Data05 勇者マコト
とは言ってもやることは変わらない。まずはあのクソボロ一軒家を何とかしないと。
町で正体を晒すのは危険なので、俺はティアラが普段(暑いのに)巻いているマフラーを貸してもらって顔を覆うようにして少しでもバレるリスクを抑えようと試みた。
いいニオイがして五感を嗅覚のみに集中していると、急にティアラが俺の右手を握ってきた。
「こうしていれば兄妹に見えなくも無いだろう?」
「お、おう」
こんな風に女の子と手を繋いだことは悲しいがもちろん無かったので、相手が幼女といえど心拍数が軒並み上昇中だった。
ティアラはなるべく怪しまれないようにと気を遣ってくれているのだろうが、俺としてはかえってその犬の肉球みたいにぷにぷにと柔らかい手に内心そわそわさせられた。
「ところで、お前は大丈夫なのか?自称魔王なんだろ」
「余は確かに魔王だが、そうと見抜ける人間などまずいないだろう」
人は見かけで判断しやすい生き物だからなと、ティアラは言う。
「なるほど一理ある」
「で、マコト。どこに行けばいい?」
「そうだな……」
辺りを見回すと、人の群れ。対人恐怖症の俺から言わせれば要するに地獄絵図だ。
工具なんてどこにでも有りそうで、意外となかなか無いものだ。手当り次第に聞いて回るというのもリスキーなのでうーんと首を捻っていると、
「今度見つけたら絶対斬る」
「勇者様、まだ動いては……」
「いいの。こんな傷、何でもない」
ものすごい悪寒が背後を全力疾走していったので振り返ってみると、俺を襲った金髪がのうのうと歩いていた。あんなに重傷を負わせたというのに、もうピンピンしているのは向こうも俺も同じことか。
とりあえず気付かれていないようだったのでセーフ。ここは穏便にやり過ごそうというのは俺の儚い願いであって自称魔王の与り知るところではない。
「貴様、勇者と言ったか。余は魔王だ」
親指を下に向けた格好で凛として宣戦布告。
「ん?」
ノーーーッ!!
「わざわざ探す手間が省けた。まずはこいつから葬ってやろうマコ」
「お黙りっ!」
「ぶ、ぶったな!?」
後ろから口を覆うようにティアラを拘束する。が、今さら止めても既に金髪はこちらに意識が向いてしまっている。なんてことしてくれてんだ。
「……」
「いやぁすみません。うちの子が」
必死に取り繕う俺に、彼女はにこりと笑った。ようやく獲物を見つけて嬉しくて仕方ないってのか。
終わったと思った瞬間、
「こんな可愛い子が魔王なら私はいらないわね」
よしよしと、金髪女はティアラの頭に手を置いた。
「やめんか無礼者っ」
ティアラはその手を払い除けるが彼女は大して気にもせずやれやれといった様子で嫌われちゃった、なんて言って笑っている。
その様子に三次元否定派の俺がつい見惚れてしまった。それほど彼女の笑顔には惹きつけられる強い何かがあった。まるで陽だまりの中に連れて行かれたみたいだ。
「名前は?」
無意識に聞いてしまった。
「あ、えっと、ヒナです」
ぺこりと頭を下げて青髪の子が答える。
「いやお前じゃなくて」
「私?私はマコト。勇者よ」
「そうですか……いい名前ですね」
呟くように俺は言った。
「嬉しい。ありがとう」
またね。その微笑みにまるで心臓を掴まれたようだった。去っていく彼女が見えなくなるまで、俺は虚ろな目でその背を見つめていた。
「いいのかマコト、行かせてしまって」
「あぁ。いい胸だ」
「大丈夫かマコト?」
顔を覗き込むように俺の前に躍り出たティアラの脳天に軽いチョップを繰り出した。
「それはこっちの台詞だ」
頭を抑えて涙目でこっちを睨む幼女に俺は小一時間勝手な事はするなと説教した。
☆ ☆ ☆ ☆
「勘違いしてないか?余は命の恩人だぞ」
「まぁいいじゃないか細かいことは。工具だって借りられたし」
何が納得いかないのかぼそぼそと零すティアラ。
とんだイレギュラーが飛び込んできて一瞬冷やっとしたがその後俺たちはスムーズに目的の物を手に入れた。
俺の機転に加えてティアラが首尾よく動いてくれたおかげだ。
「案外、俺達いいコンビかもな」
本心で俺は言った。少しずつ、どこかでティアラとのやり取りが楽しくなっている自分がいるのだ。
「それは無い。世が世なら貴様は魔王の特権で死罪だ」
対してティアラ。誘ってきたのは向こうなのにつれないことを言う。そんなに俺の作戦が気に入らなかったのか。
「名案だと思ったけど……」
「幼女を半裸で武器屋の真ん前に放り出して見かねた主人が声をかけたと同時に衛兵に連行されるのを腹を抱えて笑いながらもぬけの殻となった武器庫から中身をごっそり奪う作戦のどこが名案だっ!?」
顔を真っ赤にして両手グーで怒れるティアラの攻撃を涼しい顔でいなす俺。こいつホントに攻撃力ゼロ。魔王とか言ってるくせに人畜無害の化身みたいな奴だ。
確かに無抵抗を良い事にひん剥いたのは悪かったがどうせ見せられるようなものは詰まってないだろ。
「それは置いといてティアラ、ちょっと休もうぜ」
そろそろ背負った武器の数々が重みの主張を始めた頃合いだ。引きこもりの腰は悲鳴を上げていた。
「ふん。余はそんな情けない奴のことなど知らん」
これは罰だと言わんばかりに彼女はすたすたと先に行ってしまう。これを使ってティアラの家を直すんだから一本くらい持ってくれないだろうか。
もうダメだ。膝を付いて荒く息を吐く。肺まで痛くなったきた。指先以外は著しく衰えているのがここに来て痛いほど分かった。
「おーい、ティアラ」
声は届かなかった。
顔を上げた先に前を歩いていたはずの彼女の姿は無かったのだ。