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Data10 死神とお兄ちゃんとデレ

「ただいま戻りました」


「避けろマコトーっ!」


「うおおおっ!?」


 ネルが(城って言ってた割ににただの豪邸)屋敷の扉を開いた瞬間のこと。咄嗟に身を捻って俺の喉元を抉るように飛んできた槍を回避する。


「ちっ。あぁ、マコト、怪我はないか?」


 ネルさん、これ以上無いってくらい棒読みなんですがそこら辺は気のせいですよね。舌打ちとかは聞き違いで本当に心配してくれてるんですよね。


「マコト、無事かっ」


 一方ティアラ。こっちは心の底から身を案じてくれていたようで。嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちに悩んでいる場合ではない。


「こんにちは。おや、見ない顔ですね。お怪我はありませんか?」


 広いエントランスの真ん中で、先ほどの殺人未遂の犯人と思われる女は、微笑むように目を細めて言った。軽い冗談みたいに言ってるが、見ない顔だからって即、射殺すとか冗談みたいな脳みそだ。


「あぁ、大丈夫だ。手元が少し狂うことくらい誰にでもあるし気にしないでくれ……っ!」


 そうだ。たまたまだったって可能性もある。まだ殺されかけたと決め付けるのは時期尚早だ。


「ありがとうございます。では仲直りの握手を」


 ほら、やっぱり狂っていたのは手元じゃなくてこいつの頭だった。握手と言いながら差し出した手には鋭利なナイフが握られている。すごい文化だ。俺は知らない。


「おい、マリス。マコトを害すれば余は貴様を許さんぞ」


「あははっ。偶然事故で亡くなっても僕のせいではないでしょう?ティアラ様」


 ティアラの冷たく重い声に、一瞬俺の方が萎縮してしまった。

 それなのにマリスとやらは少しも怯むことなく飄々として笑っている。

 掴み所のない、どころか実体すら無さそうな儚げな色白の肌に漆黒の髪と紅い眼。身に付けている暗い外套も手伝って醸しだす雰囲気はまるで死神のようだ。


「まぁほんの挨拶代わりと言いますか、変な奴がいるもんだと思って納得してください」


「マコト、気にするな。こいつはこういう奴だ」


「あ……あぁ」


 危険過ぎる。何が危険って、殺されかけた相手の、吸い込まれそうな美しさに俺は目を奪われていたのだ。

 ティアラがいなかったら俺は正気を失って何をされたか気付く間もなく冷たいタンパク質の塊に成り果てていただろう。なんちゃって。


「いけないいけない忘れてた。お客様をご案内しなきゃ」


 地獄にか。マリスが振り返ると同時に振り下ろした鎌を難なく避けながら俺は思った。そろそろごく自然に殺意をばら撒くのをやめていただきたい。それともまさかこれが魔族デフォなのか?


「マリス、あのお方は今どこだ?」

 

「あのお方って誰?」


 ネルの問いに口を挟む俺。瞬間、針金みたいなものが俺の首を囲うようにちらっと見えたのでしゃがんでおく。髪の毛のてっぺんが何センチか寿命と一緒に縮んだ。もう慣れてきた。


「ティアラ様のお兄様ですよ。慌てずともこれから皆さんをご案内しますので。……生きてたら」


「おい、今何つった?」


 ティアラに兄貴がいるのかってこともそうだけど最後の方おかしくなかったか。


「マコト、こいつはこういう奴なんだ」


 何を悟ってんのティアラは。


「対人恐怖症で上手くコミュニケーションが取れない上に口下手で申し訳ありませんが、うっかり死んでしまっても本当にあいつはドジっ子だなぁと納得して下さい。ほら、僕って変な奴ですから」


「今何つった!?めちゃくちゃ饒舌じゃねぇかっ!」


 まともな奴がいないのでもうやだ帰りたいbyとある引きこもり。


☆ ☆ ☆ ☆


 結論から言うと、生き残った。

 壁から長剣が飛んできたり足場が崩れて下には剣山が用意されてたり廊下を歩いていたら頭上から鉄球が降ってきたり終いには毒ガスに火薬が引火(室内)したりしたが無数のダンジョンを走破してきた俺がこんな使い古されたベタな罠で死ぬことはなかった。


「納得できないしぶとさですね。見た目に反して幾度となく修羅場をくぐってきたような……」


「二次元でな」

 

