あぁ? 婚約破棄だぁ? てめぇ、女の子を何だと思ってんのよっ!
うららかな午後。
数学の授業。
シラカワセンセの、眠くなるようなトーン。
ちっともワカラン、授業の内容。
あ、もう、ねむく……
~ ・ ~
声がする。
起こされてるらしい。
ま、授業中に寝ていれば、さすがに……
冷たい床。
あたし、石畳の上に倒れているらしい。
ガバッと跳ね起きると、周囲から、どよめき。
薄暗い、石造りのホール。直径10メートル位。
天井は円形。
周囲に松明の炎。
見守る連中は、みんなエウロピアン系。
男の服は変な装飾のついたワンピースとマント。
女の服は皆様方、ふわっふわのドレスアップ。
ん?
ここ、どこ?
「お、お前は、なんなんだ!」
あたしを睨みつけてくる、金髪イケメンの男。
十代後半って感じ。多分同年代。
装飾過多な、金の縁取りが施された衣装。頭には宝冠。
ラノベの挿絵でよく見る、ザ・王子様ってスタイル。
言語は聞いた事の無い言葉。でも通じる、分かる。
「アンタこそ、なんなのよ?」
売り言葉に買い言葉。
言い返してやったら、なぜか男の顔が引きつった。
王子(だと思う)、後ろの青いドレス姿で長い金髪を複雑に結って垂らしているお嬢様の方に、怒鳴り始めた。
「こいつ、一体、なんなんだ!」
「あ、あの、召喚した、聖女様だと、思われます」
青いというより白い顔で、それでもけなげに声を震わせて答える金髪のお嬢様。
「私は、こんな奴を召喚した覚えなど無いぞ!」
「い、いえ、わたくしたち二人で、召喚したので御座います故」
「知らん、こんな野蛮な獣、私は、知らんぞ!」
「イローエ様、そのような事を仰られても、困ります」
青白い顔のまま、それでも金髪のお嬢様は食い下がっている。意味は分からんけど。
「知らんと言ったら知らん! 全て貴様の責任だ!」
王子、ツカツカとお嬢様の元に歩いて行って。
腕を振るって、お嬢様を、ぶん殴った。
グーで、力まかせに。
悲鳴を上げて、倒れるお嬢様。
「ちょ、ちょっと、なにやってんのよ!」
あたしは、倒れたお嬢様の所に向かおうとしたけど。
なんか、目に見えないバリアーが張ってある。
あれ?
「な、なによこれ!」
「フン、お前のような野蛮な獣を、そのまま放置するとでも思ったか。守護結界も知らんとは、全くもってとんだ大外れだったな」
守護結界?
「衛兵、コイツを拘束して、地下牢に放り込んで置け。王族会議を開いたのち、処分を言い渡す」
「はっ!」
金属鎧姿の男たちが4人ばかり、あたしに近寄ってくる。
な、なんのつもりよ。お前らなんかにヤラれるあたしじゃ……
見えないバリアーが、なんかあたしに迫って来てる。
範囲がどんどん小さくなって、あたし、押し潰されそうになってる!
ちょ、ちょ、ちょっと何よこれぇ!
あ、バカ、どこ触ってんのよ! いやらしいわね! スケベェ!
あ、そこはダメ、ダメだったら! ああ、オカサレルぅ!
「随分と、やかましい獣だな」
「全くだな。これは期待外れもいい所だ」
「手間を掛けさせやがる」
「しっかり縛っとけよ。暴れられても迷惑だからな」
見えないバリヤーがあたしの全身にまとわりついて、全然、力が出せない。
あれよあれよというままに、両腕を後ろ手に回されて、ベルトみたいなもので拘束されちゃった。
ついでに首輪もか。あたしは犬じゃないぞ! ガルルッ!
「ほら立てっ!」
「世話を焼かすな、自分で歩け!」
首輪を鎖で繋がれて、無理やり立たされて、歩かされる。
「お前ら全員、顔覚えたからね。覚悟しといてよね!」
睨みつけてやったけど。
なによ、ヘラヘラと笑ってるんじゃナイわよ!
いったい、なんなのよ!
どうなってるのよ!
そのまま歩かされて、地下奥深くの階段を下らされて。
「しばらく大人しくしてろ!」
太い鉄格子が嵌められた監獄の奥深くに、蹴飛ばされて放り込まれた。
な、なんなのよー!
