Data22 最後の敗北
「ナイフ一本でトップランカーチームが全滅……か」
「ちょっと練習すれば勝てますよ」
つまらなそうに呟くと、隣の男は溜息を吐いた。
「あのなぁ、これ銃メインのゲームなんだぞ。ナイフは世界観で仕方なく存在してるだけで、接近戦ならショットガンを使えばいいだろ。どうしてわざわざ……」
「別にいいじゃないすか。楽しみ方は人それぞれで」
「同じ土俵じゃ勝って当たり前ってか?」
別にそうは言ってない。ただ、自分の負ける姿を想像出来るかと言われたら難しいが。
自分自身よく解っていないので取り留めの無い話にはなるが、俺が縛りプレイをするのは、きっと相手とギリギリの勝負がしたいからだろう。
常識ある大人達は笑うかもしれないが、俺は勝負の最中、あの切迫した駆け引きの中に、何とも言えない快感と生を感じるのだ。実力で勝負に勝つ事で、この世の中で己の価値が認められたような安堵感を得られる。
まぁその勝負に至るに、まず自分を“縛る”所から始めなければならないというのが難点で悲しいのだが、そうでもしないと戦力が釣り合わない事もまた事実だったりするのだ。
そういう勝負が手頃に出来て釣り合いも取りやすいから俺はゲームが好きだ。
願わくば、いつか全力を出せる相手と戦いたいものだが。
「なぁ、青木。次、俺とタイマンでやらないか?」
唐突に男はそんな提案を持ちかけてきた。ずっと隣で俺のプレイを見ていたからといって、気安く挑めるレベルではない事くらい分かりそうなものだが。
「ナイフより弱い武器はありませんけど」
男は鼻で笑った。
「そんな事言わずに本気でやれよ。負けた後の保険がそんなに大事か?」
何言ってんだこの人。そんな挑発に乗ってやる気もないが……。
「負かしてくれたら何だってしますよ」
男はにやりと笑って、言ったな、と呟く。
俺は大して期待もせずにゲームのコントローラを握り直した。
――数十分後、発砲音と共に決着がついた。
「やるな……インジケータ掻い潜っての暗殺か」
結果的に言えば、勝ったのは俺だ。
ただ、“引かされた”。
「このゲームやってて初めてですよ。対人戦で引き金を引いたのは」
俺は指先が震えていた。ナイフ一本では返り討ちにされていたかもしれない。
爆薬の配置、障害物の使い方、弾幕の張り方に至るまで、世界トップランカーと呼ばれる人間以上に奴は周到で、端的に言えば、上手かった。
俺は一発だけ、弾丸を放った。悔しいが要は、本気を出してしまったのだ。
でも、まぁと言い、男は欠伸をしながら伸びをした。
「たった一発かぁ」
「白鳥さんもやり込んでたんですね」
「いやいや。まだ俺もこのゲーム始めて三日だぞ。もう三日練習すれば、お前にも本気出させてやれるかもな」
「は?」
俺は一瞬、呼吸が止まるかと思った。冗談で言っているのでなければ、求める相手にようやく出会えたかもしれない。
俺はこのゲームで、何百時間の単位でナイフを振ってきた。それがこの男、たった三日で俺が苦戦する域に達したと言うのか。
「でも、俺じゃ多分いつまでもお前には勝てないな。俺は作る専門だし」
「白鳥さん。そんなこと言わずにどうか俺を負かしてくれませんか?」
「いきなりどうした青木。別に俺じゃなくてもいいだろ?」
「あんたの上がいるって言うんですか?」
皮肉のつもりで言ったのだが、目の前の男は笑って頷いた。
「うちの娘、丁度お前くらいの年だけど、あれは化け物だぞ。うちのゲーマー家系の中でも飛び切りのサラブレッド。青木でも敵うか怪しいなぁ」
この男がそこまで言うなんて。想像しただけで身体が震えるのが分かった。
「しょ、紹介して下さいっ!会わせてくれますよねっ!?デバッグでも何でも手伝いますからっ!」
「構わないけど、一応年頃の女の子なんだから、あまり刺激しないでくれよ」
「分かってますって」
