表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
13/52

十三、桃太郎、海賊と戦う。



「浦島の船は四隻。さすがにこの二隻でも攻めるのは無理がないかい?」

 こちらは海賊船のその一隻。

 悠々と甲板を歩くのは平井康佑だ。陣羽織に着て、扇子をパタパタと煽いでいる。彼の背後には金吾と熊吉が控えていた。

「まぁ、清海殿を入れると十分すぎるかな?」

「おっしゃる通りです。平井殿」

 熊吉が相槌を打った。

 それに康佑は満足そうに笑い、床几しょうぎに腰かけた。

「これで、私も安心して本国へ帰れる。君たちのおかげだ、感謝しているよ」

 パタパタと扇子を煽ぎながらそんなことを言う。それを熊吉が愛想笑いで受け、後ろの金吾は眉間にしわを寄せた。

「……気に食わん奴だ、まったく」

「聞こえますよ、金吾さん」

 物陰のところで金吾は吐き捨てた。熊吉の咎めに、金吾はますます顔をしかめる。

「国へ帰っても手柄は平井に回るんだぞ。悔しくないのか、お前は」

 すると熊吉は困ったように眉を下げた。

「それは、そうですが……」

「だいたい、無能な奴は皆元にはいらない」

 金吾が康佑の背中を睨む。熊吉は淡々と尋ねた。

「奪い取りますか」

「考えて置く」

 金吾はニヤリと笑った。

 既に考えはまとまっているようだ。

 熊吉は小さくため息をき、無事に一色桃太郎の首を取れることを祈った。



 * * *



 海戦は生まれて初めてだ。

 どのように戦うのか桃太郎にはわからない。

 こういうときは、把握している人間に従うのが基本だ。

 浦島一族は一色の水軍を担っている。作戦は海を知り尽くしている彼らに任させておけばいい。桃太郎はそれに従うまでだ。


 船隊から放たれた矢は真っ直ぐと海賊船へと降り注いだ。

 先手は取った。

 誰もがそう思った。しかし――。

「モモ様!」

 遠眼鏡を覗いていた五右衛門が叫ぶ。

「ご覧ください!」

 桃太郎は遠眼鏡を覗き込み、息を飲んだ。敵船の外装に当たった矢はすべて海に落ちている。目を凝らしてよく見ると、海賊船の外装が太陽に反射している。あれはおそらく鉄だ。木に鉄板を張っているみたいだった。

「おい、なんで海賊があんなもん持ってんだ!」

 気色ばむ桃太郎は叫ぶが何もできない。

 既に方にある軍船から悲鳴が聞こえた。敵船から矢が降ってきたのだ。こちらの弓が届く範囲なら、当然向こうの弓も届く。そしてその矢の中には火が点いている矢もあり、船は瞬く間に赤く燃え盛った。