~ ・ ~
監獄の広さは、4畳半かな。
周囲は石壁。
正面は鉄格子。あたしは丸見え。動物園の猛獣ってところかしら。
外のホールには、同じような鉄格子の部屋が、左右に二つ並んでいる。全部で5部屋なのね。
あたしのいる部屋以外は、全て空き室。
奥の通路に松明が二つ。
その真ん中に、鉄の大きな扉。出入口らしいわね。
細長い覗き穴がドアの真ん中にあって、あそこから時々、こっちの様子を伺うのね?
監獄の中に、トイレは無し。代わりに小さな桶が転がってるから、これを使えという事かしらん。
使えったって、両腕を後ろで拘束されてるからなぁ。ショーツを降ろせないでしょ?
ん-トイレー漏れちゃうー! って叫んで、看守を呼びだして。
コイツを外して貰えたらシメタもん、って感じかしらん。
……なんて、脱出手段を考えていると。
奥の扉の向こうから、何か声がする。
野太い男の焦ったような声と、女の人の声。
さっき、聞いた声だ。
間もなく、重い金属音と共に、扉が開いた。
やっぱり、さっきの青いドレスの女の人だ。
叩かれた頬が、まだ腫れている。
心配そうに付き従う看守? に下がるように言いつけてる。
看守は「そんなに時間はありませんからね」ってな事を言って、戻って扉を閉めた。
そのまま彼女が、あたしの閉じ込められている鉄格子に近寄ってきて。
「ご、ごめんなさい……」
倒れ伏すように座り込んで(ドレス、汚れちゃうよ?)、泣きながら謝り始めた。
いや、謝られても困る。
何がどうなってんのか、教えて欲しい。
そう言うと。
魔王の軍勢にたえず脅かされているこの地において、聖女の召喚は無くてはならない国家事業なのだそうで。
そのためには、身分の高い血筋に連なる、未婚純潔の婚約者同士が執り行う召喚の儀が為される必要があって。
で、あたしが、このあたしが召喚されたのだそうです。
はい、大失敗なんだそうです。
「何で失敗って決めつけんの?」
「あの、その、見た目が……」
見た目?
セーラー服の女子高生じゃ、ダメなの?
「いえ、お顔が……」
あー顔、か。
あたし、東洋人だもんね。それも屈強果敢なサモアの家系なのよ。
うん、確かに、顔の造りは自信ないわ。目、鼻、唇、眉毛、髪の毛、どこをとっても、とっても濃ゆいし。
でもねぇ、このふくよかな胸とお尻の発達具合は、とっても自信あるんだけどなぁ?
……そういう話じゃないのね?
うん、まあ、あたしが聖女とか言うのとは、最も縁遠いとは思う。
でも、それって、あたしのせいじゃないよね?
「ご、ご、ごめんなさい、わたくしが至らなくって……」
ポタポタと涙をこぼす、青いドレスで金髪の、妙齢の美少女。
見るだけなら、目の保養というか、メッチャ萌えるんだけどね。
まあ、折角のお顔が殴られたまま腫れてるんで、台無しなんだけどね。
でもねぇ、今のあたし、それどころじゃ無いんだわ。
「あたしが召喚されたのは、アンタか王子か、それとも両方のせいだって事でいいわけ?」
失敗って言われてるんだから、両方ともお咎めなしでは無いんでしょ?
「い、いえ、わたくしの、わたくしの至らなさなのです……」
なんで?
「ん-勝手に召喚された身で言う話でもないけどさ、召喚の条件が未婚純潔なんでしょ?」
「は、はい」
「で、アンタの方に、身に覚えでもあんの?」
身に覚え。
その言葉の意味を理解するのに、数秒。
で、顔が真っ赤になるのに、もう数秒掛かった。
んもーどんだけ初心者なのよ。
「い、いえ、そんな、そんな事って、無い、無いです、無いですよ……」
あーこりゃ、コッチはシロだね。
ま、あたしも経験ないけどさ。だって、抱かれてもイイって思える男って、周囲にいないんだもん。
あたし、自分より弱い男は、真っ平御免なのよ。
「じゃあさ、責任は男の方で決定じゃないの?」
「そ、そんな、まさか、あの御方に限ってありえないですよ!」
あらま、まるで自分の事みたいに、あのクソ王子を庇うのね。
「そうかなぁ。まるで、アンタとの結婚がイヤだから、難癖付けてきたみたいにしか見えないけど?」
あらまぁお嬢様、お怒りなんですか。
さっきまでの青白い顔はどこいったのよ?
