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桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
2/52

二、桃太郎、南へ出かける。

 2016年3月26日:誤字、文章修正




「で、あんたの言いたいことはそれか?」

 桃太郎は目を眇めて訊いた。

「そうだ」

 面と向かって話をしているのは、一色家当主の一色政春(まさはる)。桃太郎の父親だ。城へ帰った途端、政春に呼び出されたのだった。

 桃太郎は顔をしかめる。

「オレにそれをしろってか?」

「そう言っている」

 政春は髭を撫でて頷く。

 桃太郎は呆れたように天井を見上げた。

「何でオレがそんなことしなきゃならない」

「なんだ、乗り気じゃないのか?」

「当たり前だ。海賊の取り締まりなんて……」

 政春が桃太郎を呼んだ理由はそれだった。近頃、港町で海賊が出現している。停泊する船や入港する船などを襲っているらしいのだ。

 桃太郎がぼやくと政春は肩をすくめる。

「南方は治安が悪い。少し見に行ってくれないか? 浦島(うらしま)の頼みだ」

「いくら家臣の頼みだからってすぐ頷けるわけないだろ」

 桃太郎は毒づいた。

 浦島とは一色家家臣団の一つだ。長年港町を治め、一色の水軍を率いている一族である。

 領地の玄関口とも言える港町を治める彼らにとって、海賊は驚異的なものなのだろう。だからと言って桃太郎は首を縦に振らない。

 彼は不服そうにがしがしと頭を掻く。

「鬼退治の次は海賊退治かよ。オレは便利屋じゃないぞ」

 すると政春は片眉を上げた。

「わしはそんなつもりで言ったんじゃないんだが……。それに鬼退治は自分から言い出したことだろうに」

「う……」

 桃太郎は言葉に詰まった。政春は早口に言う。

「城に籠もっていたところで何もないだろ? 一色家が出張るんだ。浦島も手伝ってくれるだろう」

「……」

 しかし桃太郎は頷かない。仏頂面をしたままだ。政春が笑った。

「鬼退治は、良い経験になっただろう?」

「……まぁな」

 桃太郎はそっけなく答えると、政春はくつくつと笑う。

「本当に鬼がいるとは思わなんだ」

「やっぱり疑ってたのか?」

「それはそうだろう。鬼などは人間が作った物の怪だろうに」

 食えない親父だと桃太郎は思った。

 黙っていると政春は続ける。

「それで? 引き受けてくれるか?」

「……まあ。いずれはオレの国だからな。平和が一番だ」

 そう言って桃太郎は立ち上がった。そのとき政春の口元が緩んだのを桃太郎は見逃さなかった。……本当に食えない親父だ。

 敵わないな……。

 桃太郎はそんな父親を眺めて、深々とため息をいた。


 ***


「政春はいつもあんな調子か」

 廊下で、千哉は一色父子の話を耳にして、呟いた。

「そうっすねぇ~」

 すると隣であぐらをかいて座っている猿田(さるた)五右衛門(ごえもん)が皮肉っぽく笑う。

 千哉は声に反応して、彼を眺める。

「お二人は底が見えぬのです」

 五右衛門はくいっと眉を上げてそう言う。

「何を考えておられるかわからない。お館様も、モモ様も」

「……まあそうかもしれぬ」

 千哉は頷いた。

 桃太郎は心底腹の読めぬ男だろう。

 我ら『鬼』を受け入れたのだ。その時点で理解不能だ。

 言葉を吟味する千哉をお構いなしに五右衛門は続けた。

「お館様は知勇に長けた方でございます。東は皆元(みなもと)、西に竹鳥(たけとり)……両国とも勢い盛ん。我ら領国は狭く、しかしかなりの豊かさを誇ります。この平和と繁栄はまさにお館様のおかげでしょう。お館様なら必ず天下を……」

