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零域の第三王子 〜命の使い道をひとつしか知らなかった俺へ〜  作者: 雲雲く
第一部:幼少期編

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第7話 予兆

明日はもしかして・・・

モンストの日!?


 生後二歳十一ヶ月。


 三歳の誕生日まであと十日ほどだった。


 その頃から、アルヴィンの周囲で小さな異変が起き始めた。


 最初に気づいたのは侍女のマリアだった。


 ある朝アルヴィンの寝室を訪れた彼女は部屋の異様な冷たさに驚いた。


「……寒い」


 春だというのに暖炉には火が入り、窓も閉まっている。それでも部屋の空気は妙に冷たく、肌を刺すような冷気が残っていた。


 マリアがベッドに目を向けると、アルヴィンは穏やかな寝顔で眠っている。だが、その周囲だけが不自然なほど静かで、別の空間が切り取られているようだった。


「……?」


 マリアは首を傾げる。気のせいだろうかと思いながら窓を開けると、外の暖かい空気と春の花の香りが部屋に流れ込んだ。


 それでようやく部屋の冷たさが和らいだ。


 次の異変は夜に起きた。


 見回りに来た夜警の騎士は、アルヴィンの寝室の前で足を止めた。扉の下から漏れているのは光ではなく、黒い影が這い出してくるように揺れていた。


 ――いや、そんなはずはない。


 騎士は首を振った。


 疲れているのだろうと目の錯覚だと決めつけ、騎士はもう一度だけ扉の下を見た。だが、やはり影は濃かった。


 まるで塗り潰したように、沈んでいる。


 まるで光を飲み込んでいるかのように。


 恐る恐る、扉を開ける。


 ギィ……


 部屋の中には月明かりが差し込み、アルヴィンはベッドで穏やかに眠っていた。


 それでも騎士の背筋が冷えたのは、ベッドの下、カーテンの陰、家具の隙間に落ちる影が、どれも異様に深く、光そのものを吸い込んでいるように見えたからだ。


 まるで底なしの穴を覗き込んだような感覚に、思わず喉が鳴る。


 だがアルヴィン自身は無事だ。寝息は規則正しく、顔色にも異変はない。


 ――気のせいだ。


 そう自分に言い聞かせて、騎士は部屋を出た。


 だが報告書には書き残した。


 「第三王子の寝室、異常な影を確認。本人に異常なし」


 冷気も影も発生源はアルヴィンの周囲に集中していて、本人だけが無傷だった。偶発的な怪異というより、王子を中心に起きている現象だと見るほうが自然だった。


 三日後。


 アルヴィン自身も、変化に気づき始めていた。最近見る夢は鮮明で、しかも前世の記憶そのものだった。


 白い蛍光灯、モニターの青白い光、キーボードを叩く音、途切れなく流れるデータ。誰とも話さず、ただ画面を見つめ続けた研究者の日々が、眠りのたびに細部まで蘇る。


 そして最後に現れるのは、爆発、空間の亀裂、黒い霧。あの「虚無」だった。


「……っ!」


 アルヴィンはベッドの上で目を覚ました。


 汗が額を濡らしている。心臓が速く打っている。


 ――また、あの夢だ。


 最近は毎晩のように同じ夢を見る。前世の記憶は日に日に鮮明になり、断片だった場面が一つずつ繋がっていく。


 窓の外を見る。


 まだ夜明け前。空は暗い。


 だが東の空がわずかに明るくなり始めている。


 ――もうすぐ、三歳だ。


 その予感が日に日に強くなっている。


 何かが起ころうとしている。そう確信していた。


 しかもそれは、彼の人生を根こそぎ変える類の変化だ。


 昼間にも異変は続いた。


 視界が時々ぼやけ、物が二重に見えた。今の世界と前世の記憶が、同じ景色の上で重なり始めている。


 庭園を歩いていると、ふと目の前の景色が切り替わった。石畳はリノリウムの床に、花壇は研究機器に、木々は白い壁に変わる。一瞬だけ、前世の研究室が目前に現れた。


「……っ」


 目を閉じて頭を振り、もう一度開けると庭園に戻っていた。石畳と花壇、そして木々。


 だが数秒後にはまた視界が揺らぎ、現実と記憶が混ざり合う。境界が曖昧になっていくたびに、アルヴィンは確信していた。


 ――魂と肉体の統合が進んでいる。


 前世の魂はこの体に完全に馴染もうとしている。もうすぐ統合は終わり、忘れていた全てが戻ってくる。


 夜は夢、昼は視界の重なり。症状は増える一方で、三歳が近づくほど間隔も短くなっていた。


 数日後。


 エリザベスが心配そうにアルヴィンを見つめていた。


「アルヴィン、最近顔色が悪いわ」


 母の手が息子の額に触れ、エリザベスはわずかに息をのんだ。熱があるわけではないのに、額は不自然なほど冷たい。


「だいじょうぶ」


 アルヴィンは笑顔を作ったが、どこか力がない。


「本当に? 夜、うなされているって聞いたわ」


「……ゆめ、みるの」


 アルヴィンが小さく言う。


「どんな夢?」


「……わかんない。でも、こわくないよ」


 母の顔が曇る。深い不安が、その表情に滲んでいた。


「ねえ、アルヴィン」


 母が息子を抱きしめる。


「何かあったら、すぐに言ってね」


「お母様はいつでもそばにいるから」


 その腕は温かく、冷たくなっていくアルヴィンの体を包み込むようだった。


 その夜、エリザベスは執務室でカールに相談した。二人きりだった。


「アルヴィンのことですが」


 エリザベスの声は不安に震えていた。


「……ああ」


 カールは頷く。厳格な表情の奥に、隠しきれない心配の色があった。


