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Data23 はじめから(1週目)

「…………俺は何を言ってるんだ」


 隣を歩いていたティアラが足を止める。というのも、寸前まで好きなだけ語りまくった俺がいきなり硬直したのだから不審に思ったのだろう。


「どうしたのだマコト。今の話は、マコトの故郷の話なのだろう?」


 俺は思わずティアラの肩を掴んだ。びくりと彼女の小さな肩が震える。


「そうなんだが分からない。どうして今まで忘れていたのか」


「まだ若いのに切ないな」


「いや冗談とかじゃねーから!」


 ティアラはきょとんとしてこっちを見ている。俺は深呼吸して、まん丸お目々の魔王系女子に向かって言う。


「俺の頭を治してくれ」


 真っ直ぐにティアラの目を見ると、怪訝そうな顔をした後、目を背けられた。おい何だ、今の一瞬の、ゴミを見るような目は。


「いや、無理だろうそれは」


 こいつ、一笑に付しやがった。


「真面目な話だ!ティアラが前に言った通り、今の俺には記憶が無い。正確には、記憶が無いという事に今やっと気付いた。それには何らかの原因があるだろうが、何にせよお前の力で治せるかもしれない」


 俺の切羽詰まった口調にただ事ではない雰囲気を感じ取ってか、この辺でティアラの目付きが真剣なものに変わる。


「確かに、そういう事も出来るのかもしれない。しかし、余は何だか嫌な予感がする……」


「このまま何も知らないままの方が俺は嫌だ。頼む」


「そこまで言うなら……分かった。やるだけやってみよう」


 嫌がる幼女を無理やり説得……ではなく、ティアラが渋々納得してくれたのを見て、俺はしゃがんで目を閉じた。

 さっきティアラに半ば夢中になってした話は、正直に言うと直前まで全く覚えの無い話だった。しかし、確実に俺はそれを経験している。

 となると、考えられるのは一つ。俺はやっぱり、何かを忘れているのだ。

 それをどうして今になって断片的に思い出せたのかは分からない。だが、話に出てきた彼女は俺にこう残したのだ。


『お父さんが新しいゲームを作りました。RPGで、まずは私にプレイさせてくれるそうです。でも、今度マコトさんにもと張り切っていましたっけ。では、お身体に気を付けて。』


『ゲームを終える時は、セーブは忘れずに』


 “終える時”、つまり手紙の文章の終わり……それぞれ最後の文字を追って行くと、たすけて――『助けて』……になる。

 前に一度解いたメッセージだからかもしれないが、すぐに答えに行き着いた。

 唯一、あの時分かり合えた相手が今も俺の助けを待っているかもしれない。だというのに、ここでいつまでも燻っている訳にはいかないのだ。

 ティアラが俺の頭に両手をかけた。そして癒やしの呪文を口にする。


「――」


 プツン。

 何か電源が切れたような音がしたと思ったら、視界が真っ暗になった。

 身体は不思議な浮遊感に包まれて、まるで暗い夜の海の上を漂っているようだ。

 気分的には悪くない。どころかすごく心地良い。思考が蕩けて、何も考えられない。賢者にでもなった気分ゴホンゴホン失敬ちょっと違うか。

 あれ、もしかして、俺死んだ?

 天国か地獄……(俺のような善良で品行方正かつ人畜無害な人種はきっと天国に行けるのだろうが)があるとすればこんな感じなのだろうか。こうして存在が知覚できずに己が無になるまで、この海を流されるのか。

 それも悪くない。

 なーんて思ってしまっただろう、ティアラ達に会う前の俺なら。

 だが今は怖くなってしまった。離れたり消えたりという事が。

 ごめんやけど俺、やっぱ根っ子から諦めが悪いんや。(中学の修学旅行の際、似非関西弁で地元のヤンキーに絡まれたのは今はどうでもいい思い出)

 だからこそ失敗しても挑み続ける。その度に今度こそ上手く行くようにと繰り返す。溺れても惨めでももがき続けろと言い聞かせながら。

 飽きるか諦めるか、そんなブレーキが付いてたらどれだけ楽だったか。

 今こんな所でリタイアなんて許されない。

 このゲームを終えられるとしたら、きっと非の打ち所無く俺が納得した時だけなのだろう。

 

「ゲーム…………?」


 今、俺、何て言った?

