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桃の色香 続章  作者:
第三章 鬼柳動乱編
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六、桃太郎、鬼酒千早と対面する。



「忠治。見張り、頼むわ」

「はっ」

 部屋の前の彼に早口に言い捨て、桃太郎はもう一度廊下の左右を確認し障子を閉めた。

 振り返る先には三人の女が座っている。右手に座る二人は桃太郎もよく知っている、秋那と香織だ。二人ともいつになく真剣な表情をしていた。

 そしてもう一人。黄色の小袖を着た女性。

「はじめまして。鬼酒千早と申します」

 鳶色の目と合う。

 まさに佳人である。美しい、そんな陳腐な言葉しか思い浮かばなかった。

 月など比べ物にならないくらいその女は美しかった。

 それは外見で判断したわけではない。一目見たとき、心を揺さぶられるような、胸の中の何かが傾ぐような……。その容姿と鳶色の光には、人間が計り知ることのできない炯眼、『鬼』が作り出す不思議な霊気があった。

 やはり『鬼』は、末恐ろしい。

 鬼酒千早。人間に故郷を追われ、千哉が他所から連れてきた『鬼』、それも千哉と同じ頭領格の鬼である。

 千早は軽く会釈して名乗った。彼女の容貌に見惚れていた桃太郎は一息いっそく遅れて腰を下ろし、こちらも名乗る。

「千哉から聞いてると思うけど、オレが一色桃太郎だ。一色政春の子だ」

「あなたが、国主の男子ですか……」

 氷のように冷たい表情をする千早は桃太郎の姿を検分し、小さく息をいた。そのため息の意味は深く考えない。我が美貌に見惚れてくれているならそれはそれで嬉しいが。

 桃太郎はうっすらと笑みを浮かべるが、千早は無表情を崩さない。こちらに目を合わせないまま、口を開いた。

「あなたは千哉さん……鬼柳のみなさんと懇意にしているようですが、何故でしょうか」

「なぜ?」

 問われた意味がわからなかった。

 訊き返すと千早の柳眉がわずかに歪む。

「あなたはヒトです。ヒトが、どうして私たちに深く関係を持とうとするのでしょうか。鬼は鬼として領分を弁え、今まで生きてきたのです……!」

 声が震えていた。千早は目を厳しく細めて、桃太郎を睨む。

「……あなたは、何が目的ですか?」

 潤む瞳を桃太郎は受け止める。その視線に強い憎しみを感じた。桃太郎を、いや人間という存在を否定するような視線だった。

 だが、桃太郎は目を逸らすことをしなかった。

「目的、ね……」

 吐息を零すように呟き、千早を見つめ返した。そんな視線は千哉と出会ってから慣れっこである。物怖じなどするものか。桃太郎は表情を消し、冷たい眼差しを千早に送って告げた。

