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桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
6/52

六、影は暗躍する。



 あくる日から、桃太郎たちは行動を開始した。

「桃太郎様」

「ん、なんだ?」

 町を見物していると、傍に控える浦島達海がこちらへ振り返る。

 桃太郎は店先の緋毛氈が敷かれた縁台に座っていた。達海は真剣な表情をして、進言した。

「やはり、少々危険かと……」

「何が?」

「貴公は、一色家嫡男であらせられます。もし、何かあれば我々は……」

「なんだよ、そんな話かよ」

 達海の言いたいことが理解できた桃太郎は、彼の言葉を打ち消した。驚いてこちらを見上げる彼に、桃太郎は言う。

「そんなこと、気にしなくていいぜ?」

「い、いえっ、ですが、万が一のことが……」

「そのときはそのときだっての。……女将、団子もう二本」

 桃太郎は達海に言い捨てて、追加の注文を頼んだ。

 ぽかんとする達海。桃太郎は茶で喉を潤し、再び達海を見やった。

「それによ。浦島が動いてオレが動かないんなら、それは今までと変わらないだろ。親父の面子もあるし、オレもこの町を守りたい」

「……」

 そう告げるが、達海は目を丸くするだけだった。

「それなら、少しは動くべきではないのか?」

 すると、呆れたような声が上から降ってくる。桃太郎はそちらを見上げた。桃太郎の隣には長身の男、千哉が立っていた。仏頂面の彼に、桃太郎は笑う。

「オレが動かなくても、自然と情報は集まってくる」

「それは犬養や猿田のおかげだろうが」

 千哉はまだぼやく。その隣で忠治がすっと目を向けていた。

 桃太郎はぽりぽりと頭を掻いた。

「それじゃあ、オレも話聞いてくるかね?」

「若はお待ちください。いずれにしろ、五右衛門がかき集めてきます」

 忠治が言った。確かにその通りで、現在五右衛門が賊の情報を集めている。武が冴えない彼は、裏方の方が性に合っているのだ。

「まぁ、そうだな」

 桃太郎は頷き、団子を頬張った。しかし目は往来へ。彼の視線の先には町娘がいた。けっこう可愛らしい。

「女の子なら聞いてもいいかな?」

「若ぁ……」

 目を三角にする忠治。呆れた様子で腕を組む千哉。達海は終始、目を丸くしていた。

「ははっ。冗談だって」

「冗談に聞こえんがな」

「厳しいなぁ……」

 からからと元気よく笑う桃太郎。そのとき、声が聞こえた。

「達海様」

 それは彼の背後からだった。一斉に振り返ると、そこには糸目の男がいた。

「どうした、亀蔵(かめぞう)