「無いです、そんな事、絶対にありえないです! だって、この結婚は、国同士、親同士で定めた由緒正しき契約結婚なんですよっ! わたくしは、これも家門の、王国の定めと心に刻み込んで、厳しい王太子妃教育を耐え忍んできたと言うのに……」
まあ、言いたいことは分かる。分かるんだけどさ。
「悪いんだけど、アイツにアンタみたいな覚悟なんか、これっぽっちも見えなかったよ? むしろ、余計な事を言われる前に既成事実を重ねちゃえって感じにしか思えなかったけどね?」
あら、お嬢様、ショックを受けた、けど。
あれ、あれれ、もしかして、もしかするの?
……なんて事、考え始めたね。
……うん、遅いよ。気付くのが遅すぎる。
だって、あの乱暴な振舞い方って、浮気がバレそうなのを必死で覆い隠してるクズ男にしか思えないもん。
ま、この中世文明の住民じゃ、そういう機微は分かんないのかも知れないけどさ。
「で、でも、今になってそんな事を言われても……」
だよね、そうだと思うけど。
「とりあえず、この拘束を外してくんない? 後はあたしが何とかするから」
「い、いえ、そんな事は出来ません。第一、まだ、あなたをそこまで信用できないですし?」
ま、そりゃそうだね。
「信用して貰えたら、拘束を外して貰えんの?」
「それは、そうですけど……」
お嬢さま、なんか考えて。
自分の首に手を当てて、細い銀の鎖で繋がれたペンダントを外して取り出した。
先端には、ドレスと同じ青い色の宝石。
「公爵家に代々伝わる、聖なる祝福が込められた宝珠です。貴女様が宝石に相応しければ、必ず守護して下さいます」
へえ、そうなんだ。
それこそ、そんなもん信用できないけど、ね?
「お受け下さいますか?」
ん-今んとこ、選択肢が無さそうだしね。
「いーよー」
お嬢様が頷いて、鉄格子の中に手を伸ばし、あたしの首に、そのペンダントを掛けてくれた。
もう首輪が掛けられてるんで、二重に引っ掛けられてるんだけど。
あれ?
ペンダント、消えちゃった?
「貴女の心の中に仕舞い込まれたのです。念ずれば、いつでも現れます」
へえ、そうなんだ。
「で、宝石に相応しいって、何?」
「それは、わたくしが判断致します」
あら、さっきまでの弱弱しい態度が、微塵もないね。
もう、後には引けないって、顔だね。
~ ・ ~
外が、騒々しい。
奥の扉が開いて、さっきあたしを連行してきた連中が入って来た。
「ミレーナ様、こんな所で何をしてるんです?」
無遠慮に睨みつけてくる男たちに、青いドレスのお嬢様、怯える様子は無かった。
「自らが召喚した者に、別れの挨拶もしないなどという事は、人族としてあり得ないのではなくて?」
その厳しい視線に、たじろいている男たち。
「い、いいから構うな。どうせこの女、修道院行きだ」
リーダー格らしい男がそう言って、連中は気を取り直したらしい。
鉄格子の扉が開けられ、連中が中に入ってきて、あたしの首輪に鎖が再び繋がれる。
暴れても意味なんか無いのは分かったんで、とりあえず大人しくしておく。
「そうやって、最初から大人しくしとけばいいんだよ」
「全くだ、手間かけやがって」
「しおらしくしとけば、少しはいい思いさせてやれたのによ」
「顔はともかく、身体は立派に実ってるからな」
ギャハハと笑う、男たち。
あたしは煮えくり返る気持ちを抑え込んで、周囲を伺う。
お嬢様は、連行されるあたしの後をついてくる。
身体の中に消えちゃったけど、あの青いペンダントがきちんと働くのかどうかが、一つのカギになりそうね。
あとは、お嬢様の信用とやらを、得られるかどうか、か。
~ ・ ~
最初に召喚されたのとは、別の部屋。
20メートル四方の広間。壁には様々なタペストリー。奥に段差。
段差の上に、王様っぽい人が、豪華な椅子に腰かけている。
段差の下には、召喚の時にあたしを取り囲んでいた、偉そうな服を着た男女が、多分全員揃っている。
広間の真ん中に、丈夫そうな1メートル四方のテーブル。
左右に、拘束用の太いベルトが備えられている。
あたしはその上に引きずり出されて、上半身を押し付けられ、後ろ手に縛られたままの両腕を、机に備えられたベルトでしっかり固定されちゃう。
足をバタバタさせてたら、そっちも机の脚に、ベルトみたいなもんで繋がれちゃった。
机の端から、頭だけが突き出ている状態。
床というか、下の方に、幅が大きめの、木の樽。
おまるじゃ、無いと思う。
あたしの首を斬り落としたら、その中に転がるんだろうなと思う。
ついでに出血しても、桶の中に注がれるんで、床を汚さなくて済むんだと思う。
マジ、かぁ。
身体を拘束されて、動けないけど。
頭は上げられるんで、キッと王様らしいのを睨みつける。
と、脇の方から、お嬢様をぶん殴ったダイコン役者王子が登場した。
そのすぐ側に、ド派手なピンクの髪の毛がふわっふわに伸びた、周囲に比べて少し貧相なドレスをきた若い女の姿が。
これ見よがしに、顔だけは整っているクソ王子の腕を掴んで縋りついている。
ピンクの女、あたしを見て、ニヤリと笑いやがった。
「これより、王国に重大な危急をもたらしたスクーツ家令嬢ミレーナ及び、そこの野蛮なケダモノの処分を言い渡す!」
クソ王子、あたしに向かって指を付きつけ、高らかに好き勝手な事を宣言する。
「ちょっと、なんのつもりよ! あたしが何したって言うのよ!」
叫んでみたけど、鼻で笑われた。
くそぉ、この拘束さえ解けたら、あのすまし顔、思いっきりぶん殴ってやるのに!
