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桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
14/52

十四、桃太郎と清海。



 忠治は敵の前線を崩し、海賊船へ乗り込んだ。

「なんとしても討ち取れ!」

 海賊たちは必死に忠治を仕留めにかかる。しかし今の忠治を止められる者はいなかった。

「ぎゃあっ」

「ぐはっ」

 受けて、躱して、賊どもを斬り捨てた。

 陽光に鈍い輝きを放つ刀。無機質な眼光。血塗れの四肢。まるで真昼の悪鬼のようだった。

 敵船の甲板にも血溜まりを作った忠治は青い空を見上げた。

「はぁ……はぁ……っ」

 さすがに息が上がってきた。我が愛刀もそろそろ限界だ。

 しかし止まるわけにはいかない。敵はまだいるのだ。

 忠治は眼前を睨みつけた。

 ふと、思い出された。

 ――これでは島のときと同じだ。

 早朝にも海賊を斬った。

 あのとき、亀蔵に言われたのだ。

『――少々焦っているように見えます』

 そして主にも……。

『おまえ、なに焦ってんだ?』


 忠治は首を振る。

「私は、焦ってなどいないっ」

 海賊を斬り捨てた。そいつは甲板に叩きつけられ、息絶えた。顔に返り血がべっとりと付着する。

 自問することなどない。自分は正常だ。これがありのままの犬養忠治だ。

 だが、この違和感は拭えない。

「くそっ」

 また、血飛沫が上がった。

 忠治は足を止めた。

 認めるべきなのだろうか。

 しかし、自分は一色桃太郎の侍従頭である。悩みなど他の者に知られるわけにはいかない。侍従頭として平然と、厳格に振る舞わなければいけないのだ。

 そのとき、背後で銃声が聞こえた。

 忠治は反射的に振り返った。視線の向こう側――千哉と浦島兵を通り越して、忠治は見てしまった。

 忠治は勢いよく甲板を蹴り上げた。

「若ッ!!」

 桃太郎が浦島清海に撃たれたのだ。


「桃太郎……?」

 千哉は茫然として甲板に倒れる彼を見つめた。彼の周りに千鶴や五右衛門たちが駆け寄る。千哉はゆっくりと首を上げ、狙撃手を捉えた。

 それは向かい側の船――あれは浦島の軍船――から、船と船を繋ぐ桟橋には浦島清海が佇んでいる。

 彼を見た千哉の感情が爆発した。

「浦島、貴様!!」

 しかし道は阻まれる。今まで海賊をともに倒してきた浦島兵全員がこちらへ刃を向けたのだ。

「正気か……貴様らッ!」

「いや~、素晴らしいです。清海殿」

 千哉が怒鳴ったとき、向こうの船からぱちぱちと拍手が響いた。

 船からこちらを見下ろすのは見たことのない男だった。扇子を持ち、陣羽織を着た中肉中背の武士だ。

 清海は振り返った。

「……これは平井殿、こんなところまで、苦労をかける」

 彼は平井康佑に声を掛けた。

「いえいえ。私は皆元家臣として、一色桃太郎の最期を見届けなければなりませんゆえ」

「だ、誰ですか……、あの者は……」

 震えた声は達海のものだ。顔を真っ青にして己の父と、突如現れた武士を見つめる。

「やっぱり……父上は……」

 隣でも瑠璃が膝をついて震えていた。何を言っているのか達海には耳に入って来ない。

 ただ、父が遠くに感じた。

 そして清海がこちらを見下ろす。冷徹な光を帯びる瞳は静かに我が子を捉えていた。

「達海、これも浦島の家を守るため……仕方ないのだ」

「何が仕方ないのですか!?」

 達海は絶望の中激昂した。

「我らがどれだけ賊を苦しめられたか、父上が最も理解していると思っていました! あなたは港を守るため、領地を守るために奔走した兵たちを裏切るのですか! 家を守るためなら、何をしても許されるのですか……!」

