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Data19 世界で一番優しい悪役

 脳裏を過ぎったのは自身に向けての失望だった。

 彼女達はここに来る前からこうなる事を覚悟していたのだ。

 俺一人だけが、どこか他人事のように呑気だった。実際に戦うという事は、命を奪われるかもしれないという事だ。二十年近く平和ボケしたせいとはいえ、こんな簡単な事にも気付けないなんて。

 空中を飛ぶ感覚が不意に止んだ。何かに受け止められたようだ。


「おっと。一人だけ離脱なんて許さないよ」


「お前は……」


 俺の事を、黒い魔竜を操り受け止めたのは、ついこの間出会った、カトレアとかいう少年だった。


「いつまでそんな事続けるの?」


「そんな事?」


「だから、いつまで君は自分を抑えてるのって」


 カトレアは目を細めて、漆黒の魔竜の背の上で俺を見下すように言った。

 頭の悪い俺に彼なりに補足してくれたようだが、何の説明にもなってないし、俺には皆目検討もつかなかった。


「すまん。身に覚えの無い話なんだが」


「そっか。でも誤魔化したって、このままじゃ勇者もネルって子も、危ないよ?」


 俺は怪訝そうにカトレアを一瞥した。何を根拠に。


「むしろ、俺があそこにいる方が二人の足を引っ張る」


 苛立ったような舌打ちが聞こえた気がしたが無視する。ちょっとビビったが大人はそう簡単に動じない。


「ほら、だからさ。君はしたい事とすべき事が違うからって、理屈を優先出来るほど賢かったかい?」


 すべき事とはあの場を離れ、二人の邪魔をしない事。そんなの分かってる。だというのに、何故こいつは俺の本音を知っていて、そしてそれを掻き乱すのか。


「そんなの……」


 そもそもこうなった原因は俺にある。これは俺が何とかしなくてはならない問題なのだ。痛いほどそれを解っているからこそ、今は二人の無事を祈るしか無いというのに。

 俺だって、助けになれるならそうしたいに決まっているじゃないか。


「ならマコト君、シンプルに解決しよう。もう全部壊しちゃおうよ」


 カトレアは不敵に笑って手を差し伸べてきた。俺の浅い人生経験上で言わせてもらえば、十中八九何か裏があるが、背に腹は替えられない。今なら悪魔にでも何でも頼んで助けを乞いたい時分だ。


「ダメよっ!!」


 俺達の眼下で、悲痛な叫びにも似た声が響いた。見れば、所々身体に浅い傷を負いながらも勇者が立っていた。


「勇者っ!後ろだっ!」


 だが俺を追ってきた彼女は、背後に迫る追手に気付いていなかった。勇者は兵達の投げ放った鎖の様なものに囚われると、完全に自由を奪われてしまった。


「くっ!退魔の鎖の原典……さっきからなんで小国のアルノリアがっ!」


「素晴らしい効き目だ。さすがあの武器商人が私をそそのかすだけの事はある」


 程なくして武装した兵達を引き連れたヘラが勝ち誇った笑みを浮かべながら城門から現れた。奴はそのまま動けない勇者の元まで歩み寄ると、彼女の手元から剣を奪った。


「放しなさいっ!今なら全員半殺しで見逃してあげるわ」


「美しい。知性あるものは必然、禁忌に近いものにほど心奪われる。その強気な瞳……私の心は今も貴女に囚われ続けていますよ。故に、貴女だけは私の手で」


 ヘラは勇者から奪った剣を今度は彼女へと向けた。その眼下のやり取りを黙って見ていられるほどイカれた俺ではない。


「おいカトレア、もういいから俺を降ろせっ!」


「あっ、マコト君」


 飛び降りてから気付いた。高度15メートルはあったろうか、勇者と違ってただの人間の俺では最悪、死――


「何をしているマコト……せっかく人が無事逃げられるようにと、気を遣ったというのに……」


 股間の辺りに水分を催しかけた時、呆れたようなネルの声がした。魔族といえども、滑り込んでクッションになる形で女の子に受け止められるのは複雑な心境だが、この際何でも良かった。


「ネル、勇者を……」


 助けてくれなんて頼もうとした時の事。ネルがそのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫か?」


 突然の事に内心驚きながらも支えるようにして彼女を起こすと、腹の辺りを抑えながら荒い呼吸をしているのが見て取れた。真っ赤に染まったネルの身体が、痛いくらいに現実を叩き付けてきた。


