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桃の色香 続章  作者:
第一章 海賊編
10/52

十、桃太郎、敵の本拠地に潜入する。

2016年3月21日:文章修正・加筆



「桃太郎、見えたぞ」

「え、何が?」

 千哉が突然声を上げたので桃太郎は反応する。隣にいた美羽もこちらへ首を向けていた。

 見やると千哉は海の彼方を見つめている。しかし桃太郎と美羽には何も見えない。きょろきょろと千哉と海を交互に眺めた。それに千哉は顔をしかめた。

「どこを見ている。あそこだ」

「だから何も見えねーっての」

 千哉の指差す方向には青い海しかなかった。桃太郎が眉根を寄せていると、千哉は何か思いついたようだ。

「そうか。人間の視力とおれのそれを比べるのはおかしいのだな」

「あ? ……あぁ、そういうこと」

 桃太郎は理解した。

 千哉は人ではないから、視力も人間よりあるということだ。つまり、千哉の指差す方向に海賊の島があるということだ。美羽から遠眼鏡を借りて覗くと、ようやく小さな島影が見えた。

「浦島様に報告して来ます」

「頼む」

 美羽は一目散に駆け出した。

 桃太郎はもう一度遠眼鏡を覗いて呟いた。

「……あそこに千鶴はいるんだな」

 ぐっと遠眼鏡を握る。それに気づいたのか、千哉がすっと目を動かした。桃太郎はその視線に気づき、顔を向ける。千哉はじっとこちらを見つめていた。何かを思いつめるように。

 桃太郎は首を捻った。

「どうした?」

「……千鶴を助けるのだな」

 訊くと、千哉はゆっくりと口にした。

 桃太郎は力強く頷いた。

「当たり前だろ」

「『鬼』として、人間を頼るなど言語道断だが……今はお前が頼りだ」

「え?」

「俺一人では千鶴を助けられないからな、だから……」

「千哉」

 桃太郎は彼の言葉を遮り、真っ直ぐと彼を見つめた。千哉は驚いたように一瞬目を上げる。桃太郎は微笑んだ。

「おまえに頼まれなくてもオレはやるさ。千哉も千鶴も、オレの大切な友達だ。助けて当たり前だって」

 そう伝えると千哉は明るく笑った。

「不思議な男だ、お前は」

「……それ、褒め言葉なの?」

 しかし千哉は笑うのみだった。


 ***


 桃太郎たちが最優先するべきことは瑠璃と千鶴の救出だ。そのためには穏便に島へ侵入しなければならない。

 しかし島の入り口は南の入り江のみ。当然そこには海賊がたむろしている。戦闘は必然だろう。皆が頭を悩ませていると、清海が提言した。

 なんと彼は、独断で海賊に間者を放っていたのだった。これには息子の達海も目を丸くしていた。しかし間者のおかげで、島の地理はそれなりに理解できた。その見聞に寄れば、島の西側に岩が剥き出しの斜面があるという。傾斜は厳しいが潜入は可能だろうと予測された。

 新しい情報に皆は再び苦悩した。少人数で向かうとしても危険は伴う。落ちたら海に流されるのだ。重たい空気が船内を包んだ。

「――いや。大丈夫だ」

 桃太郎は断言した。一同が彼を振り返り、驚きの表情をする。達海が何か言おうと口を開いたが、無視して千哉に目を移した。

「千哉、力を貸してくれ」

 なるほど。彼の膂力を使うのだ。千哉なら崖など容易に登れるだろう。

 千哉はしばし黙っていた。

「……いいだろう。千鶴を助けるためなら何でもしてやる」

「ありがとう」

 その答えに桃太郎は笑った。

 段取りは決まった。真夜中に桃太郎一向が島へ潜入し、空が白んだところで軍船は島への攻撃を開始。混乱状態に陥る海賊たちを迎撃し、桃太郎たちが瑠璃と千鶴を救出する。うまくいくかどうかはわからない。