「…………」

「答えてください! 父上!」

「てめぇ……」

 五右衛門が口を開いた。その声は怒りのあまり震え、彼の瞳は燃え上がっている。五右衛門はすぐさま長ドスに手を掛けた。

「今すぐ殺してやるッ!」

「大口が叩けるのは平和ボケした一色ここだからですか? ……まったく、状況を理解できぬ者は本当に愚かしい」

 康佑は扇子を前へ掲げた。彼の背後には海賊と浦島兵が混合した軍勢がある。数はそれほどでもない。しかし現状を打開できるほどの戦力、いや気力がこちらには皆無であった。

「父上……」

 戦意喪失した達海は刀を取り落とした。

「ごほ……っ」

 桃太郎は霞んだ視界から清海を見た。清海は無表情でこちらを見下ろしている。そして彼の側では見たこともない男がほくそ笑んでいた。

 ――こんな、ところで……。

 急所は外れていた。しかし左腕が上がらない。腐る前になんとかしなければ。

 視界の端で千鶴が涙を溜めて、桃太郎の体を押さえていた。五右衛門が今にも飛び出しそうなのを美羽が止めに入っていた。

「退けぇぇ――っ!!」

 背後から千哉の叫び声が聞こえた。



 千哉はこれまで生きてきた中で、一番感情を剥き出しにした。

 叩くように刀を振り下ろし、浦島兵を斬殺する。いくつもの断末魔が上がり、幾条もの赤い液体が宙を舞った。

 目の前で“友”が撃たれた。

 そんな光景を見せられて黙っている馬鹿はいない。

 片手で兵を斬り裂き、空いた手で首をへし折った。

 彼の金色の瞳は血風の中、鮮やかに輝いていた。

「――千哉殿!」

 忠治の声に千哉は我に返った。血に塗れた顔を向けると、焦りと怒りが混じった忠治がいた。

「ここは任せろ。早く桃太郎の側へ行ってやれ」

「いえ。あちらは数が多い、あなたが向かうのが道理かと。数十人の人間なら、あなたなら簡単でしょう」

 忠治の冷たい言葉に千哉は目を向けた。

「……いいのか?」

「構いません。私は……」

 彼は言葉を飲み込み、ぐっと血刀を握った。

「……少々やり過ぎではありませんか?」

 そのとき、傷ついた兵の中から亀蔵が現れた。細い目をこれでもかと細くして、二人を眺めた。その視線に忠治は譲らなかった。

「……あの男は私が相手をします」

 千哉は兵士の上を跳び越え、桃太郎へ向かった。


 ***


いのですか」

 死体の上には亀蔵と忠治だけとなった。

 亀蔵が問う。

「あなたは桃太郎様の従者。あのような者に道を譲って……?」

「亀蔵殿。あなたはこの計画を知っていたのですか?」

 忠治は話を切り替えた。それに不信も感じず亀蔵は答える。

「ええ。二日ほど前から。もちろん驚きはあったもののそれが清海様のご決断。我ら臣下が口を挟むことではありません。達海様がご存知なかったのには驚愕致しましたが」

 亀蔵は得物である手槍をくるくると回した。

「確か、あなたの忠は主の側に在り続けることではありませんでしたか」

 彼はじっとこちらを見つめる。

「ならばなおさら、あのような者に譲ることはないと思いますが?」

「千哉殿なら心配することはない。彼は強いのだから」

「……自分は弱い、と?」

「……」

 その問いに忠治は答えなかった。

 忠治は手にしていた毀れた刀を放り、手前にある死体へ手を伸ばす。彼は死体の腰にある刀を拝借。柄は血に汚れていたが、刃はまだ使えた。

「若に傷を負わせたのは、私の責任だ」

 懐から白い布を取り出す。

「その罰は受けるつもりだ」

 その晒しで柄と右手を括りつけ、刀を亀蔵に向けた。

「先ずはこの騒動を治める」

 亀蔵は笑った。

「私個人としてもあなたとは一度死合ってみたかった! 己が義をその刃に託し、心血を注ぎ、戦い抜きましょう」

 忠治と亀蔵は同時に踏み込んだ。



 * * *



「なんだ、あの男は……」

 海賊船の物陰から金吾と熊吉は浦島清海と一色桃太郎の言動を観察していた。桃太郎が狙撃され、平井康佑が現れる。これで一段落だと思ったら、この様だった。

 金吾の目には夜叉のように兵士を叩き斬る、男が映った。

 浦島の兵どもを味方に預け、桃太郎の側まで駆け抜ける。そして桃太郎たちに向かう兵士たちを薙ぎ払った。

 一瞬で兵の数人が宙を舞い、血を流した。それに怯えた康佑はただただ立ちすくんでいた。

「助けましょうか、救助すれば我々も評価がもらえますよ」

 熊吉が淡々と意見する。

 しかし金吾は動かなかった。

 無能を助けるほど、金吾は甘くない。


「せ、清海殿っ、は、早くこちらへ! 巻き添えを食らいますぞ!」

 平井康佑は震えた声で清海を船へ促した。

 清海は康佑に首を回した。背後で息子と娘の悲鳴が聞こえる。しかし清海は康佑へと歩み始めて、呟く。

「これで、政春は気づくだろう」

「は……?」

 その言葉に康佑は怪訝そうな顔つきをした。

「一色の団結は強い。これで外にも目を向けてくれれば、儂は安心して死ねる」

「せ、清海殿……?」

 清海の様子に恐怖を感じた康佑は震えた足で後退を始める。

「政春、お前はどうする?」

 清海は手にする刀を抜き放った。

 振り下ろされた一閃は康佑の左肩を抉り、右脇腹まで達した。

 平井康佑は鮮血を散らして、桟橋の上で息絶えた。




 2015年2月22日:誤字修正・加筆

 2015年10月2日:誤字修正

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