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桃の色香 続章  作者:
第二章 皆元編
33/52

十六、千哉、皆元隆光に会う。



 千哉は、あえて友の思いを突っぱねた。

 あれが最善なのだ。

 千哉は己に言い聞かせる。

 桃太郎は心の底からそう願っていた。それは千哉にも伝わった。だが、これ以上彼を巻き込むわけにはいかない。彼は一色の次期当主だ。これからの世を、一色を守っていく存在である。鬼の私情に深入りはならない。

 だから、あれで良いのだ。

 千哉は拳を握りしめ、林道を下った。



 * * *



 淡い日差しが皆元の城を照らす。空は澄み切ったような晴天。少し湿気を帯びた風が庭を走った。

「……」

 湿った空気を彼女は受け止めた。

 御殿の近くにある屋敷に彼女はいる。

 鳶色の綺麗な瞳をしたあでやかな女性だ。しかし美貌とは裏腹に、ひどく哀しく、今にも壊れそうな儚さをまとっていた。

 鬼酒千早は部屋から庭を眺める。

 たくさんの桜の木が植えられており、砂利が敷かれ、真ん中には池がある。なんとも城内に似つかない豪奢な庭園である。皆元の栄華を誇ったものだろうか。それとも、千早へのもてなしだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 ここに幽閉されて数年が経つ。一族との接触を断絶され、皆元の人形に徹した。里の者には迷惑をかけているのは重々承知している。特に若い衆は皆元への憎悪を燃やしている。

