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桃の色香 続章  作者:
第二章 皆元編
41/52

二十四、一色と西国。

 2016年4月9日:誤字、文章修正

 2016年7月14日:誤字修正



 桃太郎たちが国境くにざかいで死闘を繰り広げている頃。

 一色領の本城、当主政春の居城では粛々と戦の準備が行われていた。東の支城が皆元軍に包囲されているのは既に伝わっており、本城に待機する家臣たちはにわかに慌てていた。これは以前の海賊騒動のような小さな争いではない。国と国がぶつかる戦争、一色は経済が豊かでも軍勢の数は知れている。いざ、敵国と戦争となると兵力の差は明らかである。勝機は零に等しいだろう。もはや降るしかない、そんな考えを持つ者まで現れていた。

 だが、政春からは何の指示も無かった。

「……」

 鶯が庭で鳴いている。

 城内は落ち着かない雰囲気で騒がしいが、政春の自室は静かだった。普段と同じように質素な着物を身につけ、暖かい縁側で腰を下ろしている。

 彼の前にあるのは将棋盤。彼は自室に籠もり将棋を指していた。

 パチン、パチンと駒を鳴らす。政春の手には銀将と飛車の駒があった。

 それらを目に入れて思う。

 銀将は突き進めるが、上手く退くことを知らない。飛車は自由に立ち回れるが、奇策を知らない。

 政春はじっと将棋盤を見つめた。

 あの馬鹿息子は現状をどこまで理解しているのだろうか。そして、現状であの人外たちをどこまで使えるだろうか。

 やはり、あと一手。

「…………」

 政春は向かいの王将を睨んだ。

「――御館様」

 つ、と目を動かす。襖の向こうから側近の声。政春はすぐに入室するよう促した。

 側近はかしずく。

竹鳥(たけとり)藤高(ふじたか)様がお目見えになられました」

 その言葉に政春は思わず感心する。

「早いな。しかもあいつ自ら来るか……面白くなってきたぞ」

 ニヤリと口元を歪め、腰を上げたそのとき。

「政春はどこだっ!?」

 ドタドタと廊下を踏み鳴らす足音と怒鳴り声。途端に政春は顔をしかめた。

「騒々しい奴だな。追い払うか」

「殿……失礼ですぞ」

「まったく、いつになっても落ち着かん奴だな」

「この状況で落ち着いている殿も殿ですがね」

「小言が多いぞ、忠行ただゆき

 側近と言いあっていると、吹っ飛ぶぐらいの勢いで襖が開かれた。

 現れたのは具足姿の男。無精髭を生やした彼は肩で息をして、怒りで真っ赤にした顔を政春に向ける。精悍で若々しい顔立ちをしているが政春と同年代である。

 男は政春の顔を見て怒鳴り散らした。

「どういうことだ政春! 説明しろ!!」


 一色領より西には竹鳥(たけとり)という家が土地を治めている。領土を守り続けこの乱世に覇を唱えない国だ。一色と似たようなところがあるが竹鳥は日和見で乱世を渡っている。どこかの国々が争えば旗色の優位な方に味方につき恩恵を分けてもらう。ことあるごとに同盟国を変える強かな国である。

 その中で、一色は竹鳥とはずっと昔から良好な関係にあり、特に政春の代からは両国の関係をより深めていた。

「政春、説明しろ」

 どかどかと埃を立てて政春に突っかかるのは、竹鳥家現当主の竹鳥藤高(ふじたか)であった。太い眉をハの字に歪め、ぎらぎらと瞳を光らせている。甚だしくいかっているらしい。

 政春はそんな彼を見上げて肩をすくめた。

「おまえは落ち着きと言ったものを覚えた方がいいぞ。良い歳をして……」

「そんな問答はいらん。いいからさっさと説明しろ」

「せっかちな奴だな」

「お前は! ……どうしてそう落ち着いてられる? 阿呆なのか?」

 疲れたようにため息をき、どかっと腰を下ろす。彼の具足の腰あたりから埃が舞った。政春は不快そうに手を煽ぐ。

「おまえにだけは言われたくないな。これでも慌てているぞ」

「信用できぬな」

 そう吐き捨てて、刀を左側に置いた藤高は切れ長の目を細め、政春を睨んだ。凛々しい容貌をしている彼は歳の割にずいぶん若く見える。そのおかげか、余計に落ち着きが見られないのが玉に瑕か。

