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桃の色香 続章  作者:
第二章 皆元編
19/52

二、鬼柳の使者。

2016年7月17日:誤字修正



「せいっ!」

「くっ!」

 一色(いっしき)政春(まさはる)の居城の庭で剣を交える影が二つ。

 木刀がぶつかる乾いた音が響く。

 庭の桃の木はすっかりと緑色の葉に包まれている。少し体を動かすと汗が流れるくらい日中の気温が高くなってきた。

 影は間合いを離し、見つめ合った。片方が楽しげに笑う。

「やっぱり忠治とやりあうのはいいな!」

 朗らかに言うのは一色の跡取り、一色桃太郎(ももたろう)だ。爽やかな笑みを浮かべる彼は中々の美形で、往来を行けば必ず女性が振り向く。

 そして桃太郎が見つめるのは己の家臣、犬養(いぬかい)忠治(ちゅうじ)。小柄な彼は息を整えて言う。

「若はお強いですね」

「おまえだって強いよ、忠治」

 桃太郎は不敵に笑って、駆け出した。

 木刀を体の左側面に構え、地面と水平にする。桃太郎は鋭い突きを繰り出した。

それに忠治は素早く対応。迫って来る木刀に自分の木刀をからませ、いなした。すぐそばに桃太郎は現れる。視線が交差した。

「さすが」

 桃太郎は感嘆し、すぐさま次の行動に移す。左足を少し前へ出し、右足を回転させ、腰を捻った。刺突からの、豪快な横薙ぎ。

 これには忠治も驚いたようで目を見開く。しかし彼は止まらず、その場にしゃがんだ。

「あれっ? 今のは打ち据えたはずなんだけどな……」

 桃太郎は忠治の頭上でぼやく。その隙に忠治が距離を取った。彼は驚いた表情でこちらを見つめていた。

「今のは危なかった……。しかし構えも型もいびつでしたね」

「文句言うなよ。つかお遊戯じゃないんだ。どうだっていいだろ、そんなこと」

 桃太郎は肩に木刀を置いて忠治を見やる。肩をすくめてみせるが、忠治の口は止まらなかった。

「基本は大事です。変な癖がつかないためにも」

「へいへい、わかりましたよ」

 忠治の小言に慣れているため、桃太郎は適当にあしらった。

 額の汗を拭う。何度打ち合ったか覚えていないが、そろそろ疲れてきた。

「モモ様!」

 すると声が掛かった。桃太郎が振り返って声の主を呼び掛けた。

「よう、サル。どうした?」

 桃太郎を呼んだのは気さくな表情をした男。猿田(さるた)五右衛門(ごえもん)、彼もまた桃太郎の家臣だ。

千哉(かずなり)さんの使者がやって参りましたよ」

 五右衛門がそう答えると、桃太郎は思い出した。

「そういや、千哉と会う約束してたな」

 千哉とは桃太郎の親友である。今回は頼みたいことがあって城へ呼び出した。しかし桃太郎はふと引っかかることがあった。

「ん? 使者ってどういうことだ?」

「おれにもわかりません」

 首を捻ると五右衛門も首を横に振って、五右衛門はニヤッと笑った。

「でも、その使者。モモ様はきっと気に入りますよ」

 桃太郎は五右衛門の言葉にますます首を捻った。

 すると、忠治がため息交じりに言った。

「とにかく、先方を待たせるわけにはいけません。若、参りましょう」

「そうだよな」

 桃太郎は腑に落ちない表情をしながら頷いた。



「ほぅ……」

 五右衛門の言ったことが理解できた。

 客間には同じ忍び装束を着た女性が二人、並んで座っていた。彼女らが鬼柳千哉の使者。つまり鬼柳一族の人間だ。

 途端に桃太郎の表情が明るくなった。

 彼に気がつくと、二人が頭を下げる。

「あなたが、桃太郎様にございますか?」

 一人が口を開く。声は少し上擦っていた。

 肩口で切り揃えられた栗色の髪。小顔で可愛らしい彼女は桃太郎を見て、目を輝かせた。その瞳は好奇心に満ちている。

「ああ、オレが桃太郎だ」

 桃太郎はにまにましながら二人の前へ座った。それに続き、ついて来た忠治と五右衛門がふすまの前で腰を下ろした。

「人間……」

 もう一人の女は固い声で呟く。

 桃太郎はちらりとその女を一瞥した。

 赤い襟巻をして、長い黒髪を後頭部でまとめている。美人だが厳しく目を細めており、警戒心を剥き出しで桃太郎を眺めていた。

「ちょっと、秋那(あきな)

