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桃の色香 続章  作者:
第二章 皆元編
26/52

九、桃太郎、決断する。



「――桃太郎様!」

 声にハッとなった。

 桃太郎がふいっと頭を上げて、己を呼ぶ者を見つめる。呼んだのは斜め前の一色家家臣で、桃太郎の父……政春に仕える武士だ。

 その家臣は呆れたようにこちらを見つめていた。

「桃太郎様、私の話を聞いていましたか?」

「あ……すまん」

 桃太郎は呆けた様子で答える。彼が素直に謝ると、家臣は深いため息をく。

「今は何のお時間かお分かりですか?」

 家臣は眉間にしわを寄せ、続ける。

「近頃の若様の言動、まさに上の空にございます。今は会議の時間、久しぶりに顔を出されてこれとは……問題がございます!」

「おい、若殿になんたることを」

 隣に座る他の家臣が彼をたしなめる。しかし彼は首を横に振った。

「いいえ、ここで止めてしまっては若様の今後に関わります。いいですか、桃太郎様。貴方は一色を引き継ぐお方ですよ。貴方が現を抜かすようでは、我々家臣も気が気でありません」

「あの、」

 桃太郎の隣に控える忠治が声を上げたとき、それは桃太郎に遮られた。

「すまん。悪かった」

 桃太郎は薄く微笑んで謝罪した。

 笑う彼に忠治は目を丸くした。それは他の家臣も同じで顔を見合わせる者もいる。諫言した家臣も黙りこくったが、それも一瞬で嘆かわしいようにため息をいた。

「……あの、『鬼』とかいう輩どもに何か吹き込まれましたか」

「それはっ!」

 忠治は思わず息を飲み、すぐさま桃太郎の横顔を見つめた。

 彼の横顔から笑みが消えて眉間にしわが寄せられる。

「若」

 呼び掛けるが返事は返ってこなかった。

 彼の言葉を皮切りに、家臣たちはざわめく。

「山の中に住む民か?」

「ああ、『鬼』らしいぞ」

「そんな馬鹿な」

「殿も桃太郎様もご覧になったそうな……」

 家臣たちは政春から『鬼』という存在を聞いていたが、信じている者ははっきり言って一色家中にはいない。誰も鬼柳の鬼を見たことがないうえ、見たところで、あの角の生えた『鬼』とは到底信じられないだろう。

 嘲笑に近い会話が続く中、忠治の右耳に舌打ちが届いた。

 そのざわめきをなんと捉えたのか、家臣はついにとんでもないことを発言した。

「そうだ。若様のお力でその『鬼』たちを使いましょう、これで皆元を――」

「ふざけんじゃねーぞ!!」

 ついに桃太郎はブチ切れた。

 忠治は止めに入るが間に合わなかった。桃太郎は家臣へ歩み寄り、彼の胸倉を掴み上げた。

「ひぃっ」

「あいつらは一色のモンじゃねーんだよ。偉そうに説教垂れて、挙句の果てにそれかよ……ふざけんなよ、おまえ」

「若ッ!」

「桃太郎様、落ち着いてください!」

 殺気立った彼に恐れをなした家臣たちが必死に止めに入る。家臣たちは彼を遠ざけ、忠治は桃太郎を引きはがした。しかしなおも桃太郎は彼へと近づく。

「離せよ、忠治」

 小柄な忠治はずりずりと桃太郎に引きずられる。忠治は必死に桃太郎にしがみつき、彼の表情を盗み見た。

 桃太郎は怒りを露にし、ギラギラと瞳を輝かしていた。

 忠治は驚きで硬直した。これほど激昂した桃太郎を今まで見たことがなかった。常に笑顔で、しかし真剣に事と向き合う彼。だが、それほど千哉たちを大切に思っていることに忠治は痛感する。彼の安否が気に掛かる。だからこそ合議の中でも、行方の知らない千哉のことを思うのだ。

