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桃の色香 続章  作者:
第二章 皆元編
20/52

三、桃太郎、鬼柳の里へ向かう。



 桃太郎はすぐさま、忠治と五右衛門、そして美羽(みわ)を呼び寄せて支度をした。

 城下から大きな通りに出る。南北に繋ぐそれは一色領を貫く街道だ。それを北へと上っていく。

 鬼柳(きりゅう)の村は一色領の、北の山中にあるのだ。人が立ち入ることができないような所に村はある。

 香織はそんな話をしながら、山を登る。

 やがて、霧が濃くなった。

「お、今回もか……」

 以前、鬼退治と称し、この山に踏み込んだときと同じだ。

「この霧は人を惑わします」

「惑わす?」

「はい。この霧の中では、人は方向感覚を失い、いつの間にか麓へ帰ってしまうのです」

 香織は笑いながら語る。

「香織、そんなことまで教えていいの?」

 秋那が文句を言った。

「いいじゃない。千哉様は承諾してるし」

「そういう問題じゃなく……」

「それに賢い乙女はモテるよ?」

「……そんなことは訊いてない」

「ならば何故、私たちは迷わなかったんだ?」

 忠治が訊いた。秋那が振り返る。

「あれはおまえたちが武装していたからだ。麓へ戻してもどうせ戻って来るだろ? だから迎え撃ったのだ」

 そこで言葉を切り、彼女は憎々しげに顔をしかめた。

「だが、おまえたちは包囲を破った」

「すごいだろ」

「こちらにとっては忌々しいことこの上ないが」

 桃太郎が得意げに笑うと、秋那はますます顔をしかめた。前を行く香織も苦笑を漏らす。

「それにしても、こんなところに住んでよく食っていけるな」

 五右衛門がきょろきょろしながら訊いた。

「もちろん田を耕すのは骨がいる。しかし人とそれなりに関わりを持つ鬼もいるのだ。その者たちが食料や人の世の情報をくれる。それに近頃は金も見つかり、里は潤っている」

「あぁ、親父が言ってた金山な」

 桃太郎は父の言葉を思い出した。

 あれは三月の終わり。政春から北の山で金脈が見つかったと聞いた。それがきっかけで“鬼退治”に向かい、千哉と出会ったのだ。

 北の金山は政春の管理のもと、鬼柳一族が金採掘を手伝っている。その役目は鬼柳の経済源にもなっているらしい。 

 秋那の淡々とした説明に、五右衛門は「へぇ」と唸る。

「さすがに我々だけで生きていくのは難しいです。人間を頼るのはそういうときですね」

 香織は朗らかに言った。それに秋那はむっとした様子だったが。

「だったら、」

 桃太郎は口を開いた。

「これからはもっと頼ったらいい。こんな山ン中で暮らすんじゃなくて、麓に下りて来ればいい。もっと人と接すればいいんじゃねーか?」

 笑って告げると、香織は苦笑いを浮かべて、秋那は心底呆れたようだ。

「それが出来るのなら、とっくの昔にやっている」

「人に限らず、身内にも問題がありますからね」

「……」

 桃太郎は黙ってしまった。すると、桃太郎の後ろに控えていた美羽が声を上げた。

「鬼とは気難しいのですか?」

「風習があるのだ。『鬼と人間は相容れない。人と関わる鬼は鬼ではない』。掟のようなものだ」

 再び秋那が淡々と言い、ジロリと桃太郎を睨んだ。

「おまえのせいで、我らは道を違えるかもしれないのだ」

「そんなこと言われてもな……」

 桃太郎は肩をすくめて己の従者を眺めた。

「一色は当主政春様、そして若が『(あなたがた)』を認めました」

 すると忠治が言う。

「話は戻りますが、それは千哉殿もご承知かと」

「……ふん」

 秋那は鼻を鳴らして襟巻を翻し、前を向く。彼女は心から人間を認めたくないらしい。

 そんな彼女に桃太郎は息をいた。

「ま、おまえがなんと言おうとオレは変わらないから」

「変わらないだと? 信じられないな」

「秋那っ」

 香織が叱咤する。眉間にしわを寄せる彼女に、秋那はばつが悪そうに顔を背けた。それでもその仏頂面は崩れなかった。

「……こりゃダメだな」

 五右衛門が呟く。美羽も呆れた様子でため息をく。

 桃太郎ががしがしと髪を掻いていると、忠治がささやく。

「やはり、我々を認める者は少ないようですね」

「そうだな。そのあたりも千哉と話さないとな」

「……若は、あれでよろしいのですか?」

「あ? そりゃあよくな……あぁ、あっちの話か」

 忠治の聞きたいことがわかった桃太郎はふと考え込んだ。忘れていたが、もう一つ大切な話があった。

「おい、何をしている。さっさと歩け」

