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11/23

Data11 咎

「では。私はこれで」


「おう。お疲れ、サンキューな」


 魔物に乗って空の彼方に消えていくネルを見送りながら手を振っていると、俺の袖をちょんちょんと引っ張る細い指が。

 何だかティアラが今にも泣き出しそうにも見えたので、とりあえずと家の中へ監禁もとい誘導した。


「すまぬマコト。あんな口火を切っておいて、余は……何も出来なかった」


 帰宅早々にティアラが述べたのは謝罪だった。まだ自分だって凹んでる癖に。


「何言ってんだよ。そんなに上手く行き過ぎても面白くないだろ」


「面白い……?」


 ティアラの眉がぴくりと吊り上がった。今のはまずかったか。俺は口の滑り方なんて習ってない。彼女にとっては家族との重大な問題なのに、こんな言い方は軽率過ぎた。


「あぁいや、違うのよティアラちゃん」


 こういう時になんて励ましたらいいか分かる奴なんているのか。いたらそいつは世界一の嘘つきだ。


「そうか。そういう考え方もあるのか」


 ついに逆鱗に触れたと身構えていた俺はティアラがふむふむと可愛らしく頷く姿に拍子抜けしてしまった。


「マコトはすごいな。余には至らない発想だ」


「そうそう。ポジティブに行こうぜティアラ」


 いきなり額にチョップされた。


「だが、面白いという言い方はお粗末だろう。余は結構、本気でショックだったのだぞ」


 そりゃそうですよね。申し訳ない。


「すまん。以後気を付ける」


 やんわりと怒られた。猛省。


「うむ。ところでマコトには、兄妹はいるのか?」


 話は変わって、じっーと俺を見つめる二つの丸い目。よく見るとティアラの目って水晶のように紅いんだなーと今更気付く。魔族ってみんな目が紅いんだろうか。


「いないよ。大切に甘やかされて育った生粋の一人っ子だ」


 俺が答えると、ティアラは難しい顔で顎に手を当てて、何やら困っているようだった。


「そうか。お兄ちゃんとどうやって仲良くすればいいか聞こうと思ったのだが」


「ティアラ、それは違う」


 俺は無意識のうちに、考えるより先に言葉が口をついて否定していた。


「仲良くすることを誰かに教えてもらう必要なんて無い。兄妹ってのは本来、一緒にいるだけで仲が良いもんなんだから」


 俺はそれが普通の兄妹だと思う。


「そういうものなのか」


「そういうものなのだ。でも、あいつがあんまり構ってくれないようなら、代わりに俺がお前の兄ちゃんになってやるよ」


 何言っちゃってんの俺。言い終わって耳まで真っ赤に染まって熱を帯びているのに気付いた。今時の冷めた若者が吐くにはちと熱過ぎる台詞だったかもしれない。


「そ、そうか。有り難い提案だがちょっと気持ち悪い」


「有り難いんならきっぱり断るんじゃねぇよ!」

 

 照れ(だと信じたい)であんなことを言っているが、言葉とは裏腹にティアラは満更でも無さそうだった。ちょっとニヤついているのがその証拠だ。

 案外、ティアラは嬉しいときほど素直になれず、嫌がるようなことを言ってしまう子なのかもしれない。っつーか絶対そうだ。じゃなかったら空回りした俺が虚しすぎる。

 ならばと、頬を叩いて一発気合を入れる。

 よし、可愛い妹の為に一肌脱ぐか。


☆ ☆ ☆ ☆


 時刻は丁度日が登り切ったところだった。

 城までの往復にはネルが用意した魔竜(魔物の一端。俺の持っていたドラゴンのイメージというよりはデカいトカゲにそのまんま翼が生えた感じだった。ちなみに名前は「キューちゃん」。命名ネル・リンティ)に乗っていったからすぐだったし、朝早く出ていたこともあってまだそんなに時間は経っていなかった。