 五右衛門が得意げに笑うのを見て、千哉は顔をしかめた。

「言っておくが人間の戦に関与するつもりはない。もし桃太郎がそのつもりなら俺は縁を切るぞ」

「そう聞こえたのなら、申し訳ございません」

 五右衛門はすまなさそうに両手を合わせるが、口は閉じない。

「だけど、お館様はそんなことを考えておりません。もちろん、モモ様もです」

「なに……」

 驚いた。

 人間は力があれば使う種族だと考えていたからだ。人間は貪欲である。代々そのように教わってきた千哉は驚きを隠せなかった。

 五右衛門は顎に手を当てて続ける。

「まぁ隣国とは、何代もの間、つかず離れずの関係ですから。そう簡単には壊れませんよ」

 そして千哉の方を見て、ニヤリと笑った。

「人間捨てたもんじゃないでしょ?」

「…………そうだな」

 いつのまにか心中が顔に出てしまったのか。千哉は顔を背けて首肯した。

 そのとき、ふすまが開けられた。桃太郎と領主の政春が現れる。

 出てきた桃太郎が五右衛門に言う。

「サル。忠治と美羽(みわ)に伝えろ。南に行く」

「承知しました」

 五右衛門は頭を下げて、廊下を走って行った。千哉がそれを見届けていると、政春が背中を(つつ)いてきた。

「なにか」

「おまえさんだな? 鬼の頭領は」

 政春はこちらを見上げて、ニヤッと笑う。当然、親子だから顔が似ている。腹の立つ顔が。

「せがれの家臣になったと聞くが、おまえさんはそれでよいのか?」

どうして彼がそんなことを訊くのか気になった。千哉は質問の意図を考えて答える。

「……こいつは約束してくれた。ならば俺もそれに答えるまで。『鬼』は一度した約束は必ず守る」

 そう言うと、一色親子は顔を見合わせて笑った。

「何がおかしいんだ!」

 怒鳴ると桃太郎が言った。

「いや、おまえがそこまで言うなんて思わなかったからさ。意外と熱いんだな、千哉」

「せがれにこんな奴はもったいない。面白い男だ」

 政春まで肩を揺らして笑っている。

「なっ……」

 千哉は羞恥に顔を赤くする。

「まあなんにせよ、おまえがオレに尽くしてくれるんなら百人力だなっ」

 桃太郎はからから笑いながら千哉の肩をぽんぽんと叩く。千哉はそれをすぐさま払いのけた。

「そこまでは言ってない! さっき猿田に言ったが人間の戦に手を貸すつもりはないからな!」

「ああ、それでいいぜ」

「……は?」

 あっさりとこちらの意見を飲む桃太郎に千哉は目を疑った。

おまえの力借りてまで戦に勝つつもりねーよ」

 桃太郎は不敵に笑った。

「……」

 目を丸くする千哉から桃太郎は目を離し、廊下の奥を見やった。

「お、美羽じゃないか」

「若様」

 現れたのは美羽。そして彼女の後ろにいるのは千鶴だった。

「政春様。こんにちは」

 千鶴は丁寧にお辞儀をする。美羽も深々と頭を下げた。すると政春は柔和な笑みを浮かべた。

「おう。雉野に……千鶴殿であったな。今日も二人は可憐でお美しい」

「あ、ありがとうございます」

 政春の挨拶に千鶴は愛想笑いを返した。美羽も同じような笑みを浮かべていた。そして、千哉は政春に睨みを利かせた。

 政春はその視線に気づかず、満足したように桃太郎を目にやった。

「さっきの話、頼んだぞ。桃太郎」

 そう言って、政春は場を後にした。

「……子が子なら、親も親だな」

 政春の後ろ姿を睨みつけながら、千哉は忌々しそうに吐き捨てた。千鶴の隣でも、美羽が疲れたようにため息をいていた。

「どうかしたか? 千哉」

 桃太郎が首を傾げて彼に訊く。

「似た者同士と思っただけだ」

「なに怒ってんだよ」

 不機嫌そうに言うこちらに桃太郎が肩をすくめた。

「あの」

 すると千鶴が桃太郎を尋ねた。

「港町へ行くとは本当ですか?」

「ああ……。そうだ」

 桃太郎は思い出したように頷き、千哉を見つめた。

「おまえも一緒に来るか?」

 仏頂面の彼は桃太郎を見つめ、答えようとしたとき、千鶴が声を上げた。

「わたし、行きたいです!」

「「「えっ?」」」

 桃太郎、美羽、千哉、三人が同時に声を上げる。それにびっくりして千鶴は慌てた。

「え、ええ? な、なんですか?」

 困った顔をする千鶴に千哉は険しい表情をして言った。

「駄目だ」

「ど、どうしてですか?」

 千哉の低い声に、千鶴が怯えるように訊ねる。その表情に胸が痛んだが、千哉は大事な妹のためにぴしゃりと言う。

「危険だ、相手は海賊だぞ? 戦闘になるかもしれない。怪我をしたらどうする?」

「怪我くらいすぐに治ります」

「そういうことじゃなく、俺はお前が心配なんだ」

 千哉は腕を組み、断固反対した。

「俺が許さない。お前はここで大人しくしていろ」

「……」

 厳しく言及すると、千鶴は黙ってしまった。悔しそうに唇を噛む千鶴。やはり心が痛む。しかしこれも千鶴のためだ。千哉はそう己に言い聞かせた。

「おいおい、千哉」

 すると桃太郎が口を挟んだ。彼は千鶴の肩に手を置く。

「頭ごなしに否定するなよ。千鶴だって、理由もなしについて行きたいわけじゃないよな?」

「え……」

 桃太郎はにんまり笑って、千鶴を見つめる。それに美羽が賛同した。

「そうね。千鶴さん、理由を聞かせてくれない?」

「美羽さん」

「お前たちは……!」

 千哉は眉間にしわを刻み、二人を眺めた。桃太郎が千鶴に寄り添い、言った。

「いいじゃねーか。千鶴はオレが守ってやる」

「桃太郎様っ」

「お前は……!」

 千哉は振り上げそうになる拳を必死に抑え込む。

「で? 理由はなんだ?」

「あ……。そ、それは……」

 千鶴は質問に戸惑い、目を泳がせる。そんな彼女を桃太郎が頭を撫でる。その光景を見て千哉は、桃太郎の手を千切ってやろうかと本気で思った。

 桃太郎は爽やかに笑う。

「どんな理由だっていいさ。オレだって本当は行きたくねぇけど、国のためだからな」

「若様、言葉を選んでください」

 隣で美羽がため息をく。しかし桃太郎は気にしていない様子。

 彼の言葉に自信をもらったのか、千鶴が顔を上げた。ふっと息を吐く。決心がついたようだ。

「そ、そんなたいそうな理由ではないのですが……」

 口元を手で覆い、顔を真っ赤にして言った。

「……海を見てみたいんです」




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