 足を止めると秋那がこちらへ怒鳴った。秋那と香織は既に森の奥へと行ってしまっている。彼女たちの姿を見て、桃太郎は感心した。

「足速いな。……まぁ、あっちのことは考えとくわ」

「は……」

 難しい顔で頷く忠治に、桃太郎はくすっと笑った。

「あっ!」

 二人に追いつくと、香織が頭上を見上げた。彼女の声に桃太郎も上を見上げるが、霧が深くて何も見えない。しかし香織の瞳には何かが映っているのだろう。

乱丸(らんまる)?」

 同じく見上げる秋那が呟いた。

 それに応えるように空から高い声が聞こえた。

「……鳥?」

 すると、霧を裂いて羽ばたく影が飛来した。

「やっぱり乱丸だ!」

 香織は嬉しそうな声を上げてその鳥に近づく。鳥は降り立ち、器用に香織の肩に止まった。香織の顔より大きい、その鳥は甘えた声で鳴く。それを見届けた秋那は、ばっと霧の奥に振り返った。

 桃太郎が不思議で首を傾げたそのとき。

「本当に桃太郎か?」

「……千哉?」

 霧の奥で聞こえた声は間違えなく彼だった。すると香織の肩に止まっていた鳥が声の方へ飛ぶ。

 そして千哉は霧から現れた。

 短い黒髪。鋭い目つき。引き締まった肉体をしており、それは着物の上からでもわかる。鬼柳一族が頭領鬼柳(きりゅう)千哉(かずなり)。一色に住む鬼の頭領だ。

「良い子だ、乱丸」

 千哉は鳥に優しく笑った。

「鷹か? それ?」

 くすんだ白い羽毛をぶるっと震わせ、鷹は桃太郎のほうを見つめる。

「ああ」

 千哉は頷き、右腕に止まる鷹の首元を撫でる。鷹は嬉しそうに目を細めた。

「乱丸がお前たちのことを教えてくれた」

「……そうか」

 乱丸というのは鷹の名前だろう。教えてくれた、という不思議な文言だったが、桃太郎は千哉が迎えに来てくれたことを嬉しく思った。

「おまえが出迎えてくれるなんて思わなかった。素直に嬉しい」

「俺も、まさかお前たちがここに来ているとは思わなかった」

 千哉は嘆息する。視線を鷹から桃太郎、そして秋那と香織を一瞥した。冷めた視線に、二人はビクッと肩を震わせる。

「それで。なんの用だ? 桃太郎」

「観光と見舞い」

「見舞いだと?」

 笑って答えると、千哉はピクリと眉を動かせた。すると鷹が逃げるように千哉の右腕から飛び立った。

「……あ」

 不穏な空気を感じ取ったのは動物だけでない。

 桃太郎は自分の発言を反芻した。これは不味いのではないのだろうか? 怪我はしたくない。身体は大事にしなくては。桃太郎はすぐさま弁解を開始した。

「い、いやほら! 今日は会う約束してたろ。だから来たんだって。千鶴の見舞いは、その……ついで! そう、ついでだ! 別に千鶴が心配で来たんじゃ……」

「貴様は千鶴が心配ではないのかぁ!?」

「もうわかんねーよっ!!」

 泣き叫んだところで、桃太郎の意識は途切れた。



 * * *



 ――千鶴。


 その声に、千鶴(ちづる)は布団から飛び起きた。

 ふすまの向こうには細身で長身の影がある。それをまじまじと見つめて、千鶴は目を剥いて硬直した。すると柔らかい声が再び外から聞こえた。

「入っていいか?」

「……え、あ、はいっ!」

 千鶴は素早く帯を締め直して乱れた襟元を正す。

 桃太郎が来てくれた。

 具合が悪いことを知って駆けつけてくれた。

 すごく嬉しい。嬉しすぎて心臓が壊れそうだった。

 ――でも……。

 どうして彼が鬼柳の里にいるのだろうか。

 ここは千鶴の部屋で、鬼柳家の屋敷だ。桃太郎は里に訪れたことはないはずだ。初めて会ったときは里の入り口の一つである草原だった。

 大方、熱にあてられて夢でも見ているのだろう。

「千鶴? 大丈夫か?」

「ひゃっ。だ、大丈夫です」

 考えていると目の前に桃太郎の顔が現れた。

 千鶴はびっくりして後ずさる。眼前には彼の整った顔。桃太郎が不思議そうな表情をしてこちらを見つめている。彼の頬には青い痣があったが、千鶴は気がつかなかった。

 千鶴はびっくりして後ずさる。

 どちらかが動けば、肌が触れ合いそうな距離。自然と頬が熱くなった。目線が徐々に、彼の口元に移ってしまう。

「熱、大丈夫か?」

「は、はい……」

 その唇から落とされる言葉。千鶴の心臓がトクンと鳴った。

 夢でもいい。

 これほど胸が熱くなることなんてない。彼がここにいるだけで幸せだ。

 桃太郎は心配そうに眉を下げた。こちらの顔色を、彼は違う意味で受け取ったみたいだ。

 ゆっくりと上がる彼の右腕。腕は千鶴の額に触れた。

(――えっ!?)