 天気もいいし、今日は絶好の作業日和だ。


「おーいネルー。我が家の改築をするから手伝ってくれ」


 呼びかけに応えて雑草だらけの茂みから人影、もとい魔影が一つ飛び出した。やっぱりいた。


「な、何故だ。私の隠密は完璧だったはず」


「当然だろ。あそこで帰られたら打ち合わせも出来やしない」


「そ、それもそうだな。今後の作戦の為に、仕方なくこの場に残っていたのだ。……実は」


 やめろ。どもるな。プイッとあさっての方向を向きながら頬を染めるな。その思わせぶりな態度で何人の勘違い野郎を絶望の淵に叩き付けたんだ。

 ここで不幸なトラウマがフラッシュバックする俺だった。以下回想。


『青木くんって、休みの日は何してるの?』


 高校一年生の夏。放課後の教室で居残ってやり残した宿題を消化していた時の事だ。

 名も知らぬ同級生の女の子から問いかけられた時、質問の答えを考えると同時にこんな愚かな思考に辿り着いてしまった俺。

 もしかしてこいつ、俺の事好きなんじゃね?

 だってそうだろ嫌いな奴に話しかける乙女なんていないのだから。

 よーし女子との会話イベントなんて俺の人生において千載一遇の機会だ。ここで格好良く好感度を爆上げしておくか。


『……どぅふっ、ゲーム』


『きも。穏やかに朽ち果てろや』


『ぴょーっ!?』


 後にあれが罰ゲームだったのは言わずもがな、好奇心旺盛な思春期女子達はクラスの中で謎オブ謎だった俺の生態を怖い物見たさで調べたかったらしい。(後で盗み聞きした。)

 あれ?俺ってそんなにミステリアス?

 枕を湿らせた青春の淡い思い出は、女子の株じゃなくて俺の引きこもりポイントを爆上げしたのだった。

 以上、可哀想な回想終わり。


「マコト、木の枝からロープなんか吊り下げてどうしたのだ」


 ハッ。ティアラの声で我に返る。

 危ない危ない青春に殺されるところだった。


「俺は二度と騙されねぇぞっ!」


「急に何なのだ一体っ!?」


 驚いたふりなんかしやがってネルの奴、なかなかの役者だ。


「ところでマコト、余は何をすれば良い?」


 手持ち無沙汰にぽけーっとしているティアラがそろそろ不憫になってきたので、指示を出すことにする。


「あぁ、悪い悪い。そうだな……ティアラは向こうで虫と遊んでなさい」


 言い終えるや否や、突然ティアラがぬわーっと声を上げながら突進してきた。


「待て待てティアラ。何が不満だ?お菓子なら後で買ってやる」


「いらんっ!ここは余の家だ。余も手伝うっ!」


 じたばたと床を転がり駄々をこねるティアラ。

 とは言ってもなぁ。これからするのは力仕事ばかりだし、治るとは言え怪我をされたくないんだよなぁ。


「ならば姫様、塗装を担当されてはいかがでしょう?」


「お?やるぞ。何でも」


 どうしようかと悩んでいると、ネルが助け舟を出してくれた。なるほど、それなら怪我の心配も無いな。


「幸いにも、辺りに生えているのはホワイトコーラルの木。このように表面に切り込みを入れれば樹液から塗料を採取できます。乾燥に弱いので水と混ぜて湿り気を持たせましょう」


