Data02 敵は勇者!?
「追われてるんです!助けて下さい」
話を整理しよう。俺、逃走中。以上。
「って言われてもねぇ。誰に?」
俺が道行く通行人に鼻水だらけの顔で助けを求めた時には、血の凍るような凶刃はもう追ってきていなかった。ホッと一息。
「覚悟なさい!」
なーんてね。
いやいやだってさ、普通思わないよね。空から襲い掛かって来るなんて。
「親方!空から女の子が!!」
俺が叫びながら通行人のおっさんを落下地点に突き飛ばすと、空から降ってきた金髪はそれを躱そうとして身体を無理に振り地面と仲良くディープキス。
俺がここですべきことは腹を抱えて笑うことじゃなかった。さっさと逃げればいいものを。
「無関係な人を巻き込むなんて……」
「生きてる……だと?」
頭から落ちたよな。普通、首の骨はバッキバキなはずだ。
俺は法廷で正当防衛だったと証言するつもりだったのにその必要がなくなってしまった。
「ふ……ふふ。さすがはマスター。いえ、邪神ね」
ダメだこいつ早く何とかしないと。頭を抑えながら邪神とか言う奴にロクな奴はいないと俺の経験則が危険信号を発している。そのうち右腕を抱えて蹲りながら死にたくなければ離れろーッ!とか言うに違いない。
「まっ、待ってくれ。話せばわかる!」
「ちょ、石なんか投げて戦う気満々じゃないの!?」
「くたばりやがれ!俺は君の敵じゃない!」
「せめて言動を統一しなさいよ!?」
会話で和解できれば良し。投石による気絶なら尚良しと見込んで二段構えで挑んではみたがこの女、相当な剣の使い手と見える。
いや素人の俺は竹刀しか握ったことはないんだけどさ、飛んでくる石を弾くなんて普通無理っしょ。
「どいたどいたー!」
弾切れが近くなってきた頃、後方より馬車が急接近してきた。馬車っておま、ええぃここはダービーちゃんに賭けるしかねぇ!
荷台に飛び乗ろうとした俺はタイミングを外して馬に体当たりしてしまった。巻き込まれて蹴られたのか分からんが腕と肋の骨が何本か折れたかもしれない。だが幸いにも吹き飛んで着地したのは荷台の屋根の上だった。
吐血しながら横目で見ると前方に迫る金髪美少女の姿。
このままではぶつかる!危ない!
俺は思わず叫んだ。
「轢けーッ!!」
ヒヒーン!!ドンッ。
馬の嘶きの後、前方で鈍い音がした。
え、マジか?マジで避けなかったのか……?
「うぅ……」
肩肘を地面について起き上がろうとする彼女。
「まだ息があるのか……」
俺は折れた左腕を抑えながら、意識を手放した彼女にトドメを刺すべく駆け寄った。
「やっ、やっべ……っべー」
背後で慌てふためく御者に手を振って俺は言った。
「ここは俺に任せて先に行け」
彼は恩に着るぜと言って馬を走らせた。良いことした後って、何かこう、気持ち良いな。
さーてどこに埋めるかなーと俺がキョロキョロキョロキョロしていると、
「ゆ、勇者様……!」
いつからいたのかローブを着た青髪の女の子が驚いた様子でこっちを見ていた。
「キエエエエエエ!!」
まだ仲間がいたのか……!俺は手始めに奇声を上げて威嚇した。女の子は途端に泡を吹いた。人に化けた蟹の化け物がブレスで攻撃してくるのかと思ったら彼女は動かなくなった。どうやらただ気絶したようだ。
俺は青髪の子のローブの中を右手でまさぐると、すぐに柔らかい感触に行き着いた。
「なるほどなるほど」
あまり機会が無いからこういう時にじっくり確かめておかないと。
やがて腕をローブの中から引き抜く。手には心地の良い膨らみ。
「ローブってああいう作りになってるのか」
俺は何食わぬ顔でその場を立ち去ろうとした。が、
「邪神マコトはお前だな。生存罪で逮捕する」
屈強な衛兵らしき男が俺の折れてない右腕を掴んでいた。俺は強引に振り払おうとする。あ、右も折れた。
「にぎゃああああ!?痛い痛い待って下さい旦那、僕は無実で、彼女達の方から襲ってきたんですよ?ヒヒヒ」
「襲われた身の癖に、財布を掏るのか?」
俺は痛みで右手の財布を落としてしまった。もやしの様な俺の腕にあるはずの無い新しい関節が生まれていた。これは慰謝料のつもりだったのだが、脳筋には理解出来なかったらしい。
「分かりました。大人しく投降します。しますから……放して下さい」
「フン。罪人の癖に聞き分けがいいなっァアアア!?」
「ヒャッハー!!」
防御力ゼロの玉キャンを蹴り上げて俺は逃げ出した。
「な、何アレ……魔物!?」
折れた両腕をぶらぶらさせながら駆ける俺の姿を見た誰かが言った。傍目に見ればあながち間違いでは無いかもしれない……。
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