 そんな様子の襟巻の女――秋那に、栗色の髪の女が怒ったように横腹を小突く。しかし秋那は意に介さない。

 桃太郎は彼女に目を向けた。

「人間を見るのは初めてか?」

「こんなに近くで見るのは初めて」

「言葉遣い」

 栗色の髪の女が目を眇める。そんな彼女に桃太郎は首を振った。

「構わないさ。オレは鬼柳を家来にした覚えはない」

 笑って告げると、彼女は困ったように眉を下げた。

 桃太郎は話を進めた。

「秋那と……君の名前は?」

香織(かおり)と申します」

「香織と秋那か……。二人とも美人だ」

 それを受けた香織は明るい表情になった。二枚目の彼にそんなことを言われれば、当然の反応だ。

 すると部屋の端で、忠治が小さくため息をいた。五右衛門に目を向けてささやく。

「お前が言ってたのはこういうことか」

「そういうこと」

 五右衛門は満足そうに笑った。

「千哉さんもモモ様のことをよくわかってらっしゃる」

「偶然だろ」

 忠治は再びため息をき、桃太郎の言葉に耳を傾けた。

「ところで、千哉はどうした。今日はあいつと約束してたんだが」

「あ、それは……」

「……」

 香織は気まずそうに目を逸らし、秋那は仏頂面を崩さなかった。

「なんだ……まさか、千哉に何かあったのか!」

「あ、いえ! そういうわけではなく……」

「……あったのは千鶴(ちづる)様ね」

 秋那がぼそりと呟いた。桃太郎は目を剥いた。

「千鶴に!?」

「お、落ち着いてください! 秋那、結果だけ言わないでよっ」

 香織は焦って首を振った。

「風邪を引いただけですから!」

「その言い方はちょっとおかしいよ、香織」

「秋那のせいでしょっ!」

「なんだ風邪か……。よかった」

 言いあっている二人を余所に、桃太郎は安堵の息をく。そして、千哉が来ない理由がわかってしまった。

「……あいつ、千鶴のことになると何にも見えてねぇな」

「あはは……」

「……千哉様はそういうお人ですから」

 桃太郎がぼやくと、彼女たちも呆れたような表情をした。

 桃太郎の親友である千哉には、千鶴という妹がいる。

 千哉は千鶴を溺愛している。兄として、家族として見守るのはいいが、傍から見れば、かなりの過保護だ。

「元はと言えば、おまえたちのせいではないか」

 呆れていると秋那が睨んできた。

「どういうことだ?」

「やめなよ」

 香織が注意するが、秋那は口を閉じなかった。厳しい表情をして桃太郎に言い放った。

「我々を人の戦に巻き込まないでいただきたい」

「おい、誰に向かって物言ってんだよ」

 その苛立ちの声は五右衛門のものだ。

「あんた、モモ様がどんな思いで海賊を……」

「やめろサル」

「ですが……!」

 五右衛門は食い下がる。忠治がなだめるように彼の肩に手を置いた。

 桃太郎は視線を秋那に戻した。

「確かに、千哉に……千鶴まで巻き込んだ。それは反省している」

 一ヶ月前。

 桃太郎一行は港町へ海賊討伐に向かった。しかしその海賊は、東の隣国皆元と手を結び、そして一色家臣と共謀していた。桃太郎たちは彼らに襲撃されたのだった。

 海賊は殲滅したものの、結果は芳しくない。一色家臣が謀反を起こしたことは事実であり、いよいよ皆元が本格的に一色の侵略を画策している証拠なのだ。

 この海賊騒動は始まりに過ぎないのだろう。

 ――それはさておき。

「だけど千哉には許可をもらった。君に指図される謂れはないと思うな」

 桃太郎は秋那に微笑を浮かべて言った。しかし言葉に棘があった。彼の物言いに、秋那はむっとしたようでますます眉をひそめる。

「我らは我ら。おまえたち『人間』とは違う」

 彼女の言い分に桃太郎は黙り、彼女の視線を受け止めた。