 だが、失敗など考えてはいなかった。桃太郎は己を慕う者たちに振り返った。

「やるぞ。海賊どもに灸を据えてやる」

 彼は超然的に笑った。



 * * *



『和爾』の首領である豊玉は、自室で侍女と楽しんでいた。そんな折に侵入者の報せを訊いたのだった。

「西の崖からですって?」

 豊玉は形の良い眉をひそめた。せっかくの戯れを邪魔されて彼女は少し苛立っていた。裸同然の侍女が部屋の隅へ引っ込んでしまう。

 豊玉はふすまの向こうでかしずく男を睨んだ。

「は。確かな情報でございます。清海殿の使いが参りましたゆえ」

 男の背後には黒い影がもう一つ。それは豊玉に向かって頭を下げた。恐らく清海の使者だろう。

 豊玉は凍てつくような微笑は見せた。

「清海様は約定を守ってくださるのですね。まぁ当然でしょうけど」

 毛布を片手に豊玉は寝台に腰かけ、侍女を手招きする。

「娘さんがどこにいるとも知らずに呑気なものね……」

 侍女の頭を撫でる。それだけで侍女はとろけた表情を浮かべた。豊玉は侍女の顔つきに満足して、ふすまに問いかける。

「皆元の間者は?」

「坂上と熊野ですか?」

「きちんと見張っておきなさい。あの男たちは何をするかわからないわよ」

「承知しました、豊玉様」

 力強い声音で男は立ち去った。

 それを聞いて豊玉は妖艶に微笑んだ。

 いつから豊玉は海賊の首領などやっていたのか、豊玉自身もわからない。そればかりか、海賊がいつできたのかも知らない。この島にも昔は人が住んでいた。しかし本土へ商業を求めたために、人が減っていった。そしていつの間にか御上に不満を持つ者たちが集まり始めた。

 元々、人を騙して金を巻き上げていた豊玉には人を扇動する才能もあった。

人の上に立つのは心地が良い。

 豊玉の一番の愉しみはそれだった。今回の事件で海賊が潰れればそれまで。また別の場所で楽しく生きようと思う。

「豊玉様~?」

 寝台の上で猫撫で小首を傾げる侍女。うっとりとした表情をしてこちらを見つめる。くりっとした瞳が怯えるように揺れていた。

 豊玉は微笑み侍女を抱く。

 男も良いが、女も気持ちいい。

 豊玉は侍女の唇を奪った。


 ***


 桃太郎たちが動き出したのは丑の刻もすっかりと過ぎたころだった。同伴するのは忠治、美羽、千哉、達海と亀蔵。清海には軍船の指揮は任した。

西側の岸には情報と同じような崩れかかった斜面があった。それは岩肌が剥き出しで、夜間のせいか崖は巨大な壁のように見えた。

 事前の打ち合わせ通りに千哉が先を行く。彼は軽い身のこなしで崖を登っていった。ひょいひょいと獣のように登る千哉を見て、達海が目を剥いていた。とりあえず千哉のことは忍の家系だと説明しておいた。すると達海は目を輝かせ、手放しに桃太郎をたたえた。

 桃太郎は苦笑いで返した。

 さて、島は鬱蒼とした木々が道手を阻み、深い闇に包まれていた。

 桃太郎は一度深呼吸し、森を睨みつけた。

「参りましょう」

 達海が低い声で言う。桃太郎は頷き、森へ足を踏み出した。

 浦島の間者に言われた通りに道を進む。とは言っても道らしい道はない。静まり返った森は不気味だった。

 そのとき、何かが光った。それは月光に反射しこちらへ真っ直ぐと飛んできた。

桃太郎は驚き、顔を腕で覆う。そのとき横合いから無骨な右腕が伸びてきた。小さな擦過音とともに、声が聞こえた。

「――敵か?」

 落ち着いた様子で口にするのは千哉だった。彼は桃太郎の前へ出て、右腕を上げている。その手には矢があった。すなわち、桃太郎に飛来した矢を千哉が素手で受け止めたのだ。彼がいなかったら桃太郎は今頃串刺しにされていた。

