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零域の第三王子 〜命の使い道をひとつしか知らなかった俺へ〜  作者: 雲雲く
第一部:幼少期編

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第4話 兄たちとの距離

はっ!?おなかがすいている、だと・・・?

2周くらい見直してますが、矛盾等あればご指摘いただけると(’どげざ


 生後一歳二ヶ月。


 ようやくアルヴィンは「普通の」赤子として生活できるようになり、魔力暴走は完全に収まって高熱も出なくなった。


 母の腕の中で周囲を観察する余裕すら生まれ、前世の記憶を持つがゆえの鋭い観察眼が、いっそう際立ち始めていた。


 一歳児の目には見えないはずのものまで見える。人の表情の微妙な変化、視線の向け方、声のトーン――アルヴィンはそれらすべてから相手の感情を読み取ることができた。


 前世で、研究室という閉鎖空間で人間関係を観察してきた経験が今、活きている。


「アルヴィン、今日はお兄様たちに会いましょうね」


 エリザベスが優しく語りかける。


 その声にはわずかな不安が混じっていた。母も、兄たちとの関係を気にしているのだろう。


 兄たち。生まれた時に一度会ったきり、ほとんど接触のなかった二人の王子――長兄ヴィクトールと次兄レオナルド。


 ――どんな人物なのだろう。


 前世の記憶を持つ自分には「兄」という存在が新鮮だった。


 前世では一人っ子で家族との関係も希薄だったから、兄弟というものを本当の意味では知らない。


 期待とわずかな不安を抱きながら、母に抱かれて兄たちの部屋へ向かった。


 廊下を進むと、王宮の豪華な装飾が目の前を流れていく。絵画、彫刻、タペストリー――そのすべてが歴史を物語っていた。



 最初に会ったのはレオナルドだった。


 彼の部屋は長兄ヴィクトールの部屋とは対照的だった。


 本が散らばり木剣が壁に立てかけられ、机の上には訓練の計画表が広げられている。


 整理整頓よりも、活動的な生活を重視する少年の部屋。


「おお! アルヴィンか!」


 明るい声と共に銀髪の少年が駆け寄ってくる。床を蹴る足音は元気よく部屋に響いていた。


 七歳のレオナルドは笑顔が眩しい少年だった。


 整った顔立ちに母エリザベス譲りの蒼色の瞳を持ち、その奥には父カールに似た強さが宿っている。


「元気になったんだな! よかった! 俺、ずっと心配してたんだぞ!」


 彼は屈託のない笑顔で、アルヴィンの頬を優しく触る。


 その手は剣の稽古で少し硬くなっているが優しかった。


「小さいなぁ。でも、しっかりしてる。目がキラキラしてる!」


 レオナルドが目を細めて笑う。


 ――この人は純粋だ。


 アルヴィンは前世の経験から人を観察する癖があった。研究室で同僚たちの裏表を見てきたからこそ、建前と本音を見分ける目がある。


 それでもレオナルドからは嘘や偽りを感じない。ただ純粋に弟を愛している、それだけだった。打算も計算もない。


「レオ様、あまり大きな声を出さないでください。アルヴィン様が驚いてしまいます」


 侍女が少し困った表情で注意する。


 だがレオナルドは気にしない。


「大丈夫だって! な、アルヴィン! 俺たち兄弟だもんな!」


 その手がアルヴィンの小さな手を握る。


 温かく、大きく、力強い手だった。


 彼の蒼色の瞳は本当に嬉しそうだった。


 笑顔に一点の曇りもない。


 ――ああ、これが兄弟か。


 温かいものが胸に広がる。前世では経験できなかった、誰かに無条件で愛される感覚だった。血の繋がりだけで、こんなにも受け入れてもらえることが不思議でならない。


「あ〜」


 アルヴィンは手を伸ばす。


 拙い動作。一歳児らしい、不器用な動き。


 レオナルドがその小さな手を優しく握る。


「おお、握り返してきた! 強いな、アルヴィン!」


 その顔がさらに嬉しそうに輝く。


「きっと強い騎士になるぞ! 剣の才能、あるかもしれないな!」


 その言葉に部屋の隅にいた侍女たちが複雑な表情を浮かべる。


 視線が一瞬だけ交差する。


 魔力ゼロの王子が騎士になれるのか――


 そんな疑問が空気に漂う。声には出さないが明らかに感じられる。


 だがレオナルドはそんなことを気にしない。いや、気づいていないのかもしれない。この純粋な少年は、人の裏の感情に鈍感なのだろう。


「魔法なんて使えなくたって、剣があるさ! 俺が教えてやる! な、アルヴィン!」


 その真っ直ぐな言葉が部屋に響く。


 誰も否定できない。王子の言葉を侍女が否定することなど、できるはずがなかった。


 だが視線には疑念が残っている。


 ――それでいい。アルヴィンは心の中で微笑んだ。期待されないことはむしろ好都合で、何よりこの兄は純粋に自分を愛してくれる。



 そして数日後。


 長兄ヴィクトールと会う機会が訪れた。


