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ライルの何も起きない一日

 今日も村はのどかだった。

 魔導院に講師として招かれたシシリアを見送った朝から、ライルの一日はゆっくりと始まる。


◆朝:薬屋の開店準備


「……ああ、シシィの机、散らかってない……珍しい」

 ライルは、店の掃除をしながらほっとした。

 ついこの前まで、薬瓶の山、研究ノート、なぜか乾燥中の薬草の束や怪しげな魔法素材が混じった謎の机と格闘していたのだ。

 今では、すっかり整えられた薬屋の机を前に、ライルは小さく笑った。

 妙に静かだ。

 鼻歌も、爆発音も、悲鳴も、動物たちが店先に群れる謎の騒ぎもない。


◆昼:村人の薬相談


「ライルくん、膝が痛くてねえ」

「はい、今日は湿布薬ですね。効きが良くなりましたよ」

 ライルも数少ない一級魔法薬術師だ。日々の研鑽は欠かさないし、もちろん腕もいい。

 村の人たちとの関係も良好で、安心して相談に来てくれる。

 とはいえ――

「シシリアちゃんはいないのかい?」

「魔導院の講師になったんですよ。大出世ですね!」

「そっか、それは嬉しいことだけど、少し寂しいねぇ。あの子、たまに意味のわからん薬をくれるけど、妙に効くんだよねぇ」

 その言葉に、ライルは苦笑した。

 

(意味のわからない薬くださいって、普通言わないけどなあ……)

 

◆夕方:村の子どもたちと


「ライル兄ちゃん! 薬草の見分け方、教えて!」

「いいよ。ほら、この葉の縁を見て……」

 ライルは子どもたちと一緒に、裏山で簡単な薬草の見分け方を教える。

 シシリアが“魔獣を黙らせながら採集する”のとは違い、実に平和な採集だ。

「いいかい、採集のときは、子供だけでは行ってはいけないよ。夢中になると、ここがどこだかわからなくなって、帰ってこられなくなるからね」

 そう言いながら、ライルはシシリアを思い出す。

 彼女は珍しい魔法植物に目を輝かせ、獰猛な魔物を捌き、片っ端から素材を無駄なく回収する。そして迷子になるのだ。

 ――子どもだ。

 何度救援信号を辿ったか……当初は呆れて注意していたが、懲りずにまたやる。

 そしてライルは諦めた。

 シシリアは、こういう子なのだ。

 ただ、救援信号は心臓に悪いので、毎回ついていくことにした。

 そうしたら、気持ちがわかった。

 素材屋で購入するのとは違う。素材の元の姿を見ると、その素材本来の力を実感できる。ライルは、久しぶりにワクワクするのを感じたのだ。

 そして、素材を見ている時のシシリアの楽しそうな笑顔に、彼もつられて楽しくなってしまうのだ。

 それからは、ライルも素材採集を楽しむようになったのだった。


(――どんなに楽しくても、迷子にはならなかったけどね)


 そんなことを思っていると、村の子どもたちが話しかけてきた。

「ライル兄ちゃん? 楽しいことでもあった?」

 どうやら、知らずに笑っていたらしい。

「――ああ、みんなでワイワイしながら素材を集めるのが楽しいんだよ」

 ライルが答えると、子どもたちはくすぐったそうに笑った。


 夕日を背に帰ると、村は夕餉の匂いで満ちていた。


◆夜:ささやかな願い


 薬屋の灯りを落とし、ライルは天井を見上げる。

「明日も……何も起きなければいいなぁ」

 そうつぶやきながら、心のどこかで思う。


(シシィ、たまには顔を見せてくれないかな……)


 騒がしさも、混沌も、びっくり薬も。

 全部ひっくるめて――少し恋しい。


(――今度、会いに行ってこようかな)


 そんなことを思いながら、ライルの“平和な一日”は静かに終わった。

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