「全く、調子の良い奴だなぁ。なら、今度手がけるゲームのデバッグ、手伝ってもらうからな」
「はいはい」
もちろん、この時頭の中では強敵の出現に歓喜する以外の俺など既にいなかった。
☆ ☆ ☆
張り詰めた空気の中、既にこの戦闘で何度目かの圧縮された時間がやって来て、俺はコントローラーを握る手に力を込めた。
発砲音と同時に俺は横へ飛んだ。百分の一秒遅れていれば銃弾は俺の操る自キャラの眉間に突き刺さっていた。間一髪の回避、そしてそれは同時に千載一遇の反撃の機会。
しかしそれさえ俺をおびき出す為の餌だと分かったのは、空中で一切の選択肢を奪われてからだった。
飛んだ先には無数のトリニトロトルエン爆弾(リモコン式の小型爆弾)が。俺はショットガンを素早く真下に向けて放ち、反動で着地点を修正した。
「くっ!」
爆発からは何とか逃れたが、多少のダメージは避けられなかったようだ。
狡猾でいて巧妙かつ大胆。どんな優れたコンピュータにも再現は出来ない、人のみが可能にする戦術に、俺は賞賛と感嘆を覚えずにいられなかった。
……なんて、感動してる間に辺りが催眠ガスの煙りで見えなくなってきた。
「全く、恐れ入るぜ。プロの部隊を同時にいくつも相手してるみたいだ」
ガスを防ぐ為に俺はマスクを装着した。その動作の僅かな隙を狙ったようにスペツナズ部隊専用の射出式ナイフが飛んできた。ハンドガンで撃ち落としたのはこれで十本目だ。
戦術において全てが俺の上を行っている。この俺が後手に回らざるを得なくされている。既に、引き金なんぞ何回引いたか分からんし、本気どころか段々ムキになり始めている。
多分、互いに思うことはこれだけだ。
「こいつに勝ちてぇ……」
こんな気持ちになったのは初めての事だ。幸福を感じる時なんてのは人によってそれぞれだが、俺は今、間違いなく幸せだった。
高ぶる心拍が血流を加速させ、脳をフル稼働させる。
嵐のような攻撃が止んで、周りが静かになった。見れば、海岸沿いの倉庫のような場所に俺は立っていた。
持って生まれた天性と自負する反射神経を研ぎ澄ませる。この戦いの決着がそう遠くないのを悟った。
次の瞬間、煙の向こうから、スナイパーライフルの銃口が鈍く輝いた。
ライフルはダミーだ。来る……!
俺が敢えて正面に飛び出すのを待っていたかのように、奴はサブマシンガン片手に突っ込んできた。
零れる笑みをどうして抑えられようか。俺の思った通りだった。
なんだかんだと小細工を仕掛けようとも、それで俺を倒すには至らない。
明確な決着の為には、こうして真正面から相対しトドメを指すをおいて他に手段など無いのだから。
こうなる事を読んでいた……というよりは、俺もこいつも根っからの廃人ゲーマーである以上、ようやく出会えた強敵には純粋な決闘での決着を無意識の内に望んでいたのだろう。
あらゆる戦局で一枚、奴の方が上手だった。だが、この邂逅の一瞬だけで良い。無数の逡巡の果て、この刹那だけ奴を上回れば、それだけで俺は勝てる。そしてそれだけの算段があった。何故ならこれは、俺の最も得意とする接近戦だからだ。
これも無意識の内か、最後に選んだ武器はコンバットナイフだった。当然だ。一番長く使った愛刀なのだから。
完璧と言って尚足りない程の弾幕を、ナイフ一つで弾き切る。百分の数秒に至るまで全てが見えていた。宿敵の硬直なら尚更だ。
「勝ったっ!!」
勝利の咆哮。喉元を正確に狙った一撃。不可避の刃。これで長かった死闘もようやく終わる――
「……ん」
しかし、それが当たる事は無く、どころか俺の自キャラは何故か惨めにその場に倒れ伏していた。
『YOU LOSE』
液晶に現れた文字の意味をしばらく理解出来なかった。
「え?ちょちょちょ、ちょっと待て何だ今のは!?何が起こったっ!」
