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Data01 900の果て

「これで終わりだーッ!!」


 眩い光が目の前を包むと、やがて画面が真っ暗に切り替わった。そして流れ出したエンドロール。

 側にあったスポーツドリンクを一気に飲み干すと、からからに乾いていた喉が潤いを取り戻した。緊張が解けたので手足を伸ばし、ぷはーっと深呼吸をする。


「や、やった……」


 総プレイ900時間の果て、俺は得も言われぬ快感に包まれていた。ここまでに積み上げた苦労と経験値と屍を超えて、ようやく成し遂げたのだ。


「ラスボス撃破ー!」


 普通にやれば15時間程度でクリア出来るゲームだったが、俺は敢えて“普通”にはやらなかった。

 装備無しアイテム無しによるゲームクリアを遂行しようと思い立った時には、さすがに自分が正気では無いと思ったが達成してみると挑んだ価値はあった。俺は今、幸福だ。こんなに満たされた気分は初めてだった。生きるって素晴らしい。(虚ろな目)

 とりあえず俺はここんとこ一日3時間しか寝てなかったので、ぶっ倒れるように意識を失った。


☆ ☆ ☆ ☆


「おはよう。早速だけど死んでもらうわ」


「や、ちょ、待って。あんた誰?」


 RPGをご存知だろうか――というのは愚問だろう。今や万人に認知されたゲームジャンルの一つである。

 プレイヤーは主人公キャラを操り、レベルを上げて装備を強くして、さらにはアイテムを駆使して敵を倒していく。

 この手のゲームにおいて、俺は誰よりもやり込んでいた。その入れ込みたるに最早、愛だった。いや変態だった。

 人生で何に費やした時間が多いかを円グラフにするならば、睡眠とゲームという最大派閥同士が争うことになる。

 俺のように普通にプレイするだけでは簡単過ぎる。全然物足りない。そんなマゾ気質たっぷりのプレイヤー達は、ささやかな日々の愉しみを得るために何をするか。

 そう。自ら首を絞めるのである。

 元から難易度高めと名高い、いわゆる一般にクソゲーと言われるものすら生温い。さらにアイテム無しは当たり前、結果的に装備なんて飾りと言わんばかりの布切れ一枚初期装備の主人公がそこには立っていた。

 彼、もしくは彼女らはプレイヤーの理不尽な意志により、遥か格上相手に無謀にも裸同然で挑まされ、案の定粉々にその身を砕かれ、屍の山の礎を築くことになる。南無。

 いやいや、負けたのはちぃっとばかし攻撃力が足りんからで。そうだ、レベルを上げて物理で殴ろう。

 こうして雑魚敵相手に素手で襲い掛かる地獄の日々が始まった。

 素手なので当然、雑魚相手でも有効打になり得ない。ちまちまダメージを稼いでもスキルによる回復(スキルは使用可。つーかこれがないと何も出来ない)をケチって油断すればさすがの紙装甲、一撃で葬られるのである。この時は本当にコントローラー叩き付けようと思った。

 半狂乱になり、畜生にも劣る修羅の道を行きながらも不眠不休で淡々とレベルを上げ続けたある日、ついに実った。

 そこには我が正拳の前に平伏す魔物達がいた。

 迸る熱い激情に胸を打たれながら次のダンジョンに進んだ瞬間、そのエリアの雑魚に瞬殺された時は気付けば天井から輪っかの付いたロープが垂れてきていたので驚いた。

 まぁ何やかんやで俺は不屈の鉄メンタル(対人恐怖症)でついに魔王の玉座に辿り着く。

 この辺から意識が朦朧としてきて天国にいるはずのひぃじいちゃんが現れ、


「たかし、もういいんだよ」


 とか言って俺の肩に手を置いていたが関係無い。俺は魔王を倒すし大体たかしって誰だ?俺はまことだよ。

 名の通り誠実に正々堂々と、裸で魔王と殴り合った。いや、向こうは魔法だの魔剣だのバンバン使ってくるが。

 んでまぁ、ここにきてまさかのハプニングが発生する。ゲームの仕様上、魔王を倒すには聖剣エクスなんとかが必要らしかった。ストーリーの進行上、手に入れてはいるが未だ装備無しの主人公はこれまで一度もそれを握っていない。

 聖剣無しでは魔王に与えられるダメージは1固定。最後の敵ともなると膨大な体力を持つ。これは志半ばと折れかけた俺は悔しさのあまり握り拳を作る。しかし、そこで気付いた。

 俺には聖剣は無くとも、この正拳があるじゃないかと。斯くしてここに正拳伝説(仮)が幕を開いた。

 ちまちまちまちま、殴り続けて魔の長に1ダメージを与えていく主人公。一方の魔王は火炎だの雷だの容赦なく大ダメージを与えてくる。

 だが、ここに来るまでにいくらレベルを上げたと思っている。最早スキルによる回復で充分に半永久的な体力を賄える程だった。

 さて、殴り続けて幾星霜。現実時間に換算すると丸二日くらいか。ついにその時が来る。専用ボイスで最後の一撃を放つ自キャラ。

 俺はその瞬間、弱り切った身体で立ち上がり、天高く拳を掲げた。勢い余ってゲーム機本体のコンセントが抜けたことに気付いた時には、物言わぬ真っ暗な画面に、


「嘘だ信じないこんなの残酷過ぎる神はいないのか」


 と、8時間くらい唱えた後、気を取り直して再び魔王を殴る作業に戻った。今考えると恐ろしい。

 とまぁ、あらゆる理不尽に打ち勝ってきた俺(18)だったが、現在置かれている状況は本当にワケが分からない。

 俺は確か、魔王を拳一つで討ち滅ぼした後、意識を失って……。


「じゃあね。マスター」


 絶賛修羅場中だった。目を覚ましたら金髪美少女に剣を向けられていたなんて、訓練された縛りプレイヤー業界からすればご褒美ですぞ。冗談です。


「いやぁああああ!!」


 女みたいな情けない声を上げて、俺は逃げ出した。

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