「国家反逆者、ミレーナ・スクーツ。前へ」
クソ王子の声に反応したらしく、青いドレスのお嬢様が、あたしの横まで歩いて来た。
「殿下、わたくしは誓って、国家反逆など、たくらんではおりません」
「黙れ! お前の罪状は、すでにそこに繋がれておるではないか!」
お嬢様の必死の声にも、クソ王子は耳を傾けるつもりはないようだね。
「わたくしはこれまで、ずっと純潔を保ち、一度たりとも男性を受け容れた事など御座いません。王国の要であられ、契約で結ばれた婚約者であられます貴方様の事をずっと、ずっと想い続けて参りました」
「ふん、今更見苦しいぞ、ミレーナ。そこに、何よりの証拠があるではないか!」
「で、殿下……」
「それとも何か? 私の方が不貞を働いたので、この重要な召喚の儀に瑕疵が生じたとでも申すか?」
勝ち誇ったような、クソ王子の顔。ああ、ムカつく。
「その通りじゃないの?」
あたしの声が、広間中に響き渡った。
「な、なんだと……この私に向かって……」
一瞬、ギクッとなったけど。
すぐに余裕を取り戻したね。
「野蛮なケダモノが、何を言い出すのかと思えば」
「じゃあ、そこのピンクの女は何者なのよ?」
よくぞ聞いてくれたとばかりに、王子が胸を張る。
「私はここに、公爵令嬢ミレーナ・スクーツとの婚約を破棄し、こちらの男爵令嬢スバキュサ・リトーノとの新たな婚約を宣言する!」
王子の声が、広間に響き渡った。
誰も、何も言わない。静まり返っているね。
「此度の召喚の失敗は、ミレーナの罪である。よって彼女との婚約を破棄し、こちらのスバキュサ嬢と再び召喚の儀を行い、今度こそ王国に相応しい聖女を獲得するものである!」
そう付け加えると、遅れて、周囲の偉そうな男女から拍手が送られてきた。
召喚の失敗が青ドレスのお嬢様のせいだなんて、誰も信じてないとは、思うんだけど。
誰がどう見ても、そのピンク髪のヘラヘラが、浮気相手にしか見えないんだけど。
クソ王子が権力だか立場だかを、振りかざしまくって。
で、婚約者を捨てて、乗り換えたいって訳ね?
それが、アンタの言う“真実の愛”って訳ね?
ああ、ムッカつくわぁ。このぉ、女の敵がぁ。
今すぐにブッ飛ばしてやりたいんだけど。
ああん、もう、拘束がほどけない。そんなに強く縛られてる訳でもないはずなんだけどなぁ。
「ミレーナ。お前の公爵令嬢としての地位をはく奪し、国営修道院への謹慎を命ずる。生涯を掛けて、己の罪を償い続けるがいい」
王子がそう宣言すると、青ドレスのお嬢様が、ブルっと震えた。
「そして、そこの野蛮なケダモノめ。即刻、その首を斬り落とせ。お前がいては、新たな召喚が出来ないからな」
今度はあたしの方を睨んできた王子。
あ、やっぱりこのテーブル、断頭台なんだ。
あたしを引きずって来た金属鎧の男たちの一人が、大きな斧を持って横に立つ。
他の二人は、あたしの左右に分かれて身体を押さえつけてくる。
もう一人は、あたしの正面に屈んで、落ちる首を抑える役回りか。
あたしは、顔を上げたまま、ソイツらを睨みつけた。
でも、そんな事に構う様子もなく、あたしの首から首輪を外し始める男。
首を落とすのに、首輪が邪魔になるって訳ね?
