古びた書店の怪奇
雨宿りの最中に遭遇した異様な「何か」——。
どこか懐かしく、そして恐ろしい、夏の小さな怪談をお届けします。
静かな図書館の片隅で、涼やかなハサミの音に耳を澄ませてみてください。
通り雨のようだった。書店の中から出られずにいた。傘を持っていなかったからだ。本棚の間から漂う湿った紙の匂いが、閉じ込められた焦燥感を少しだけ和らげていた。外は激しい夕立。傘を持っていない俺は、自動ドアの向こうに広がる白い雨の壁をただ眺めるしかなかった。
ザー、と世界を塗りつぶす雨音の隙間に、ふと別の音が混じる。
シャリ、シャリ、シャリ。
かき氷を削るような、どこか懐かしい涼やかな音。最初は外の露店かと思ったが、音は背後の、文庫本が並ぶ暗がりから響いていた。
振り返る。棚の奥、照明の届かない隙間に、黒い人影が立っていた。
影は手に持った大きなハサミで、己の腕を削り落としている。削られた薄い皮膚が床に落ちるたび、あの涼しげな音が響く。
「……あ、夏だねえ」
影が顔を上げた。目も鼻もない平らな顔から、かさついた声が漏れる。
「暑いから、削らないと。でも、誰も見てくれないと、僕が夏だったことすら忘れられちゃうんだ」
影がハサミを向ける。次の瞬間、俺の耳元でシャリと音がした。
首筋に走る激痛。視界が急速に赤く染まっていく。
「君も一緒に、夏の音になろうよ」
外の雨音はいつの間にか止んでいた。
店内にはただ、涼やかで残酷な、ハサミの音だけが響き続けていた。
日誌』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
雨宿りの日に出会った異様な「何か」や、静かな書店に響く涼やかなハサミの音——。少し懐かしくてゾッとする、夏の怪談のような空気感を楽しんでいただけていたら幸いです。
最終話まで執筆を続けられたのは、ひとえに温かく見守ってくださった読者の皆様のおかげです。物語の余韻とともに、皆様の夏が少しでも涼しく味わい深いものになりますように。
また次の物語でお会いしましょう!




