Data12 お家が直りました
「貴様、どこへ行っていたのだ!サボるならサボると一声かけないか」
いや、一声かければ良いってもんでもないと思うが。
「悪い。知り合いを見かけたと思ったんだが」
ネルは怪訝そうに俺の顔を見上げてくる。
目のやり場を失って仕方なく彼女を見つめ返すと、確かにネルは全体的に整った顔立ちに薄い唇、二重の可愛らしい瞼と紅い目、ティアラほど幼くは無いにしろ、改めて良く見ればきちんと女の子の顔をしていた。美しい白髪は一見まるで絹糸のようだ。
「何でもいいがマコト、お前のそんな顔は姫様が見たがらないぞ」
「あれ、俺そんな顔してたか」
「あぁ。私で良ければその、相談とまでは言わないが愚痴くらいは聞いてやらないでも……」
「そっか、ありがとな。確かにネルの言うとおり、変に暗くなってた。こんなんじゃティアラに心配かけちまうな」
あははと声高に笑うと、少しだけ頭の中のもやもやが晴れて楽になった気がした。
「違う。マコトのことが心配なのは何も、姫様だけでは無いのに……」
ネルが小声で何か言った気がしたが、それを聞き取る事は敵わなかった。
「おーい。沢山採れたぞーっ!」
快活な声のする方を向くと、森の奥からぶんぶんと手を振るティアラが目に入った。俺も負けていられない。
「おーしっ。続き続き」
気合いを入れ直して、俺は長剣を振るのだった。
楽しそうなティアラにとっては些細な事かもしれないけど、この後一本も切り倒せずに腱鞘炎になりました。生きててごめんなさい。
☆ ☆ ☆ ☆
「やったぞ二人とも。りほーむ完成だっ!」
「お疲れー」
夕方近くなって、ついに作業の全工程が終了した。
ぴょんぴょん嬉しそうに跳ねるティアラの頭をぽんぽん撫でてやると、俺の手を払い除けて、
「何をする無礼者がっ」
と、嬉しそうに笑うのだった。
あぁ、やって良かったなぁと心底思った。この子の笑顔のためなら死んでもいいとさえ思った。
「ネル、サンキューな」
「ひ、姫様のためにやったのだ。お前には関係無いっ」
まだこんな事を言っている。根はすごく良い奴だってとっくにお見通しなのに。
「キューちゃんもありがとな」
正直、一番の功労者は彼(彼女?)だろう。木を尾で切り倒したり、空を飛んで高所の作業を施したり、特殊な体液で木材を接合したりと大立ち回りだった。
お礼を言っても聞こえていないのか反応が無く、どこかあさっての方を見ているようだ。
「寝てるぞ」
「これ寝てるの!?」
目ガン開きなんだけど。ちょっと愛着湧き始めてたのにやっぱり気持ち悪いな。
「さ、早速入るぞっ!」
ティアラの我慢がとっくに限界を迎えていたようで、俺達はすぐに生まれ変わった我が家の中へと足を踏み入れた。
何ということでしょう。崩壊寸前風通し最高の一階は穴という穴を補修され、ようやく家の体裁を取り戻しました。家具も一つ一つ修理され、座っても壊れない魔法のソファの完成です。
二階に上がれば夜空を見渡せる天窓は消え失せ、屋根が再びその役割を果たしました。さらに匠の気遣いで、ベッドにはなんと足が備え付けられました。
一度家の外へ出てみれば、生い茂っていた周囲の木や雑草は切り倒すか、あるいはネル氏の魔法で焼き払われ、開けた視界が心地良い空間を提供します。
さらにさらに、外から見た我が家の外壁は清潔感のある純白へと生まれ変わりました。もちろん、扉類の建付けは全て調整済です。
「完璧だっ!すごいぞ二人ともーっ!」
ものすごくハイテンションなティアラだが、そのせいで周りが見えていないのだろうか。自分で採ってきたまだ片付けていない塗料のバケツに足を引っ掛けた。
「姫様っ!」
それを庇おうと飛び込んだネルも体制を崩す。
「す、すまぬ。浮かれ過ぎた」
気が付けば二人とも地面に倒れ、頭から塗料を被るような格好になっていた。ティアラなんかは自慢の黒髪が真っ白に染まってしまっている。
「ベトベトだ。気持ち悪いぞマコト……」
「あのさ、俺への悪口みたいになってるからやめてくれない?」
