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桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
17/52

十七、桃太郎、これからも。

 2016年4月30日:文章修正



「清海、おれはこの国を守っていくぞ」

「……それはもう、耳にタコができるぐらい聞いている」

 呆れた顔のこちらに、今さっき先代から家督を継いだ青年は爽やかに笑った。

「おまえはこれからもおれのことを支えてくれるか?」

「……そうだな、現時点でも支えて……というか重い! さっさと退け!」

 清海は怒鳴った。すると背中にもたれていた政春は脱兎の如く退いた。

「おっかねーな。清海は」

 政春はなおも軽口を叩く。清海は忌々しく政春を睨み、起き上がった。大きな合議も終わり、暖かい縁側で昼寝をしようとしたら、これだ。

 しかし政春は飄々としていた。

「そう睨むなよ清海。というか、浦島の当主がこんなところで油売ってていいのか?」

「その言葉そのまま返してやろう。お前は暇なのか?」

「家臣どもの長話には飽きた。眠くて仕方ない」

 あくびをする政春に清海は頭を抱えた。

「これから一色家を背負う身の奴が、どうしてこうも阿呆なのだろうか……」

「打ち首にすんぞ」

「そしてなんと横暴だろうか」

「さらし首決定じゃあっ!」

「やってみろ、唐変木!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人だったが、すぐに顔を見合わせて笑顔になった。