「このくらい……何でも……」


 ネルの声は途切れ途切れで息も絶え絶えだった。目も虚ろで焦点が合っていない。


「おいっ……しっかりしろ!」


「おや、秘書のお嬢さんはまだ息があったのですか」


 ヘラの声色から嫌な予感は感じていたが、次の勇者の一言でそれは確信に変わる。


「落ち着いて聞きなさい。アルノリアの兵が使う武具には、何故こいつらが持ってるのか分からないけど、私の剣と同じ退魔の素材が使われてるの。その子が魔族なら……」


 つまりは人間で言うところの毒みたいなものである。これはいつかネルに借りた魔族に関する書物に書いてあった。

 となると一刻も早く魔族の医者にでも診せなければならない。

 ……今の俺がやるべき事は、拘束された勇者を何とか助け出し、尚かつ全部で数百はいるアルノリアの雑兵とその中枢ヘラを蹴散らし、ネルを家まで――ティアラの所まで連れて帰らなければならない。はっきり言って無理ゲー過ぎる。

 最悪、それが上手くいっても後日戦争は始まってしまうのだ。

 こんな状況だからか、一周回って笑えてきた。こんな事になるなら大人しくティアラの兄貴の言う事を聞いておくんだったと、今さらになって後悔が顔を出した。


「マコト君。これは全部君のせいだ。もう意地を張るのはやめよう」


 カトレアの言う通りだ。これは俺が始めた事。


「落ち着きなさいマコト。そいつの言う事なんか聞かなくていい。今に私が何とかするから」


「よもや勇者ともあろう貴女が戯言を吐けるとは。どうして覆りましょうか、この状況が」


 頭の中で様々な思考が渦巻いた後、それは静かに収束した。黒く吹き出しそうな内側の何かに蓋をして、深呼吸を一つ。

 後悔をしている場合では無い。

 ――後悔をするのは俺が本当に最後までしくじった後の話だ。


「まったく。縛りプレイは俺の専売特許だっての。と言っても、自分へのだが」


 俺は懐からナイフを取り出すと、ヘラに向かって投げ付けた。


「ついに自棄を起こしましたか。ただの刃物で今さら……がっ!?」


 さすがに引きこもりのコントロールでは些か無理があったようで、刃物は直撃を避けて魔族の腕を掠めた。

 俺は二投目を放った。これも露出した足の辺りに当たり、小さな傷口を作った。

 続けざまに三投目を投げる頃には、ヘラがあんまり苦しむので俺の豆腐のようなメンタルが穏やかじゃなかった。


「イヒヒ。楽しくなってきたっ!」


「私に何を……っ!?」


 勇者も何が起こっているのか分からないという顔をしていたので特別に説明してやる事にした。


「さっき自分で言ってたろ。退魔の素材、魔族に効くって」


「まさか武器庫から? い、いつの間に……っ!?」


 最初からである。誰を国に入れたと思っているのか。RPGの極意として怪しい物はひと通りかっぱらうのは当然だ。


「さて、加えて警告だ。この国の宝物庫、武器庫、王室を爆破されたくなければ、これ以上の武力行使は控えてもらおうか。もう証明済みだが、俺は嘘はつかない」


 俺が声高らかに言うと、アルノリアの兵達がざわつき始めた。

 ちなみにそんなのは嘘だ。武器庫には確かにお邪魔したが、宝物庫なんてどこにあるのか見当もつかない。ただ、ほんの少しでも嘘じゃないかもしれないと思わせる事が出来ればいい。この一時だけ奴らを欺ければ充分だ。


「やってくれましたねマコト殿……」


 腹部に退魔のナイフを受けて蹲るヘラから剣を取り返すと、俺はそれで勇者を拘束する魔族を脅すと簡単に手を放しやがった。まるで不気味に嗤う俺を警戒するように誰も近寄って来ない。効果はばつぐんだ。


