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桃の色香 続章  作者:
第二章 皆元編
22/52

五、桃太郎、鬼柳一族と向き合う。



「若、お待ち下さい!」

 背後から聞こえた怒鳴り声に桃太郎はうっとうしく思った。

「あなたはご自分の立場を理解しているのですか!」

 声の主は言うまでもない、忠治だ。桃太郎は喚き立てる彼を無視して廊下を進む。

「若!」

「やかましい。立場なんか関係ないだろ」

 桃太郎はがしがしと頭を掻きながら振り返る。

「鬼柳も一色の領地だ。気に掛けるのは領主として当たり前だ」

「ですが!」

「おまえだって、鬼柳がまとまれば一色のためになると思ってんだろ?」

「……」

 忠治は目を見開いて口を噤んだ。桃太郎はそれに大きく肩をすくめて、

「だったら次期当主として何とかしてみるさ」

 と、自信たっぷりに笑顔を見せた。

 言い返せないのか、忠治はそのまま桃太郎を見上げていた。そんな彼の頭をぽんぽんと叩く。

「ま、大丈夫だって。おまえも千哉もいるしさ」

「若……」

「さーてと。一色桃太郎、いざ行かん」

 桃太郎は笑って屋敷の玄関へ向かった。


「……はぁ」

 忠治は桃太郎の後ろ姿に向かってため息をいた。

「若はどうしてここまで……」

 頭が痛くなる。桃太郎の提案を反対するつもりはない。従者として従うのは当然だ。それに彼の言う通り、これからのことを考えれば鬼柳を完全に味方につけるのは名案である。

 しかし、一色の次期当主が、身を挺してまですることではない。

「ため息()くなよ、忠治」

 五右衛門が肩をすくめて笑った。

「それぐらい許してほしいな」

「だけど、モモ様も考えなしに動いてんじゃないんだからさ」

「いや考えてないぞ、あの人は」

「忠治……」

 五右衛門の声音が低くなった。どうやら怒っているらしい。主を揶揄されて最初にいかるのはいつも彼ゆえ、別段気にしない。

 しかし今の忠治は苛立っていたため、冷たく返した。

「何か文句があるか?」

「……」

「……」

「二人とも。喧嘩しないの」

 睨み合っていると美羽が止めに入った。間に入った彼女に五右衛門が噛みつく。

「止めんじゃねーよ。やっぱし忠治には灸据えねーとな!」

「前しか見てない馬鹿に言われたくはない」

「なんだと!」

「あのね、二人ともっ!」

 怒鳴る美羽から目を離して、忠治は八つ当たりのように鼻を鳴らした。

「おまえたちは、まことに仲が良いのだな」

「あん?」

 馬鹿にするような声に五右衛門が反応する。忠治も目を向けると、そこには秋那がいた。その隣に香織と千鶴までいる。

「千鶴さん。起きてて大丈夫なの?」

 真っ先に美羽が千鶴に声を掛ける。笑って「大丈夫です」と言う彼女を目の端にやり、忠治は秋那を眺めた。

「何か?」

「いえ、なんでも」

 こんなことで苛立っていては侍従頭としての面目が立たない。頭が冷えてきた忠治はそんなことを思った。あとは五右衛門が怒り狂わないよう祈るだけである。

「人間は何を考えているのかわからないな」

 秋那が呟く。

 五右衛門が食ってかかりそうなのを目だけで制した。

 すると千鶴が柳眉を逆立てた。

「秋那さん、桃太郎様だって一生懸命なんです! 失礼なことを言ってはいけませんよ!」

「ち、千鶴様……」

 おこる彼女に秋那は動揺する。そして香織も介入した。

「秋那も少しは信用したら?」

「香織はあの男を信用しているのか」

「うーん、半分?」

「なんということだ……」

 この世の終わりのような顔をする秋那。それには忠治も少しだけ苛立ちを覚えた。

「私が言うのもなんですが、」

 すると美羽が口を開いた。笑顔の彼女に皆が注目する。

「若様はただ、鬼柳のことをもっと知りたいんだと思います。せっかく千哉さんとも友人となれたんです。もっと『あなたたち』のことを知り、そして次期当主として邁進する……と言ったところでしょうか」