「……清海」

「なんだ?」

 ひとしきり笑うと、政春はやけに真剣な表情をした。

「おれさ、この国をもっと豊かにしていきたい。だから、戦のない国を作りたいんだ」

「戦のない? 難しいことを言うな」

 世は乱世である。

 周辺諸国は更なる富を得るために、領地の拡大に勤しみ、戦を繰り返している。現に一色も東西で睨み合い、時おり戦闘が起こっている。

 清海は眉をひそめるが、政春は続けた。

「戦がなかったら田畑は荒れないし、領民は幸せに暮らしていける。武力だけじゃあ何も解決しないだろ。戦なんか馬鹿のやることだ」

「……」

 清海は彼の精悍な横顔を見つめた。

 夢物語だと思う。

 戦のない世などありはしない。人はいつだって何かをこじつけに争いを引き起こす。争いの中で人は知恵を付け、物事を円滑に運ぶのだろう。

 それでも、親友の意志は固いだろう。

 清海は黙ってしまった。

 すると政春は笑ってこちらを振り返った。

「国のためならおれはなんだってやってやる。それが上に立つ人の役目だろ? だからさ!」

 ばん、と清海の背中を叩いて言った。

「おれを支えてくれよ? 清海」

 その声はいつになく弱々しかった。

 清海は少しだけ目を見張り、薄く笑った。

「……いいだろう、お前の夢に付き合ってやろう」

「清海」

「主家の一色ご当主が頭を下げるのだ。浦島家棟梁として答えないわけにはいかない」

「なんか腹立つ言い方だな」

「これから大変だぞ」

 息をくと、政春は裸足のまま縁側から庭に下りた。雲一つない空を見上げて、彼は大きく腕を広げた。そして宣言する。

「誰がなんと言おうと、おれはおれのやり方で国を治める」

「……そうか」

 彼の背中を見つめながら清海も決断した。

 どんなことがあろうともこの背中を守っていきたい。それがどんなに卑劣な手段だとしても、彼の慕う国を守れるなら命を差し出して構わない。

 清海は姿勢を正し、政春に頭を下げた。

「この浦島清海、一色の最善のために最期まで戦い抜きたく思います」

 堅苦しい言葉に一色当主は振り返った。そして明るく笑う。

「おまえにそう言われると恥ずかしいな」


 そして。

 一色政春は有言実行をした。

 家臣を説き伏せ、彼は子を成し、隣国と同盟を結ぶ。交易の自由を認め、金や銀などの資源の採掘にも手を伸ばした。

 一色は先代よりも経済は豊かになり、平和な国となった。

 一色という国は二十年近くもの間、大きな戦をしていない。


 * * *


 広間には重々しい空気が流れていた。

 最奥には城主である政春が冷たい目をして広間を見つめる。

 その隣で、桃太郎は気まずそうに髪を掻く。


 現在一色桃太郎は療養中である。幸い命に別状はなく左腕も元通りだ。これからも剣は振るえる見込みで、今まで自室で寝かされていたのだが、突然政春に招集されて今に至る。

「……」

 広間の中央にはこちらへ平伏する少女がいた。少女の前には綺麗に折りたたまれた書状がある。政春はそれを開きもせず、彼女を見つめていた。

 桃太郎はそんな父親を横目で見やり、少女に声をかけた。

「頭を上げてくれ。瑠璃」

 しかし浦島瑠璃はぴくりとも動かない。つややかな黒髪を床に垂らし、沈黙を保っている。桃太郎はいたたまれなくなり、放置された書状を手に取った。

 書かれていることはおおよそ想像ができる。政春がこれを受け取らない理由もわかる。だからこそ開きたくなかったのだが。

 ――内容は嘆願だ。


 波乱をもたらした海賊討伐は、隣国皆元の介入で幕を閉じた。

 海賊『和爾』はほぼ討ち取られ、消滅したと言っていい。海賊と繋がっていた皆元の若武者は取り逃がしたが、皆元と同盟を結んでいた一色家臣、浦島清海を捕縛した。これは一色家臣団に不安を招いた。

 政春が当主となってから大きな事件はなかった。そして浦島清海と一色政春は旧知の仲である。そんな彼が皆元と手を組み、主家を討つなどあり得なかった。

 家中はしばし紛糾する。

 今すぐでも皆元と戦を行うという意見も挙がった。だが政春は、それだけは決して許さなかった。

 しかし政春はけじめをつける。

 反旗を翻した浦島清海は打ち首と決まった。まもなく謀反人として処罰される。

 清海の子である達海は蟄居を命じられた。桃太郎の助言もあり、彼は処刑されることもなく事なきを得ている。しかしいずれは家臣たちの反感を買うため、これからどうなるかわからない。

 その中で浦島家、息女の浦島瑠璃は単身で政春に願った。

「どうか、父と兄のお命をお助けください」

 こうべを垂れ、瑠璃は言う。

 桃太郎は嘆願書を開いたままで読むことはしなかった。読んでも内容は入ってこないだろう。それから、ちらりと父を一瞥した。

 相も変わらず、政春は沈黙を続けている。

 桃太郎はがしがしと頭を掻き、政春を睨みつけたが何も起こらなかった。

「……私は兄と父の力になりたい」

 ふと、瑠璃が力強く言った。

「私のできることはこれぐらいしかないから。どんなに頑張っても武器を持って戦うことはできない、桃太郎様や達海兄様のようには戦いません……」

「……」

「だから! 私は私のやり方で戦いたい。自分の信じたことをやり遂げたい! だけどそれがすべて正しいとは思わない。だから、今も怖い……それでも! 私の選んだ道だもの、後悔なんかしないわ」