 達海が受け答える。どうやら彼の付き人らしく、名は亀蔵という。

 亀蔵は報告する。

「港の方で何やら騒ぎが」

「なに?」

 達海の表情が暗くなった。すぐさま、桃太郎は立ち上がる。

「よし。行こう、ってサルはどこ行った?」

 そう言えば、五右衛門はまだ情報収集から戻って来ていなかった。桃太郎がきょろきょろしていると、忠治が提案する。

「私が探してきましょう、若は先に港へ」

 しかし、それを桃太郎ははねのけた。

「いや、それは千哉に頼もう」

「え……」

「何故、俺に頼む?」

 そう告げると、忠治は目を瞬き、千哉は不思議そうにこちらを見やった。

「おまえのほうが足速いだろ?」

「……なるほど、確かにそう……」

「いえっ。私が行って参ります」

 千哉が首肯したとき、忠治が強く発言した。これには桃太郎も一瞬、目を見開き、そして微笑んだ。

「おまえには、オレの側で……」

「行かせてください」

 真摯な眼差し。

 桃太郎は少し不思議に思った。いつになく、切羽詰まった様子の忠治。何かあったのだろうか。彼はどこか、焦っているように見えた。

 だがここで押し問答をしている暇はない。達海と亀蔵は今すぐにでも港へ駆けつけたいだろう。

「それじゃあ、頼むわ」

「はっ」

 命じると、忠治は律儀に頭を下げる。彼は結った黒髪を揺らして、往来へ消えた。

 彼の後ろ姿を眺めていた千哉が薄く笑った。

「……あいつも、強情だな」

「千哉、早く行くぞ」

 桃太郎に呼ばれて、彼は振り返った。そのとき、冷徹な視線が背中を突き刺さった。

「っ……」

 千哉は再び往来を振り返る。自然と目つきは厳しくなり、射抜くように見渡していた。

「……気のせい、ではないな」

 何度も言うが、鬼の五感は人間よりも鋭い。

 千哉は察したのだ。自分たちを尾行している影を。

 しかしそれを正確に捉えることができない。相手は相当の手練れか。

 ――用心に越したことはない。

 千哉は腰の刀に触れ、前方を見やった。

 その視線の先には、友がいる。

 正義感が強く、この国のためなら何だってやり遂げる男だ。さきほどまで浮かべていた無邪気な表情はどこへいったのか。今は真剣な表情へ変わっていた。

 それを見守るために、自分はここにいる。

 だから。

「背中は任せろ、桃太郎」

 千哉は誓いを果たすのだった。


 ***


「チッ……。危ないところだった」

 路地裏でそう呟く男がいた。

 襟足を刈り上げたおかっぱ頭。赤い羽織の中は筋骨隆々とした体躯。どこかの武芸者といった風格の男だ。

 男はひょいっと路地裏から顔を出す。

「くそ、田舎侍のくせに中々鋭い」

 しげしげと眺める方向には長身の男が映っている。鬼柳千哉だ。忌々しそうに彼の背中を見つめた。

「ま、これはこれで好都合だが」

 しかしその表情はすぐに意地悪く歪む。

 そのとき、路地の奥から大きな影が現れた。口元に立派な髭をたくわえ、背は六尺を超える巨漢だ。

金吾(きんご)さん」

「おう、熊吉(くまきち)

 おかっぱ頭は金吾といい、現れた巨漢は熊吉といった。

 熊吉は金吾の側に寄り、同じように通りを見つめた。

「何を見ていらっしゃるので?」

「なんでもない。それよりも連中はどうだ?」

「あちらはあちらで自由です。港を襲撃するそうで」

「勝手にやりやがって……気に食わん連中だ」

 金吾は吐き捨て路地へ顔を隠した。その拍子に熊吉も路地裏へ引っ込む。さらに顔をしかめる金吾に、熊吉は肩をすくめてなだめるように言った。

「連中は連中です。我らは我らの役目を果たしましょう」

「当然だ」

 金吾は熊吉の言葉を遮り、三白眼を獰猛に輝かせて口元をニヤリと吊り上げた。

「一色攻略の先鋒は、俺が務める。この坂上金吾に万事任せておけばいいんだよ」


 彼らは、東に広大な領地を持つ皆元(みなもと)家の家臣である。

 おかっぱ頭で傲慢に笑う男が坂上(さかうえ)金吾。彼の隣にいる穏やかで丁寧口調な大男を熊野(くまの)熊吉といった。

「しかし、主家の一色も現れましたか……弱りましたね」

 熊吉がため息をいた。それに金吾は目つきを厳しくした。

「怖気づいたか、お前は」

「そんなわけありません。ですが、これは一つの調略です。主家まで相手するのは、骨が入りますよ」

「やっぱビビってんじゃねーか。割るぞ熊吉」

「金吾さん……」

 強気な彼に熊吉は呆れたように眉をひそめる。しかし当の彼は気づいていない様子で、ハッと一笑に伏した。

「そんなのどうだっていいだろ。どのみち一色も潰すんだ。今ここで主家の連中も殺しときゃあ、一石二鳥じゃねーか」

「そんな上手くいきませんよ」

「だったらお前の頭でどうにかしろ。俺は闘うだけだからな」

「はぁ、まったくこの人は……」

 武人として、金吾は相当な自信を持っている。皆元家中でも、隆光四天王の中でも、一対多数なら誰にも引けを取らないだろう。金吾の武は皆元家拡大に必要だとはっきりと言っていい。おかげで頭を使うのは大の苦手だが。