 言い間違いや聞き違いじゃなきゃ、ゲームだと言ったか。

 我ながらちょっと俺を殴らせろ。ティアラ達とあの世界をまさかゲーム呼ばわりしたのか。

 そんな馬鹿な事があるか。彼女達は紛れも無く意思を持った本物の……。

 ……おかしい。否定したいのに、し切れない自分がいる。嘘にしたくないのに、嘘だと言う自分がいる。おかしい。

 俺は嘘をついている。

 これで何週目だ。

 一度だって結末に納得出来なかった。

 だから壊そうとした。リセット。

 あいつはその度に何度も邪魔をした。してくれた。でもそのせいですごく痛かった。

 やり直し。はじめから。

 もう疲れた。もう何回目か分からない。でも諦める事は出来ない。飽きる事もない。

 だから失くした。在ると辛いから。

 諦めなくとも、心が挫けてしまうから。


☆ ☆ ☆ ☆


 冬の日の事だったか、暦は良く覚えていないが雪が降っていた。その日は珍しく外に出たのでそれだけは良く覚えている。

 俺は白鳥から電話を受けて、彼の所に向かう途中だった。

 以前、白鳥の娘に会わせてもらう際に新作ゲームのデバッグをする事を俺が約束していたらしく、その埋め合わせの日がやってきたので事務所まで来てほしいとの事だった。

 そんな約束したのか正直良く覚えていないが、仕方なく俺は分厚いジャンパーに腕を通した。

 電話口で、娘はどうしているのかそれとなく聞いたがはっきりとした答えが返ってくることは無かった。というか、良く考えたら俺は彼女の下の名前さえ知らないのだと、この時になって今さら気付いた。

 何にせよ、今回直接彼女に会って、きちんと決別するつもりだ。今まで有耶無耶にしてお互いけじめを付けられずにいた。

 しかし、こんな下らないお遊びはもう終わりだ。俺も彼女も、競い合う場所を間違えている。

 積もり始めた雪道を数分歩いて事務所に着くと、玄関先で俺に気付いた白鳥はにこやかに笑って片手を上げた。


「よう、青木。なんか、久しぶりだな」


「どうも」


 白髪が混じり始めた前髪を掻き上げる仕草とは対照的に、白鳥はやけに若々しい肌をしている。それはきっと、彼にはゲーム作りという生き甲斐があるからだろうと憶測した。以前は外見の事等どうでも良く、そんなところまで一々見ていなかった。