 瑠璃はぐっと顔を上げた。その潤んだ瞳は真っ直ぐと政春に見つめた。

「これが、家のためにできる、私の最善だと思うから!」

 本当に芯の強い。

 愚直なほどに真っ直ぐで、頑固だ。

「どうか、寛大なご処置を……!」

 瑠璃は再び頭を下げた。

 茫然として彼女を見つめていると、政春は桃太郎の手にあった書状をひったくった。びっくりするこちらに目にもくれず、政春は書状を引き裂いた。

 その音に瑠璃の肩が震える。桃太郎は思わず、政春の腕を掴んだ。

「親父……!」

「桃太郎、」

「あん?」

 政春はついっとこちらに目をやり、

「おまえが決めろ」

「は……?」

 その声が瑠璃にも届いたのだろう、がばりと顔を上げる。涙がいっぱい溜まった瞳が、視界の端で揺れる。

 政春は淡々と口にする。

「今回の件、おまえが裁断しろ」

「……い、いいのか、オレの答えは決まってるぞ」

「清海は難しいだろうがな。……それでいい、家臣どもはわしが説き伏せる」

「親父……」

 桃太郎は目を瞬いて父親を見つめた。政春はこちらから目を離して、広間の外を眺めて言う。

「若い連中は若いなりに、がむしゃらに生きろ」

「わかった」

桃太郎は立ち上がった。それにすぐさま瑠璃は頭を下げる。

「あぁ桃太郎、清海に伝えてくれ」

「ん?」

「今までご苦労であった、大義だった。と」

 政春は桃太郎に背を向けたまま、言い捨てた。

 父の背中はどこか遠くに感じた。


 そのあとすぐに、桃太郎は清海に会いに行った。

 政春の決断を伝えるために。そして桃太郎自身も少し清海と話がしたかった。

 幽閉される浦島達海は誇らしげな表情をして、桃太郎を見つめた。

「まさかあなたが足を運ばれて来られるとは、思いもしなかった」

「あんたとは話がしたかったからな」

 桃太郎は牢の向こうの清海を見下ろした。清海の表情に後悔など微塵も感じない。桃太郎はそれが悲しく思えた。

「親父は今回の件をオレに一任した」

 伝えると、清海はわずかに目を見張る。しかしそれも一瞬で、嘲笑い吐き捨てた。

「あいつは昔からそうだったな……、本当に阿呆だ」

 そして桃太郎を見つめる。

「儂を連れ出すおつもりですかな。なら結構」

「瑠璃が、あんたと達海を助けようとしている。娘の想いを踏みにじるのかよ」

「……はっ。あいつがそんなことを。無邪気で我の強い娘であったが、まさかそこまでするとはな」

「だから……」

「なれど、それは受けられません」

 清海は冷たく切り捨てた。

「儂が生き長らえば、死んでいった者たちに顔向けができませぬ。咎はこの身で請け負います」

「……」

 あのとき、忠治たちが斬り捨てたのは海賊だけではない。浦島清海を主と敬い、散っていった者たちもいるのだ。

 桃太郎は奥歯を噛み締めた。

「もっと……もっと、良い方法なかったのかよ」

 自然と口が動く。

「これじゃあ何も、残らないじゃねーか」

 格子に拳を押し当てる。すると清海は微かに笑った。

「やはり親子だ。あなたは政春に似ている。強い意志と屈しない心を持っている。真っ直ぐなところは少し異なりますが」

「……」

「それでも儂に後悔はありません」

 彼は何もない天井を見上げる。

「これであいつも、他の連中も外へ目を向けよう。……あなたのことだ、是が非でも達海を助けようとなさる。あいつはそれを受けるでしょう。それはとてもありがたい。やはり浦島家を終わらすのは忍びない」