 それは、千早が最も親しい兄弟も同じである。

「……稔君」

 千早はぎゅっと両手を握った。

 昨夜彼は突然城へ出向き、そして隣国の若殿――『人間』の首を取りに行くと宣言したのだった。皆元家当主である皆元隆光の前で。

 聞いたとき、千早は気を失いかけた。

 人間に手を貸して、人の戦に関わる。それは『鬼』のしきたりに反することだ。

 だが、彼はそこまでして千早を助け出し、そして鬼酒を復興させる気なのだ。

 あれから千早の心は自責の念に包まれた。

 彼には酷なことをさせている、それだけ彼を追い詰めた、彼を、『鬼』の道から外したのは自分なのだ、と。

「ユキ……」

 震えた唇が呼ぶのは、この世で一番愛おしい彼。

 千早は涙に濡れた声で呟いた。

「優しいあなたなら、どうやって止めるの」

 そのとき、庭のほうから何かが近づいてきた。

「誰?」

 千早は振り返り、庭を睨みつける。

『鬼』は微かな音でも拾う聴覚を持っている。この気配は皆元の人間ではない。それに皆元の従者たちが庭から入ってくることなどない。

 そしてこの気配。

 冷然とした中には暖かい気配を宿している。千早はどこか懐かしく思った。

「やはりすぐに感知されてしまうのだな」

 石垣に近い藪の中から現れたのは男だった。短い黒髪。鋭い目つき。引き締まった肉体は着物の上からでもわかった。

「あなたは……っ」

 千早は思わず座ったまま後ずさる。

 ただものではない。これは『鬼』の直感でしかないが、それでもわかってしまう。いや、人間でもわかるだろう。

 ここは皆元隆光の居城の、真ん中なのだ。

 どうやって警備の目を盗み、こんなところまでやって来たのだろうか。

「なんでここに……あなたは、何者ですか」

「俺たちにとって、人間のつくる障害など意味をなさないだろ」

「俺……たち……?」

 意味がわからず聞き返した。今の言葉はこちらへ問いかけているように思えたのだ。

「そう。俺たち、だ」

 男は右手を千早へ差し出した。

 そのとき急に風が吹いた。

 乱れる髪を押さえて目を細めると、視界に映る光景が変わった。

「……ッ!」

 真っ白の空間。目の前にはふわふわと小さな玉が浮かぶ。赤や黄、橙などの鮮やかな色の炎だ。千早はそれを知っている。『鬼火』と呼ばれるものだ。

 鬼火は周囲をたゆたう、不思議な空間だった。

「え?」

 そして気づく。

 千早は本来の鬼の姿に変化していた。金色の瞳。輝かしい銀色の髪。額には二対の角。美しい着物には不釣り合いの格好だ。

「そなたが、鬼酒一族の頭領、鬼酒千早で間違いか?」

 困惑するこちらへ男は問いかける。千早は顔を上げて、再び驚愕した。

 目の前にいる男の額には二対の角があり、瞳は金色に輝き、燃えるような赤髪をしていた。

「あなたは……何者?」

「申し遅れた。俺は鬼柳一族が頭領、鬼柳千哉と言う。見ての通り、俺は『鬼』だ」

 男は金色の目を細める。鋭利な雰囲気はなくなり、穏やかな表情だった。千早は震えた手で口元をおさえる。

「鬼柳……?」

「ああ。今は隣国の一色に世話になっている」

 千哉と名乗った男鬼は毅然としていた。千早は砕けた腰が上げられず、ただただ彼を見つめていた。

「鬼酒の里は見せてもらった」

 千哉がこちらへ歩み寄りながら言う。

「鬼柳よりも多くの同族がいることに感動し、そして鬼酒の現状に胸を痛めた」

「……里をご覧に」

 すると千哉は顔を苦痛に歪めた。

「千雪とも会った」

「ユキ……いえ、彼にお会いに。それでは稔君にも……!」

「あぁ」

 千哉は縁側の前で止まり、千早を見つめた。千早もまだ震える足を動かして畳の上を引きずる。彼に身を乗り出そうとするも、体は固まっていた。だから千早は腕を上げて千哉を手招く。外のことを聞きたかった。千雪と稔は今どうしているのか気になった。