 ――人間と違う。

 その通りだ。目の前にいる二人の女性。そして千哉と千鶴。彼らは人ではない。

「やはり『人間』というのは、私たち、鬼を利用するのだな」

 ――彼らは『鬼』だ。


 古来より、一色領には『鬼』が棲んでいると噂があった。

 噂は噂だ。真実ではない。一色家中はそう思っていた。しかし違った。

『鬼』は存在していた。容姿は人と変わらないが、その強靭な肉体を桃太郎は目の当たりにしたのだ。

 彼らも家族を守りたいからこそ、山の奥地でひっそりと住んでいた。

 それに桃太郎は手を差し伸べたのだった。


「まあ、利用してるのは否定できないな」

 桃太郎はふぅと息をき、呟く。秋那が口を開く前に、彼は続けた。

「それも千哉公認だ。君が意見するのはおかしい。頭領の命令を訊けないのか?」

「っ……」

 秋那はぐっと口を噤んだ。

「も、申し訳ありません! この子、ちょっとバカでして」

 香織は冷や汗をかいて、ぺこぺこと頭を下げる。「あんたも!」と呟き、秋那の頭を無理やり下げた。秋那はぶすっとした表情を崩さず、されるがままだった。

「いいさ。秋那の言うことは正しい」

 桃太郎は白い歯を見せてニッと笑った。その笑顔は世の女性が見惚れるだろう。秋那はともかく、香織は見惚れていた。

「さて。忠治」

「何でございましょう」

 桃太郎は立ち上がって、彼に言う。

「支度だ。千哉に会いに行く」

「は?」

「えっ!?」

 忠治と香織は目を剥いた。

「やっぱりあいつと話さないと話が進まない。悪いな、わざわざ来てもらったのに」

 彼は秋那と香織に詫び、いたずらっぽい笑みをつくった。

「千鶴の見舞いにも行かないとな」

 すぐさま忠治は抗議した。

「若! 無闇に城を開けてはなりません」

「いいじゃん、別に。それに鬼柳の村に行ってみたい。行ったことないじゃん、オレたち」

 この前訪れたときは、鬼柳家の入り口だった。草原の上で死闘を繰り広げたのを懐かしく思う。当然、忠治の文句など聞かず、桃太郎は秋那と香織に笑った。

「案内、頼むぜ。二人とも」

「は、はい! お任せ下さい!」

「応! よろしくな香織」

「何言ってんの香織!?」

 秋那は目を剥いた。それを気にせず、桃太郎は忠治をなだめに入った。

 香織はこそりと言う。

「だって未来のお殿様よ。今仲良くしてかないといつ仲良くしとくの? あとカッコいいし。千鶴様のおっしゃることは正しいよ!」

「…………」

 人の影響を受けやすいのが香織だ。呆れてものの言えない秋那。すると、香織は耳元でささやく。

「そ・れ・に♪」

「な、なに……?」

「桃太郎様の真意もわかるんじゃないの?」

「……」

 香織の言う通りかもしれない。

 秋那は人間をよく思っていない。書物でしか人間の知識はない。それは香織も同じはずだが……。人間と会うのはこれが初めて。勘繰るな、というのは無理だ。

 ふむ、と秋那は顎に手を当て、答えた。

「それも一理ある」

「でしょでしょ? だからそうしようよっ」

「いいだろう」

 秋那は頷き、忠治と言い合っている桃太郎に言った。

「ご案内致します。桃太郎様」

 それに桃太郎は一瞬目を見開き、くすりと笑った。

「……そうか、ありがとう。秋那」

 そのとき、秋那は彼の顔をしっかりと見た。それは鬼柳の男鬼でも見たことがない、爽やかな笑顔だった。

「……フン」

 秋那は鼻を鳴らして、顔を背けた。

「よっしゃ行くぞ、鬼柳の村に!」

 桃太郎は高らかに言った。その隣では忠治が頭を抱え、五右衛門は忠治の肩をぽんぽん叩いて、笑っていた。




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