 だからこそ、熊吉のような人物が側にいるのだ。

 熊吉がこめかみを揉んで悩んでいると、金吾が思い出したように口にした。

「そういや……一色ここには『鬼』が巣食うらしいな」

「それが何か? もしかして信じてるんですか?」

「ふざけんな。鬼なんか存在するかよ」

 金吾は鼻で笑って否定した。それには熊吉も大いに賛同する。鬼など空想上の物の怪。人間が創り出した妄想だ。

「ともかく一色を潰すのは俺だ。熊吉、ちゃんと策練っておけよ」

「了解しました」

 我の強いところは昔からなので、慣れてしまった熊吉はあっさりと了承する。 それに熊吉自身、策を巡らして皆元の勝利に貢献することが一番だと思っている。

 金吾が通りを覗きながら動く。連られて熊吉も背中を追って、通りを見やるとあるものを発見した。

「金吾さん。あれを」

「あ?」

 熊吉が指差す方を見やると、二人と同じように路地裏でこそこそとしている女が二人いた。一人は小柄な少女。こっちは別段普通だったが、もう一人は違うかった。そいつは高級そうな着物を着飾っていたのだ。

 金吾は目を細める。

「ただの女、じゃないな」

「恐らく――」

 熊吉の言葉に、金吾は口角を上げた。

「これは使えるな。連中に知らせるぞ」

「御意」


 ***


 時を同じにして。

 千哉の視線にびっくりした浦島瑠璃は路地裏で身を縮めた。

「あなたのお兄さん。すごい勘してるわね」

「ハハハ……」

 愛想笑いを浮かべるのは、何故か隣にいる千鶴。しかしその表情はすぐに困惑したものへ変わった。

「あの……瑠璃さん」

「何よ? あと瑠璃でいいわ」

「そんなことより……」

 おろおろとして千鶴は言葉を口にした。

「勝手にお城出たら駄目じゃないですか」

「あなた、そんなこと言うために私を追いかけてきたの?」

 瑠璃はきょとんとした。

 やはり瑠璃の正義感は抑えることはできなかった。

 つい先刻、美羽が席を外したその瞬間、瑠璃は庭へ飛び出したのだ。びっくりした千鶴は慌てて彼女を追った。城内の端にある石垣が崩れており、そこから町へ抜け出せるのだ。これを知っているのは瑠璃自身と兄の達海だけだ。慣れた足取りで瑠璃は城を抜け出し、今に至る。彼女を追いかけた千鶴も一緒に。

「美羽さんに怒られますよ」

 必死に伝えるが瑠璃は呆れたような表情をした。

「だったら一人で帰りなさいよ」

「え……、えーと、道がわからなくて」

「はぁ?」

 あはは、と苦笑すると瑠璃は思いっきり眉をひそめた。

「あなたってどこまで田舎者なの?」

「ずっと北の山に住んでいたから」

「ふーん、そっ」

 千鶴の答えに素っ気なく相槌を打ち、瑠璃は路地裏から顔を出す。彼女の視線の先には桃太郎がいた。

「ともかく。私は諦めないから。私だって町のために役に立って見せるわ」

「瑠璃さん」

 彼女の一生懸命な所は誰にも止められないかもしれない。とりあえず千鶴には無理だ。

「だいたい、あの人だけに任せてちゃあ駄目だわ。あの人、どこか軽率だもの」

 瑠璃がぼやくように言う。『あの人』とは二人の視線の先にいる彼。現に彼を見やると、彼は町娘に声を掛けていた。その爽やかな笑みは商売道具のようで、なんだか腹立たしい。

「……」

 わからなくもない。千鶴は納得してしまった。男女問わずあの笑顔を見せているのはなんだかもどかしかった。

「よし。海賊の尻尾を掴んで、兄上をぎゃふんと言わせてやるわ」

 そう意気込む瑠璃に千鶴はため息をいた。すると瑠璃はこちらを振り返り、真剣な表情をした。

「私について来るなら勝手になさい、千鶴」

 そう言って瑠璃は路地を歩き出す。

「ど、どこに行かれるのですか?」

「情報収集は町のどこでだって出来るわよ」

 瑠璃が路地の角を曲がる。

 千鶴は慌てて追いかけ、路地を曲がると何かにぶつかった。

「す、すみません」

 びっくりして謝ると、影は振り返った。

「海賊の尻尾を掴むか……。言ってくれるな、お姫様」

 頭上から降ってくる声。そこにはおかっぱ頭で筋骨隆々とした若い男がいる。その男の腕には瑠璃がもたれ込んでいた。

 千鶴は息を呑んだ。

「る――ッ」

 口を動かした途端、腹部に衝撃。

 千鶴の意識はそこで途絶えた。




 2016年1月5日:誤字修正

 2016年3月21日:文章修正・加筆

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