「あ、ありがとう、千哉」

 戸惑いながらも礼を言う。しかし千哉は頷きもせず、前方を睨む。

「対応が早いな……」

 矢を砕き、放り捨てる。

「まるでこちらの行動を知っているようだ」

「怖いこと言うなよ。とにかくありがとな」

「若、お下がりを」

 遅れて忠治が桃太郎の前へ出る。達海たちも得物を構えた。しかしそれ以上何も起こらなかった。風に揺られた枝葉の音以外聞こえない。

 あたりはしんと静まり返っていた。

「千哉、どこかわかるか?」

 ややあって、桃太郎が訊く。敵が出て来ないのならこちらから向かうまでだ。

「正確な位置はわからん。だが、気配は感じる」

 千哉はすっと指先を前方へ伸ばした。

「さっきの射手は、恐らくここから四間(よんけん)ぐらいか……夜目が効く射手だな」

「美羽、狙えるか」

「的が見えぬとも、位置がわかるなら」

 美羽はぐっと弓を手にし、矢をつがえる。限界まで弓を引き絞り、狙いを定めた。

 その姿に迷いはない。ただただ、真っ直ぐと、真剣に前を見据えていた。

 そんな彼女に千哉がささやく。

「雉野、お前なら射止められる。案ずるな」

 美羽はそれに驚きながらも弦を引き絞った。

「千哉さんは、人をおだてるのがお上手ですねっ」

 弓がしなった。

 ヒュウ、と風を切る矢。それは鋭利に真っ直ぐと飛び、すぐに暗闇に消えた。

 そして。

「グ……ッ」

 小さく呻き声が聞こえた。必中したのだ。千哉が再度指示を促す。それに従って美羽が追撃する。

 美羽の矢は的確に見えない敵を倒していった。

「……や、やられたぞ!」

「そっちはどうなってんだ!?」

 暗闇から聞こえる悲鳴。桃太郎は腰の太刀を抜き放ち、闇へと突き出した。

「全部討ち取る! 逃がすなよ」

「御意!」

 真っ先に達海と亀蔵が飛び出して行った。

「よし斬り込むぞ」

「えっ!? な、何をおっしゃいますか!」

 慌てふためく忠治を余所に、桃太郎は闇へ突貫した。月も顔を出し、目も慣れてきた。前方で刃が閃いている。達海のものだろう。

 桃太郎は二人に気を取られている敵兵を斬り伏せる。

「千鶴と瑠璃を返せッ!!」

 高らかに咆えた。



 * * *



「外が騒がしいですね」

「え?」

 唐突に千鶴がそんなことを呟いた。

 瑠璃はきょとんとして彼女を見つめる。その視線に何を思ったか、千鶴は再び口にする。

「ほら。騒がしいです」

「……?」

 眉をひそめる。

 ここは牢獄。

 窓がなく、格子の向こうに微かに明かりが見えるだけ。恐らく地下だと思われる。

 そんなところで何が騒がしいのだろうか。千鶴はきょろきょろと顔を動かして、耳を澄ましていた。瑠璃も同じようにするが何も聞こえなかった。

「何にも聞こえないわよ」

「えっ、そんなはずは……あっ」

「何よ?」

 千鶴は思い出したように目を瞬き、乾いた笑みを見せた。

「なんでもないです。私の気のせいですね」

 あはは、と愛想笑いをする千鶴。瑠璃はますます顔をしかめた。

「何を隠してるの?」

「何も隠していません」

 千鶴がばつが悪そうに表情を硬くした。そしてふいっと顔を背けてしまい、千鶴は黙り込んだ。

 瑠璃は問い詰めたかったが諦めた。押し問答などしている場合ではないからだ。

 軽く息をく。石の床は恐ろしいほど冷たい。体が冷えないように膝を抱え込んで座った。

「これからどうなるんだろ、私たち」

 ここに閉じ込められていくら経っただろうかわからない。二度食事が出されたから一日は経っているはずだが。

 呟くと、千鶴の髪が揺れる。目を上げると彼女はこちらを振り返っていた。きゅっと胸に手を当てる千鶴。彼女も怖いのだろうか。

「大丈夫です」

「え?」

 予想だにしなかった言葉に目を見開く。

 以前も思ったが、千鶴は意外と肝が据わっている。

 物静かで引っ込み思案。第一印象はそうであったが、その小さな体にはどんな逆境でも乗り越えようとする覚悟が見えた。