「アンタ、ほんと馬鹿ね。さっさと逃げれば良かったのに」


「そうしたいから悪いが俺の馬鹿にもう少しだけ付き合ってくれ」


 やっと身体が自由になった勇者に剣を返すと、彼女は驚きの早さでヘラの喉元に剣を当てた。


「ちょちょちょっ!待て。それはさすがに……」


 金髪をいじりながら勇者は首を傾げた。いやいや首を傾げたいのはこっちだ。殺傷が基本みたいな行動基板を持ってるものだから対処に困る。


「なんで?殺されかけたんだからもちろん殺すわよ」


 それが勇者の言う事か。


「RPGの極意、勇者は優しく、いのちはだいじに、だ」


「何言ってるの……?」


 本気でゴミを見るような目をされた。甘いのは分かってるが、さすがに命を奪うのはやり過ぎだと思う。


「ほら、だからさ、一時の気の迷いで約束を反故にしちゃう事くらい誰にだってあるだろ?ここは俺に免じて……」


「つまり、私を……我々をお許しになると?」


 ヘラの問いに俺は頷いて答えた。


「引いてくれないか、ヘラさん。勇者は当初の約束通り今後そっちに手を出さない。アンタらもエリフィリアの領土は侵さない。これでいいだろ」


 言い終わると、勇者がヘラの喉元から剣を放した。

 奴らにとっては勇者の不可侵より、勇者自体を消してしまう事の方が手っ取り早いのは分かるが、それを許す訳にはいかない。加えて、隣国の魔族による憂いも晴れない。

 結果としてアルノリア側から見れば、最悪かもしれないが、例えそれらの障害が無くなったとして今度は内側で敵を作る事になるのは必然。国が協力して上手く行くのには外敵の存在は必須なのだから。長い目で見りゃこれは互いの為なのだ。

 俺の真剣さが伝わったのか、ヘラは諦めたように俯いた。


「貴方が本当に勇者殿を御していて、手を出さないと証明されてしまっては無茶をするメリットもありません。しかし、マコト殿は魔族ではない故、夜道にお気をつけ下さい」


 ヘラは最後の最後で不吉な置土産を残して兵を引いていった。なるほどね。確かに魔族に手を出すなとは言ったが、俺自身は別に何をされても文句は言えない。というか、相当根に持ってるな。

 だがそれは向こうも同じ事。


「な、何故アルノリア城の武器庫が……っ!」


 あくまで“勇者は”手を出していない。取るに足らないどこかの人間の商人が、うっかり自国に帰るついでに騒ぎで手薄になっていた武器庫に放火してしまっても約束は破っていないわけで。ティアラ家の壁を彩る木の塗料は中々によく燃えた。

 これでしばらく武力に訴えるような真似は出来ないだろう。

 と、子供の喧嘩のような嫌がらせで痛み分けをして、一連の騒動はとりあえずの終結を見たのだった。


「やれやれ。武器商人としては見てられないね。とりあえず今日は撤退かな」


 去り際にカトレアがそんな事を言っているのが聞こえたが、奴は本当は何をしに来たのだろうか。

 まぁそんなのはどーでもいい話。今は一刻も早くネルをティアラに診せなければ。


☆ ☆ ☆


 翌日、アルノリアとエリフィリア(ティアラや俺が住む国)の魔族間において正式な和平条約が交わされた。

 その場には領主であるクラウンが出向いた。

 随分と勝手をしたのだから、良くてマリスの拷問かなぁと楽しみに思っていたがそんな事は無かった。どころか、クラウンは今朝俺の所へやって来てこう言った。


「どんな小細工をしたか分からんが、次も上手く行くとは思わぬ事だ」


 対して俺は、


「あ?ありがとうございますだろうが?」


 なーんて事は横で死神みたいなのが穏やかに笑ってたので言えなかった。ただただ平謝りである。というか鎌っぽいのがもう俺の喉に当たってた。読心術でも使えるのかあいつ。


 ネルの容態はというと、実はティアラではなくヒナちゃんに診てもらって落ち着いていた。彼女はネルを見るや否や、何やらあれこれと動き回り看病に徹していた。魔族相手だからと苦戦していたようだが、どうやらヒナちゃんもティアラには劣るがすごい回復魔法が使えるらしい。俺も今度、看病してもらいに腕の一本でも折ろうと決意。


「昨日の事だけど、約束通り私は手を出してないわ。だから、その、アンタも約束を守りなさいよね」


 散々首をはねようとしていたのにこの言い草である。素晴らしく海馬が脆弱だ。

 だが、まぁ。今回ばかりは彼女に一番迷惑をかけたに違いない。


「いいぜ。俺に出来る事なら何でも」


 ここでハッと気付いた。じゃあ死んで、とか言われたらどうしよう。助けてくれたのはあくまでティアラの為で、こいつは俺の命を狙っているのだった。


「つ、つ……」


 突き殺すっ!?命が惜しくなった俺は回避行動を取れるよう腰を落とした。


「マコト、貴様、よもや忘れているわけでは……」


 唐突にネルが割り込んできた。毛布を深く被り、ベットから顔だけ覗かせて何だか愛らしい。


「まさかー。はは」


 そうなのだ。この穏やかな時間の中に、一人登場人物が足りていない。

 この家の家主にして、俺の可愛い妹代わりのティアラ・エリフィだ。

 忘れているわけではなかったのだが、そのうちひょっこり帰ってくるだろうと思い重要視していなかったが、もう丸一日にもなる。というか、冷静に考えてこれって……。


「もしかして、ティアラが家出した……?」

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