その時。
傍らにいた、青ドレスのお嬢様が、あたしに囁きかけた。
いや、あたしというより、あたしに掛けられた青い宝珠にだと、思う。
「スクーツ家に伝わる青き宝珠よ。正当なる後継者であるわたくしを守護したまえ」
声が、あたしの中に、その奥に、届いた。
今まであたしを抑え込んでいた、見えない変な力の感覚が、急に消えた。
あたしの中に、あたし自身の元々の力が戻ってくる。
身体を大きくひねると、丈夫なテーブルごと、あたしを抑え込んでいた男たち二人ごとが、跳ね飛ばされた。
脚の拘束? ああ、そんなのがなんかあったね。千切れてどっか行ったね。
両腕の革ベルト? は、根本ごと引きちぎった。
そしたら、大きな音を立てて、テーブルがその辺に転がっていった。
あとは、後ろ手の拘束、か。
大胸筋に力を込めて、背後に回った両腕を左右に捻りながら廻しこむと、ブチブチと音を立てて千切れていく。
あースッキリした。
目の前で、あたしの首を抑えようとしていた男が、尻もちをついている。
「顔覚えたって、言ったでしょ?」
前足を振り上げて、胸元に叩き込む。
ケンカキック。見え見えの技だけど、どうせシロウトじゃかわせないもん。
男が、床に一度弾んで、そのままピクピクとしている。
横で首切り用の斧を持った男が、我に返った。
「う、うわぁあ!」
斧を振りかざそうとしたその持ち手に、右正拳!
痛さで取り落とした斧を、空中でキャッチして。
グルンと一回転して、王様のいる玉座? に向かって放り投げてやった。
狙いは正確。王様の冠を吹っ飛ばして、背後のタベストリーに突き刺さって止まった。
おー王様が、アワアワしてるよ。ざまぁ。
首を落とされなくて良かったと思ってよね。お前にも後でタップリ、言い訳を聞いてあげるからね。
で、手を抑えて痛がっている、元、斧持ちの処刑人。
頭を片手で引っ掴んで。
「なんか言うことある?」
「う、う、うわぁあ!」
無さそうなので、顔面に思いっきり振りかぶりを入れてやった。
避けもせずに(ま、頭を押さえつけてるからね)モロに喰らって、上下一回転して、地面に這いつくばった。
「次」
左右に跳ね飛ばした男たち。倒れたまま、あたしを見ている。
構わずに、鎧の上から思いっきり踏みつけてやった。
2回踏んだら、動かなくなった。金属鎧が、あたしの足形の形にへこんだからね。
中身? 知らん。
もう一人も、と思ったら、なんか逃げ出そうとしている。
1、2、3歩で追いついて。
「逃がすとでも思ってんの?」
男の背後の股の間に、あたしの腕を入れて。
もう一方は脇の下に差し込んで。
そのまま掲げてあげる。
腕や足をバタバタと振り回してるけど。
床にそのまま叩きつけてやったら、すっかり大人しくなった。
くるりと振り向き、王子とピンクの髪の女を睨みつける。
「あぁ? 婚約破棄だぁ? てめぇ、女の子を何だと思ってんのよっ!」
恫喝してやると、クソ王子、震えあがった。
と、その前に立ちはだかる、ピンクの髪の女。
「イローエ様、ここはお下がりください」
へえ、いい度胸してるじゃん。
でもね、そのピンクに染めたアンタの髪の毛、男どもにはウケがいいんだろうけど。
あたしにとっては、他校の女番長がイキがってるようにしか見えないだわ。
まあ、100歩譲って、どっかのレディースの親衛隊ってとこかしらん。
ま、ザコなんかどうでもいいわ。
ツカツカと歩み寄りながら「どけ」と手を振ると。
あら、ガッシと受け止められちゃった。
意外に力があるのね。
度胸もいいのね。
へえ。
「止めるなら、アンタも同罪でいいのね?」
「真実の愛の前には、そんな暴力など無意味なんです!」
へえ、へえ、へえ。
婚約者をぶん殴って、ハメて罪をかぶせるような奴のどこに、真実の愛とやらがあるのかしらね?