 千哉は躊躇いを見せたが、やがて縁側に腰かけた。

 いつの間にか変化は解かれており、二人とも人間と同じような姿へ戻っていた。千早はさきほどの不思議な空間が何だったのか気になったが、それよりも驚くべくところがある。

 千早に目は、千哉の頭のてっぺんから足元までを何回も往復した。

「……本当に『鬼』なのですね」

「信用ならんか?」

「いえ、新鮮なものを感じるので」

 そう言うと、千哉は小さく笑った。

「俺も感じた。……初めて稔と会ったときに」

 しかし笑顔はすぐに消える。稔の名を聞いて、千早はこくりと喉を鳴らした。青ざめる顔色を隠すようにうつむき、口を開いた。

「昨夜、稔が隆光に会いに来て……人の首を取りに行くと……」

 しかし震えた声は隠せなかった。すると千哉はふっと息をいた。どんな表情をしているかまではさすがにわからなかった。

「知っている。その首は、俺の大事な友人のものだからな」

「え?」

 千早は思わず顔を上げる。今、彼が何を言ったのかわからなかったからだ。驚きで目を見張っていると、千哉は悲しげに笑う。

「皆一緒だな。やっぱりおかしいか、俺は……」

 千早はその笑みに唇を噛んだ。

「あなたたちも同じなのですね」

「ん……?」

 やはり世は甘くはない。

 久しぶりに同族と話した。それも他家の同族だ。だが、そんな奇跡の出会いも天は試練を与えるのだった。『鬼』に安寧な生活は送れないのだろうか。

「千早?」

 こちらの表情に不安を感じたのか千哉は顔を覗かせる。

「千哉さんたちも同じなのですね」

 千早は潤んだ瞳で彼を見上げる。千哉に寄り添い、彼の着物の袖口をぎゅっと握った。

わたしたちは使役される存在なのですか……?」

 千哉は目を見開き、黙ってしまった。

 それが答えだろうか。千早はさらに悲しくなり、袖口を握る手に力をこめてしまう。すると千哉はそっとこちらの掌に、己の手を添える。

 目を上げると彼は眉尻を下げ、申し訳なさそうに言った。

「俺は、人に飼われているわけではない」

「……え」

 千早は凍りついた。千哉は目を逸らして続ける。

「鬼柳は今、一色の土地に住んでいる。この前俺は人と出会って……それで、友人となった」

「何を……」

「信じられないのはわかっている。だが、俺はあいつと分かり合えた。あいつは俺にとって、大切な友人だ」

「……」

 頭が真っ白になった。わからない。彼が真摯になって言葉を紡ぐ意味が。人は鬼を差別し、軽蔑するしかできない。分かり合えることなどあり得ないのだ。

「稔にも、そんな顔をされた」

「あ……」

 気づくと千哉は笑っていた。その笑みは寂しさに溢れていた。

「俺を理解しろなどと言わない。ただ、そういう『鬼』もいることを知っていてほしい」

 茫然と彼を見つめていると、千哉から笑みが消えて声色が落ちた。

「ここに来たのは、同族として何かできないかと思ったからだ」

 やや遅れて千早は首を振った。

「そんな……、他家を巻き込んでまで私は助けを求めません。千雪にお会いしたのなら、彼はそう言ったはずです」

「確かに言われた。だが千雪は……っ」

 千哉は何か言いかけてやめた。気になったが、こちらが口を開く前に千哉は言う。

「稔を止めることはできるはずだ」

「稔君を?」

「稔は『鬼』の道を外そうとしている」

 ずきりと胸に刺さる言葉。嫌に喉が渇き、体の震えは止まらない。千哉は胸に手を当てて宣言した。

「俺は一人の鬼として稔を救いたいと思っている」

 真っ直ぐとした目は、千早に輝かしく映った。

 しかし千早は素直に頷くことはできない。彼女は床に目を向けた。

「私も、皆元は憎いです」

 すると千哉が口を閉ざした。千早は床に目を向けたまま言う。

「稔君のすることが間違いでも、そのように追い詰めたのは私です。家を守るためだけでは何にもなりませんでした」

 自虐な笑みが零れる。

「わかってはいたんです、いつかこんなことがあるのではないかと。過信していた自分と、何もできない自分が憎らしい。……だから、」

 ぐっと顔を上げる。千哉が沈痛な面持ちでこちらを見つめていた。そんな顔をする必要はないはず。それだけで鬼柳千哉という人物像が想像できた。

「だから、私は稔君を否定できません。あの子は悪くありませんから。頭領の任を放棄した私が悪いんです」

「……それでいいのか、お前は」

 千哉は苦しむように言葉を発する。

「良くはありません、今だって押し潰されそうに胸が苦しいです。それでもあなたが、稔君を止めたいとおっしゃるなら、私はあなたを止めません。……たぶん、ユキもそう言うでしょうから」

「……」

「間違いだと言ってくれる人がいるならそれで十分です。――千哉さん、」

 千早は頬を緩ませ、床に指先をつき、そして頭を下げた。

「鬼酒のことをよろしくお願い……」

「馬鹿を言うなッ!!」

 千哉は激昂した。千早の手首を強引に掴み、顎を上げさせる。痛みに顔をしかめるこちらなど意にも介さず、怒鳴った。

「その言葉は何度も聞いた! だからなんだというのだ! 一族がお前のことを思って戦っているんだぞ。俺は鬼酒を救えるなどと傲慢なことは思っていない。救うのは鬼酒おまえたちだからだ! それを他人に任せてどうする。これ以上、里の者を苦しませるな」

「……」

 言葉が出なかった。

 どうして彼はここまでして自分たちを案じてくれるのだろうか。

 同族だから?

 それでもしこりは残り、違和感は消えなかった。

「――これは珍妙な客人がいる」

 そのとき声が掛かった。

 千早と千哉はハッとなって振り返る。気配を感じられなかったのは真剣に話し込んでいたからだ。

「単騎で敵陣に突っ込むとは、戦術がなってない」

 現れた男は人を食ったような笑みを浮かべてこちらへ近寄る。

 千哉がすぐさま傍に置いてあった刀を握り締めた。

「貴様か……!」

「ん~?」

 男は片眉を上げて千哉を見下すように眺めたあと、千早へ目を移した。

「……っ」

 思わず視線を外した彼女に男は嘲笑った。

「ハッ。……『鬼』は面白いのう」

 千哉が怒りのこもった瞳で睨みつけるが、男の態度は変わらなかった。

「自己紹介をしよう」

 男は、名乗った。

「我は、皆元家第十六代当主皆元(みなもと)九郎(くろう)隆光(たかみつ)

「……」

「よろしくの。余所の『鬼』よ」

 隆光は黒々とした笑みを浮かべていた。




 2015年3月23日:誤字修正・加筆

 2015年10月2日:誤字修正

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