「さっすが美羽! 忠治も頭柔らくして考えろよ」

 五右衛門が嬉々として忠治の顔を覗き込んでくる。すると美羽までもがこちらに微笑んで見つめた。

 忠治はたじろぎ、戸惑った。

「わ、悪かった。それに若を否定したわけではなく……」

「わかってるよ、それくらい」

 言い終わる前に五右衛門は肩に手を回した。それがうっとうしくなって忠治は彼の手を払う。

「本当に仲がいのですね」

 香織がふんわりとした声音で言う。少しあどけない表情に大人びた微笑みに、忠治は照れくさかった。

 忠治は早口で言う。

「いやただの腐れ縁です」

「腐れ縁とは失礼ね」

「忠治、鬱憤溜まってるな」

「元はと言えばお前のせいだ」

 そう言い返すと、五右衛門が愕然とした表情を浮かべた。それが可笑しくて、忠治は笑った。


 ***


 千哉の屋敷の前にはたくさんの人――鬼がいる。彼らはどのような件で集められたのか知らないようだ。村人は口々に言う。

「これは何の集まりだ?」

「さあ? とにかく千哉様のご命令だ」

「あの桃太郎とかいう奴に唆されたのかもしえんぞ」

「人間風情が調子に乗りおって……」

 主に恨み辛みであった。これは本当に石を投げつけられるかもしれない。

 桃太郎は村人の様子を物陰で見て、苦笑した。苦言の言葉には慣れているが、さすがに言い過ぎだと思った。

「覚悟はいいな?」

 いつの間にか隣にいた千哉が言った。

 桃太郎は当然笑顔で答える。

「もちろん。こんなことでビビッてどうするよ?」

「お前は本当に物好きだな」

「どういう意味だよそれ?」

 笑う合う彼は正しく親友だろう。

「心配するな。背中は守ってやる、骨も拾ってやる」

「最後のはおかしいだろ」

 文句を言うが、桃太郎は笑顔だった。

「行くぞ」

 千哉は玄関へ、己を慕う者たちへ向かった。桃太郎もその後に続く。背後に心配そうな様子の四人――忠治、五右衛門、美羽と千鶴の視線を感じた。

安心しろ、と言っても四人は納得しないだろう。

 これから何をするのか説明するまでもない。

 少しでも彼らの意識を変えるのだ。

 玄関の屋根に、鳥が舞い降りた。くすんだ白い羽毛をした鳥だ。確か種類は鷹で、名前は乱丸だったか。

「お頭!」

「千哉様、これはいったい……」

 千哉が玄関に出ると、村人たちが声を上げる。

「皆、集まってもらい感謝する。大事な話がある、聞いてほしい」

 千哉が告げると村人は顔を見合わせた。その中には秋那と香織の姿もあった。そして千哉はちらりと桃太郎を見た。

「知らない者もいるだろうと思い、紹介したい」

 その視線に答え、桃太郎は前へ出た。その瞬間どよめきが起こる。

 桃太郎は一度息を吸って、告げた。

「オレは領主一色政春が長子、一色桃太郎だ」

 名乗ると、どよめきは一気に喧騒へと変わった。

「やっぱり人間だ!」

「俺たちを殺そうとした奴だぞ!」

「消えろ!」

 罵声に桃太郎は一瞬たじろぐ。すぐさま千哉が口を開いた。

「皆! 聞いてくれ。俺は、」

「千哉様、どうしてそのような者の味方をするのですか!」

「人間など今すぐ追い出しましょう!」

 こうやることはわかっていた。

 彼らの恨みはすべて受け止める。

 ――鬼柳一族と和解したい。

 この願望は桃太郎の自己満足だ。だから成功しなくてもいい。

 それでも、切に思う。

 いつか、『鬼』も『人間』も共に笑って暮らせる世があってもいいのでないか。

「オレさ、思うんだよ」

 小さくても力強い声に一同が振り返った。皆が振り向いてくれたことに桃太郎は微笑み、続ける。

「人もそうだけど、一人で生きてるわけじゃない。みんな、誰かに支えられて生きてるんだ。おまえたちだってそうだろ」

「……」

「確かに人間は悪かもしれない。だけど一概にそう決めつけるのはどうかと思う」

「ふざけたことをぬかすな!」

 呆ける村人がやっと声を上げた。前方の鬼が怒鳴る。今思えばそいつは、初めて千哉と会ったとき千哉の隣にいた男鬼だ。

「人間は昔から変わらない。田畑を焼き、遊ぶように我らを殺す。俺たちは差別され続けてきたんだ! 人間など滅べば……!」

「それ以上は言うな」

「と、頭領……」

「こいつへの中傷は俺が許さない」

 千哉が鋭い眼光と声に男鬼は息を飲み、黙ってしまった。

「確かに掟は大切だ」

 そして言う。

「最小限に人と関わっているがそれは仕方がない。俺たちも生きていかねばならない。だが……」

 千哉は桃太郎を一瞥し、続けた。

「俺はそれ以上に人と関わってしまった。そして思った、人も捨てたものではないと。人も鬼も想いは変わらない……そう思えた」

「千哉様……」

「俺はこいつを認めた。いや、魅せられたというべきか……」

 千哉は穏やかに笑う。

「こいつなら、俺は背中を預けられる」

「千哉……」

 桃太郎はその言葉に驚き、そして嬉しかった。

 ならば、それに答えなくてはならない。

 桃太郎は口火を切る。

「オレは一色家の人間として国を、民を、そして鬼も守りたい! 親父にも家臣にも誰にも文句は言わせない。オレは鬼も人も不自由なく暮らせる世をつくりたいな」

 村人は茫然として桃太郎を眺める。

「……」

 その中にいた秋那は思った。

 どうして、この男は我々にそこまでするのだろう。

 誰もがそう思ったに違いない。人間にとって、鬼は詮無き存在。道端に落ちている石ころ同然だろう。武力で従えさせることだって可能なはずだ。にもかかわらずこの男、一色桃太郎はそれをしない。

