四、桃太郎、千哉と話し合う。
「あれが人間か?」
「千哉様を打ち負かしたとかいう奴だろ?」
「どうして頭領は人間と……」
千哉の屋敷の玄関には村人たちが集まっていた。千哉がいる部屋は玄関の前を通らないといけなかった。
気にしても始まらない。
桃太郎は毅然と前を向いて歩いていた。
村に入ってからというもの、冷たい視線は桃太郎たちに突き刺さった。それは彼らが人間とは異なる『鬼』という種族だからだ。
人間が鬼を卑しむのと同様、鬼も人間を嫌っている。突然村を訪れた人間を煙たがるのは当然の行為で、それは鬼として全うである。しかし頭領である千哉が桃太郎たちを認可しているため表立って言えないみたいだ。
そんな鬼柳の村を、桃太郎は微笑ましく思う。
村は予想通り閑散としていた。小さな田畑に隙間風が厳しそうな家屋。裕福とは決して言えない生活を送っている。
しかし、彼らは笑顔だった。
千哉が村へ帰るとたくさんの村人が出迎えた。彼を囲み、労いの言葉を掛ける。千哉はそれを笑顔で受け止めていた。千哉が皆に慕われているのがわかる一面であった。
暗い雰囲気はない。むしろ明るかった。
貧しくても彼らは笑顔で活気に溢れていた。
それが、鬼の在り方かどうかは桃太郎にはわからない。
だが正直、ほっとした。
貧困なほど重苦しく、陰湿なところはない。城下からあまり出たことがない桃太郎であるが、知識ぐらいは持っている。そして政春からあの話を受けて、鬼柳の経済改革も考えていたが、それを実行することはまだ先の話のようだ。
しかし問題はある。
やはりこの視線だけはどうにかしなければならない。
桃太郎は胸を張って、玄関を横切った。
***
「千哉」
部屋へ辿り着くと、彼は茶を啜ってこちらを見上げた。すると千哉は顔をしかめる。膝の上で拳を作った。
「随分と遅かったな」
皮肉げに吐き捨てる彼に桃太郎は同じように返した。
「千哉に殴られて気絶して、千鶴の見舞いに行くと秋那に蹴られた」
「……そうか」
千哉はばつが悪そうに目を逸らした。申し訳ないと思っているのだろう。桃太郎は口の端を吊り上げて、千哉の正面に座る。彼は急須から湯呑へと茶を入れ、話を切り出した。
「それで、何の用だ?」
「……まぁ、親父の名代っていうかなんていうか」
湯呑を受け取り、桃太郎たどたどしく口を開く。一色当主の名を聞いて千哉は怪訝な顔をした。
「……政春の?」
低くなった声音に桃太郎は首を縮める。じっとこちらを観察する視線に桃太郎は気まずくなってがしがしと髪を掻いた。
やがて千哉が息を吐く。
「なるほど。俺たちには悪い報せか……」
「やっぱいいわ」
「なに?」
首を振ると千哉は目を瞬いた。
「これ以上鬼を戦に巻き込むわけいかないもんな。こっちの事情は人間で解決する。悪い、今のは忘れてくれ」
「政春にどう説明するんだ?」
「親父も最初から乗り気じゃなかったから許してくれるって」
「政春も甘いな」
「それ、前にも言われてた」
そして桃太郎は湯呑の中を空にした。
「こっからはオレの勝手な思いだけど……」
「お前の個人的な話なら少しは聞いてやろう」
千哉がそう言ってくれたのは嬉しかった。少しは踏み込んで話ができる。桃太郎は大きく深呼吸してから口を開いた。
「港町に行く前におまえ、こんなこと言ったよな?」
「何を?」
「……村の鬼たちには文句を言わせない、って」
そう告げた途端、千哉の表情が消えた。桃太郎は構わず続ける。
「別に村人全員納得させろなんて言わない。だけど多くないか? おまえだけの信頼を得てもオレは嬉しくない。できるならオレは鬼柳のみんなに認めてもらいたい」
「……それは無理だ」
千哉は動揺を隠すように吐き捨てた。
「鬼と人は相容れない」
「でも、オレはそうありたい」
真っ直ぐと千哉を見つめる。
「次の一色当主として、一色のものはすべてオレが背負う。人も鬼も守ってみせる」
「……」
「だから千哉、」
桃太郎は語調を和らげる。
「おまえの想いもオレが背負う。だからさ……」
「ふっ、お前という奴は……どこまで阿呆だな」
「あん?」
千哉が小馬鹿にしたように笑った。
「そうだな、俺に反感を持っている鬼も多い」
「千哉」
そして桃太郎を見つめる。
「お前がそこまで言うのなら、お前の力を借りたい」
その言葉に桃太郎は嬉しくて胸が弾んだ。
「応よ、なんでもやってやる」
「石を投げられるやもしれんぞ」
「そんなこと知るか」
桃太郎は千哉と今後のことを話し出した。
2015年3月23日:誤字修正・加筆
2015年4月10日:誤字修正
2015年5月3日:誤字修正・加筆