「あんた、言ってたよな?」

 声に清海は反応する。ゆっくりと顔をこちらへ向かせた。

「オレが、一番親父を知ってるって……。そんなわけないだろ、オレは一色政春と二十年も一緒にいない餓鬼だ。あんたのほうが、もっと、ずっと長く親父と一緒にいるだろ?」

 清海の瞳がわずかに揺れた。そして小さく吹き出して大きな声で笑った。牢に響く声音はどこか楽しそうだった。

「あなたは面白い。それでこそ、政春の息子だ」

 しわを歪ませて清海は笑い、頭を下げた。

「政春によろしくお伝え申し上げたい」

「……」

「大馬鹿者が。と」


 浦島清海は笑っていた。


 * * *


「――若」

 縁側で寝そべっていると声が掛かった。誰だと訊ねなくともわかるため桃太郎は目も動かさないで、空に向かって答えた。

「なんだよ、忠治」

 影が差す。こちらの顔を覗くのは、相変わらず真面目な表情をした犬養忠治がいた。また、小言を言われると思った桃太郎であったが、起き上がるのも億劫だった。

 忠治は隣に正座して口を開く。

「私はこの度、若を危険にさらしました」

「……あー、そうだな」

 完治はしていないが、もう左腕も動くようになった。まだ刀は振るえないが。

 そんなことを考えていると忠治の言葉は続いた。

「私はこれからも若のお側にいてもよろしいでしょうか」

「あ? 何言ってんだおまえ」

 目を上げると忠治の手が見え、拳が作られていた。

「……」

 桃太郎はしばし考えてから、起き上がった。そして忠治を見つめた。柄にもなく忠治は眉尻を下げて、悔しそうに唇を噛んでいる。……捨てられた犬のような感じだった。

 桃太郎は忠治の頭をぐわしっと掴んだ。びっくりする忠治を無視してわしゃわしゃと撫で回した。

「な、なにするんですかっ!」

 鳥の巣のような頭になった忠治が抗議の声を上げる。

「おまえさ、アホだろ」

「はっ?」

 言うと忠治は目を見開いて固まった。驚く忠治に桃太郎は肩をすくめて微笑を浮かべた。

「オレがおまえを捨てると思ってんのか?」

「え」

「オレが怪我したぐらいで落ち込むな。……らしくないぜ? オレはおまえがなんと言おうと側にいてもらう。言ったろ? オレにはおまえが必要なんだよ」

「若……」

 彼の笑顔に忠治は呆然として見つめていたが、やがて嬉しそうに悔しそうに顔を歪めて、しっかりと座礼した。

「私はいつまでもあなたのお側におります。どこまでもついて行きますよ」

「頼むぜっ!」

「どっ、どうして頭に触れようとするのですか!」

「えっと、なんでだろう?」

 桃太郎は首を捻った。

「あの、桃太郎様っ」

 すると声が掛かった。声の主は千鶴だ。彼女の登場に忠治は側に控え、桃太郎は縁側に腰掛けた。桃太郎は微笑む。

「久しぶりだな、千鶴」

「はい、お見舞いできなくて申し訳ありません」

「オレはもう大丈夫。ほら、腕も上がる……痛」

 桃太郎は左肩の痛みに顔をしかめると千鶴が悲鳴を上げた。

「だ、大丈夫ですか!」

「若、やはり本調子では……」

「大丈夫だって。そう心配するなよ」

 桃太郎は千鶴に笑いかけ、優しく頭を撫でてやった。千鶴はくすぐったそうに微笑んだ。それを微笑ましく思ったが、不意にその手が止まった。桃太郎はゆっくりと手を離し、謝罪した。