不意を突いたショートアッパーを、スウェーでかわされる。
あたしはその勢いのまま、背中越しに回転を入れつつ、左肘を入れていく。
ガードされたけど、まだ終わりじゃない。
右フック、右ひざ蹴り、ショートタックル。
げ、連続技をことごとく受け止め、かわし、いなされていく。
ちょっとーそのピンキーでドレッシーな格好で実は武術の達人級でした、エヘッ、なんてノリは、今更イラないのよ。
一応女の子らしいから、手加減してたけど。
あっそー本気でいいんだ。へえ。
幸いというか、そういう振りというか、反撃はしてこないんだよね。
あくまでも、か弱い乙女設定は守るタイプなのね?
ふーん。
つま先ステップ。ギアチェンジ。
左のリードジャブを二発。
スピードを急に上げたけど、いなせるのかしらん?
おお、出来るんだー
右ストレートを7割の力で混ぜて、左ジャブ主体で攻める。
へえ、全部受けるか、かわしてくるのね。
面白いね。
突進を混ぜつつジャブを打ちこみながら。
さりげに左右の足を入れ替え。
左ジャブだと思ってる所に、右のジャブをぶち込んでいく。
ヒット!
アラアラ、な、なんでぇって顔だねぇ。
そのスキにもう一発入れて、動揺している間に、そのピンキーでフワフワな髪の毛を掴みに行く。
モーションが急にゆっくりになるんで、緩急の差で読み切れないでしょ?
頭を引っ掴んで、そのまま顔面にニーキックを叩き込んで……
掴んだ感触が、なんか軽い。軽すぎる。
ズルっと皮を剥いたような感覚。
こ、これ、ピンクのカツラじゃん!
中身は、どーなってんのよ!
坊主と思ったら、紫なロン毛の自毛が出てきた。
で、頭には二本の短い角。
ついでに、耳の先端がとんがってるね。
目つきは鋭くなったし、瞳は猫みたいに縦長だし、ついでにお尻から細い尻尾まで生えてきてる。先端はお約束のスペードマーク。
男爵令嬢なピンキードレスは消滅して、紫のイヤラしいレオタード姿。
スタイルはいいね。結構イイ。でもあたしの方が上だね。
頭の中の翻訳機能? が「下級淫魔」と告げている。
おーい、人間じゃないんかーい!
「先に言ってよ。速攻で殺すのに」
翻訳機能に文句を言ってもしょうがないんだけどさ。
レオタードのサキュバス、あたしに怯んでるけど。
それよりなにより、周囲のドレッシーな男女の方がビックら仰天してるし。
王子に至っては、ほとんど失神しそうな、真っ青な顔だね。
ま、どうでもいいや。
人間じゃ無いなら、ぶち殺すまで。
ピンクのカツラを投げ捨てたそのモーションのまま、上段蹴り。
ハイハイ、受けるんでしょ?
そのままもう一本の足も浮かせて、サッキュンの首に絡みつかせる。
逆立ちした状態で、淫魔の首に両足を絡めたまんま、全身のバネを利かせてヤツの股下に自分の頭をくぐらせる。
反動でヤツの首が、あたしの足と共に、床に叩きつけられた。
フランケンシュタイナー。めったに極められない大技なんだけど。
相手の怪我とか命とか考えなくていいなら、あたしは普通に決められるんだよね。
だってぇ、この技、スッゴク派手なんだもん!
全く予測不能だったらしく、モロに喰らって受け身も取れずに顔面を石畳にぶち当てちゃったサキュバス。
なんかモゴモゴ言ってるけど、全然遅い。
とっとと起き直ったあたしは、ヤツの両足を引っ掴んで、そのまま高くジャンプ。
ヤツの頭と背中を床に叩きつける大技、パワーボーム!
がっつりキマって、そのままカウントダーウン!
ワン、ツー、スリーっ!
カンカンカンカンっ!
頭の中でゴングが鳴り響く。
あたしのフォール勝ちねっ!
「き、き、きさまぁ……」
あれ? まだ生きてんの?
そこはせめて、ヤラレタふり、死んだふりしなさいよ。
もう一度、ピンクじゃないや、いまはムラサキか、両足を揃えてフン掴んで。
身体ごと高く振り上げて、思いっきり床に叩きつけた。
なんか悲鳴みたいなもんが聞こえたけど、知らん。
もう一丁、同じように叩きつけてやったら。
サキュバスの身体が光って、なんか変な紫色の、拳大の宝石を残して、残りの身体はチリのように消えていった。
フン、無駄にしぶといんだから。
「で、後は王子、アンタだけだね」
右拳を左手で受け止めて、いい音をさせて。
あたしはツカツカとクソ王子の元に歩いていく。
「ちょ、ま、待て!」
「待たない」
婚約者をグーでぶん殴るような男に、情けなんて全く必要ない。
自分の浮気を全部婚約者のせいにして、一生修道院暮らしを強いるような奴に、手加減なんて全く必要ない。
なにより、あたしを、このあたしを舐めて掛かった罪は、到底償えない。
全部、ぜぇんぶ、アンタの身体で支払って貰うからねっ!