 意味不明ですと、マリスは紅い目を微笑むように細めた。その仕草に胸の奥を掴まれたようにドキッとする俺、情けない。

 あー、内面が普通の子だったら思わずナンパしてたなぁ。そんな根性無いし嘘だけど。


「そろそろあのお方の部屋だ。失礼のないようにな」


 余計なことを考えているうちに着いたらしい。ネルが俺に人差し指を向けて忠告してきた。ここに至るまで失礼どころか絶命を狙われて大人しくしていろと言うのか。

 へっ、やなこった。説得の前に一言入れないと気が済まない。案内役にもっとマシな奴はいなかったのかと。


「クラウン様、残念ながらお連れしました」


 マリスが装飾の派手な扉を開けた途端に目に飛び込んできた、俺より遥かに大きくて屈強な後ろ姿。背中だけで圧倒的な存在感を醸している。これが、ティアラの兄貴……。


「……ここまで来れたということは、そこそこ骨があるようだ」


 洞穴の奥で響くような小さくて低い声だったが、耳に刻み込まれるようにはっきりと聞き取れた。

 第一声から察するにマリスを差し向けたのは確信犯かよ。


「久しぶりだな、お兄ちゃん」


 最初にティアラが一歩前に出て言った。


「えっ!?」


 マジかよ。ティアラのことだから兄貴とか兄者とかって呼ぶのかと思ったら、まさかのどストレートお兄ちゃんって、似合わな過ぎて目眩がした。俺の事もそう呼んでみてっ!


「よく来たな……マコト」


 名前を呼ばれてビクッと肩が震えた。どうして俺の名前を知ってんだ?っつーか超絶スルースキルだな。


「少し二人で話がしたい。マリス、ネル、下がれ」


「クラウン様、しかしこの者は危険で……」


「黙れ。たかが側近の分際で客人相手に口が過ぎるぞ。……あぁ、今はそれすら降りたのだったか。マリス、ネルを連れて行け」


「しかし、クラウン様っ!」


「さぁ行きますよネルさん、ボスの命令ですから納得して下さい」


 ネルはそれきり、抵抗せずにマリスと一緒に部屋を後にした。

 残された俺は決してビビってないが正直足が筋肉痛でガクガクだし、今日は蒸し暑くて変な汗が出るしでさっさとお家に帰りたい。


「余はいても良いのか?」


「さて、男二人、腹を割って話すとしよう」


「あの、妹さんが何か言ってますけど」


「お前が来ることは分かっていた。何の魔力も持たない人間よ」


 やばい。何か異常だ。こうして面と向かってる(と言っても相手はこちらに背を向けたまま)のにまるでティアラの存在を認識していないような態度。

 彼女抜きで話を進めても良いものか迷ってティアラを一瞥すると、既に体育座りで部屋の隅っこを向いて座っていた。まぁそうなるわな。


「で、話って何ですか?怖っ――早く帰りたいんで手短に頼みます」


「何、至極単純な提案だ。貴様、余と手を組め」


 いきなりキターッ!願ってもないぜ!


「俺の方は大歓迎ですけど、さっきも仰ってたように俺はただの能無し真人間。そっちに何のメリットが?」


 純粋な疑問をぶつけてみる。ただのイエスマンでは向こうだって見限らないとは限らない。形の上だけでも俺の価値を見定めておかないと。


「簡潔に言えば人間側への斥候、だな。マリスの手から生き残る程にはしぶとく、初対面の余に簡単に近付こうとしない程度には聡い。貴様は向いている。まさか魔族が人間と手を組んでいるとは、そうそう思うまい」


