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桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
16/52

十六、桃太郎、皆元の若武者と出会う。



 向こうの船から現れたのは襟足を刈り上げたおかっぱ頭の男。赤い羽織を羽織った筋骨隆々とした体躯。そして自分の背丈ほどある鉞を携えていた。

 坂上金吾は忌々しげに顔を歪め、桟橋に倒れる康佑の死体を眺める。

「どいつもこいつも、能無しが!」

「落ち着てください。標的はまだ目の前にいますよ」

 穏やかな声とともに、豊かな髭をたくわえた六尺を超える大男が現れた。そいつに金吾は冷たい視線をぶつける。

「全員殺していいか? 熊吉」

「首さえ持ち帰れば大いに結構かと思います」

「……おい、これから殺す奴の前で殺人計画か?」

 そのとき桃太郎が口を挟んだ。目の前にいる二人は恐らく皆元の刺客。一風変わった格好の二人だが相当の手練れなのだろう。この二人が、海賊をけしかけ、浦島清海に近づいた。この騒動の、すべての元凶が彼らなのだ。

 桃太郎は金吾を睨みつけて言う。

「ほんと野蛮な連中だな、そんなにオレを殺したいのか?」

「当然だ」

 金吾はこちらを軽蔑するように見下ろした。

「貴様の首は、貴様が思っている以上に高いぞ」

「そりゃあ光栄だ」

 桃太郎は相槌を打ちながらも逃走経路を探していた。海の真ん中で逃走も何もないが、素直に首を置いていくわけにはいかない。

「逃げられると思ってるのか、貴様は」

 金吾が冷笑を浮かべた。彼は鉞を肩に担ぐ。

「この俺を甘く見てもらっては困る。このまま引き下がるわけにはいかないからな。俺が、直々に貴様の首を取ってやるよ。――あぁ、それとも、」

 彼は冷酷に吐き捨てた。

「臣下を盾に逃げるか?」

「黙れ、おかっぱ」

 桃太郎の瞳が冷たく輝いた。

 その射抜くような視線に金吾は口を閉ざした。

 ――やはり逃げるに越したことはない。

 桃太郎たちはゆっくりと一歩下がった。気を取り戻した金吾が甲板を踏み鳴らす。

「全員、叩き割ってやるよ」

 金吾が口元を三日月に吊り上げた、そのとき。

 轟音とともに船が揺れた。

「な、なんだ?」

 金吾は慌てて鉞を甲板に突き刺した。

 逃げる態勢に入っていた桃太郎たちも足を止められた。

「金吾さん、あれを!」

 顔を上げた熊吉は驚いたように彼方を指差す。その方向を見た金吾は驚愕した。

「あれは……あの家紋は……」

「モモ様! あれって……」

「おいおい、そりゃあねぇだろ」

 桃太郎も苦笑した。

 船の向こう。青い海に浮かんでいるのは一隻の船。

 その舳にある旗には家紋が刺繍されている。

 桃の花があしらわれたそれは、一色家を表す家紋だ。

「政春か……」

 清海が呟いた。

「一色政春が出てきたのか!?」

 金吾は狼狽する。そのとき、また船が揺れた。これは大砲の弾が近くに落ちたからだ。水柱が上がる。桃太郎は抗議の声を上げた。

「おい! 親父はオレたちが乗ってること知らねぇのか!」

「たぶんご存知でしょうねっ!」

 忠治が海水を被って言った。

「お前の父は中々豪気な男だなっ」

 千哉が千鶴を抱きかかえながら甲板に手をついている。

「そりゃあどうもっ!」

 桃太郎は揺れる船に、必死になって掴まっていた。

「金吾さん、ここは退きましょう!」

「馬鹿言うな、この俺は尻尾を巻いて逃げるだと!? ふざけるな! 大将首は目の前にあるんだぞ!!」

「船と心中したいのか! あんたは!」

「……っ」

 熊吉の一喝に金吾は黙り込んだ。

「ハーイ。お困りかしら? 坂上様♡」

 そのとき金吾たちの背後から女の声が聞こえた。彼らは振り返り、そして目を見開く。そこには四、五人ほどが乗れる小さな船が泊まり、その船には海賊『和爾』の首領、豊玉が乗っていた。揺れる船から顔を出し、妖艶に微笑む。

「あと二人ぐらいなら乗せられるけど?」

「貴様……!」

 金吾の顔が苦渋に歪む。

「早く決めてちょうだい。あんたたちと心中なんかごめんだから」

「くっ、行くぞ熊吉!」

「はっ!」

 彼らの後ろ姿を桃太郎は甲板に張りつきながら見ていた。海賊の女と視線が合ったとき、女は唇に指を軽く当てて、そしてこちらへ投げかけた。

「あの女~……」

「桃太郎、首を洗って待ってろ。必ず取るっ!」

「おまえは黙ってろ、おかっぱ……っ」

 定期的に撃たれる大砲により船は揺れ、桃太郎は水を被って濡れ鼠状態だった。

「追うなよ、おまえらっ!」

「追えませんよっ!」

 美羽が金切り声を上げる。若干、鼻声だった。しかし今それを気にしている暇はない。

 大砲の衝撃で揺れる船。

 忠治は必死になって帆柱に掴まり、五右衛門が海水を飲んで咳き込んでいる。少女たちの悲鳴が聞こえ、千哉も辛そうに甲板にへばりついていた。

堪らず、桃太郎は空に向かって叫んだ。

「ばかすか撃ち過ぎだ! クソ親父――ッ!!」




 2015年5月3日:誤字修正・加筆

 2016年1月5日:誤字修正

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