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あんたのものにはならない

作者: 慶村莉緒
掲載日:2026/04/26

「そのペンダントは当家の家宝だ。返してくれ」


ピクリと、片眉をあげてアクアの唇が弧を描いた。


「へぇ?」


カシアン・ド・バートンは眉をひそめた。


「田舎の娘だ、不敬には問わない。さぁ、それを返してくれ」


カシアンとすれば、十分に妥協したつもりだった。

だから、少女から発せられた殺気を感じたとき困惑した。


「あんたたちって、揃いも揃って失礼ね?お貴族様らしくて反吐がでるわ」


ペンダントを巡る攻防が始まった。


絶対に返さないと言い切るアクアに食い下がるものの、頑なな態度をうち壊せない。

カシアンはついにアクアの家に転がり込んだ。


「…本当にあんたたちって図々しいわ。兄弟揃って、人のもの踏み荒らすのね!」


イライラとした手つきで、食材を切るうしろ姿に、カシアンは面倒そうに視線を落とした。


「だったら、ペンダントを返してくれ。そうすれば、すぐ出て行ってやる」


「返さないって言ってるでしょ?そもそも、これはもうあたしのモノなの!」


ダンッと叩きつけるように皿が置かれる。


カシアンの視線が皿に落ちる。

萎びた野菜と固いパン。


――沈黙。


「…?これは、なんだ」


「昼ご飯だけど?」


「…人の、か?」


アクアのこめかみに青筋が浮かぶ。


だん!!!


テーブルに手を叩きつけ、鼻先まで顔を近づけると、その唇を引き上げた。


「食べるの?食べないの?」


「…っ!す、すまん」


ふん、と鼻をならしてアクアはカシアンの前に腰を下ろした。

乱暴にパンにかじりつく様子に、カシアンは目を丸くした。


「ジロジロ見てんじゃないわよ」


鋭く睨み付けてくるアクアから、慌てて目をそらす。

パンに手を伸ばし口に運んだが、微妙な顔で黙り込んだ。


「なに?文句あんの?」


「…いや、別に」


手早く食べ終えたアクアは、髪を一括りに纏めあげ、立て掛けてあるダガーを手に取った。


「どこに行くんだ?」


「森。ギガントボアが出たらしいの」


「危険種じゃないか。俺も行こう」


アクアが鼻にシワを寄せた。


「来なくていい。絶対じゃまだもん」


「女性一人で向かわせるわけには…」


「これは、あたしの『仕事』なの。…付いてくるなら邪魔しないでよ」


カシアンはアクアと出会ってから何度も経験する、これまでの常識が通用しない出来事に、目を瞬かせた。


獰猛に襲い来る魔物を顔色一つ変えずに凪払うアクアは、凄惨さを超えて優雅ですらあった。


思わず、見惚れた。


「ボサッとしてるなら、帰って!邪魔よ!」


守るつもりで一歩踏み出した瞬間、怒号が飛んだ。


アクアは返り血に濡れた頬を乱暴に拭う。

だが、その呼吸はひとつも乱れていなかった。


「あんたのせいで、夜営なんだからね」


焚き火を前で、アクアが舌打ちしながらギカントボアの肉に火をかけた。


「俺のせいなのか?」


「あんたが、ちんたら歩くから日が暮れちゃったんでしょうが!」


カシアンは黙り込む。

あんな獣道、道とは言わない。


「だから、騎士とか貴族とかは嫌なのよ」


焚き火を睨み付けるように見つめる。


「お綺麗なとこでしか生きられないんだから、…わざわざこっちに来ないでよ」


少しだけ、声のトーンが変わった気がした。

パチパチという火の音だけが二人の間に響いている。


静かな夜だった。


「兄は……どんな男だった?」


ポツリとこぼれた声にアクアが顔をしかめた。


「顔だけは良かったわ。あんたにそっくりのムカつく顔だった」


カシアンは苦笑する。


「他は?」


「…一年。それで、他の女に惚れて出ていった」


少し間を置いて、胸元のペンダントに触れる。


「これだけ置いて」


カシアンは微妙な顔で沈黙する。


「バカだと思う?未練がましいって…」


昼間の気の強さが鳴りをひそめ、眉を寄せたアクアから、カシアンは目をそらした。


息苦しさに、胸が痛む。


「気持ちが追い付かないんだろう?だったら、それは未練じゃない…」


アクアの目が丸くなる。


「くだらない男のことなんて、早く忘れちまえ」


「あんたの兄貴だよ」


アクアは少し笑った。


夜明けと共にアクアと家に戻ったカシアンは出された昼食を黙々と食べた。


「今日は文句言わないんだ?」


「…慣れた」


夜のことが嘘のように、アクアはいつも通り皮肉屋だった。


「ペンダントは…、お前が吹っ切れるまで持ってて構わない」


「初めから、あたしのだっつーの」


カシアンはアクアを見つめた。


「お前が、そのまま俺のところに来てくれ」


「え、嫌だけど」


カシアンは、想定どおりの答えにまた苦笑いした。


「あんた、あたしが貴族の家でやってけると思ってんの?」


「思わない」


「じゃぁ、…」


即答するカシアンにアクアはバカにしたような目を向けた。


「諦めない」


しかし、アクアが口を開くより先にカシアンが言葉を遮った。


「ペンダントは当家の家宝だ。譲れない。だが、お前に預けておく」


アクアの目が、あの時のように丸くなる。

そうすると相応の少女らしさがみえる。


「お前ごと手に入れるから、覚悟しろ」


「…なんで、そうなるのよ」


変な男に目をつけられた。

アクアは深いため息をついた。


「あたしはあんたのモノにはならない」


明確な線引き。


「どうしてもっていうなら、あんたがあたしのモノになんなさい」


カシアンは不適に笑った。


「良かった、可能性がゼロじゃなくなった」


「あんたのモノになる可能性はゼロよ!」


「それはどうだろうな」


火の消えかけた部屋に、また言い合いが落ちた。


書きたいところだけ書いてしまった。

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