 瑠璃はそれが不思議だった。

 黙っていると千鶴は微笑む。

「必ず、兄が、桃太郎様が助けてくれます」

「あ、あの人が……?」

 半信半疑である。領主の若殿が、たかが家臣団の娘を助けに来るのだろうか。軽率で女たらしの彼が。

 ――父上なら斬り捨てかねない。

 そう思うとずきりと胸が痛む。さぁっと顔から血の気が引くのを感じた。

「大丈夫です、桃太郎様はそういうお方ですから」

 千鶴は、彼を心の底から信じているようだった。

「わたしには、わかります」

 ぎゅっと拳を握る。

 笑顔だが、その大きな瞳は震えていた。それを見た瑠璃はハッとした。

 ――しっかりしなくちゃ。

 瑠璃は言い聞かせた。

 彼女はただの女の子。片や、瑠璃は浦島一族の息女だ。普通の女の子に元気づけられるなんて、浦島の家名に傷がつく。

 胸を張って、前を向かねば。

 自信を持って、歩いていかねば。

 自分の決めたことは最後まで貫き通す。

 頑固なところは兄譲りだ。

 瑠璃はぐっと顔を上げ、千鶴を見つめた。

「あなたには、励まされてばかりね」

 ふっと笑うと、千鶴は恥ずかしそうに首を振った。

「わたしは……たいそうなことしてません」

「変なところで謙遜するわね。……あなたらしいか」

 瑠璃は伸びをして立ち上がった。それから格子の間から顔を覗かせる。格子の向こう側は暗く、ほんのりと明かりが見えた。それ以外は何も、誰もいない。

「何をされているのですか?」

 不思議そうな声が聞こえる。瑠璃は振り返らず答えた。

「……あの人に助けられるのはなんだか釈然としないわ。二人で逃げるの」

「え、でも、ここがどこかもわかってないんじゃ……?」

「……あっ」

 しまった。重要なことを忘れていた。海賊一味の根城ではあると思われるが、それ以上のことは知らない。

 牢から出たからといって、上手くは逃げおおせないだろう。

 瑠璃はぐぐぐ、と拳を震わせた。きまりが悪くて千鶴を振り返れない。

「でも、じっとしてても始まりませんしね」

 いつの間にか、千鶴が隣に立っていた。気配をまったく感じなかった瑠璃はぎょっとする。千鶴は瑠璃の手をゆっくりと握った。

「わたしは人よりも五感が鋭いです、それに薙刀も少々扱えますよ?」

「千鶴……」

 初めの方の文言は理解できなかったが、彼女の言いたいことは理解できた。

「ついて来てくれるの?」

「当然です。わたしだってここから出たいですから」

 瑠璃の表情は自然と緩む。

「……やっぱり、あなたって変だわ」

「えっ、そうですかっ?」

 握られた手を握り返す。瑠璃は格子を睨んだ。

「早く出て、お父様たちに報告しましょ」

「そんなこと、させないわ」

 声に驚いて顔を上げると、そこには美女がいた。肌の露出が多い奇抜な服装で、妖艶に微笑む。その笑みは氷のようだった。

「あまりおいたが過ぎると、しつけが必要ね?」

 そんなことを呟きながら、美女は背後にいる男二人に格子を指差す。男は牢の拘束を解いた。

 瑠璃は思わず後ずさりをしてしまう。千鶴も恐怖を感じているのか、口を閉じたままだった。

「そんなに怖がらなくても大したことはしないわ。あなたたちはただの手土産だから」

「……あ、あなたは……何?」

 震えた声で訊くと、美女は細い腕をこちらへ伸ばしてきた。瑠璃は小さく悲鳴を上げるだけで、足が竦んで動けなかった。

 美女がそっと瑠璃の頬を撫でる。

「清海様に、お会いしたくないかしら?」

「え?」

 その言葉に瑠璃は目を見開いた。


 * * *


 桃太郎たちが先兵と戦闘を開始したころ。

 浦島の軍船では騒ぎがあった。

 浦島清海が乗船する旗艦に突然の侵入者が現れたのだ。彼らは悠々と小舟から船へ上がり、浦島兵を睥睨した。

「浦島の水軍は、結構な規模だな」