 じゃあ俺はどうだ。どんな生き甲斐がある。考えるのも嫌になる。


「悪いな。急に呼び出して、わざわざ来てもらって」


 白鳥に促されるまま、散らかった事務所の狭いスペースにぽつりと置かれた勉強椅子に腰掛ける。


「それは良いんですけど、そのゲームってのは?」


 訊くと、白鳥はまるで少年のような無垢な笑みを浮かべた。


「青木、世界で一番面白いゲームってどんなのか分かるか?」


 質問に質問で返すとか言語機能麻痺ってんのかこのおじさんと思いつつも俺は言葉を飲み込んで答えた。


「そんなの、人によって違うでしょ」


 それを言ったらお終いなんだが、白鳥は満足そうに頷いた。


「そうだ。誰もが自分の好きなように創造し楽しめる……それが世界一面白いゲームだ。やっぱり脳波研究専門分野に目を付けて正解だった」


「言ってる意味が良く分かんないんすけど」


「もしそんなものが作れたら、俺は世界一のクリエイターって事になるよな」


「あの、白鳥さん?」


「俺もやっぱりゲーマーの端くれだからさ、めちゃくちゃ負けず嫌いなんだ。この職に関しては誰にも負けたくない」


 少しだけ、様子がおかしいと感じた。俺の事を知覚してはいるが、途中からまるで会話の意思疎通が出来ていない。


「分かりました。ものすごい新作って事ですよね。それをプレイする前に、とりあえず娘さんに会わせてもらえませんか」


 何だか胸騒ぎのようなものを感じずにいられなかった。


「あぁ、日向子ひなこか。丁度、二階にいるよ」


 俺はろくに聞きもせず階段を駆け上がると、それらしきドアを乱暴に開いた。


「白鳥さん!?いきなりごめん、マコトだけど!」


 返事は無かった。

 薄暗い部屋の奥で、無数のコードに埋もれるような形で、丁度人一人くらいの膨らみがあった。

 機器の散らかった部屋を漕ぐように進み、その膨らみに手をかけると、そこには俺と年の変わらない、生身の少女がいた。


「ひっ……」


 彼女は黒く濁った透明なヘルメットのような機械を被らされ、安らかな顔で目を閉じていた。そこだけ見ればただ眠っているだけのようだ。

 手足と首の辺りから何本かのコードに繋がれていなければ。


「白鳥さん起きろ!何してんだよ!?」


 俺が軽いパニックになりながら身体を揺すっても、目を醒ます気配は無い。


「日向子には一足先に体験してもらってるんだけど、思いの外、長くかかってな。このままあいつ、帰ってこないかもなぁ」


「おい、こんなの普通じゃねぇだろうが!」


 俺が声を荒げると、白鳥は驚いたように目を丸くした。


「普通だよ。日向子にとっては」


 言葉が出てこなかった。常軌を逸している。だが、外界との関わりを断ち切り、ひたすら俺とこの子と競い合った日々と何が違うかと問われて、答える事が出来ない。


「とにかく、彼女を起こして下さい。言いたい事もあるし、こんなの見ちまったらゲームのデバッグどころじゃない」


 しかし、白鳥は首を振った。


「こっちから干渉なんて出来ない。ログイン中の強制終了なんて、日向子の脳とそこに蓄積したデータに悪影響が出たらどうする」


「脳に悪影響?じゃあ、もしかしてずっとこのまま……なのか?」


 俺は絞り出すように言った。


「それはあいつ次第だ。ログアウトの主導権は当然プレイヤーにあるんだから。でもそうなったら、当然それだけ夢中になれる最高のゲームだったって証明になる」


 あらん限りの批難の言葉を叫んだが、白鳥には聞こえていないようだった。


「……俺がこのゲームにログインして、向こうで白鳥さん……日向子に会う事は出来るのか?」


 俺が問いかけると、白鳥は首を縦に振った。


「会って何になるのか分からんが、出来るだろうな。このゲームはプレイヤーの思考や深層心理で創造した世界が舞台になるんだが、その場合は日向子と青木の回路をリンクして構築するから少々お互いのイメージからズレるだろうが。まぁ、些細な事だよ。やっとやる気になってくれたか」


「分かった。それが条件で、やるよ」


 彼女をこっちに連れ戻して、こんなふざけた事を辞めさせなければ。そして、ずっと言いたかった事を今度こそ面と向かって言ってやる。

 俺は白鳥から黒光りするヘルメットのようなものを受け取ると、それを頭から被った。


「最初に言っておくと、このゲームはお前の深層心理を反映する。ハマってるゲームとかの影響は受けるかもしれないが、基本はRPG風で、クリア条件や登場人物等、全てはお前が無意識下に設定するものだ。それはもう、一つの異世界への転生と言ってもいい。故に、当人にとって一番面白く出来上がるようになっている。足りない所は過去の思考パターンを読み取って補完してくれる」


「デバッグって言ったって作る側の人間にこれだけ欠陥があるんじゃ試すまでも無いけどな。人の命を何だと思ってんだ」


「じゃあ、お前は何人死なせた?」


 唐突な白鳥の問いの意味が分からなかった。


「己のエゴで無謀に主人公と呼ばれる者を立ち向かわせて、何人死なせたんだ」


 そこまで言われてようやく理解が追いついた。俺のしてきた事を言っているのか。


「それはゲームの話だろ」


「同じだよ。命という概念では。向こうで同じ事が言えるか試してみろ」


「……」


 もう取り合う事もない。何を言っても互いにすれ違いだ。

 白鳥は生身の人間の命を軽く考え過ぎているかと思えば、二次元の中の命を重く考え過ぎている。そんな考えはただの妄想で人間社会に生きる上では破綻している。


「ところで青木、俺の知る限りお前が最高のゲーマーだ。同時に誰より己にストイックでもある。そんなお前が果たして本当にゲームクリア出来るのか、正直楽しみだ」


 俺は何の返事も寄越さずに、ただ目を閉じた。

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