魔導院の
魔導院の本塔は、キラキラしい魔法陣で埋め尽くされていた。
本塔の結界を改善するために、講師たちが試行錯誤を重ねた複数の魔法陣が、複雑な幾何学模様の構造式で繋がれる。
レガリア王国の魔法の最高峰と呼ばれる魔導院においても、このような大規模魔法が見られるのは、約二十年前に、魔導院が再建されて以来のできごとだった。
結界を張り終えて、魔導院長セルジュが、満足気な顔をした。
「――これで、空から星が落ちてきても大丈夫だろう」
「世界が壊れても、ここだけは残りますよ。今度、魔導院全体の結界も直しましょう?」
楽しそうに言っているのは、この国の王妃だった。
魔導理論科の講師が、腕を組んで考えだした。
「それなら、識別の術式も改善して――」
魔導院の講師たちが、わらわらと集まってきて、好き勝手に相談を始めると、見学をしていた理事の一人が近づいてきた。
「講師の皆様、ご苦労様です。――シシィ。お前、予定にないことをやっていたね?」
柔らかい笑顔を称えながらそう言ったのは、もちろんルーファスだった。子供を三人持つ王妃が、まだ二十代半ばかと思うほどの外見なのと同じように、兄のルーファスも、年齢という基準の外にいる。
先日は、夜会で言葉を交わした若い令嬢が、彼に懸想してしまい、妻に突撃するという事態に陥った。妻のイーリスは、「あなたは、あのご兄妹の人生を理解できる器ではなくってよ」と余裕を見せ、令嬢の家が陳謝したとか……
そんな、時間の概念が抜け落ちた兄妹が会話をすると、いつも嫌でも注目を集めた。
魔法薬学科講師のニナは、感心したようにシシリアを見た。
「あなた、よくあの複雑な構造の中に、予定にない術式を突っ込んだわね。隙間なんて、あった?」
シシリアは、よく聞いてくれました!と胸を張った。
「隙間は、見つけるものではなくて、作るものよっ!」
自信を持って言い切るシシリアの肩に、ルーファスが手を置く。
「――シシィ? 何を入れたのかな? お兄様に、教えなさい」
にっこりと微笑むルーファスから、周囲がさっと距離をとった。
「雨が降ったら、虹がかかるようになる魔法を少々……」
シシリアの照れたような返事に、聞いていた講師たちは、雨の日が楽しみに思えた。
「とてもシシィらしいとは思うけれども、ちょっとでも場所がズレていたら、魔法陣が暴走していたよ」
ユリアスの言葉に、今度は他の理事たちが冷や汗をかいた。
「やるなら、私に言ってからやりなさい」
(((できれば、止めてほしいんだけど!?)))
続いた言葉に、理事たちの意見が一致した。
シシリアは、少し怒ったような口調になる。
「もう、お兄様。ちゃんとわかっていますよ。私は大人ですから、そろそろ過保護はおやめください」
「おや。お前はずっと、私だけの妹だと思っていたのだけどね。違ったのかな?」
少し淋しそうにするルーファスに、シシリアは慌てた。
「お兄様……それは全くその通りです。私は、これからもずっと、お兄様だけの妹ですよ」
すると、ルーファスは満足そうに頷いた。
「だろうとも。危ないことをする前には、私に必ず言うんだよ?」
「――はい、お兄様」
シシリアは、素直に返事をしたが、周りで見ていた理事たちは、「できれば、王妃様を止めて欲しいんだけど……」と思っていた。
「でも、お兄様。よく他の魔法陣を紛れ込ませたのがわかりましたね。絶対に、誰にも気づかれないと思っていたのですが」
と、シシリアは兄を尊敬の眼差しで見つめた。
確かに、と講師たちは思った。結界を作るのに集中していたとはいえ、自分たちが作っている魔法陣に、関係のないものが紛れ込んだら、違和感が残るはずだ。それもなくやってのけるシシリアに驚くが、見ていただけで見抜くルーファスにも、驚きだ。
「シシィの魔力は、すぐにわかるからね」
ルーファスは当たり前のように言ってのけた。
「それもそうですね。お兄様の魔力も、見なくてもわかりますものね」
シシリアも普通に返すが、周りで聞いていた講師たちは、ヒソヒソと囁きあっている。
「他人の魔力が、鑑定なしに判別できるって?」
「そんな論文、出ていましたっけ?」
「もしかして、家族なら訓練次第でできるとか」
「いや、聞いたことがないが……」
「何か特別なことが?」
「これ、研究に値する内容では?」
「「「誰が(聞きに)行く?」」」
講師たちは、興味津々である。
そして、兄妹のやりとりを、一言も話さずにじっと見ていたイーリスは、頬を赤らめ、瞳をキラキラと輝かせている。彼女の口からは「尊い……」という呟きが漏れた。




