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桃の色香 続章  作者:
第二章 皆元編
18/52

一、皆元隆光と彼ら。



 東に広大な土地を有する皆元みなもと家は領土拡大を目指し、武力で各地を制圧していた。近年、ようやく東や北の武家を下し、後顧の憂いを断った。

 次に目指すは西国。

 皆元の西には一色(いっしき)という小さな国がある。その小国を足掛かりに西方へと侵攻。一色は西方侵略の第一歩なのだ。これに失敗すれば、西へ進むことができない。

「つまり、一色攻略は慎重に行わなければならないのだ」

 男は己の見解を滔々と語った。

「わかるか? 坂上(さかうえ)

 その男は蛇のような目でこちらを見やった。

 ここは皆元家現当主である皆元隆光(たかみつ)の居城、その一角。八畳ほどの部屋で男が三人座っている。

 部屋の端には口元に髭をたくわえた巨漢の男。部屋の真ん中には、おかっぱ頭の男と、痩せ型の男がいた。

 立派な髭を持つ大男を熊野(くまの)熊吉(くまきち)という。

 そして、さきほどまで高説を垂れたのは痩せ型の男、碓氷(うすい)貞道(さだみち)。皆元隆光四天王の一人であり、ひょろ長い背丈で、頬はこけ、目が窪んでいる。不気味な雰囲気を醸し出す男だ。

 彼を不愉快そうに眺める男は、貞道とは体格が正反対で筋骨隆々としている。 坂上金吾(きんご)だ。

「おい坂上、訊いているのか?」

 貞道はニヤニヤと笑いながら、金吾に問う。

 金吾は貞道を睨みつけた。

「うるせぇ。お前にそんなこと言われなくてもわかってる」

「わかっているのなら、どうしてそうしないのだ?」

「……チッ」

 思わず舌打ちが出る。その様子をひやひやしながら熊吉は傍観していた。

 貞道はいやらしく口元を歪めた。

「海賊と一色家臣を使ったのはよかったが、詰めが甘かったな」

 二十日ほど前。

 金吾と熊吉は、皆元家家臣である平井康佑のもと、一色家の偵察を命じられた。

 するとそのころ、一色領内では『和爾(わに)』という海賊が横行していた。金吾たちは海賊と一色家臣の浦島(うらしま)家当主を懐柔し、今後の一色攻略の足掛かりを作った。そして運が良いことに、海賊討伐に向かった一色の跡取りである一色桃太郎(ももたろう)が現れたのだ。

 これは好機だと金吾は思った。

 浦島と海賊どもを利用し、一色の跡取りを暗殺する。

 策は成功した。桃太郎とその従者を包囲することができた。もちろん金吾は、浦島も『和爾』も信用していなかった。浦島の動向を警戒し、自らの手で一色桃太郎の首を取るつもりだった。