「桃太郎」

 騒がしい広間に声が響いた。政春だ。部屋の最奥に座り、彼はつまらなそうに桃太郎たちの様子を眺めていた。

 声に反応する桃太郎は父親を睨みつけた。彼の足が止まったことに忠治は深く安堵する。

「なんだよ?」

 鋭い視線を政春は受け止めて髭を撫で、胡乱げに告げる。

「出て行け」

「あ?」

「出て行けと言った」

 政春は嘆息し、脇息に体重を掛ける。

「合議の邪魔じゃ。おまえがいては一向に話が進まぬ」

「……」

 桃太郎は口を閉ざしたまま政春を睨み続けた。しかし政春は胡乱な目で桃太郎を見上げるのみ。

「何をしてる? さっさと出て行け」

「親父」

「鬼柳のことはおまえに一任する。頭を冷やせ、馬鹿者」

「よろしいのですか?」

 政春の言葉に、忠治は思わず声を上げた。桃太郎はこちらを睨んでから政春に言う。

「当たり前だ。鬼柳は、鬼はオレの友達だ。勝手に使うな。もし、鬼柳に何かあったら親父でも許さねーからな」

「勝手にしろ」

 桃太郎は吐き捨てて部屋を出て行く。忠治は慌てて、政春と家臣たちに座礼をし、追いかけた。


 ***


「桃太郎!」

 広間から出た桃太郎に声が掛かった。廊下の向こうを見やると、二人の女が駆け寄って来る。一人は家臣の美羽。そして声の主である鬼柳一族の女鬼、秋那だった。

「秋那?」

 彼女は息も切れ切れに桃太郎に駆けつけ、桃太郎の腕を掴んだ。

「千哉様は!?」

 必死の形相でそう尋ねる秋那。頬は上気し、その目は少し潤んでいる。桃太郎は気まずくなって目を逸らした。

「まだ……」

「……そうか」

 秋那は桃太郎の掴んでいた腕を離し、うつむいた。

 鬼柳千哉が行方不明なって、もう三日が経つ。

 桃太郎も鬼柳の鬼たちも必死になって千哉を捜索している。今も五右衛門や鬼柳一族が探し続けるが、有力な情報は得られていなかった。


「でも、親父に許可はもらった」

「え?」

 そう言うと忠治が目を剥き、秋那は顔を上げた。

「何をおっしゃっているのですか?」

 美羽が大きな瞳をぱちぱちと瞬く。桃太郎はニヤリと笑った。

「親父はオレに鬼柳を任せるって言ったんだ。だったら勝手にさせてもらう」

 秋那がじっと桃太郎を見上げる。桃太郎はぽんぽんと秋那の頭を触れて告げた。

「国を越えるぞ。周辺諸国を洗いざらい調べる。美羽、サルが戻ったらこれを伝えろ。……秋那、鬼柳のみんなにちゃんと伝えろよ?」

 今まで国内ばかり探し回っていた。

 理由は諸国の緊張状態にあった。特に一色と皆元は一ヵ月前から一触即発の状態だ。だが、もうそんなことも言わなくていい。どうせ、戦は始まっている。海賊騒動が起きたそのときから。今度こそ総力戦になるだろう。その確率は高いのだ。

「まぁちょっくら国境越えるだけだ。やってやるさ」

「桃太郎」

 秋那は潤んだ瞳を大きく見開く。今にも涙が零れそうだ。桃太郎は肩をすくめて笑い、秋那の頬に触れる。

「オレは千哉を見捨てたりしない」

「触れるな。そんなことわかってる」

 秋那は己の頬に触れる手を払った。

「千哉様は我らで見つけ出す」

「ああ。見つけてぶん殴ってやるよ」

「ぶん殴るなっ!」

 冗談で言うと秋那は怒鳴った。そんな彼女に桃太郎はからからと笑った。

「その調子だ。いつもみたいに気丈に振る舞えよ、秋那」

 言うと秋那の頬がじんわりと赤くなった。もちろんそれを見逃す桃太郎ではない。……そういう表情もそそる。良い感じだ。

「顔、赤いぜ?」

「う、うるさい!」

 秋那はぼかっと桃太郎の頭を叩いた。

「いたた……すぐ手が出るんだから……」

 桃太郎は頭をさすりながら、己の背後を振り返った。

「で、おまえはどうする? 忠治」

 まだ問題は残っている。最後の砦にして、最大の壁だ。

 犬養忠治は誠実で頑固者だ。そんな彼の言いたいことは、長年付き合っている桃太郎にはわかる。というか、毎回言われていることだ。

「おまえも他の連中みたいなこと、言う?」

 そう訊くと、忠治はゆるゆると首を横に振った。

「言っても、聞きませんでしょう」

「なんだよそれ」

「若の御身はこの犬養忠治が命に懸け、お守りいたします」

「ありがとう、忠治」

 桃太郎は淡く笑い、廊下を進む。彼は拳を握りしめた。

「さあ、これからだぜ」




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