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普通がいい

 貴族院のラウンジで、エレシアとフィオレッタは来週に迫った試験の勉強をしていた。来年には最終学年の二人は、来年に向けて少しでも好成績を取り、履修免除科目を増やしておきたい。

 その勉強の途中の小休憩で、げんなりした顔をしたのはエレシアだった。

「本当に、今日の朝は大変だったわ……」

「どうしたの? 今日は、朝から疲れているじゃない」

 フィオレッタが、心配そうに問いかけると、エレシア「それが」と話し出した。

「お父様が、しつこいのよ……朝から甘いの! やめてくれる!?」

 いつものことじゃないの、と呆れるフィオレッタに、エレシアの勢いは止まらない。

「違うのよ! 今日は、お母様の仕事について行くと聞かなくて。お母様はお母様で、『大好きなのは、わかっているわー』なんて、にこにこしているし! 誰か止めてよって……っ」

「……それ、お父様のせいだわ」

 フィオレッタが愕然とした。

「叔母さま、今日は魔導院の結界の張り直しだったわよね? お父様が、"理事として"見に行くと言っていたわ」

 エレシアが目を見開く。

「それよ! お父様は、叔父様にやきもちをやいたんだわ!」

「本当に、仲が良いわよね、お二人は」

 わなわなと震えるエレシアに、同情の眼差しをむけてフィオレッタは言った。

「難しいお話をしているのに、雰囲気が甘いって、どう言う仕組みか教えて欲しいわ」

 あれはね、とエレシアの目が座った。

「お父様が、一方的に、お母様のことが大好きで大好きで、止まらないのよ。そして、お母様の方は、お兄様が“あれ”だから、感覚がおかしくなっているの。お父様の愛を『仕方がない人ね』で流せるのは、器が大きいわけではなくってよ」

 苦労しているのね、というフィオレッタに、そうなの、とエレシアが泣き真似をした。

 それに、フィオレッタはクスクスと笑った。

「それで? 叔父様は、叔母様のお仕事を観に行かれたの?」

 それね、とエレシアが顔を上げる。

「お母様が止めようにも止まらなくて、見ている私たちもいよいよお砂糖を吐きそうに……いえ、弟たちは、瀕死だったわ。とにかく、そのときにね。騒ぎを聞きつけたお婆様が登場されて、お父様を殴り倒して、引きずって連れて行ったわ」

「それを聞いて、安心したわ」

 ふうっと息を吐くフィオレッタに、エレシアが「どうして?」と尋ねた。

「今日、お父様が見学に行くと言ったでしょう? 叔母様とお父様が揃うと言うことは、当然、お母様が行くわけで……」

 ああ、とエレシアは遠い目をした。

「私のお父様が行くと、あなたのお母様と大喧嘩になっていたわね。でも、どうしてあの二人は、あんなに仲がお悪いの? 若い頃に、何かあったのかしら」

「それはね、お母様が悪いのよ」

 フィオレッタが答えたが、エレシアは理解できなくて首を捻った。

 それに答えるように、フィオレッタがさらに続ける。

「お母様はね、叔母様と私のお父様、つまり、ご兄妹のやりとりを眺めるのが趣味なの」

「……は?」

 フィオレッタは、両手を胸の前で軽く組んで、斜め上を見上げた。

「お二人は前世で身分の差から無理矢理引き離された恋人同士で、一緒に非業の死を遂げてしまったの。来世では決してきれない繋がりを、と強く願ったお二人を哀れんだ神様が、お二人を美しい兄妹に生まれ変わらせたのだわ」

 瞳をキラキラさせるフィオレッタに、エレシアは声が出ない。

 おかしくなったのかしら、と目をそらそうとすると、フィオレッタの焦点がしっかり定まった。

「――と、いうのが、お母様の妄想です」

 急に真顔に戻ったフィオレッタに、エレシアは安心して息を吐いた。

「あなたがどこかへ行ってしまったかと思ったわ」

「安心して。あくまでも、お母様のお話よ」

「それで? そのとんでもない妄想が、どうかしたの?」

「お揃いのお二人を、お母様はそれはうっとりとご覧になっているわ」

「そういう意味が、あの視線にあったのね。初めて知ったわ」

「だから、お母様にとって、叔父様はお邪魔なのよ」

「でも、ご兄妹の会話よ? お父様よりもおかしなことになっていることがあるけれど、やっぱりご兄妹よ?」

「あれをご兄妹の会話というあなたも、十分毒されているわ。――まあ、お母様にとっては、前世とやらが関係しているようなので、今のご兄妹の仲の良さが、とてもキラキラとして見えるみたいなの」

