笑い姫
大きなお城に王さまとお妃さまとお姫さまは、仲良く暮らしていました。
いつも笑顔のお姫さまはお城の人気者でした。
ある日のこと、お妃さまがお姫さまに言いました。
「教会へ行くのです。もう戻ってきてはいけません」
お姫さまは不思議そうに尋ねました。
「どうして?」
すると、お妃さまは
「どうもしませんよ」
と、やさしく微笑みました。
そして、
「あなたは笑っているのですよ。何があっても」
と言いました。
初めてお姫さまがお城から出ると、森で旅人さんが泣いていました。
「どうしたの?」
お姫さまが尋ねると、旅人さんは首を横に振りました。
「どうもしないさ。ただ、哀しくて仕方がないんだ」
旅人さんが泣きながら答えると、お姫さまは首をかしげました。
「かなしい?わからないわ」
旅人さんは目をぱちくりして答えました。
「説明することじゃないよ。ちくちくしてそわそわしてどんよりするんだ。僕はどんな時でも哀しくなっちゃうんだ」
「おはながさいているのも?」
お姫さまは近くに咲いていたお花を指さして尋ねました。
「こんなにきれいなのに散ってしまうのさ。哀しいよ」
「わからないわ」
お姫さまはもっと首をかしげてしまいました。
「君は泣いたりしないの?」
「えぇ、わたくしはなけないの」
お姫さまが首をかしげたまま頷くと、旅人さんは目を大きく開きました。
「なんてことだ。これほど哀しいことがあるだろうか。哀しむっていうのは流すことなのに」
「そうかしら?」
お姫さまはもっともっと首をかしげました。
「そうさ。僕が君の代わりに泣いてあげるよ」
旅人さんに胸を張られたお姫さまは、やっと首をまっすぐに戻しました。
「ありがとう。わたくしはあなたのかわりにわらってあげるわ」
「ありがとう」
二人は一緒に行くことにしました。
二人が森を歩いていると、木の枝の上で小鳥さんが歌っていました。
「どうしたの?」
お姫さまが小鳥に尋ねると、小鳥さんは短い首を横に振りました。
「どうもしないよ。ただ楽しくてしかたがないの」
小鳥さんが歌いながら答えると、二人は首をかしげました。
「たのしいって?」
「教えることじゃないよ。わくわくしてどきどきしてうきうきするの。この世界は楽しいことだらけだよ」
「わからない」
二人は首をもっとかしげてしまいました。
「あなたたちは楽しくないの?」
「ちっとも。何のことだかさっぱりだ」
旅人さんが頷きました。
「わたくしには、せかいがきらきらしているわ。ぎゅっとしてぽかぽかしてほんわかするの。これが『たのしい』なの?」
お姫さまは小鳥さんに尋ね返しました。
「いいえ。似ているようだけど、とてもちがうよ。あなたはこの世界が『嬉しい』のだよ。楽しいっていうのはもっと簡単なことさ。好きになることだよ」
「わからないわ」
お姫さまは首をもっともっと傾げました。
「よし。あなたたちの代わりに歌ってあげるよ」
小鳥は二人の周りを飛びまわりました。それを見て、二人はやっと首をまっすぐに戻しました。
「ありがとう」
二人と一羽は一緒に行くことにしました。
二人と一羽が歩いて行くと、教会の前で神父さんが祈っていました。
「どうしたの?」
お姫さまが尋ねると、神父さんは首を横に振りました。
「どうもしないですよ。ただ、怒れて仕方がないのです」
神父さんが祈りながら答えると、二人と一匹は首をかしげました。
「おこれる?」
「まさかわからないとは思いませんでした。もやもやしてせかせかしてずきずきすることです。今までそんなことばかりですよ」
「わからない」
二人と一匹はもっと首をかしげてしまいました。
「あなたたちは怒ることはないのですか?」
「ちょっと違う。僕は思ったことないな」
「わたくしもないわ。つかれちゃいそうね」
「さっぱりだよ」
二人と一匹が頷くと、神父さんは腕を組みました。
「そんなに難しくないのですよ。想うということなのです」
「わからないわ」
お姫さまは首をもっともっとかしげました。
「そうですか。では、これからは代わりに祈ってあげましょう」
神父さんは祈りました。それを見て、二人と一匹はやっと首をまっすぐに戻しました。
「ありがとう」
神父さまが教会から何かを持ってきました。
「お姫さま、これをご覧ください。お妃さまから届いたお手紙です」
お姫さまはそのお手紙を読みましたが、さっぱり意味がわかりませんでした。お手紙の最後には『さようなら』と書いてありました。
「どうして『さようなら』ってかいてあるの?」
「お別れだからさ。あぁ、なんて哀しいのだろう」
旅人さんが声をあげて泣き始めると、湖ができました。
「もうあえないの?」
「そんなことないよ。また会う日まで元気でいるのさ。楽しみになるよ」
小鳥さんが歌い始めると、色とりどりのおはなが咲き乱れました。
「どうすればいいの?」
「私はやくそくを守ります。もう怒りを伝えることもできないのでね」
神父さんが祈り始めると、風が吹いて鐘が鳴りました。
「やくそくってなぁに?」
「こころとこころを結ぶことですよ。お妃さまとやくそくしたのです。お姫さまを幸せにすると」
神父さまはやさしい声色で言いました。
「しあわせってなぁに?」
「それはもうお姫さまの中にあるでしょう?」
みんなが同時に言いました。
お姫さまは目をとじてみました。
お妃さまのやさしい声が聞こえました。
お姫さまが目をあけると、真っ暗で何も見えませんでした。
それでも、お妃さまはそこにいるようでした。
「なにもみえないわ。だけど、おはなのかおりやかぜのおと。よくわかる」
お姫さまは微笑みました。
「ちくっとはしないかい?」
旅人さんがお姫さまに尋ねました。
「ちょっとね」
お姫さまは微笑みながら答えました。
「わくわくはする?」
小鳥さんもお姫さまに尋ねました。
「ちょっとね」
お姫さまはくすっと笑って答えました。
「ずきっとはしますか?」
神父さんもお姫さまに尋ねました。
「ちょっとね」
お姫さまは答えると、そらへ届くような大きな声で笑い出しました。
そらが赤くなっても黒くなってもお姫さまは笑っていました。ずっとずっと。
お姫さまは目が見えなくなりました。でも、お城には戻りませんでしたし、どんな時だって笑っていました。
それがお妃さまとお姫さまのやくそくだからです。
こうして、お姫さまは『笑い姫』と呼ばれ、教会でみんなと平和に暮らしました。
怒って泣いて笑って歌って。そんな幸せがあなたにも訪れますように。
お読みいただいて、誠に、誠にありがとうございます。
ご意見・ご感想ありましたらお待ちしています。
最初、涙が出ない盲目の子の話を書こうと思った時、別にお姫様を出すつもりはなかったのにいつの間にかお姫様になってましたw
あと、最後、めでたしめでたしで終わろうかと思ったんですが、急に日本の昔話風味になるので止めました。え、どうでもいい?