 千鶴の顔はますます赤くなって、頭が沸騰しそうだった。

 桃太郎はすまなそうに呟いた。

「やっぱりまだ……」

「この変質者がッ!!」

「どふぅっ!!」

「きゃあっ!!」

 そのとき赤い襟巻が翻り、桃太郎の側頭部に絶妙な蹴りが入れられた。彼は部屋の隅まで転がって、ひっくり返った。

 千鶴が恐る恐る見上げるとそこには険しい表情をした秋那がいた。

「あ、秋那さん……?」

 呆けた状態で彼女の名前を呼ぶと、秋那は慌てた様子でこちらに駆け寄る。

「ご無事ですか!? 千鶴様!」

「へ?」

「マジ痛い。もう勘弁しろよ……」

 呻き声を上げる桃太郎を秋那はキッと睨みつける。

「千哉様の分は同情するが……今のは自業自得だ!」

「あ、秋那さん、落ち着いて……」

「お下がりください! このけだものは私が始末します」

 怒鳴り散らす秋那を千鶴は止めることはできない。

 それから、一つ悟った。

 ――夢じゃない、絶対。


「病人の前で何をやっているのですか!」

 五右衛門と美羽がやって来て、なんとか事はおさまった。

 美羽は千鶴に謝罪して桃太郎を睨んだ。

「これ以上無闇にお怪我をなさらないでください! ……千哉さんのは仕方ありませんが、今のはあなたが悪いのでしょう?」

「そう怒るなよ、美羽」

「私も怒りたくて怒っていません! これでは代々の領主様に示しがつきません……」

 嘆く美羽に桃太郎は肩をすくめた。それから隣にいる五右衛門にささやく。

「……今日は一段とカリカリしてんな」

「そうですね」

「どうしてだよ?」

「さぁ、おれにもわかりません」

「ほんとか、サル?」

「嘘()いてませんから」

 五右衛門は含み笑いを浮かべて首を振った。そんな彼を半目で睨むが、五右衛門は明後日の方向を向いて口笛を吹いた。

「はぁ……」

 どうでもよくなった桃太郎はため息をいた。

「それよりも忠治は?」

 まだ何か文句を言っている美羽に訊ねる。すると彼女は口を閉ざし、首を傾げた。五右衛門も同じような仕草をする。

「香織もいない」

 千鶴を庇うように座る秋那も呟く。

 桃太郎はふむと頷き、ふと部屋から顔を出す。廊下から縁側を見渡すと庭がある。鬼柳一族の頭領が住む家屋だからか、村で一番大きく、そして庭もあった。

 桃太郎は庭を見渡して長い廊下に目を戻した。

「あ、いた」

 桃太郎は忠治を見つけた。声に反応して五右衛門と美羽も顔を出す。すると美羽が声を上げる。

「隣にいるのは香織さん?」

「なんだと?」

 その言葉に秋那も出て、桃太郎の真横に顔を出す。さきほどまで警戒心を顕わにしていたのに、ためらいがなかった。

 桃太郎は薄く笑った。

 肩を並べて歩く忠治と香織は親しげであった。

 そんな二人を五右衛門はニヤニヤして見つめる。しかし秋那は眉をひそめて友人を見つめていた。

 すると忠治が桃太郎に気づき、早足でこちらへと向かう。

「若、千鶴殿へのお見舞いは済みましたか?」

「あぁ、バッチシ」

「では早々に話を終わらせましょう、千哉殿が探しておりましたので。そして城へ戻りますよ」

「わかってるって」

 淡々とした言葉に桃太郎は頷く。

「何の話をするのだ?」

 振り返ると秋那は目と鼻の先にいた。そう言えばさっきから真横にいたのだ。

 ぐぐっと眉根を寄せてこちらを見上げる秋那。端正な顔立ちには似合わない表情に、桃太郎はくすっと笑った。

「何が可笑しい?」

「いや、笑顔の秋那も見てみたいなって思って」

「はっ?」

 目を点にした彼女を尻目に桃太郎は立ち上がった。ぐっと伸びをして今度は千鶴に振り返った。

「帰るときまた寄るから」

「はい!」

 笑顔の千鶴を見て、桃太郎は頬を緩ます。

「モモ様。お供させてください!」

 五右衛門が床に手をついて進言する。しかし桃太郎は首を振った。

「いや、千哉と二人で話し合いたい」

 瞠目する彼に桃太郎は笑う。

「悪いサル。暇持て余すかもしんねーけど……まぁ、みんなと楽しくしてくれ」

「承知しました」

 桃太郎は一同に軽く手を振り、部屋を出て行った。

 視界の端では顔を真っ赤にした秋那がいたが、桃太郎は気がつかなかった。





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