「何か拭くものを持ってきてくれないか。上手く立てない上、すごく不快だマコト」
唐突に心が折れそうだった。何故に俺がボロクソ言われているのか。
「つーか、さ……」
非常に目のやり場に困る。二人とも、白い樹液に包まれているだけなのだが、宜しくない見方によっては云々……。
透けて見えそうになっているのが何なのかは考えないようにして俺は適当な衣類を放ってやった。
「風邪引くからさっさと拭いて家ん中に入れ」
それだけ言うと、痛む手首を抑えながら、いち早く俺はそこから撤退した。
☆ ☆ ☆ ☆
それから俺達は夜飯を終えて、今後の作戦会議を始めた。
「で、具体的にはいつ頃仕掛ける?」
「あまり猶予は無い。何せ両国は些細な火種で争いが始まりかねないからな」
「だけど準備が不十分でも危ういよな」
「何の話をしているのだ?」
ティアラは一人だけ未だ晩飯の残りをもぐもぐと食べている。
「なら三日後はどうだ?」
「いや、四日後だ。三日後には何やら奴ら、客人を招くような噂を聞いている。ならばその方が相手も応じやすいだろう」
そうと決まればそれまでに準備を進めにゃならんのだが、人手、予算、交渉のカード、相手側の情報と、必要なことを俺は何一つ知らない。
「なに、マコトが気負う必要は無い。ただ数分、出来るだけ奴を交渉のテーブルに引き付けてくれれば良い」
俺はその時、ネルの言葉から言い様のない悪寒のようなものを感じた。
「お前、本当は何しようとしてんだ……?」
「何でも。彼女を守る為なら私は何だって」
どうしてだろうか。最初は良しと思ったこの作戦だったが、俺にはこれが良い結末に繋がる未来が全く想像出来なくなっていたのだ。
「おーい。余も混ぜろっ」
☆ ☆ ☆ ☆
「どうした。早く寝ないと風邪引くぞ」
「あぁ。いや、少し夜風に当たりたくてな」
夜も更けてきたので俺もそろそろ床に就こうと思い、用だけ足しに外へ出た時だった。ボーッとどこを見るでも無く佇むネルを発見したのは。
「あの人は私にとって唯一の主人だ。……マコトは、ティアラ様のことをどう思う?」
「唐突だなおい。何だかんだ言って可愛い奴だとは思うけど」
さっさと済まして夢の世界に旅立ちたいのに、後ろ髪を引かれてしまった。
「私は、姫様さえ加勢してくれれば、我々の戦力は大幅に上がり、敵を制することなど簡単だと思っていた。だがそれをティアラ様は良しとしなかった」
「ま、実際に戦争になれば少なからず犠牲は出るわな」
「私は間違っていた。姫様のこと、仲間のことをどこかで軽んじていた。彼女には、どうなるか全てお見通しだったのだろう」
ネルは零すようにポツリポツリと呟いていた。それはまるで独り事のようだ。
「ま、そうだな」
彼女はようやくこちらに目を向けると、くすりと笑った。
「慰めないのか」
「責めはしないが慰めもしないぞ。クールだからな、俺」
ネルは呆れたように溜息をついた。何故にそんな反応をするのだ。
「まぁいい。これが終われば、全て元通りになるはずだ。本当にマコトには感謝しているぞ」
「そういうのは終わってからだろ」
「もっともだ。……私はやはり城に帰ることにしよう。また顔を出す」
少し寂しそうな声でネルは言った。俺が声をかけようと顔を上げた時にはもう、彼女の姿は夜闇に紛れて消えてしまった後だった。
「ふん。ネルの奴、あんな瑣末なことを気にしていたのか。次会ったら説教だな」
「かく言うお前は盗み聞きかよっ」
紅い目を擦りながらも意識ははっきりしていそうなパジャマ姿のティアラが背後から現れた。何だこいつ忍者かよ。
「なぁマコト、言いそびれていたんだが……」
「ん?」
「……やはり何でもないっ。今言うべき事ではなかった。最高の寝心地は余がいただくぞっ!」
歯切れ悪く言い残すと、すたたっとティアラは家の中へと逃げるように引っ込んだ。一体何だったんだろうか。まぁ、聞かないで欲しいんだろうから聞かないけど。
「つーか、漏れるっ!」
いつの間にか膀胱が爆発寸前な俺なのであった。




