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Data16 交渉2

「ただいまー」


「……ふん」


 家に帰ると、ティアラが分かりやすくいじけていた。十中八九置いて行かれた事に腹を立ててるんだろう。


「あの、ティアラ?」


 これからティアラにお願いする立場としては微妙に気まずい。


「誰だマコトは?知らん」


「くっ……可愛い」


 不覚にもグッときた。口を尖らせてそっぽ向く仕草が何とも言えない。

 とりあえずとぼけるにしても名前を言っちゃってるのはどうなんだ。


「おい、余は怒っているのにからかっているのかっ!」


「置いてってすまん」


 ここは回り道などせずに素直に土下座である。俺の塵以下のプライドをなげうっても足りないと言うのなら足でも何でも舐めますぜというかむしろそうしたい。


「ネルと一緒だったのか」


 ところが俺の予想に反してティアラは意外な質問をしてきた。

 この場合彼女にとって置いて行かれた事が問題であって、俺が誰と行動したのかってのは些末な事だと思ったのだが。


「うん。まぁ」


 嘘ついても仕方無いのできっぱり答えるとティアラはうぅんと唸った。機嫌の悪い猫みたいで、愛らしさメインにちょっとの怒りを垣間見た。


「最近、二人で余に内緒の話をしている」


「いや、何を隠してるわけでも無いんだが」


「勘違いするなよマコト。お前は余と組んだのであって、ネルとは仲良くしても良いがそれだけで……」


 ティアラは頭を抱えて蹲った後、こっちを頬の膨れた顔で睨んできた。ティアラが言い淀むなんて珍しいというか初めてだし、今日は何だか様子が変だ。


「それは分かってるけど、ネルはいつもお前の為にって口うるさいくらいだぜ?」


「いや、正直、余も自分が何を言いたいのか良く分からないのだが。例えそれでも、とにかくマコトとネルが余の知らないところで親密になるのは駄目なのだ」


 あー分かった。要するに、自分だけほっとかれるんじゃないかって話だろう。

 もちろんそんなわけは無いのだが、ずっと半分ぼっちだったティアラからすれば何よりそれが怖いのだろうし、その気持ちは何となく分かる。今回は完全に俺が悪い。


「ごめん。俺が悪かったよ」


 ティアラは煮え切らない様子で首を傾げていた。多分、謝って欲しいわけではないのだ。

 俺は次に、彼女が欲しがっている言葉をかけてやる事にする。要するに、仲間に入れろという話で、それならこちらも願ってもない。


「ティアラ、お前にしか出来ない頼みがあるんだが……」


☆ ☆ ☆


 夕方近くまで死んだようにぐっすり睡眠を取った後、俺はティアラに手伝ってもらって書類の束をまとめていた。


「マコト、これをどうするのだ?」


「ばら撒くのだ」


 ティアラの買い物に付き合った時に聞いた情報によると、確か町の夕刊の発行は三日おきで今日が丁度その日だったはず。

 ある程度準備が整うと、俺はティアラを連れてすっかり行き慣れてしまった町まで躍り出た。

 相変わらず人の群れが行き来している。

 その中に見つけた。背に大きな籠を背負い、紙面を配布している人間を。


「えいっ」


 俺はその中に紙束を投げ込むと同時に即時撤退した。

 どうやら気付かれずに済んだようだ。

 後はアレが勝手に行き渡り、嫌でも人目に付くはずなので餌としては充分だろう。


「帰るぞティアラ」


「もういいのか?」


 日頃ごろごろしてばかりだと思ったら大間違いだ。こんな事もあろうかと用意しておいた物がついに出番を迎えた。

 後は噂が広がって夜まで待つのみ。

 ちなみに俺が予め準備していた紙に汚い字で書かれた内容はこうである。

 “裸の勇者へ。今晩あそこで。”


 ティアラの家の近くの森の中、水浴場で待っていると、茂みからがさごそと音を立てながら人影が現れた。


「よぉ。来てくれたか。俺だって気付いてたのか?」


「あんなもの町に出すなんて、あんたしかいないわ。おかげで勇者痴女説が巷で流行中よ」


 夜の闇の中でもはっきりと見てとれる美しい金髪に、透き通った意志の強そうな声。そしてあの胸は間違いなく本物の勇者である。

 彼女は物騒にも背中の鞘から豪華な装飾の長剣を抜き出すと先端を俺の喉元に向けてきた。


「早速だけど何の用かしら。ついに私に斬られる覚悟がついたの?」


「今だ!ティアラ、来いっ!」


 俺が一声呼ぶと、草むらから半裸のロリ魔王が飛び出してきた。半裸!?何故だ!?