戦闘結果を再生すると、最後の最後、囮と思われていたライフル銃から俺の自キャラを狙った弾丸が放たれていたのを確認した。起爆式の爆弾を利用して、いつでも発射出来るよう細工していたらしい。
「何だよそれ!こんな、こんなの……」
人間の為せる技か。あの戦いを、そんな形で終わらせられるとは思ってもみなかった。結局、奴は最後まで俺の上を行っていたのだが、どこかフェアじゃないというか、何か釈然としない。
『女の子って、ズルいんですよ』
正々堂々正面勝負なんて、そんな事を考えていた俺が愚かだった。これはゲームだ。出し抜き、騙し、潰し合う――そんな基本的な事を忘れていた。
チャットで言われて、相手がゲーマーである前に一人の女の子だという事を思い出して同時に、生まれて初めて本気で負けた事にショックを受けずにいられなかった。
『もう一回っ!』
『構いませんよ』
夜明けまで続いた幸せな殺し合いは、俺の負け越しに終わった。
生涯において最初で最後の敗北だった。
☆ ☆ ☆
『本当に強いんですね』
『マコトさんこそ』
それから、連日のように俺達はゲームジャンルに拘らず勝負し続けた。ある時は格闘ゲームだったり、またある時はパズルゲームだったりと。
幾度も再戦を繰り返すうちに、俺は段々と彼女のゲームの腕だけでなく、彼女自身にも興味が湧いてきた。
ゲームしか取り立てて出来る事の無い俺に、いつまでも付き合ってくれて、きっとリアルの方も優しい子に違いない。
『本物のあなたに、一度お会いしたいです。なんちゃって』
いつもすぐに来る返事が、この時は違った。というのも当然である。相手が女の子だと知っていてこんな事を言っては、普通に考えて警戒するに決まっている。俺達が上手く付き合っていけるのはあくまでゲームの中だけで、それ以上を望めばせっかく手に入れた現状が破綻してしまう。
『本物の私ってなんですか?私はこれが本物なんです。誰かに流されて従うだけじゃなく……』
途中で言葉が途切れた。俺はすかさず返事を返す。
『ごめんなさい。変な意味は無かったんです。というかよく考えたら俺なんて会ったらきっと幻滅されちゃいますね』
それから少しの沈黙が続いた。
『お父さんのお仕事、いつも手伝いに事務所に来てくれてますよね。私の部屋、二階に上がって右手です。私、いつでもそこにいますから。でもきっと会えば後悔すると思いますよ、お互い』
彼女の言う通りだ。世間から逸れ者の俺達が実際に会ったからって何になる?それはただ、傷の舐め合いにしかならない。
彼女だって俺だって、陽の高いうちは行くべき所があるだろうに。
結局、俺達は互いに何かを競い合う事で、現実から目をそらし続けてきたに過ぎないのだ。それに気付いてしまった瞬間、視界が全て灰色に染まったように錯覚した。
俺はそれから何の返事も寄越さなかった。加えてそれ以来、白鳥の事務所にもあまり顔を出さないようになった。
さらに数週間後の事だった。俺が対人向けでなく、一人用のゲームばかりに耽って、白鳥の娘とも疎遠になっていた頃、彼女から一通のメールが届いた。
『お父さんが新しいゲームを作りました。RPGで、まずは私にプレイさせてくれるそうです。でも、今度マコトさんにもと張り切っていましたっけ。では、お身体に気を付けて。』
ゴミでも見るような濁った目で俺はそれを閉じた。俺もあいつも、どうしてこんな日陰で延々と同じ事を繰り返して平気でいられるのだろうか。
メールには追伸があった。俺は無気力にそれをクリックして開く。
『ゲームを終える時は、セーブは忘れずに』
こんなところでまでゲームの心配か。俺は半ば腹立たしくなってメールを閉じた。
後々になって、すぐに違和感に気付いてこれを読み返さなかった自分が憎らしくなる。
彼女はいつだって俺の予想も付かない程に聡明で、一枚上手を行っていたというのに。