 ゆえに金吾は、浦島家棟梁浦島清海(せいかい)の行動も予想がついていたのだった。

「浦島の、一色への忠を見破れなかったのが失策だな。平井(ひらい)殿(どの)がやられるとは……」

 貞道が唸る。

 あのとき船上で浦島清海が、同じく一色攻略を任されていた平井康佑(やすすけ)を討った。それは金吾も熊吉も目にしていた。

「しかしそれぐらいのことで貴様は動揺しないだろ? 貴様なら一色の幹部どもをやれたはずだ」

「……お言葉ですが、沈みゆく船では金吾さんも対応できません」

 熊吉が弁解した。康佑が討たれたあと、一色の軍船が迫ったのは事実だ。

 金吾は余計なことを、とでも言いたげに熊吉を睨みつける。

 すると貞道は顎に手を当てた。

「そうかもしれぬな。しかし……」

 彼の表情はすぐに陰湿なそれに戻った。

「失敗したことに変わりない。渡邊(わたなべ)さんも隆光様も心底口惜しいだろう」

 結局のところ、この男は金吾を責めたいだけなのだ。

 ついに、金吾は口を開いた。

「出て行け。クソが」

「そうだな。これ以上負け犬と話していると、いざという時に負けるかもな」

 貞道はそれだけ言い捨てて部屋を後にした。

「……あいつ、いつか殺してやる」

 静かになった部屋で、金吾は毒づいた。

 熊吉が肩を落とした。

「碓氷さんに小言を言われるのも無理はありませんが……」

「そういうことじゃねぇよ」

 金吾はがしがしと頭を掻きながら、熊吉を見やった。

「お前は報告したんだろうな、正確に」

「もちろんです」

 熊吉は作戦の失敗と、一色家の現状と家臣の実力を報告した。

 そこまで聞いて、金吾は口を開く。

「俺たちの失敗はどうでもいい。それよりも、あの男だ」

「……あの男が気になりますか?」

「当然だ、一個の武人として」

 熊吉の問いに金吾は即答した。

 脳裏に浮かぶのは、あの男。

 長身で、筋肉で固められた体躯の二十代の若者。そいつは船上で雄々しく戦闘していた。その様は、まさに一騎当千。

「あの男、何者だ……?」

 飛ぶように甲板を駆け、敵兵を薙ぎ倒す力。一色桃太郎の家臣にあのような猛者がいようとは……。

「だが、人間の動きではなかったぞ」

 金吾は眉根を寄せた。

 いくら力があるとはいえ相手は数十人だ。得物は刀が一振りだけ。片手で刀を操り、叩きつけるような攻撃では身が持たないはずだ。

 にもかかわらず、あの男は、たった一人で浦島の兵を斬り捨てた。

「あいつがいなければ、浦島もやれた……!」

 金吾は悔しそうに拳を握った。

 熊吉も記憶している。浦島清海と金吾が対峙したのをこの目で見た。だが、唐突に強風が吹いたかと思うと、清海は眼前から消えており、金吾の携える鉞の間合いからも外れていた。

 その突風を起こしたのがその男だった。

「あの男、もしかすると……」

 熊吉が呟く。

「一色に巣くう『鬼』やもしれませんね」

 彼の言葉に金吾は目を剥き、嘲笑った。

「つまらん冗談だな。『鬼』などこの世に存在はしない」

「そうですよね」

「まぁ、いずれ戦場で相見えるときがくるだろう。そのときは俺が叩き割ってやる。そう言えば、あの女の行方は?」

豊玉(ほうぎょく)のことですか? さぁ、今どこにいるやら……」

「必ず借りを返してやる」

 金吾はぐっと拳を握り込み、意気込んだ。

 そんな彼に肩をすくめ、熊吉を笑った。



 * * *



「ふむ。良い品だ」

 上座に座る男が言った。

 男の手には新品の鉄砲がある。これは輸入品ではなく、皆元領内の産物だ。

 この時世、武器はいくらでも欲しい。それは海の向こうから渡ってきた鉄砲も同じ。諸国は鉄砲職人を雇い、職人を育て、鉄砲を生産していく。皆元もやっと鉄砲を生産にこぎつけたのだ。