 やっぱりそうか。この世界の人間側の動きを掴む上でいかにも無能の俺は都合が良いということなんだろう。


「今度は逆に問おう。余と組むことで貴様が得られる利点は何だ?」 


「世界征服」


 鼻をすする音が聞こえてきた。ティアラだ。


「ほう。何故斯様なことを夢見る?」


「んなもん決まってんだろ。俺とティアラに優しい世界にする為だ」


 あんな風に隅っこで泣かないように。

 俺はいつまで経っても暢気にシカトを続けてるクラウンの机を踵で蹴っ飛ばした。


「人の話は目を見て聞けって教わらなかったか?」


 力づくで振り向かせるように襟元を掴んでその顔を覗き込む。


「どうやら、見込み以上の愚か者だったようだ。貴様、既に何度か壊れているな」


「……っ!!」


 その真っ赤な眼にあるのはただただ底無しの虚無だった。

 ぞわっと背筋を羽虫が這うような感覚に襲われ、俺は咄嗟に掴んでいた手を放してしまった。


「時代が時代なら死罪を免れんが、その愚かさに免じて不問としてやろう」


「何にせよ交渉決裂だ。指名手配の俺じゃ斥候なんか出来やしない。行くぞ、ティアラ」


 ただでさえ小さいのに隅っこで小っさくなっているティアラに手を差し伸べると、彼女は恐る恐るその手を取った。


「余は、また除け者か……」


 普段より低いトーンで弱々しく呟くティアラ。


「貴様は、必要ない」


 やっと声をかけたかと思えば、それは拒絶の一言だった。


「て、めぇ……!」


 頭がカッと熱くなる。まともに誰かを憎んだのは生まれて初めてかもしれない。


「や、やめてくれ、頼む。余計なことを言った余が悪かったのだ。マコトが殺されてしまう」


 震える声と腕で必死に止めるティアラに、俺は完全に戦意を挫かれてしまった。我を忘れて怒っている場合では無い。この子がこんなにも怯えているのに。


「暴力的な態度を取って悪かった。こんな事言える立場じゃないがネルを許してやってくれ。俺は気にしてないから」


「客人がそう言うなら罰を与える理由は無いな。しかし、おかしな事を言う。奴は魔族だというのに」


 俺は何も答えずに部屋を出た。すると、そこにはマリスが待ち構えるように立っていた。


「悪く思わないで下さいね。近隣諸国との戦争が近付いていますから、クラウン様も心中穏やかではないのです」


「あぁ、今日は帰らせてもらう」


 戦争なんてワードがゆとり現代っ子の俺には現実味が無さ過ぎたのと、どこに向けて良いか分からない怒りの燃えカスみたいなもののせいでマリスの言葉はほとんど耳に入っていなかった。


「お気を付けてお帰り下さい」


 こいつが言うと説得力ありすぎだろ。


☆ ☆ ☆ ☆


 屋敷を出た後も、ぼうっとして虚ろな目のティアラ。何となく、彼女があの場所を出た理由というのが分かった気がする。


「マコト!姫様!」


 程なくして背後からネルの声。


「良かった。見逃してもらえたんだな、ネル」


「そちらこそ無事だったのだな。貴様が無茶をしないかと気が気でなかった」


 ネルは俺達を見て何度か頷くと、俺の目を見た。


「で、何だよ」


「事実上この国――エリフィリアの王、クラウン様も以前はあんなお方ではなかった。それも隣国の魔族達が不穏な動きを見せてからというもの、今のように姫様に酷な事を仰るように……」


 どうやら話を聞くと、ティアラはある日、兄貴の冷たい態度に耐えかねて半分家出のように今の屋敷を出た。だが数日と経たず今度は独りぼっちの寂しさに耐え切れずに戻ってくるが、兄貴はそれを良しとせずに、その度にティアラは凹んではあのボロ家に引き返し、それを繰り返して今の何とも言えない孤立状態になってしまったようだ。


「私は、現在の緊張状態が無くなれば、以前の物静かだが穏やかだったクラウン様に戻って下さると思っている。そこでマコト、私達は同志を募って単独で隣国に乗り込もうと思っている。もちろん、クラウン様の名で攻め込めば直ちに戦争になる。だから、私達の王は第三勢力のティアラ様なのだ」


「アホか。それはティアラが一番嫌がる方法だろうが。お前がそんな危険を犯すくらいなら、みんなでクラウンに加勢したほうがまだマシだ」


「そう。私は今朝、その事を思い知らされた。そんな無茶はもうしない。だからマコト、私達は両国の仲介として和平交渉を行う。それを人間のお前に頼みたい。協力してくれないか?」


 その手があったか。それなら悪くないかもしれない。


「魔族ではない俺が行くのは、あくまで第三者としての立場を際立たせる為にか」


 ネルは頷いた。


「とにかく、戦争を回避できればそれでいい」


「そんなに上手く行くのか?」


 これには顔を曇らせるネル。


「正直、貴様を作戦の核としているから、マコト次第と言えるが、私はさっき確信した。姫様を想う貴様の気持ちが本物だと」


 柄にもなく大声出してたから、下の階まで駄々漏れだったらしい。お恥ずかしい限りだ。


「そりゃあ成功させなきゃな。ティアラの為に」


 ぽんぽんと、ちびっ子魔王の頭を撫でてやる。敢えて、交渉が失敗した時のことは聞かないでおく。その時は最悪俺一人が泥を被れば良い。


「お、お?何だマコト、何をする」


「何でもないよ。あと、ティアラは何も悪くないからな」


 何も聞いていなかったのか、ティアラは不思議そうにこっちを見つめている。


「その、まだ返事を聞いてなかったが」


「もちろん協力する。引きこもりの交渉力もとい、コミュ力をナメんなよ」


 人が折角快活な返事をしたというのに、ネルは俯いていた。よく見れば何故か顔が赤い。


「そうか。私の数々の非礼を責めないのだな。本当は魔族でもない貴様にこんな事を頼める立場では無いのだが」


「いいよ。これも世界征服の一環だし」


 上手く行けばクラウンに恩を売れるかもしれない。その暁には、ティアラに一言謝らせよう。


「全く、おかしな奴だ。おい、マコト」


 呼ばれて振り返った途端、頬に温かい感触。予想以上に近くにネルの顔があった。


「……すまん」


「え?ありがとうじゃねえの?」


「ありがとうと言ってるだろう!全く、送迎用の魔物を連れてくるから待っていろ!


 何故かネルは怒ったように叫んで屋敷へと引き返してしまった。

 ティアラにぽんぽんと背を叩かれる。


「ネルはああ見えて結構乙女だからな。惚れられてしまったかもな」


「冷静だなおい。つーか女の子だったんだ」


 おいおいマジかよ。あり得ねえと思うが万が一惚れられたって三次元の恋愛シミュレーションは管轄外なんだが。

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