 政春とは古い付き合いであった。

「おまえ、ひとりで来たのか」

「ああ、兵どもは後から来るぞ。……だいたい急かしたのはお前だ。あんな文を送りつけよって」

「変なことを書いた覚えはない……」

「ふざけんな!」

 藤高はどんと畳を叩いた。

「皆元と一戦交えるつもりか! お前は!」

「……」

 政春は口を閉ざした。

 一色は大国に挟まれた小国である。政春は国内平和のために隣国に貢ぎ物や交易を駆使して同盟関係を保っていた。しかし今は東の皆元と緊迫した状態。ならば西の同盟国、大国の竹鳥に助けを求める、その権利はあった。それを了承するかどうかは竹鳥次第だが、こうして当主の藤高が訪ねてきた。

「馬鹿を言うな」

 政春は無表情のまま口を開く。

「わしは国が平和ならなんでもする。だからおまえを呼んだんだ」

「ぐ……、わかってる……お前は本当に腹立たしいほど頭が回るな……」

「これぐらい普通だろ」

 政春が笑うと藤高は不機嫌そうに舌打ちを漏らした。

「お前を助ける義務はない。だが、一色が滅びたら……次は竹鳥おれたちだろうが」

「そうだな」

 苦々しい顔をする藤高を見て、政春は心の中でほくそ笑む。

 国境を接するということはそういうことだ。隣国を支配されればいずれ必ず侵攻される。竹鳥の家中が最も恐れているのはそれだった。

 言わば、一色という小さな国は隣国との緩衝材の役割を果たしているのだ。

「そう考えると皆元も無茶なことをするな」

 すると藤高がぼやく。

 確かに、一色の立ち位置は皆元から見ても同じである。今の侵攻は少々不味いだろう。政春は肩をすくめた。

「いずれおまえたちとやるつもりだろう。だからこその侵攻だ。まあ隆光の真意はわからんが」

「まったく、面倒なことをしてくれる」

 忌々しく吐き捨てる藤高に、政春は笑いながら言った。

「そうだな。一色が崩れたら次はおまえだ、藤高。皆元は東の方をあらかた押さえたと聞く。わしが死んだあと、竹鳥はどう動く?」

「政春……」

 少し口が過ぎたか、藤高は悔しそうに唇を噛んで拳を震わせた。

 長い付き合いだから彼の性格は良く知っている。竹鳥の家風のような、日和見で優柔不断な男ではない。性根は優しく、真っ直ぐで意地っ張りな男だ。

 今の情勢を見て竹鳥が協力することは予想できていた。しかしそれ以上に竹鳥藤高自身が、一色を助けることを政春はわかっていた。

 藤高はがりがりと頭を掻きながら唸る。

「お前のそういうところが、俺は昔から好かん!」

「なんとでも言え、わしはわしだ。どんなかたちになろうとわしは最後まで知恵を振り絞る」

「だったら、清海殿もどうにかできただろうが」

 その言葉に政春は押し黙った。

 彼は悪気があって言ったわけでない。機嫌の悪さが高じて、たまたま彼の名前が出てきただけだ。そんなことは重々承知している。だが、政春は息を飲んで藤高から目を離し、畳を見つめていた。

「清海殿を無くしたのは、大きな痛手だぞ……ったく」

「あんな大馬鹿者、わしはいらん」

「うん……?」

 早口に吐き捨てる。そんな政春を不思議に思ったか、藤高は目を向けた。

 しばし沈黙が続く。

 また、鶯が鳴いた。

「……で。具体的にどうするつもりだ、政春? まさか本気で皆元とやり合うつもりはないだろうな」

 ややあって藤高が口を開く。

「当然だ」

 硬い声音で答えると、彼は身を乗り出してニッと不敵に笑った。

「五千、出してやる」

「そんなに? 本気か」

「お前に嘘はかん……というかけない。確かに今一色を失うのは竹鳥としても良くない。だがそれよりも、人間として知り合いを見捨てるのはどうかと思う。お前は頭が良いし頼りにしてる。お前にはまだ、しっかりと東に目を光らせてもらわないとな」

