三題噺 第24話
三題噺 第24話
お題 大統領、田んぼ、不発弾
◇
密会
地方の零細新聞社に電話が入ったのは、うららかな春の正午過ぎ。人のまばらになった事務所で、弁当をつつく箸を持ったまま、ピロピロと鳴る電話を面倒くさそうに取った記者の男は、相手の言葉にふんふんと二、三度相槌を返すと、大きなため息をついた。
「あのさー…、冗談にしたって面白くないし、今、お昼で俺弁当食ってるわけよ。何が言いたいって、ふざけんのも大概にしろってことだよ!」
ガチャンと受話器を置いた男に、並んだモニターの奥から上司が何事かと声をかける。
「しょーもない話ですよ。アメリカの大統領が田んぼで泥んこバレーやるから見に来ないかって。若い女の声でしたけどね、昼間から酔っ払ってんのかっての」
与太話に食事を邪魔されて、鼻息荒く説明する男に、しかし上司はのんびりとお茶を啜って、行ってみたら? などと口にした。
「どうせヒマなんだし…、道すがら何か面白いものでもあるかもしれないじゃないか」
素っ頓狂な声で疑義を呈した男に、けれど上司は「いいからいいから」と取り合わない。男は、しぶしぶ現場に向かうことになった。
果たして。
連絡のあった現場に到着してみれば、田植え前の水を張った田んぼの中で、二人の人物が泥んこバレー真っ最中だった。一人はTシャツに短パンという軽装の若い女性。対するもう一人は、スラックスの裾とワイシャツの袖を捲り上げ、ネクタイを緩めた壮年の男性──その顔は、記者もテレビでよく見たことのある、アメリカの大統領の顔に酷似していた。カメラを構えることも忘れて、口をぽかんと開けた記者に、畦に腰掛けているたった一人の観客であった農夫が声をかけた。
「あんな電話を真に受けて。アンタもヒマだねぇ…」
我に返って記者がカメラを構えると同時、ボールがワイシャツの男性の顔にヒット。男性が田んぼに仰向けに引っくり返り、派手に水しぶきが上がった。
「あっはっは! アタシの勝ちだね!」
対戦相手の女性が高らかに宣言する。
「さぁてー、約束は果たして貰ったし、お客サンがお見えだよ、そろそろ帰ったら?」
女性が言うやいなや、田んぼの向こうに停まっていたヘリがエンジンを始動する。ワイシャツの男性が、女性に向かって何事かを叫ぶと、女性は軽く手を上げた。ヘリから誰かが叫ぶ声が上がり、応じて男性がヘリにダッシュしていく。
「ちょっ、邪魔! アンタ邪魔だよ!」
記者が構えるカメラの前に、女性が割り込んで映り込む。それを避けながらシャッターを切るが、おそらくまともに撮れてはいないだろう。最後に、飛び去るヘリをカメラに収めて、力なく戻ってきた記者は、辺りを見回しながら、畦に座ったままの農夫に声をかけた。
「さっきの女の人は、どこへ…?」
「さて、のぅ…」
それ以上、農夫の口からは、くわえたタバコの煙以外のものが出てくることはなかった。
それから、記者は大統領の身辺を、探れるだけ探ってみた。かつて軍人として在日米軍基地へ単身赴任していた当時、親密になった女性がいて、彼女とペアで泥んこバレーに出るとか出ないとか、そんな話が上がっていたとかいう噂までは漕ぎ着けた。
だが、そこからが繋がらなかった。撮った写真に写った男性の姿は泥だらけの、しかもブレていたり後姿だったり。女性の方は入手した昔の写真に似ているような雰囲気はあったが、記者の撮った写真はまったくピントが合っていなかった。第一、似ていたとしても年代が合わな過ぎる。唯一まともに撮れていたヘリからの線も、ヘリ会社の貸し出し履歴にあったダミー会社のところでプツリと途切れた。
「あーあ…、アメリカ大統領の過去の不倫疑惑とかだったなら超大スクープだったんだけどなぁ…」
結局、謎の事件としてしか書けそうにない記事を作りながら、記者はため息をついた。
「はは…、そんな爆弾、うちみたいな地方の零細が打ち上げたってサ、仮に本当でも誰も見向きもしないだろ。それより、謎っぽさを前面に出して、まさかの恋の再燃かー…とか、適当にエンターテイメント性をだねぇ…」
並んだモニターの奥から、上司がのんびりと言うのを聞きながら、記者の男は再びキーボードに指を走らせた。
ホワイトハウスのデスクで、翻訳を斜め読みした大統領は、記事から目を離し、手元のコピー用紙に目を落とした。それは、日本の地方紙に掲載された、数日前の、ある女性の死亡記事。
「まったく、とんだ不発弾もあったものだな。信管が抜けていたとはいえ、肝が冷える…」
大統領は、ペーパーを手にそっと祈りを捧げると、ライターで火を点した。デスクの灰皿に置かれたペーパーは、あっという間に火に呑まれ、灰だけが残った。
Fin.
投稿1本目なのに24話なのは管理上の仕様です!
23話以前のは…、いつかどこかで…。