「一色のもんは、一色のもんだろう」

 少し意地が悪かったろうか。言うと秋那と香織が顔色を変えて、二人一緒になってこちらを振り向いた。が、桃太郎は無視して続けた。

「鬼柳は一色が治めてる地で生きてんだ。だったら世話ぐらいする。それも、人間オレたちと違うって言うなら尚更だ」

 千早の表情が厳しくなるが、桃太郎は口を閉じない。

「オレは鬼を守るって約束した。そりゃあ物の分別ぐらいついている、千哉が嫌だって言うならオレは関わらないさ」

「……」

「だけどオレの国が危ないから、関わってんだ。そもそも、君が一色に来なければ、千哉と喧嘩することも無かったかもな」

「桃太郎……!」

 我慢ならないと言う風に秋那が身を乗り出す。怒る彼女に桃太郎は目を向けた。

「秋那おまえ、前に言ったよな?」

「なんだッ」

「力になってくれるって信じてたって。立ち上がれって」

「む……そう言えば……?」

 あれは一度国元に帰った時のこと。秋那が桃太郎に向かって怒鳴った言葉がそんなことだった。思い出してか、秋那は恥ずかしそうに顔を赤くする。

 桃太郎は冷めた表情を崩さない千早へ顔を戻す。

「オレは求められた。それ以前に、オレが千哉を助けたいと思ってる。だからオレは手を貸す、何度でもだ」

「鬼とヒトが争えば多大な犠牲が出ます。その犠牲になるのは上に立つあなたではありません。……あなたは怖くないのですか?」

「ああ怖いさ」

 即答した。

 そんな答えが返ってくるとは思わなかった千早は声を失う。鳶色の瞳がこちらをひたと見つめている。吸い込まれそうになる美しさに、思わず喉を鳴らしてしまう。

「オレも親父も戦なんか御免だ。だけどやらないとならない」

 邪念を振り解き、桃太郎は穏やかに言葉を紡ぐ。

「オレは千哉と出会った、友達になった。だったら見て見ぬふりなんかできない」

 人間に故郷を追われた『鬼』の彼女が、桃太郎を信じられないに決まっている。

 だけど言葉を尽くしたい。

 声が届くなら、届く限り、枯れるまで声を発する。

 己の想いを望みを少しでも伝えたい一心で。

「オレはオレを否定できない。オレは友として、千哉たちを助けたいんだ」

 真っ直ぐと千早を見つめ返す。彼女の長い睫が震え、小さく開かれた唇があどけない。

 その表情がなんだか可愛らしくて桃太郎は微笑を浮かべた。

「見ててくれ、千早」

 桃太郎は横に置いた太刀を千早へ差し出すように掲げる。

「馬鹿な人間が、馬鹿みたいに必死になって、馬鹿してるところ」

 ははっ、と歯を見せて爽やかに笑うと、千早はますます目を見張ってぼんやりとこちらを見つめる。艶のある桜色の唇から熱い吐息が漏れ、膝の上で固く握られた両手がゆっくりと解かれた。

「千哉さんが、」

 掠れた声が耳を打つ。

「千哉さんが、あなたを慕っているのが伝わります」

「そう?」

 その一言に桃太郎は嬉しくて破顔する。

 呆然とする千早はその笑顔を視線から外し、ぽつぽつと続けた。

「嘘を見抜くのは得意です。あなたの言葉には嘘が見当たらない。本気で私たちを怖いと思っている、それでも本気で助けたいと思っている。……千哉さんが仰るように、あなたは他の人間と違うようですね」

「ああ」

 強く相槌を打つと千早は顎を上げて桃太郎と目を合わす。

「あなたは、違う」

 確かめるように呟く。千早はそっと目を閉じて胸元でぎゅっと手を握った。

「とても暖かくて、かぐわしい……。あなたにはそういう輝きがあるのですね。……千哉さんは、そういうところに惹かれたのでしょうか」

「千哉のこと、信頼してるんだな」

 桃太郎は微笑んだまま、秋那と香織を振り返った。視線に気づいた二人、香織はこの結末を待っていたと言わんばかりに笑顔を見せ、秋那は満足そうにひとつ頷いた。そして彼女たちは千早に向き直り、秋那が畳に指先をついて慇懃に口を開いた。

「千早様、我が頭領をお助け願いませんか」

「え?」

 突然の申し出に千早は目を瞬く。彼女の畏まった口調に桃太郎も思わず眉を上げた。

「あの人は一人で戦おうとしています。千早様のため、一族のため、この国のために。我らも、人間に手を貸すことに躊躇いがあります。けれど我が一族、延いては鬼の世のためならば……我らは力を尽くしたいです」

 顔を上げる。濡れた漆黒の瞳がいつも通り厳しく細められ、桃太郎を見つめた。

「……手伝ってくれるな?」

「愚問過ぎて笑えないぜ? 秋那」

「う、うるさいっ、口が緩んでるぞ貴様ッ」

「わかったわかった」

 文句を言う秋那をからかってから、桃太郎は立ち上がる。

 三人の視線が桃太郎に集まる。秋那は頬を膨らませ、香織は歓喜するように頬を紅潮させ、そして千早は深く頷いた。

「さあ、」

 桃太郎は朱色の鞘に収まった太刀をとんと肩に乗せる。

 その端正な顔を綺麗に綻ばせ、柔らかく口角を上げ、超然的に笑った。

「――行こうか」

 始まりを告げるように、乱丸の大きな鳴き声が聞こえた。





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