 ――何故。

 答えは誰にも出せなかった。

「ともかくオレはおまえたちを否定しない、差別もしないさ」

 桃太郎は笑顔を崩さないまま、続ける。

「……あとさ、ここまで来るのがしんどかった。ダチに会うだけなのに山登りしたくねぇな~」

「馬鹿なこと言うな、桃太郎」

 千哉が呆れたように返すと、桃太郎は肩をすくめた。

「しんどいもんはしんどいんだよ」

「体たらくな」

 言い合って笑う二人。

 ――鬼と人は共存できる。

 秋那は桃太郎の言っていることを少し理解できた気がした。彼の言葉に嘘偽りはない。

「ほら。太郎様って良い人じゃん」

 隣で香織がささやく。

 秋那はびっくりして顔を背けた。桃太郎を見つめていたところなど友人に見せられない。秋那はそのまま口にする。

「だが、それを決めるのは皆だ。香織や私だけの意見じゃ何もならない」

「そこは千哉様も千鶴様もいるし大丈夫でしょ?」

 楽観的な答えに秋那はため息をいた。

「まあ、答えはいつでもいい」

 桃太郎の声が聞こえる。秋那は首を前へ戻した。

「オレについて来る奴は大歓迎だ」

 ニヤリと超然的な笑みを浮かべる桃太郎。

 そんな彼に、秋那は見惚れた。



 * * *



「悪かったな、オレの我が儘に付き合ってもらって」

 隣で桃太郎が謝罪した。彼の視線は引き上げる村人たちに注がれていた。

 千哉は薄く笑い、言った。

「別に構わん。お前自身の言葉なら皆も振り返ってくれるはずだ」

「期待はしてない。オレの想いは伝えたからそれでいい」

 桃太郎は満足げに微笑んだ。

「……そうか」

「桃太郎様っ!」

 すると、玄関から千鶴が駆けてきた。彼女の登場に千哉は目を見開く。

「千鶴! 寝てなくて大丈夫なのか?」

「はい。それよりも桃太郎様っ」

 千鶴はあっさりと答えて、くるっと桃太郎に体を向ける。なんだか素っ気なく感じた千哉は茫然とした。

 千鶴はきらきらした瞳で桃太郎を見上げる。

「桃太郎様! わたし、感動しましたっ!」

「え? オレはたいそうなことしてないさ」

「そんなことありません、すごく素敵でした!」

「そ、そうか?」

 千鶴にそんなことを言われて、桃太郎はにやける。千哉はイライラした。だから話を変える。そう言えばさきほど依頼された件はどうなったのだろうか。

「桃太郎、これからのことだが、」

「これから? これからもいつも通りやっていこうぜ」

「うむ、そうだな」

 桃太郎はこちらに目をやって、また千鶴に目を戻した。

「熱、ぶり返すといけないから部屋戻ったらどうだ?」

「わ、わたしは大丈夫です」

「いや部屋に戻れ。これ以上体調を崩されては困る」

 千哉は腕を組み、厳しい声で言う。それに千鶴は不服そうだ。ぷくっと頬を膨らませて、こちらを見つめてきた。

 すると桃太郎が肩をすくめた。

「千哉、厳しいこと言うなよ」

「正しいことを言ったつもりだ、俺は」

「まあ、おまえの言うことも一理ある……」

 桃太郎はニッと笑って、千鶴の頭を撫でる。

「千鶴、また熱上がったら大変だから、部屋戻ろうぜ」

「……は、はい」

 千鶴はぽっと頬を赤く染め、すんなりと頷いた。さっきの不満そうな顔はどこへいったのか。

 千哉は忌々しそうに、小さく舌打ちした。

 千鶴と桃太郎の様子を眺めていると無性に腹が立つ。いつの間にあんなに仲良くなったのだろうか。千哉は不思議でならなかった。

 つい数年前までは自分の後ろにひっついてきたのだが……。近頃は妹が遠い存在に思えてならなかった。

 桃太郎と出会って様々なことを知ったのは良いが、それの代償がこれではあんまりだ。千鶴は大切な家族なのだから、誰にも渡したくない。

「あぁ、どうしてこうなった……」

 千哉はぼんやりと空を見上げて呟いた。

 哀愁に満ちた声に反応したのか、乱丸が千哉の肩に止まった。

 乱丸は小さく鳴く。それはまるで、なぐさめているようだった。




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