「援護する、舵を切れッ!」

 清海の怒鳴り声が響く中、桃太郎は手すりから顔を覗かせ、燃える船を見つめた。

「ヤバいぞ……達海、弓は駄目だ。鉄砲用意させろ」

「承知しました」

 冷や汗を垂らす達海はすぐさま兵たちに命じた。

 戦闘前とは違う慌しさが船内を満たした。

 眼前の光景は頭に焼きついた。優位に立っていた浦島軍の士気は一気に下がりきってしまった。

「怯むなッ!」

 清海は刀を甲板に打ちつけた。

「浦島の誇りに懸けて、この船は沈ませるわけにいかない! 我らの力を、意地を、若様にお見せするのだ! 海上を征するは、浦島に他はない」

 その一喝に、兵の瞳に火が点いた。

「ほう。抗うか、面白いな」

 千哉が薄く笑い、桃太郎を振り返る。

「あの様子だと当分は落ちないな」

「清海殿は親父とともに、先代当主からの家臣だからな。親父に似て強情だぜ?」

「ということは、お前より政春を知ってるやもな?」

「はは、それはあるかも……」

 桃太郎は笑って、太刀を掲げた。

「浦島の底力、この桃太郎が、しかと目に焼きつけてやるさ!」

「「オオオ――ッ!!」」

 それに応えるかたちで、兵たちが雄叫びを上げた。

 ぐんぐんと海賊船の一隻が近づいてくる。こちらの船を大将がいると察したようだ。残りの一隻は他の浦島軍船と戦闘を開始した。

「乱戦になるな……」

 千哉は静かに抜刀する。

「斬り込みは俺が引き受ける。犬養、行くぞ」

「な……っ」

 忠治はその言葉に目を剥き、思わず吐き捨てそうになった。

 ――命令するな、と。

 言葉をぐっと飲み込んだ彼は千哉を見つめて言う。

「……それは私がやる。私は、若の侍従頭だからだ」

 吐き捨てるような答えに千哉は目を細める。ややあって口を開いた。

「いいだろう。我らで道を切り開こう」

「……承知した」

 忠治は乱暴に刀を抜き放った。

「よし。やるぞ!」

 桃太郎の声に忠治はびっくりして振り返った。

「何をおっしゃっているのですか! あなたはここで――ッ!」

 そのとき、船が揺れた。今までの揺れと比ではないそれの原因は一目瞭然。

 海賊船が衝突してきたのだ。

「「うわぁ――っ!?」」

 兵たちが甲板に打ち付けられる。忠治たちも膝をついたり、尻餅をついた。桃太郎も太刀を床に突きつけ、顔を上げた。

 船の横っ腹に突進してきた海賊船。手すりは吹き飛び、海賊船の船首はへしゃげていた。その向こう側から敵はやって来た。

「突撃だぁっ!」

 武器を掲げて、下卑た笑みを浮かべる屈強な海賊たち。それを迎え撃つ浦島の兵。

「一人足りとも討ちもらすな、すべて斬り捨てろ!」

「御上の連中なんかに負けるな! 押し通れ!」

 甲板はあっという間に、血煙る戦場へと化した。


 ***


 自然と、一番槍を務めた忠治は猛然と敵へ斬り進んでいく。

 振り下ろされる刀の切っ先は、見事に敵の胸元を斬り裂いた。

 悲鳴とともに血飛沫が上がる。

 忠治は返り血を浴びた顔を上げて、怒鳴った。

「我は一色桃太郎が一の家臣、犬養忠治! 我が主の首が欲しくば私を討ってみろ!」

 彼の言葉に耳を貸さない海賊たちは突撃する。しかし、瞬く間に忠治に斬り伏せられた。

「つ、強い……!」

 海賊たちは彼の剣に竦み上がり、忠治を囲んで動けなくなった。

「ぼさっとするな。人間」

 声とともに包囲を崩したのは千哉だ。片手で刀を振るい、海賊を薙ぎ倒した。甲板に倒れる賊たちをつまらなそうに彼は眺めていた。

「助けは不要です」

 そんな千哉に聞こえた言葉はあまりにも冷たかった。声の主である忠治を見つめると、返り血を浴びた顔を拭っていた。彼の眼光は貪欲に輝いていた。

「……」

 千哉はなんと声を掛けていいかわからなかった。

 ――やはり、俺のせいだろうか。

 犬養忠治は人間らしく、鬼柳千哉に嫉妬している。

『鬼』と人間の力量は比べられないほどに異なる。それは賢い忠治なら理解できるはずだ。比べる方がおかしい、と。

 しかし、だからこそ、嫉妬するのだろうか。

「――千哉殿、来ますよ」

 ぼんやりとそんなことを考えていると、忠治が走り出した。

 彼は鬼神の如く、前線を押し上げ、その度に血溜まりを作り上げた。

「……まぁ、それでこそ人間だが」

 千哉は呟き、背後に迫る賊を斬り伏せた。



 桃太郎たちは突撃する機会を失った。

 傍では美羽と五右衛門、そして達海は船の端で立ちすくんでいる。

「亀蔵殿はどちらへ?」

 美羽が達海に尋ねると、彼は誇らしくに笑みを浮かべ、前方を指差した。そこには亀蔵が得物である手槍を携え、浦島兵とともに海賊を戦っていた。その戦いぶりは一般兵とは一線を画していた。