 それは偶然の遭遇だった。


 廊下を母に抱かれて移動していた時、向こうから歩いてきたのだ。


 足音は規則正しく、完璧に訓練された歩き方には無駄がなかった。


「……母上」


 ヴィクトールはエリザベスに冷静に一礼する。


 その動作も、完璧だった。背筋が伸び、角度も適切。王族としての礼儀を完璧に体現している。


 十歳の彼は既に王子らしい威厳を纏っていた。


 完璧に整えられた服装、一分の隙もない立ち居振る舞い。銀白色の髪はきちんと整えられ、金色の瞳は父カールと同じ色なのに、その輝きはまるで違う。


 父の瞳にある温かさの代わりに、ヴィクトールの瞳にあったのは冷たさと緊張、そして警戒だった。


「ヴィクトール。久しぶりね」


 エリザベスが優しく微笑む。


 だがその微笑みにはわずかな悲しみが混じっている。


「はい。……その子がアルヴィンですか」


 その視線がアルヴィンに向けられる。


 冷たい。まるで物を見るような目。


「ええ。元気になったのよ」


 エリザベスの声がわずかに硬くなる。


「……そうですか」


 ヴィクトールの視線がアルヴィンを値踏みするように見る。


 その瞳には複雑な感情が渦巻いていた。


 弟への本能的な嫉妬。


 この弟がどれほど脅威になるのかという期待。


 自分の立場が脅かされるのではないかという不安。


 そして、魔力ゼロの「欠陥品」への軽蔑。


 様々な感情が一瞬のうちに流れ、すぐに仮面の下へ沈んでいく。


 だがヴィクトールは表情を変えない。完璧に仮面を被っている。


 アルヴィンはその全てを読み取った。


 前世の経験が人の表情から感情を読む能力を与えていた。


 研究室で、同僚たちの裏表を見てきた。建前と本音の乖離を観察してきた。


 ――この人は辛いんだ。


 その感情が痛いほど分かる。


 長男として生まれ、完璧を求められ続けた人生。


 父の期待を背負い、常にトップでいなければならないプレッシャー。


 そして魔力A級という優秀さを持ちながら、父であるカール13世のS級には遠く及ばないという現実。


 天才の父を持つ、優秀だが天才ではない息子。


 ――その劣等感が弟への複雑な感情を生んでいる。


「……魔力ゼロで、よく生き延びましたね」


 ヴィクトールの言葉は冷たかった。


 表面的には事実を述べているだけ。だがその裏には棘がある。


「ヴィクトール!」


 エリザベスが咎める。その声が廊下に響く。


 だが彼は表情を変えない。


 完璧な仮面。感情を見せない顔。


「事実を述べただけです」


 その声は感情を排している。だがだからこそ、冷たく聞こえる。


「……失礼します」


 彼はそのまま立ち去った。


 足音が規則正しく廊下を響いていく。


 ――ああ。


 アルヴィンは思う。


 ――この人とはいずれ対立する。


 それは確信に近い予感だった。


 前世の経験がそう告げている。人間関係の複雑さと、嫉妬という感情の恐ろしさを。


 だが同時に思う。


 ――でも、この人も被害者だ。完璧であることを強いられた、システムの被害者なのだ。



 その夜、寝室で。


 エリザベスはアルヴィンを抱きながら、優しく語りかけた。


 月明かりが窓から差し込んでいる。部屋は静かで、穏やかだ。


「アルヴィン……ヴィクトールのことは気にしないでね」


 その声は少し悲しげだった。


 「……」


 アルヴィンはまだ言葉を話せない。だが母の温もりを感じながら、黙って聞いていた。


「あの子も、辛いのよ」


 エリザベスが息子の頭を撫でる。


 その手が優しい。温かい。


「長男として、常に完璧でいなければならない。それはとても重い責任なの」


 母の声が震える。


「カール様は……あなたの父上は素晴らしい方よ。強くて、優しくて、立派な王様」


 その声には誇りがある。


「でも、それゆえに……ヴィクトールには重すぎる」


 エリザベスが小さくため息をつく。


「比べられてしまう。常に父と。そしていつも『足りない』と言われる」


 その言葉が胸に刺さる。


「でも、心の奥底ではあの子もあなたを愛しているはず。だって、兄弟なのだから」


 ――本当にそうだろうか。


 アルヴィンは心の中で疑問に思う。


 人間関係はそんなに単純ではない。前世で、それを嫌というほど学んだ。


 血が繋がっているだけで愛し合えるわけではない。むしろ血が繋がっているからこそ、比較され、競争させられ、優劣をつけられることもある。


 だが母の腕の中の温もりを感じながら、アルヴィンは思う。


 ――それでもこの世界には、前世にはなかった温かい愛がある。


 ――血の繋がりが愛を生むとは限らなくても、愛そのものは確かに存在するのだと。


 エリザベスが子守唄を歌い始める。


 優しい声。温かい腕。


 その中で、アルヴィンは眠りについた。



 数ヶ月が過ぎ、アルヴィンは生後一歳半になった。