「あ、あの女に騙されていたのだ! 本心では無かったのだ!」
知らないよ、そんなの。
そのせいで、あたしの首と胴体がサヨ―ナラーする所だったでしょ。
許すわけないじゃん。何考えてんだろ、コイツ。
「か、カネ、カネなら出すっ!」
だから、そんなのどうでもいいんだってば。
王子の頭を鷲掴みにして、拳を振りかぶる。
「ま、待てぇ、オマエごときが、王家の守護紋章を打ち破れるものか!」
守護紋章? なにそれ?
「お互い、無駄な努力は止めるべきだ、そうであろう?」
なんか言ってるけど。
「んなもん壊せばいいんでしょ? 人間相手だから、殺さないように手加減しようと思ってたけど、そういう配慮はイラナイみたいね」
「ち、ちがうちが……」
今度こそ、全力で王子をぶん殴ってやった。
良ーい音がして、そのままイケメンの顔が石壁に叩きつけられる。
もちろんあたしはそのままダッシュ。
ヤツの身体が床に落ちかける前に、低空タックルを仕掛ける。
引っ掴んだまま、そのまま壁に押し当てて。
両足を掴んだまま振り回して、横殴りに王子の身体を壁に叩きつける。
何か呻いてるけど、確かにまだ無傷らしいね。
へえ、本当に壊れないんだ。
ふーん。
両足を掴んだまんま、思いっきり水平方向に回し始める。
一回転、二回転、三回転で、フルスロットルになった。
ジャイアントスイング。
現代でやったら、通報ものだと思うけど。
異世界なら、やりたい放題なんでしょ?
そのまま王子の頭を、壁に叩きつけてやった。
なんか、全身がピカピカ光ってるね。
守護のバリアーとやらも、限度というものがあるらしいね。
ってか、気を失ってるのかな?
倒れたままの王子の背中を取って。
腕ごと首に手を回し。
もう一本の腕は、王子の腹に回し。
そのまま、締め上げる。
あたしの必殺技、アナコンダ。
獲物に巻きつき、筋力で締め上げて呼吸困難を起こし、そのまま肋骨とかへし折っていく大蛇の技なんだけど。
お、クソ王子の意識が戻ったみたいね。
で、あたしに巻きつかれて、息が出来ないみたいね。
ほら、ご自慢の守護紋章とやらは、どうしたのよ?
クソ王子の顔色が、一気に青くなっていく。
何か言いかけてるけど、息が出来ないので全然聞こえない。
このまま、肺の空気を全部吐き出させて、肋骨も何本か折ってしまおう。
力を籠め直すと、ピクピクと痙攣し始めた。
「あ、あの、もう、それ位で……」
あら、お嬢様に肩を叩かれちゃった。
「えーコイツ、女の敵だよ?」
「はい。でも、元婚約者ですので」
ふーん、お優しいんだね。
まあ、一旦は解いてやるか。
逆らったら、続きを仕掛ければいいんだしね。
今度は止めないしね。
「グホッ、ゴホッ……」
クソ王子が咳込みながら、床の上でのたうっている。
そしてだーれも、助けには来ないみたいね。
ま、来たら来たで、あたしがボコるんだけどね。
で。
もういっぺん、クソ王子の頭を掴んで。
「騙されたぁ? 婚約破棄だぁ? そんな身勝手な言い訳、通用するとでも思ってんの?」
「ご、ごめんなさい……」
半べそをかきながら、謝ってくる王子。
顔は無傷。でも、身体の方はかなり痛いらしい。
殴っても壊れない紋章の守護? でも、締め技は通じるんだね。
というか、その力が弱まっているように感じる。
「あたしに謝って、どうすんのよ。謝るのはコッチにでしょ」
青ドレスの、顔を腫らしたお嬢様に、その無駄に端正な顔を突きつけてやる。
「あ、あ……」
あら、反省しないんだ。
「謝り方も知らないの?」
思いっきり、クソ王子の頭を床に叩きつけてやった。
「ぐおぁぁあっ!」
あら、痛そう。
紋章の守護とやらは、どこいったのよ。
「わ、わ、私がわ、わ、悪かった……」
ブルブルと震えながら、王子が平伏している。
「何がどう悪かったのよ? あぁん?」
ギロリと睨みつけてやる。
答えられないなら、もう一遍、アンタの頭を床に……
「わ、悪い女に騙されて、婚約者である君を裏切ってしまった……」
「あ、そ。じゃ、あのオンナとヤッたんだね?」
そういうことなんでしょ?