「分かった。これで我が家を塗り直すのだな。任せろ」


「入れ物等、道具一式は用意しておりますので、ご自由にお使い下さい」


 まるで野に放たれた兎のように、すたたたーっとティアラは草木を求めて走り去ってしまった。塗料になるなんて知らなかった。雑草とか言ってすいません。


「ネル、ありがとう。助かった」


「姫様の扱いなら私の方が百枚ほど上手うわてだなっ」


 何だか満面の笑みですごい勝ち誇ってやがる。

 そりゃそうか。ぽっと出の俺がティアラと仲良くしてたのに嫉妬してたようだったし。ま、実際いてくれて助かったから良いんだけど。


「さてさて、それじゃ俺は壁の補修でもするかな。おい、ネル」


「な、何だっ!二人きりになったからって貴様は良からぬ事を考えているのでは無いだろうな……っ!」


 ネルがまるで人の話を聞いていないので軽くチョップした。


「あたっ」


「二人きりじゃねーだろ。よく見ろ」


「キュ~」


 そこには愛らしい姿で俺達を見つめるドラゴンモドキなトカゲのキューちゃんが佇んでいた。

 どうでもいいけどキューって鳴くからキューちゃんってのは安直過ぎないか。


「キューちゃんに頼んで屋根の穴を直してくれ。乗り掛かった船だし、良いだろ?」


「姫様のためとあらば仕方ない」


 何だかんだと言いつつネルも手伝ってくれるようだった。


「それじゃまずは片っ端から切り倒しますか」


 俺は俺で、自分の仕事に取り掛かった。


☆ ☆ ☆ ☆


 補修材料集めに、昨日手に入れた長剣で木をギーコギーコと切り倒している時のことだった。


「ぷはぁ。疲れたぁ。……ん?」


 誰かの視線を感じて茂みの奥に目をやると、微かに人のシルエットの様なものが見て取れた。


「誰かいるのか?」


 声をかけると、それは薄っすらと漂いながら奥の方へと消えていってしまった。

 うちの可愛いティアラを狙う魔族か怖いお兄さんかもしれないと思った俺は、後を追うことにした。

 それから、何度か追いかけては消えを繰り返し、だいぶ森の奥深くへ進んだ時だった。


「水の音……?」


 聞いていると眠くなるような心地良いせせらぎを辿っていると、開けた場所に出た。

 こんなところに川があるとは。


「誰?ヒナ?」


 穏やかな口調で問いかけるそれは聞き覚えのあるものだった。

 瞬間、俺の生存本能が頭の中に警笛を大音量で鳴らしまくる。


「おまっ……勇者」


「きゃっ!」


 エンカウントしてしまったのは怖いお姉さんだった。

 は、裸を見てしまった。いや仕方ない今のは不可抗力だしそもそもなんでこいつがここにいるのか俺が追ってきた幽霊はどこへ行ったのか。

 ……などと、余計な事を考えている場合では無い。さっさと逃げなくては。

 そんな俺が足を止めたのは、図らずも見てしまったからだ。

 俺とそう年の変わらない彼女の、凡そ剣なんて振るうべきじゃない笑顔のよく似合う彼女の、身体に刻まれた無数の生々しい傷跡を。


「お前……なんでそんな」


 身体を丸めるようにしゃがみ込んで蹲っていた彼女がようやく顔を上げた。その眼には見間違いじゃなければ涙が溜まっていた。


「あんたが……あんたのせいなのに、本当に全部忘れたの?」


 彼女の眼は俺を責めるものというよりは、悲しそうに見えた。

 俺のせい?言っている意味が分からない。


「待ってくれ。どうして俺を狙う?俺が何をしたんだ?」


「……そう。あんたはそうやってこっちでものうのうと生きてれば良い。これは神様がくれたチャンスなんだから」


 彼女は後ろ姿をこちらに向けるように立ち上がると、一言唱えた。


撤退エスケープ


「おい、待てよっ!何なんだよ!教えてくれよマコト!」


「あんたがその名前で呼ばないでよ。私は勇者。与えられた意味はそれだけ」


 それだけ言い残すと、彼女は光の粒となって跡形も無くその場から消えてしまった。


「……」


 頭が真っ白になる。こんな後味なら気分的に真正面から斬りかかってくれた方が百倍マシだ。あんな顔、見せられるくらいなら……。

 川を離れようとした時、足元できらきらと光る何かがあるのに気付いた。

 それは古ぼけた銀色のロケットだった。鈍く光る表面にはシンプルなハート形のデザインが施され、蓋は固く閉じられていて開かない。

 十中八九、あいつのだよな……。

 俺は悩んだ末、次会った時に色々聞き出すついでに返してやろうと思い、それを持って帰ることにした。

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