 王宮での生活に少しずつ慣れてきた。


 侍女たちの世話を受け、母と過ごし、時々父や兄たちと会う。


 そして観察する。王宮の人々を、その表情を、その言葉を、その視線を。


 ――この世界は複雑だ。


 表面的には礼儀正しく、優雅に見える。廊下の柱陰で貴族同士の立ち話を拾っていると、その裏側が少しずつ見えてきた。


 話題は、次の王を誰が推すか、どの派閥が優位か、誰と組み誰を切るか。王位継承の思惑と魔力階級が絡み合い、礼儀の下で駆け引きが続いている。


 「魔力ゼロ」のアルヴィンは、その秩序の最下層に置かれていた。陰で交わされる侍女たちの声にも、同情と軽蔑と憐れみが混じっている。


 ――だがそれでいい。


 アルヴィンはむしろそれを利用できると考えていた。


 誰も、赤子に警戒しない。


 ましてや魔力ゼロの「無能」な王子など、脅威とは見なされない。


 人は油断し、本音を漏らし、秘密を話す。


 ――ならば、この立場を使って、この世界を学べばいい。


 ――人間関係を観察し、権力構造を理解し、この世界の仕組みを把握する。


 前世の知識と今世の経験を組み合わせれば、必ず道は開ける。


 そう、信じていた。



 ある日、レオナルドが再び訪ねてきた。


 春の陽光が窓から差し込む穏やかな午後。


「アルヴィン! 遊ぼうぜ!」


 彼はいつも通り明るかった。


 その笑顔が部屋を明るくする。


「今日は剣の稽古を見せてやる! すげぇぞ!」


 レオナルドはアルヴィンを抱いて、訓練場へ連れて行った。


 廊下を抜けて中庭を横切ると、騎士たちが訓練する音が徐々に近づいてきた。


 訓練場では騎士たちが剣の稽古をしていた。木剣が打ち合う音、掛け声、足音が響き、真剣な空気が場を支配している。


「見てろよ! 俺の剣さばき!」


 レオナルドはアルヴィンを侍女に預けると、木剣を手に取った。


 訓練用の人形に向かっていく。


 構えた姿は凛々しく、七歳とは思えないほどしっかりしていた。そして、豪快な一閃。


 ブンッ!


 風を切る音の直後、ガシャーンと人形が真っ二つに割れ、木片が地面へ転がった。


「どうだ! すごいだろ!」


 レオナルドが振り返って誇らしげに笑う。


 その顔には達成感と喜びが溢れている。


 周囲の騎士たちが拍手する。


「さすがレオナルド様!」


「将来が楽しみです!」


 その言葉にレオナルドは照れたように笑う。


 ――ああ、この人は剣が好きなんだ。


 アルヴィンは兄の笑顔を見て思う。


 心の底から楽しんでいる。剣を振ることがこの人の喜びなんだ。


 ――魔法ではなく、剣。それがこの人の生きる道。


 父カールは雷帝として、魔法で名を馳せた。


 長兄ヴィクトールは魔法の才能を期待されている。


 だがレオナルドは違う道を選んだ。いや、選んだというより見つけたのだろう。自分の居場所を、自分の輝ける場所を。


 そして、いつかこの人は自分を守ってくれるだろう。なぜか、そんな確信が純粋な笑顔を見ているだけで生まれた。


「アルヴィンも、大きくなったら一緒に剣の稽古しような!」


 レオナルドが嬉しそうに言う。


 木剣を肩に担いで、アルヴィンに近づいてくる。


「魔力なんて関係ない!」


 その声が訓練場に響く。


「強さは心にあるんだ! 父上がそう言ってた!」


 ――強さは心に。


 その言葉が胸に響いた。


 ――そうだ。アルヴィンは心の中で頷く。


 ――魔力がゼロでも、諦めることはない。


 ――前世で学んだ知識がある。科学の理論も、物理法則への理解もある。


 ――それをこの世界の魔法と組み合わせれば――


 まだ赤子の体では何もできないし、言葉も話せず、歩くこともできない。だが、いつか必ず強くなる。


 この優しい兄を、母を、父を、そしてこの世界を守るために。



 その夜は静かで、月が窓の外で輝いていた。


 カールがアルヴィンの寝室を訪れた。


 扉を開ける音が静かに響く。


 眠る息子の顔をじっと見つめる。小さな顔、穏やかな寝顔、そして規則正しい呼吸。


 ――普通の赤子ではない。


 カールは確信している。


 その目には何かがある。まるで大人のような、いや大人以上の何かが。


 カールはゆっくりと息子の額に手を置いた。


 その手は優しく、わずかに震えていた。


「……お前は一体何者なのだ」


 小さく呟く。


 その問いに答えはない。


 息子はただ穏やかに眠っている。


 だがカールの金色の瞳には――


 確信とわずかな不安が混ざっていた。


 この子は何か特別な存在だ。


 預言の通りなら――


 だがそれは今は考えまい。今はただ、この小さな命が無事に育つことを祈るだけだ。


 カールはもう一度息子を見つめると、静かに部屋を出ていった。


なんかご飯たーべよ~~~

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