 藤高が偉そうに言うので政春は思わず噴き出した。

「個人的な理由が多いな」

「なんだよ、悪いかよ?」

「いや、おまえらしくて良いんじゃないか」

 やはり竹鳥藤高は情け深い。それが甘く愚鈍だと捉われるかもしれないが、彼の長所でもあろう。少なくとも、政春は彼の性格を好いている。

 政春は笑みを浮かべながら言う。

「家中はどうなんだ?」

「そんなものは既に説き伏せてる。今向かってる連中はそれだ」

「おまえにしては用意周到だな」

「……お前の言い方に腹が立つのは俺だけか? やっぱ、お前の性根は歪んでんな」

「心外だな」

 これで一安心である。大きな戦闘は起きないと信じたい。まあそもそも、政春は戦を起こす気は決して無いが。

「よし、決まりだな!」

 すると藤高は膝を叩いて、刀を手に立ち上がった。

「俺もすぐさま東へ行く。皆元の将兵どもに、竹鳥藤高ここにありと知らしめてやろう!」

「待て藤高。まだ話は終わってない」

「ああ?」

 出鼻をくじかれて彼は不愉快そうに眉をひそめる。

 何度も言うが、政春は戦をする気など毛頭無いのだ。政春は彼にもう一度座るよう促して、口を開いた。

「わしは、名を借りたかっただけだ」

 言うと、渋々腰を下ろした藤高がますます顔をしかめる。

「どういう意味だ?」

「おまえの名を出せば皆元の攻勢も止まるだろうと思ってな」

「そんな簡単にいくか。俺は難しいと思うぞ?」

 刀を脇に抱えて腕を組む藤高。

 無論、政春もそんな楽観視はしていない。政春は口の端を吊り上げて、側にあった将棋盤を藤高の前に置いた。そしてある駒を指に挟み藤高に見せつけた。それは銀将と飛車だった。

「こいつらが帰還してくるなら、わしの勝ちは半分決まりだ」

「はあっ? ふざけるな。こんなときに娯楽に耽る奴があるかっ」

 藤高は素っ頓狂な声を上げて抗議をした。

「最後まで聞け、藤高」

 興奮する彼をなだめ、政春は続ける。

「今、倅が出張っておってな。あやつが手にする駒はどうあっても持ち帰ってもらわねばならんのだ。こいつが揃えば血を流さず勝つ自信がある」

「桃太郎殿が……? そう言えば顔を見ていないな」

 思い出しように藤高は呟く。

「東へ行ったか? 血気盛んだな、まだ何も始まっていないのに……」

「まぁ、そんなものだ。だがすぐに帰ってくる。深追いはするなと釘を刺しておいたからな」

 政春はちらりと部屋の隅に視線をやった。襖の側には政春と藤高が話し合う中、ずっと静かに座っている側近がいた。彼は穏やかな表情で座礼する。

「我が愚息も事の重大は重々承知でございましょう。それすらわかっていなければ若殿を守る資格はございませんし、再び教育をせねばなりませんな」

忠行ただゆきは厳しい」

「犬養殿、桃太郎殿たちはどちらへ?」

 藤高の問いに、側近は柔らかく笑み、口を閉ざした。それに藤高は諦めたように肩をすくめ、政春に向き直った。

「教えてくれぬ、か……。まあ桃太郎殿が帰ってから聞こう。それまでここで待機か……つまらんな」

「少しずつ兵を送ってくれると助かる」

「それは任せろ」

 藤高は凛々しい顔を綻ばせ、まばらな顎髭を撫でる。

「しかし、桃太郎殿は不在か。せっかく()を連れてきたのに……あやつ、嘆くな」

「は?」

 政春は目を点にした。予期もしない名前が出てきた。思わず口につく。

「おまえ、兵より先に娘を連れてきたのか!?」

「なんだ? 何か問題があるか?」

「おまえな……」

 ここにきて初めて、政春の冷静な表情が消え、心底呆れ顔になった。

 その顔つきに藤高は心外そうに顔をしかめ、政春を諭す。

「久しぶりにこっちに来るんだ。ちょっとぐらい顔を見せてもいいだろうと思ったんだ。戦の前、つきに励まされて不機嫌になる男などいない。それに、月が行きたいと申したのだ。応えるのは親として当然であろう」

「この親バカめ……」

 額を押さえる政春は深くため息をき、外を眺めた。

「桃太郎、早く帰って来い」


 * * *


 ――兄上は、ご無事かしら。

 浦島瑠璃は小さな客間でそんなことを思った。

 彼女は現在一色の本城に身を置いている。兄の達海が主家への忠誠と汚名返上のために東の支城に兵を挙げたからだ。

 浦島家が危うい立場にあるのは周知の事実。故に瑠璃は本城にいる。客人のような扱いを受けているが、人質に近いだろう。それぐらい瑠璃にも理解できた。謀反人の娘がこうして城にいるのはおかしいか、白い目で見られるのは多々あったが、瑠璃は毅然と振る舞い、元々の高飛車な性格もあって、どうにか日々を過ごしていた。