「いや、あの、その……」
どっちなの? あぁん?
「召喚ってのは、アンタもお嬢様の方も清らかじゃ無きゃダメなんでしょ?」
「それは、そうだが……」
「で、アンタは身に覚えがある。だから失敗してあたしが出てきた、でいいんでしょ?」
「う、うむ……」
「じゃ、失敗はアンタのせいじゃん。お嬢様、なんにも悪くないでしょ」
「いや、あの、その……」
もう一回、ちっから任せに床に頭を叩きつけてやる。
「ぐわぁあああ!」
痛いらしい。もうほとんど、加護やら守護やらが残っていないらしい。
「悪いのはお嬢様の方なの? アンタの方なの?」
「い、いや、あの魔族の……」
下らん言い訳だなぁ!
もう一回叩きつけてやろうとしたら。
「わ、わ、私が悪かったぁ!」
泣きながら、ようやく浮気を認めたね。
フン、最初からそうしてればいいのよ。
お嬢様を見ると。
少し困り顔で。
でも、ちょっぴりだけ、口角が上がってるよ?
ご納得して頂けたようですな。
~ ・ ~
クソ王子に、お偉いお貴族様たちの前で、ハッキリと自分の罪状をもう一遍、大きな声で認めさせて。
ついでに王様を王座とやらから引きずり落として、監督不行き届けを認めさせて。(ま、災難ではあると思うけど、責任がなんにも無いとは言わせない)
で、お嬢様の方は、お家の責任も含めて、晴れて無罪放免というか、王家から賠償して頂けるんだそうです。
そして、それを認めさせた事で、お嬢様の頬の腫れが引いて行きました。
なにそれ? と聞いてみたら。
王家の一族からの懲罰は、もうそのまんま懲罰なので。
許されない限りは、消えないのだそうです。
なんだぁ、それ?
横暴過ぎない?
そういうもんというか、それだけ、王族の力は絶大なものなんだそうな。
で、あたしがそういうのを平気でぶっ壊せたのは、お嬢様が貸してくれた青い宝珠のペンダントのおかげらしいんだけど。
返すよっていったら、暫く持ってて欲しいと言われた。
何でよ?
お嬢様が言うには。
宝珠は、別に石の形じゃなくても、持ち主を守護してくれる。
それを委ねた相手に祝福を与えて、持ち主を守護してくれる。
で、あたしがお嬢様に召喚されて、持ち主を守護してくれる。
何の問題も無いでしょ?
そんな、お人形さんみたいな顔で、にっこり微笑まなくても。
そんなもん、引き受けたつもりなんて無いんだけど?
いえ、いつでもこの世界に召喚できるという事は、いつでも元の世界に送還できるという事ですから。
正式な形で元の世界に戻してあげるのは、かなりの手間暇がかかりますからね。
なんて事言われて、丸め込まれちゃった。
それに、今はおとなしくしている王家の方々が、いつ考えを変えるか分からない。もうしばらくは、わたくしを守護していて欲しい。
なんて、言われちゃうと、ねぇ。
「分かったよ。好きにしな」
そう言ってあげると。
嬉しい、ありがとう!
そんな風に言われて、抱き付いて来られちゃった。
まったくもーしょうがないなぁー
~ ・ ~
お嬢様のお屋敷に連れていかれて。
ご両親に紹介されて。
涙ながらに感動されて、お礼を言われて。
夕食をごちそうになって。
天蓋付きのベットに連れてかれて。
なぜか、ネグリジェ姿のお嬢様と一緒に寝ることになったのは、覚えてる。
起きたら、教室の机に、頭をくっつけて。
よだれを垂らしている所を、シラカワセンセに見られていた。
「近野ぉ、そんなにおれの授業はツマランかー」
「ここ、どこ?」
「はぁ、もぅ。お前、後で職員室に来い!」
クラスメイトちゃんたちに笑われたけど。
あたし、それどころじゃ無いんだよね。
あれ、夢だったのかな?
変な夢だったなぁ。
大体、身体の中に消えていくペンダントだなんて……
手の中に、青い宝珠の付いたソレが、現れた。
え?
は?
うそん?
そう思ったら、消えた。
……まだ寝ぼけてるのかなぁ?
もう一度、念じたら。
同じものが、出現した。
夢じゃ、ないらしい、ね。
……ま、いっか。
(おしまいっ!)




