそうとしたができなかった。手首を後ろ手に縛られていたのだ。縛られているのは足首もだった。

 千鶴はぐいっと顔をよじらせた。

「ここは……?」

 視界は暗い。だが『鬼』の千鶴にとってそれは些細なこと。すぐに視界は鮮明になった。

 首だけを回して見渡すと、ここは牢のようだった。目の前に木の格子。その向こうからはぼんやりとろうそくの火が見えた。牢の中は簡素で、石で作られた腰かけだけがあった。

「そうか、わたし捕まったんだ」

 ゆっくりと足を動かして器用に正座した。

 記憶にあるのは昼間、瑠璃を追いかけて路地へ向かったまでだ。そこからは記憶がまったくない。

「瑠璃さん……!」

 瑠璃のことを思い出し、千鶴は慌てて床へ目を落とした。瑠璃はすぐ隣にいた。彼女は千鶴と同じように転がされていた。気を失っているだけのようだ。千鶴はそれだけで安心した。

「瑠璃さん、大丈夫ですか?」

 彼女の肩を揺さぶるとくぐもった声が返ってくる。やがて瑠璃はゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした様子の彼女はこちらの姿を見て、驚愕した。

「こっ、ここは!?」

「落ち着いてくださいっ、瑠璃さん」

 飛び起きる彼女を支えて背中を撫でる。そして、徐々に状況を理解する瑠璃は顔を真っ青にした。

「私、私は……っ」

 その小さな肩は震えていた。やがて震えは止まり、瑠璃は弱々しく笑った。

「何やってんだろうね、私」

「え」

「偉そうに町を守るとか言ってさ。誰の言うことも聞かないで、この様よ」

「……」

「結局、何にも出来てないじゃん。みんなの足引っ張って。ただの馬鹿じゃない……」

 彼女の横顔にはたくさんの感情が流れた。

「兄さんの言う通りだったね。私なんかが首突っ込んで……」

「……」

「……私って、何のために生きてるんだろ?」

「る、瑠璃さんっ!」

 千鶴は声を大にして彼女を呼んだ。これ以上瑠璃に喋らせてはいけない、そう思ったから。瑠璃がびっくりして振り返る。その漆黒の瞳は潤んでいた。

「大丈夫です、まだ諦めちゃ駄目です!」

「千鶴?」

 瑠璃は大声を出すこちらを不思議に見つめる。

「桃太郎様が助けに来てくれます。これは絶対です!」

 今の千鶴は励ますことしかできない。だけど何か言わなければいけない。瑠璃をこのままにはしていけない。

 だから、拙い言葉だけど、一生懸命に口を動かした。

「あなたは強いお方です、だから弱音を吐くなんてらしくないです!」

「……」

「瑠璃さんの想いはみんなに通じています! 一色という国はそういうお国でしょう。だから大丈夫です! わたしは、信じています」

「……」

 上気した頬。いつもより速い心音。少し息も上がっていた。

 千鶴は瑠璃の引き寄せ、そっと瑠璃を抱きしめた。

「大丈夫ですから、ね?」

「千鶴……っ」

 瑠璃は鼻声だった。

「……あなたのくせに偉そうよ」

「少しぐらいいいじゃないですか」

 微笑む千鶴に瑠璃が顔を上げる。涙の残滓に濡れた顔を綻ばした。

「許さないから」

 自然と心は暖かくなった。




 2015年5月3日:誤字修正・加筆

 2016年3月21日:文章修正・加筆



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