「俺も、気づいている」


「夜警の報告も読んだ。影の異常、冷気」


「それに」


 カールは机の引き出しから一枚の紙を取り出した。


 取り出されたのは、端の擦り切れた古い羊皮紙。アルヴィンの出生時に残された予言だった。


「『ゼロより生まれし者、虚無を継ぎ、世界の終焉を見届けん。あるいは救わん』」


 カールが静かに読み上げる。


「三歳――人の記憶が定まる時」


「何かが起こるのかもしれん」


 その一節は、成長の節目を示す言葉であると同時に、予言の「終焉か救済か」が息子の身に現実として降りるかもしれない、警告のように、二人には響いた。


 その言葉にエリザベスの顔が青ざめる。


「でも、アルヴィンは……」


「大丈夫だ」


 カールが妻の手を取る。


 その手は大きく、温かい。


「何があっても、俺たちが守る」


「あの子は俺たちの息子だ」


 その言葉にエリザベスはわずかに安堵したが、不安が消えたわけではなかった。


「明朝、一度だけ魔力を測定しよう」


 カールが言う。


「今どうなっているのか。確認する必要がある」


 夫妻は隠し立てより観測を選んだ。刺激を増やさず、誕生日まで状態を見極める――それがこの夜の結論だった。


 翌日。


 宮廷魔導師長アーロンが呼ばれた。


 執務室にはカール、エリザベス、そしてアルヴィンが揃っていた。


「アルヴィン様の魔力を測定いたします」


 老魔導師が水晶球を取り出す。


 透明な球体の中で、微かな光が揺らめいている。


「手をこの上に」


 アルヴィンは小さな手を水晶球の上に置いた。


 その瞬間、


 水晶球が激しく震えた。


「……!」


 アーロンの目が見開かれる。


 水晶球の中で光が渦巻いている。


 白、黒、白、黒。


 まるで故障した魔導灯のように明滅を繰り返す。


 そして、表示された文字は


 『???』


 数字ではない。記号だ。


「これは……」


 アーロンの声が震える。


「測定不能……いえ、違う」


「測定器が対象を認識できていない」


「通常なら水晶球は単一のランクを示します。ゼロ判定の時でさえ、表示そのものは明確でした」


「まるで『在る』と『無い』が、同時に存在しているかのような……」


 カールとエリザベスが顔を見合わせる。


 アルヴィンは静かに水晶球を見つめていた。


 その目には何か――悟ったような光があった。


「もうすぐ、三歳ですな」


 アーロンが呟く。


「おそらく、体が変化しているのでしょう」


「成長に伴う、一時的な現象かと」


 その言葉は慰めのようでもあり、自分への説得のようでもあった。


「……そうか」


 カールが息子の頭に手を置く。


「もう少しだ。誕生日まで様子を見よう」


 結論は先送りになった。だが、その猶予は明日までしか残っていない。


 その夜、アルヴィンは再び夢を見た。ただし今夜の舞台は研究室ではない。そこに広がっていたのは、底の知れない暗闇だった。


 何もないはずの空間に、形も声も持たない「何か」だけが確かに在る。名づけるなら虚無。それがゆっくりと近づき、彼を包み込もうとしていた。


『――もうすぐだ――』


 聞こえたのは声ではなく、概念そのものだった。言葉になる前の意味が、直接意識に触れてくる。


『――三歳の誕生日――』

『――全てが明らかになる――』

『――覚悟せよ、探究者よ――』


 得体の知れない黒い霧が迫る。それでも、なぜか恐怖はなかった。胸に残ったのは確信だけだ。明日を境に、自分の輪郭そのものが塗り替わる。


「……っ!」


 目を開くと、月明かりの差すベッドの上だった。汗が背中を濡らし、心臓は速く打っている。それでも心は不思議なほど静かで、胸の奥には抗いようのない期待が残っていた。


 翌朝、エリザベスが部屋に入ると、アルヴィンは窓辺で朝日を受けて立っていた。静かな横顔は幼いはずなのに、どこか大人びて見える。


「おはよう、アルヴィン」

「……おはよう、おかあさま」


 振り返った息子の目を見て、エリザベスは息をのんだ。昨日までよりも深く、遠くを見つめるような眼差しだったからだ。


「あと何日?」

「……え?」

「たんじょうび。あとなんにち?」

「明日よ。明日があなたの三歳の誕生日」


「……そっか」


 アルヴィンは再び窓の外へ視線を戻した。朝日に照らされた王都の街並み、石造りの建物、人々の営み。その景色をしばらく見つめたあと、小さく呟く。


「あした、なにかがかわる」


 声は小さいのに、確信だけは揺るがない。エリザベスは何も言わず息子を抱きしめ、何が起きても守るという決意をその腕に込めた。


 その日、王宮は誕生日の準備で賑わった。飾り付け、料理、音楽の手配。明日の祝宴に向けて人々が慌ただしく動き回る中、アルヴィンも笑顔で礼を返す。だが心の底では、別の時を待っていた。


 散らばっていた疑問が一本の線になる瞬間。前世の記憶、虚無との繋がり、転生の理由。その輪郭が見える気がしていた。


 夜、ベッドに横たわったアルヴィンは天井を見上げる。窓の外で月が静かに輝いていた。


 明日で三歳になる。恐怖よりも期待を、迷いよりも決意を抱いたまま、彼はゆっくり目を閉じた。


 やがて眠りに落ちると、部屋の影が静かに濃くなる。けれどそれは不吉な闇ではなく、繭のように柔らかな気配でアルヴィンを包み込んでいた。



3歳から長期記憶が発達していくらしいです。

わお、全然なにもおぼえてない・・・

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