「ごめんな」

「え?」

 くりっとした大きな瞳が見開かれる。

「巻き込んだこと。せっかく海見せてやったのに、いろいろとやらかした。ごめん。……千哉にも謝んないと」

 本当に迷惑をかけたと思う。

 千哉も千鶴も本来なら人間の争いに巻き込むべきではない。彼らは『鬼』であり、人を見限ったから山の奥地で暮らしているのだ。

 やはり軽率だったのだ。

「桃太郎様は優しいお方です」

 そのとき、千鶴が桃太郎の手に触れた。驚く桃太郎を見つめて、千鶴は優しく包むように手を握る。

「あなたと出会えて、少なくともわたしは後悔などしていません。あなたと出会えていなかったら、わたしも兄も周囲のことを知らず一生を終えていました」

 千鶴は微笑み、握った桃太郎の手を両手で包み込んで自分の頬に当てた。

「あなたが生きてくれてよかったです」

「お、おう……」

 彼女は目を閉じて、うっとりとしていた。

 そんな千鶴に桃太郎はどぎまぎした。

「あの、よろしいでしょうか」

「へっ?」

 声に千鶴が振り返った。その拍子に桃太郎は手を離される。そこには五右衛門がジト目でこちらを眺めていた。

「えっ、これは! その……!」

 千鶴が懸命に言い訳をしようとする中、五右衛門は肩をすくめた。

「モモ様、逢い引きならせめて部屋でやってください」

「あっ、あああっ、あ、あっ……!」

 五右衛門の言葉に千鶴は顔を真っ赤にした。

 後ろ姿だけでもわかるくらい、動揺する千鶴に桃太郎はからからと笑った。

「何を笑っている? 貴様は」

 突然殺気が周囲に満ちた。その殺気の主は五右衛門の背後にいた。五右衛門は思わず跳び退り、距離を置く。そこには拳を震わせた千哉がいた。

「なんだ千哉」

「なんだ、ではない。貴様、怪我人の分際で千鶴に軽々しく触れおって……!」

「いや、もう怪我治ってるし」

 千哉の顔は怒り一色であった。ずかずかとこちらへ歩み寄り、ぐいと顔を落としてきた。

「死ぬ覚悟はできているな?」

「あー、千哉さん。ちょっと落ち着こうよ。ね?」

「黙れ、害虫」

「もうっ、喧嘩しないでください! 桃太郎様は怪我人なんですよ!」

 一触即発の二人の間に割り込んだのは千鶴だ。彼女はむっとした様子で千哉に詰め寄った。千哉は妹の表情に狼狽え、言い淀む。

「ま、待て千鶴。これもお前のため……」

 しかし千鶴は柳眉を逆立てて、言い捨てた。

「そんなお兄様は嫌いです」

 その一言で場が凍りついた。

 ふんと可愛らしく鼻を鳴らして、千鶴は桃太郎に笑顔を向けた。

「お茶でも淹れてきますね」

 千鶴はあっという間に廊下の角に消えた。

「……あーあ、やっちまったな」

 しばらくして、桃太郎は冷たい目で千哉は眺めた。彼は未だに驚愕の表情をしたまま固まっている。

「『大』はついていなかったけど、『嫌い』って言われたな。お兄さん」

 笑って言うが千哉から反応はなかった。五右衛門が襟足を掻いて呟く。

「これって再起不能ですよね?」

「ほっとけ、いつか再生する」

 そう言うと、忠治は深いため息をき、五右衛門は首を捻った。

 やがて、千鶴が美羽を連れて帰ってきた。美羽は廊下で凍りつく千哉を見てぎょっとした。

「……何があったかは察しがつきました」

「……わからないほうがいいと思うぞ、私は」

「そんなことより、おやつにしましょ」

 当事者である千鶴はにこやかに言った。彼女の持つお盆には湯呑と大福餅が並んでいた。

 五右衛門が喜んですぐさま腰を下ろす。その後に忠治と美羽が座った。

 暖かい縁側で菓子を食べるのは心地よい。桃太郎は皆の様子に満足げに微笑んだ。それから大福餅を手に凍結した千哉に近づいた。

「ほら、おまえも食えよ」

「なっ、敵の施しなど……」

「いいから」

「む……」

 大福餅を押しつけると千哉は仕方なく受け取った。桃太郎は千哉の隣で大福餅を頬張る。甘い餡子が口の中で広がり、にやついてしまう。

「……今回みたいなことは二度とないように頼む」

 すると千哉が呟いた。

 桃太郎は大福餅を咥えたまま振り返った。

「……わかってる。もう巻き込まないよ」

 千哉はフンと鼻を鳴らして大福餅を口に放り込んだ。不機嫌そうな彼を桃太郎は見つめた。

「わかってるから、鬼と人は違うって。オレにとっておまえは友達だもんな」

 それを聞いて千哉が淡く笑う。

「友、か……悪くない」

「え?」

「お前は俺が見込んだ『人間』だ、最後までつきあってやる。あと、千鶴にこれ以上近づくな。約束だ」

「おまえ……ほんと千鶴一筋だな」

 桃太郎は呆れて千哉から目を離し、美羽に茶を頼んだ。

 四月も終わり。庭の、桃の木の花は小さくなっており、緑色の葉が目立ってきた。

 空は晴天。雲一つない。

 いつまでもこんな日々が続くといい。しかし物事に永遠はない。いつかは壊れてしまうだろう。

 それでも桃太郎は願う。

 一色の人間として国も民も、鬼たちも守ってみせる。誰に否定されても、自分には支えてくれる友人たちがここにいるのだ。

 目に映るものが鮮やかに見える。

 未来は輝いている。


                                    了




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