 しかし何もすることがないと言うのは非常に退屈である。今は見張りのような下女もいない。

 瑠璃は、んっと伸びをしてから這う体でそっと障子に手を掛けた。

 城の奥になる部屋だから静かだ。多分、表はもっと慌しいのだろう。

 ――そう言えば、あの人も東に……。

 きょろきょろと廊下を見て、ふと脳裏に浮かんだのは二枚目の彼。瑠璃に対して軽率で、顔を合わせば必ず声を掛けてくる。どういうわけがまったくわからないが、罪人の娘に対しての、その積極的な態度は他の城内の人たちに良い方に影響をもたらしているらしい。しかしこれはすべて従者の推測に過ぎないので、本当のところは誰にもわからない。無論瑠璃は信じていない。

 女たらし。

 彼の印象は出会ったころから変わっていない。近頃は女の子がまた増えた気がする。

 だからいつも警戒心剥き出しで口を利いている。

 それでも憎めないのは彼の性格が要因しているか。女たらしであるが、いつも気さくで明るく、嫌な思いはしない。どちらかというと楽し――。

 そこまで考えてぶんぶんと頭を振った。

「楽しくない楽しくないっ! しっかりしなさい瑠璃っ、あんなアホのどこがいいのよ! 千鶴もどうかしてるわ!」

 ややつり目で気の強い瞳を厳しく細め、ふんと息巻いた。

「達海兄様のことは感謝してるけど……認めないんだからねっ!」

「何をかしら?」

「ひゃっ!」

 背後からの声に飛び上がる。ぺたんと廊下に尻をついて顔を上げると、そこには立派な打掛を着飾った女性がいた。

 その女性の容貌を見て、瑠璃は息を飲んだ。

 端正な面に、長い睫と切れ長の瞳。すらりと細い背丈。雪のように白い肌は滑らかで、腰まで流れる黒髪は艶やかで輝くばかりだった。

 ――すごく、綺麗な人……。

 目を奪われた。息をすることすら忘れるほどの美貌であった。

「大丈夫かしら?」

 美女は小首を傾げてこちらを見下ろす。見惚れていたことに気づいた瑠璃は我に返って、すぐさま立ち上がった。

「だ、大丈夫よ。気にしないで」

 彼女と目を合わすことが気まずくて、小袖の埃を払いながら瑠璃は言う。すると美女は形の良い眉を上げる。

「貴女、どこかで見たことがあるわ」

「はい?」

 目を瞬く。楚々と歩み寄る美女に、瑠璃は思わず後ずさりをして距離を取る。美女は、細くしなやかな指先を顎に添えて、興味深そうに瑠璃を見つめる。

「ふむ、やっぱり……」

 じろじろと見られて瑠璃は段々と腹が立った。本城に来てから、このような好奇な視線には慣れていたがそれでも、こう観察されては頭にくる。瑠璃はむっと顔をしかめ、虫を追い払うように手を払った。

「あの。さっきからじろじろ……やめてくれる? 私に何か用なんですか?」

「え? あぁ、ごめんなさい。ちょっと気になって」

 瑠璃の高圧的な態度にも物怖じしない。中々に肝は据わっているようである。ほとんどはこれで退散してくれるのだが、美女は微笑んで口を開いた。

「名前だけでも教えてくださるかしら?」

「は? なんであんたなんかに教えなきゃいけないのよ」

「あら、残念」

 美女は口にするもの、微笑みを崩さない。それがますますかんに障った。

「貴女、女中っぽくないもの。私の勘は外れたことはないわ」

「そういうあんたもどこのお姫様? そんな人がこんなところで何してるの?」

「私? 私の名前は竹鳥(つき)って言うの。覚えてね」

「へっ?」

 ぽかんと口を開ける。瑠璃は大きく目を見開き、首を捻った。

「竹鳥って……西の竹鳥?」

「ええ」

「ほんとに?」

「何を疑うの」

 美女――月は柳眉をひそめ、肩をすくめた。今度は瑠璃がじろじろと彼女を眺める。竹鳥の名前ぐらい知っている瑠璃は不思議だった。隣国のお姫様がどうしてこんなところにいるのだろうか。嘘をいているようには見えないし。

 悩んでいると、月が話を変えた。

「あっ。ねえねえ、貴女ならあの人がどこにいるか知ってる?」

「え? 誰のこと?」

 すると月は端正な顔を綻ばせ、いたずらっぽく微笑んだ。

「桃太郎。私の、旦那様♡」

「…………は?」

 瑠璃の顔は今日一番に歪んだ。




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