 襟足を刈り上げたおかっぱ頭。赤く染めた羽織の裏には鍛え上げられた肉体が覗く。そして何よりも目を奪われるのは、背中に背負った大きな鉞であった。

「隠密の情報によりますと、まだ隠し持っている可能性はあります」

 そのおかっぱ頭の後ろで補足するのは、六尺を有に越えた大男だ。口元に豊かな髭をたくわえ、小さな瞳は穏やかに輝いている。

 坂上金吾と熊野熊吉、その二人である。

「なるほど。浦島の戦力はこれからの皆元への力にもなると言うわけだね」

 そしてもう一人。

 上等な羽織を着た中肉中背の武士。彼の言葉に金吾と熊吉は険しい顔をして振り返った。すると彼は扇子を取り出して、パタパタと煽ぐ。

「どうかしたかね? 二人とも」

「いえ、なんでもございません。平井殿」

 平井康佑ニヤッと笑い、熊吉を見やった。

 相変わらず呑気な彼に金吾は忌々しそうに目を細めていた。

「な、何者だ! 貴様らは!」

 そのとき正気を取り戻した兵が怒鳴った。

 金吾はうっとうしそうにそちらへ目をやり、訊ねる。

「浦島清海は何処か?」

「質問に答えろ、さもなくば――」

「だったら、なんだ?」

 兵の言葉は首とともに切れた。赤い液体が甲板を濡らし、一瞬で兵たちは黙り込んだ。金吾は鉞を床に下ろし、眉間に深くしわを刻む。

 隣では熊吉が頭を抱えていた。

「金吾さん、行動は穏便に……」

「悪い、ちょっとやりすぎた」

「はぁ……」

 適当に返すと、重たいため息を返ってきた。しかしどうでもいいことだ。熊吉の誠実さは今に始まったことではない。金吾は甲板を見渡し、目的の人物を見つけた。

「これはこれは清海殿、そちらから参られるとは」

 康佑はにこやかな表情をし、清海へ挨拶をした。

「これ以上の傍観は兵を失うだけだからな」

 清海は吐き捨てるように言った。康佑は苦笑いを漏らし、金吾に非難の目をやる。しかし金吾は無視を続けた。

「では。船を案内しよう」

 揺れる船内で、彼らは会談を始めた。


「一色の若殿が島に入りました。海賊たちも船を出し始めています」

 康佑は流暢に言葉を並べ、清海を見つめた。

「いよいよ行動を起こします。覚悟はできていますか?」

「当然だ」

 清海は冷たく答えた。

 それが気に食わなかったのか、金吾が少し眉をひそめて、ぼやく。

「背中を狙われるのは御免だぞ」

「不安か? 皆元の武士は肝が小さいの」

 金吾は顔を歪ませた。すかさず熊吉が取り繕う。

「清海殿。皆元への協力、感謝致します。貴公の家の安泰は約束致しましょう」

「ふむ。……やはり一色は皆元には敵うまい」

 清海は息をく。

「浦島家を儂の代で壊すのは耐えられない。家を守ってこその当主。不義を罵られようと、構わんのだ」

 それは本心だろう。誰だって家を大事に思うのは全うだ。

 康佑は微笑んだ。

「その通りですね。誰でも家は大事ですから……為すべきことを、成しましょう」

「平井殿の仰る通り、」

 それに熊吉は清海を鋭く見据え、続ける。

「我らは我らの成すべきことをやり遂げますゆえ、くれぐれもよろしくお願い致しまする」

「熊吉……?」

 いつになく怖い表情をする彼に金吾が声を上げる。

「拙者も、無駄な血は流したくございませぬ」

「…………」

 沈黙が部屋を満たす。

 腹の探り合いを見るほど不快なことはない。金吾は眉間にしわを刻み、苛立つように卓を指で叩く。すると康佑が扇子をパチンと閉じた。

「『和爾』からも何か連絡があると思います。それまでは一色を助けてやってください。絶望に歪む彼らの表情を楽しませていただきたい」

 ほくそ笑み康佑に清海は無表情で頷いた。

「委細承知している」

「では。我々はこれで」

 そして彼らは立ち去った。

 三人が出て行ったあと、清海は深くため息をいた。

「……」

 戦いはまだ、始まったばかりだ。





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