「なんだマコト、まだ余は満足していないのだが」


「ちょ、アンタ嘘でしょ死んで!?」


 首への突きを寸でで躱す。一瞬反応が遅れてたら人間リコーダーになっていた。


「違う違う違う!!決して俺はそんなつもりじゃ!」


「どんなつもりよ!?このロリコンっ!!」


「それについては否定しないがっ!」


 弁解の余地なく勇者は普通に斬りかかってきた。必死に逃げる俺は初めてティアラを恨んだ。見ればあいつ、にやっと笑っている。今朝のささやかな仕返しのつもりだろうがこのままでは冗談抜きで殺される。


「待ってくれ勇者、取引しないかっ!?」


 俺が両断される寸前で叫ぶと、彼女の剣はぴたっと空中で止まった。


「……死に様を選びたいって事?」


「出来れば死にたくないですぅ……」


「何それ、やっぱり自分が大事なのね」


「そうだよ。だけどお前だって、もっと自分を大事にするべきだ。だから……お前の怪我を治してやる」


 彼女は鼻で笑って剣先を俺の喉元に突き付けてきた。冷たい金属の感触が生唾を飲む俺にはっきりと伝わってくる。


「何よ?なんでそんな事するの?」


「だってもったいないだろ。せっかく……綺麗なのに」


 あー違う。これは取引なのだ。あくまで見返りを求めて勇者に条件を提示しようとしているに過ぎない。なのに、俺の余計な感情論を挟んでしまった。


「悪い勇者。今のは……」


「アンタ、本気で言ってるの……?」


 俺が訂正しようとするが早いか、金髪の美少女勇者は剣をこちらに向けたまま俺に問いかけてきた。


「本気……だひょ?」


 最後の方は勇者の気迫に気圧されて声が裏返ってしまった。嘘だと言ったらティアラの教育に良くない猟奇的スプラッタシーンを放映する事になりそうだ。

 若干股間の辺りに水分を催しそうな俺が震える一方で、眼の前の彼女は何故か怒ったように耳まで顔が真っ赤に染まっていた。


「べ、別にだからって何でもないわよ!」


「じゃあなんで聞いたんですか!?」


 俺一人がアホみたいに空回って損してる気分だった。とりあえずこの剣をどけてくれないとまともにお話もできないんだが。


癒し(ヒール)


 不意に、鈴の転がるような幼い声が響いて魔法の発動が始まった。

 勇者を包むように淡い緑色の光が踊り、やがてそれは宙に消えていった。


「これで良いのだろう、マコト」


 ティアラはいつの間に服を着たのか、ドヤ顔で俺の方を見てきた。順番が狂ってしまったが、俺は頷いた。正直、例え断られてもこうするつもりだったし。


「何よ今のは?」


 状況が分かっていない勇者にティアラが飛び掛かった。彼女を押し倒すと、ロリっ娘が美少女の服を剥ぎ始めるという奇妙かつ妖艶な光景がそこに広がったので咄嗟に俺は目を閉じた。


「さぁ脱ぐのだ。脱げば分かる」


「何するのこの子っ!?きゃ、そこは触っちゃ、ちょっとっ!」


「臨・兵・闘・者・皆……!!」


 何故だ。俺はどうして目を背けて耳を塞ぎ、心を無にして九字を切らねばならんのだ。こんな、こんな残酷な仕打ちがあってたまるか。別に欲望に忠実だから何なのだ。男は皆生まれながらに獣なのである。

 我慢の限界を迎えて俺が五感を解放した時、既に二人の揉み合いは終わっていた。


「すごい。本当に治ってる」


「余に感謝するが良いぞ。ついでにあそこのロリコンにも」


「クソがァああっ!!」


 この世の理不尽を全て詰め込んだような状況に我を忘れて叫ばずにはいられなかった。こんな世界はやはり間違っている……っ!!


「ところで代わりと言っちゃ難だが勇者に相談がある。ある国の魔族に手を出さないで欲しい。理由はちょっと複雑なんだが」


「いきなり叫んだと思ったら何よ。気持ち悪いわね。ちゃんと話しなさいよ」


 蔑むような目で見られて、罵声を浴びせかけられ、俺はつい新しい扉を開いてしまいそうになった。


「なぁ、マコトに協力してやってくれないか。余ではダメなのだ。オネイサンにしか頼めん事らしいのだ」


 ティアラは人差し指をちょんちょん合わせて、俯きがちな上目遣いで(尚かつ棒読みで)懇願した。う、上手い!あの可愛さアピールは俺からすれば虚偽を塗り固めた幻影にしか見えない滑稽な芝居だが、何も知らない勇者相手なら効くかもしれない。……ってのは考えが甘すぎるか。


「お姉、可愛っ……うん!いいよ。お姉ちゃん何でもしてあげる」


 おい、たった今勇者が魔王に籠絡されたんだがこの世界本当にダメかもしれない。

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