十六、桃太郎、皆元の若武者と出会う。
向こうの船から現れたのは襟足を刈り上げたおかっぱ頭の男。赤い羽織を羽織った筋骨隆々とした体躯。そして自分の背丈ほどある鉞を携えていた。
坂上金吾は忌々しげに顔を歪め、桟橋に倒れる康佑の死体を眺める。
「どいつもこいつも、能無しが!」
「落ち着てください。標的はまだ目の前にいますよ」
穏やかな声とともに、豊かな髭をたくわえた六尺を超える大男が現れた。そいつに金吾は冷たい視線をぶつける。
「全員殺していいか? 熊吉」
「首さえ持ち帰れば大いに結構かと思います」
「……おい、これから殺す奴の前で殺人計画か?」
そのとき桃太郎が口を挟んだ。目の前にいる二人は恐らく皆元の刺客。一風変わった格好の二人だが相当の手練れなのだろう。この二人が、海賊をけしかけ、浦島清海に近づいた。この騒動の、すべての元凶が彼らなのだ。
桃太郎は金吾を睨みつけて言う。
「ほんと野蛮な連中だな、そんなにオレを殺したいのか?」
「当然だ」
金吾はこちらを軽蔑するように見下ろした。
「貴様の首は、貴様が思っている以上に高いぞ」
「そりゃあ光栄だ」
桃太郎は相槌を打ちながらも逃走経路を探していた。海の真ん中で逃走も何もないが、素直に首を置いていくわけにはいかない。
「逃げられると思ってるのか、貴様は」
金吾が冷笑を浮かべた。彼は鉞を肩に担ぐ。
「この俺を甘く見てもらっては困る。このまま引き下がるわけにはいかないからな。俺が、直々に貴様の首を取ってやるよ。――あぁ、それとも、」
彼は冷酷に吐き捨てた。
「臣下を盾に逃げるか?」
「黙れ、おかっぱ」
桃太郎の瞳が冷たく輝いた。
その射抜くような視線に金吾は口を閉ざした。
――やはり逃げるに越したことはない。
桃太郎たちはゆっくりと一歩下がった。気を取り戻した金吾が甲板を踏み鳴らす。
「全員、叩き割ってやるよ」
金吾が口元を三日月に吊り上げた、そのとき。
轟音とともに船が揺れた。
「な、なんだ?」
金吾は慌てて鉞を甲板に突き刺した。
逃げる態勢に入っていた桃太郎たちも足を止められた。
「金吾さん、あれを!」
顔を上げた熊吉は驚いたように彼方を指差す。その方向を見た金吾は驚愕した。
「あれは……あの家紋は……」
「モモ様! あれって……」
「おいおい、そりゃあねぇだろ」
桃太郎も苦笑した。
船の向こう。青い海に浮かんでいるのは一隻の船。
その舳にある旗には家紋が刺繍されている。
桃の花があしらわれたそれは、一色家を表す家紋だ。
「政春か……」
清海が呟いた。
「一色政春が出てきたのか!?」
金吾は狼狽する。そのとき、また船が揺れた。これは大砲の弾が近くに落ちたからだ。水柱が上がる。桃太郎は抗議の声を上げた。
「おい! 親父はオレたちが乗ってること知らねぇのか!」
「たぶんご存知でしょうねっ!」
忠治が海水を被って言った。
「お前の父は中々豪気な男だなっ」
千哉が千鶴を抱きかかえながら甲板に手をついている。
「そりゃあどうもっ!」
桃太郎は揺れる船に、必死になって掴まっていた。
「金吾さん、ここは退きましょう!」
「馬鹿言うな、この俺は尻尾を巻いて逃げるだと!? ふざけるな! 大将首は目の前にあるんだぞ!!」
「船と心中したいのか! あんたは!」
「……っ」
熊吉の一喝に金吾は黙り込んだ。
「ハーイ。お困りかしら? 坂上様♡」
そのとき金吾たちの背後から女の声が聞こえた。彼らは振り返り、そして目を見開く。そこには四、五人ほどが乗れる小さな船が泊まり、その船には海賊『和爾』の首領、豊玉が乗っていた。揺れる船から顔を出し、妖艶に微笑む。
「あと二人ぐらいなら乗せられるけど?」
「貴様……!」
金吾の顔が苦渋に歪む。
「早く決めてちょうだい。あんたたちと心中なんかごめんだから」
「くっ、行くぞ熊吉!」
「はっ!」
彼らの後ろ姿を桃太郎は甲板に張りつきながら見ていた。海賊の女と視線が合ったとき、女は唇に指を軽く当てて、そしてこちらへ投げかけた。
「あの女~……」
「桃太郎、首を洗って待ってろ。必ず取るっ!」
「おまえは黙ってろ、おかっぱ……っ」
定期的に撃たれる大砲により船は揺れ、桃太郎は水を被って濡れ鼠状態だった。
「追うなよ、おまえらっ!」
「追えませんよっ!」
美羽が金切り声を上げる。若干、鼻声だった。しかし今それを気にしている暇はない。
大砲の衝撃で揺れる船。
忠治は必死になって帆柱に掴まり、五右衛門が海水を飲んで咳き込んでいる。少女たちの悲鳴が聞こえ、千哉も辛そうに甲板にへばりついていた。
堪らず、桃太郎は空に向かって叫んだ。
「ばかすか撃ち過ぎだ! クソ親父――ッ!!」
2015年5月3日:誤字修正・加筆
2016年1月5日:誤字修正