「なるほどね。それでは、お父様はお邪魔なはずよね。で、お父様も、ご兄妹の仲の良さを推す叔母様が面白くない、と」

「お母様と叔父様の喧嘩を、微笑んで見ている叔母様とお父様も、相当よね」

 エレシアとフィオレッタは、同時にため息をついた。

 そして、あら? とエレシアは気がついた。

「叔母さまは、妄想によりお母様と叔父様のご兄弟がお好きなのよね?」

「――? そうよ?」

 フィオレッタは、質問の意味がわからず、首を傾げる。

「叔父様と叔母様は、仲が悪いわけではないわよね? なんだか、関係がわからないわ」

 ああ、それね、とフィオレッタは頷いた。

「お父様は、叔母様への愛情表現を全面的に受け入れてくれるお母様だからこそ、ご結婚されたのだと思うわ。そして、お母様は、お二人を一番間近で見られるポジションに、執念でついたと言っていたわ」

 エレシアは、わぁ、とちょっと引いた。

「……ある意味、相性の良いお二人ね」

「あなたのお家のような、甘い雰囲気はないけれども、そうね……同志のような、戦友のような、阿吽の呼吸があるわ」

 二人は、もう一度、軽くため息をついた。

 ねえ、とエレシアが切り出した。

「私、思うのだけど。結婚するのなら、普通の、今日も何もなかったね、平和だね、って言い合えるような方がいいわ」

「私も、そう思うわ」

 フィオレッタも、深く同意して、どちらからともなく勉強に戻っていった。


 ――

 【朝の王様と王妃様】

「シシリア、今日は俺も魔導院に行く」

 朝から、ユリアスは真面目な顔で訴えた。

 家族揃っての朝食の後である。

 シシリアは、目をぱちくりとして、首を傾けた。

「今日はアシュレイン様と会談でしょう?」

「体調が悪いと言うか、代行を立てるか……」

「ユリアス様。嘘はだめよ」

 シシリアは優しく嗜めるが、同席している三人の子供たちは、口をあんぐり開けて呆れ顔である。

「だが、今日は大規模魔法を使うのだろう?」

「そうね。他の講師の先生方と一緒に、結界を張り直すの。準備が楽しかったわ!」

「よし、皇帝は待たせよう」

「だめよ。ちゃんとお仕事をして」

 シシリアが、眉を上げて言うが、ユリアスは「どうして」と聞かない。

 席を立ってシシリアの横に膝を付き、膝の上にあった両手を取って続ける。

「シシリアが、楽しそうに魔法を使う姿を見たいんだ。君が笑っている姿を見たいんだ」

 アクアブルーの瞳を輝かせて懇願する。

 自分たちの子供の前でやることではない、と長女のエレシアは思った。チラリと弟たちを見てみると、長男のエドリックは固まり、次男のルシアンは真っ白になっている。

 エレシアは、ため息をついて、早く終わらせてください、という視線を母親に送ったが、彼女はいつものペースを崩さない。

「はいはい。ユリアス様が、私のことを大好きなのは、わかっているわ。帰ってきたら、たくさんお話をするから、今日はお仕事をしてちょうだい?」

「そう、大好きなんだ。だから、実際に見たいんだよ」

 エレシアは、横でエドリックが砂糖を大量に吐いている幻覚を見た。

 シシリアは、チラリと夫の後ろを見てから、今度は少し硬い顔をして繰り返した。

「だめ。帰ってきたらお話ができるのだから、ちゃんとお仕事をしてください」

「今日は、ずっと君と一緒に――った……っ!」

 バチーンっという小気味良い音と共に、ユリアスの頭を扇子で叩いたのは、もちろん彼の母親だ。

「妻に断られても縋るなど、往生際が悪くってよっ!」

「――だからといって、人の頭を叩くのは、やめてください!」

「正義の鉄槌です。シシリアさんが困っています」

「妙な正義を、振り回さないでください。シシリアは、困っていません」

「ユリアス様。お仕事をしないと、今日は私、もうしゃべらないわよ?」

「…………」

「ごらん。シシリアさんは、私の同士よ」

 現国王は固まり、前王妃は勝ち誇った。

「シシリアさん、愚息がご迷惑をかけるわね」

「いいえ。私の方が、いつも助けていただいて、ありがとうございます」

 眉を下げる前王妃に、シシリアは立ち上がって軽く礼をした。

 そして、けれども、と続ける。

「ユリアス様は、いつも私を一番に考えてくれます。お義母様のおかげですね」

「ええ、ええ。もっと私のことを褒めてもよくってよ!」

「はい。お義母様、大好きです」

「ほほほ。そうでしょうとも。――さ、愚息、行きますよ」

 前王妃は、機嫌良く固まったままの現国王を引きずって出て行った。

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