「我が従者も中々の手練れでしょう」

「腕は一流だな」

「ありがとうございます、亀蔵に伝えておきます」

「……おっかねぇの」

 五右衛門が失礼なことを呟くが仕方ない。

 亀蔵が「鬼」なら、前線の忠治と千哉は「夜叉」だろうか。千哉はまさしく『鬼』なのだが。

 すると美羽が忠治の背中をじっと見つめていた。

「……若様」

「どうした?」

 美羽は不安げな表情をしていた。

「忠治の様子が気になります」

「忠治が? まあ今日は一段と張りきってるな」

「そうではなく、ただ……」

「ただ?」

 聞き返すが、美羽は困惑したように顔を伏せた。

「……」

 まあわからないまでもない。

 忠次の様子がおかしいのは桃太郎も感づいている。口うるさいのはいつももことだが、それにしてはつっかかってくる。大抵は諦めて何も言わないのだが。

 それと、千哉に冷たい態度を取っている。

 だけど今はそんなことを考えている暇はない。

 桃太郎は立ち上がって、肩にトンと太刀を置く。それを見た達海が口を挟んだ。

「やはり、大将であるあなたが前線に出られるのは……」

「なんだよ、達海までそんなこと言うのか」

「いえ、あなたの身に何かあっては……」

「桃太郎様っ」

 そのとき、船内からひょっこりと千鶴が現れた。彼女の後ろには瑠璃も一緒だ。二人の登場に桃太郎は気色ばんだ。

「おっ、おまえら、なにやってんだ。危ないから戻れって!」

「何か手伝えることがあればおっしゃってください! なんでもしますっ!」

「ちょっ、千鶴、困ってるから……。早く戻ろ」

 瑠璃が困惑した顔で言う。真っ青だった顔も少しは血色が戻っており、元気そうだった。桃太郎が見つめていると瑠璃は目を見開いた。

「わ、私は止めたんだから! でも千鶴が……!」

「わかったから。さっさと戻れ」

 達海が苛々して瑠璃を押し戻すが、千鶴が引かなかった。

「わたしだって、お役に立ちたいです」

「……」

 懸命に訴える千鶴に達海も黙り込み、桃太郎に目をやった。こちらに促されても困るだけだが。桃太郎はがしがしと頭を掻いて考えているふりをした。

 すると。

「モモ様。船の背後に船が」

「あん?」

 五右衛門の声に振り返る。そこには確かに船がある。しかしあれは浦島の軍船であるため、別に警戒はない。その軍船はゆっくりとこちらの船の横へつけた。

「父上のご意向か?」

 達海は呟いた。清海は横づけされた船の兵と話している。

「……恐らく、本陣を移すのでしょう」

 達海が言った。

 なるほど。この船は既に戦場と化している。そんな場所で今さら、大将が堂々と陣取るわけにはいかないだろう。味方の船と合流して戦力の増強し、要人を守護するのだ。

「だったら、瑠璃と千鶴も連れて行こう」

「わかりました」

 五右衛門が頷き、二人を連れ出って先を行く。そのとき、清海がこちらへと近寄った。桃太郎は訊ねる。

「移動か?」

「は。若様にはあちらの船で浦島の勝利を見届けてください」

「悪いけどそれはできない。オレの従者とダチが戦ってんだ。あいつらを見守ってやらないとな」

「……そういうところも、政春と似ているな」

「え?」

 声質が変わった。

 清海は厳しく目を細めた。

「若様。あなたが一番、政春のことをご理解していると思います」

「……な、何言ってんだ?」

「この清海、たとえ不義と罵られようとも政春のためなら、死んでも構わない」


 パァン――ッ!!


 銃声。

 衝撃で体が軽く浮く。

 目の前で赤い液体が舞った。

「若ッ!!」

 五右衛門や美羽がそう叫ぶのが聞こえた。

 握力が抜け、太刀を落とす。

 体が甲板に打ち付けられたときようやく理解した。


 桃太郎は撃たれたのだ。


 薄らぐ意識の中で聞こえたのは、自分を呼ぶ悲鳴。

 そして。

 誰かの哄笑だった。




 2015年2月22日:誤字修正・加筆

 2015年10月2日:誤字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