「東国の職人も中々のものじゃ」

 男は鉄砲を構え、ニヤリと笑った。

「は、お褒めいただき光栄に御座います」

 男の前で平伏する鍛冶職人が言った。

「――隆光様」

 男――皆元(みなもと)隆光(たかみつ)は鉄砲を大事そうに見つめる。南蛮ものの服装を身につけ、髷を結わえている。かなり奇抜な格好だ。

 彼こそが、東国のほとんどを治める領主である。

 隆光は鉄砲を床の布の上に置き、鍛冶職人に命じる。

「近々戦となろう。同じものを鍛えろ」

「はっ」

「これで、皆元も強くなる」

 隆光は立ち上がり、鍛冶職人の肩に触れた。平伏する鍛冶職人の顔が強張った。

「一度、都の職人を連れてきたのだが、そいつが使えん奴でのぅ。……思わず斬ってしもうての」

「……」

 蒼白になる鍛冶職人の顔色を窺い、隆光は薄く笑った。

「良い物を頼む。下がってよいぞ」

「は、ははっ! し、失礼致しますっ」

 彼はつんのめりながらも部屋を出て行った。

 隆光はそれを見届け、鉄砲を小姓に預けて口を開いた。

「頼綱」

「ここに」

 声は部屋の隅から聞こえた。

 歳は三十前半。がっちりとした体格で、顎髭を生やした男だ。名は渡邊(わたなべ)頼綱(よりつな)。隆光四天王筆頭である。

 頼綱は隆光の正面に座った。

「此度の一色の件だが」

 隆光は脇息に肘をついて、煙管を吹かした。彼の言葉に頼綱の表情が暗くなる。

「申し訳ございません。我ら四天王の力不足、如何なる処遇も覚悟しております」

「結果は問わん」

「は?」

 隆光の答えに頼光は顔を上げる。

「一色をあれだけで崩せるとは思っておらん。坂上らはよくやったろう」

「ありがたきお言葉、坂上らに申し上げます」

 頼綱は安堵したように口にした。

「さて、」

 隆光は紫煙を吹かし、薄く笑いながら続けた。

「一色の一枚岩はそう簡単に落ちない。次の策を考えねば」

「戦の準備なら既にできております。いつでも一色へ攻め入ることは可能です」

 頼綱は高らかに宣言した。

 しかし隆光はそれを返さず、話を変えた。

「一色にも、『鬼』がいるという噂があるようだな」

「は……」

 そのため目を丸くする頼綱だったが、隆光は平然と問う。

「頼綱、ぬしは知らぬか?」

「そ、それは……存じ上げますが……しかし、噂は噂。証明することはできませぬ」

 真面目くさった解答に隆光は肩をすくめた。

「面白味のない奴じゃ。まあよい。……頼綱、あやつらを使え」

 ぽかんとしていた頼綱だったが、隆光が指す『あやつら』に狼狽した。

「な、何を申しますか! あの者たちは危険です、いつ牙を向かれるやも……!」

 カン! 隆光は煙管を煙草盆に叩きつけた。

「っ……」

 頼綱は口を閉じた。隆光が厳しく目を細めて、こちらを見つめている。頼綱は背筋が凍った。

 隆光は冷笑を浮かべた。

「あやつらが、この儂に刃向かうことなどできぬわ」

 そう告げ、部屋の隅に目を向けた。

 部屋には隆光と頼綱だけではない。

 部屋の隅では、まるで置物ように佇んでいる女がいる。鳶色の綺麗な瞳。美しくなまめかしいその女はゆっくりとこちらに顔を向けた。その表情に感情はなく、氷のように冷え切っていた。

「…………」

 この女の存在を知る者は少ない。四天王の中でも頼綱しか知らないのだ。何故存在を秘匿するのか。それは、それほどにこの女が重要だからだ。

「わかったか? 頼綱」

「……はっ、ただちにあの者たちを招集します」

 頼綱はそう言って、部屋を後にした。

 それを隆光は鼻で笑い、女を見つめた。

「近こう寄れ」

 女は無言のまま、従う。無表情なのは変わらなかった。

 隆光は女の肩を抱き、笑いながら女の顔を覗き込んだ。

「いつ見ても、そちは美しいのぅ」

「……」

「何か答えんか」

 隆光はくいっと女の顎を持ち上げた。

 女が口を開く。言葉を口にした途端、女の瞳に生気が戻った。

「なら。一つ、」

「なんじゃ?」

「私たちは、あなたたち人間に屈したりはしません」

「……」

 強い意志を感じる瞳で、隆光を見つめた。

 隆光はそれを無言で受け止め、突然頬をぴしゃりと打った。よろけて、床につく女に隆光は見下ろす。

「儂はそういう目が嫌いじゃ。二度とするな、次はないと思え」

 女は唇を噛み締め、床を見つめたまま言う。

「……私に何かあれば、家の者が黙っていません」

「構わん」

 隆光は女の襟元を掴み上げ、無理やり起き上がらせた。彼は口元に三日月をつくった。

「そのときは皆元の全勢力を持って、貴様らを潰す」

「……」

 女は茫然とした様子だったが、やがて悲しそうに目を伏せた。彼女の表情が可笑しくて隆光は笑う。

「ククク……。そちのような美しい者にも……」

 隆光はじろじろと女を眺めた。

「額から角が生えるか? 千早よ」

 女――千早(ちはや)は答えるように、隆光と視線を合わせた。そのとき、彼女の瞳が鳶色から鮮やかな金色へと変わった。

 隆光は瞳の色を見て、失笑した。

「面白い」

 そう一言だけ言うと、隆光は強引に千早の唇を奪った。目を見開く千早だが、諦めたかのように身体を、隆光にゆだねた。

「従順な女は好きじゃ」

「……っ」

 隆光は千早を押し倒した。




 2015年5月3日:誤字修正・加筆

 2015年10月28日:誤字修正

 2016年1月5日:誤字修正


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