とある令嬢たちのお茶会
ある日の昼下がり。
とある伯爵家の庭園の一角で、三人の貴族令嬢が、世間話に花を咲かせていた。
「そういえば、聞きましたか? リュミエラ次期侯爵様のお話」
クラリッサが、パッと話を変えた。
「どのお話ですか?」
リリーが、瞳を輝かせて問いかける。
「今度、内務庁の財務管理室に異動になるとか」
「それ、私のお父様もおっしゃっていました。お若いのに、室長ですって?」
イーリスが、目をうっとりとさせた。
「彼の方の世代で、次期侯爵様に勝る方は、いらっしゃいませんね」
素晴らしい方だわ、とクラリッサが言うと、リリーが同意した。
「私のお兄様は、リュミエラ様と同期でいらっしゃるけれど、もう手の届かないところにいらっしゃるのに、偉そうにすることなく話しかけてくださるとか」
「私は、リュミエラ様にお声をかけていただいたことがあるわ!」
自慢気に言ったイーリスに、クラリッサとリリーが身を乗り出した。
「イーリス様! 一体何をなさったの!?」
「どんなお話を!? 教えてくださいませ!」
イーリスは、ふふん、と鼻を高くした。
「私、これでも魔導院の院生でしてよ。――とは言っても、恥ずかしい話なのだけど……」
と、少し顔を赤くして続ける。
「友人と歩いていた時に、おしゃべりに夢中になって、リュミエラ様にぶつかっていまいましたの。私ったら、よろけてしまって。そうしたら……」
二人は、目を大きく開いて先を待った。
「さりげなく支えてくださって……その、腰を、こう……」
隣に座るリリーの腰に手を回す。必然的に、顔が近づく。
「こうやって近づいて、『大丈夫ですか、ご令嬢』って……」
リリーは顔を真っ赤にし、クラリッサは悲鳴を上げた。
「他の方がそんなことをしたら、悲鳴を上げて逃げるところでしょう? でも、私、リュミエラ様から目を離せなくなってしまって……」
リリーから離れたイーリスは、椅子に座って、ほうっと息を吐いた。
黙ってしまった二人に、イーリスだけが話し続ける。
「あんなに近づいたのに、全くいやらしい感じがないんですの。そっと支えてくださったのに、男の方らしく力強さも感じて……あの深い、青い瞳に見つめられたら、もう……天の御梯子を登っても、本望ですわっ!」
両手で赤くなった頬を包み、目を瞑って瞑想を始めた。
クラリッサは、「なんて羨ましいっ!」とケーキを一気に食べ、リリーはぼうっと宙を眺めている。
クラリッサが、二つ目のケーキに手を伸ばしたところで、イーリスが復活した。
「――そう、あの時、シシ先生が……リュミエラ先生がいらしてくれなかったら――」
シシリアの名前に、リリーが反応する。
「リュミエラ侯爵令嬢のことですか? シシ先生と呼んでいるの?」
「そうなの。講師ではいらっしゃるけれど、あまりにもお若いし、真面目で少し抜けていて、炎に飛び込んだり、氷漬けになったり、爆破したりしていつも怒られていらっしゃるから、なんだか可愛らしくて」
「……それは、親しみ深い講師ですね」
リリーが引き気味に言うが、イーリスは、そうなの、と明るく返した。
「ええと、リュミエラ様の妹様よね? その方が、どうしたの?」
クラリッサが話を戻す。
「そうそう。シシ先生がいらっしゃったので、リュミエラ様は、私をお離しくださって……あのままでしたら、私は心臓が口から飛び出して、きっとここにはいなかったでしょう」
儚げな表情で話し終えた。
「リュミエラ様は、妹様にとても甘いという話を聞きましたけれど、やっぱり妹様は、甘やかされて我儘な性格なのですか?」
リリーの言葉に、イーリスが驚いた顔をした。
「とんでもない! 講義は面白いですし、質問には丁寧に答えてくれます。院生を見下したり、無理なことを言ったりもしませんし、ごく普通の――」
「炎に飛び込んだり、氷漬けになったり、爆破したりする方は、“普通”ではありませんが……」
クラリッサが突っ込む。
「それで、リュミエラ様と妹様は、どんな感じでしたの? やっぱり、妹様が甘えている感じ?」
イーリスが、また驚いた顔をした。
「お二人とも、誤解をしているわ! あれは、むしろリュミエラ様が、シシ先生のことを甘やかしたくて仕方がないのです!」
クラリッサもリリーも、わからない顔で首を傾けた。
「一度見れば、わかります。リュミエラ様が、シシ先生を見る時の、あの優しい視線、甘やかな声……あれが、まさに溺愛です」
真面目な顔で言う友人を、疑わしそうに二人は見る。
「それでは、彼の方の関心を得るには、妹様を越えなければなりませんの?」
リリーが悲しそうに言うが、イーリスはゆっくりと首を振った。
「それは、無理です……あの時は、心臓が一生分の働きをしていて、お二人の会話を覚えてはいないのですけれど、雰囲気だけを思い出すと、とてもではありませんが、割り込むことなど――例え、王族であっても、無理です」
はっきりと言い切った。
「――お二人は、兄妹よね?」
クラリッサが、引き気味に確認する。
「あのご兄妹に、世のご兄妹の姿を重ねてはいけません。お二人は……きっと、前世で引き裂かれた恋人同士が、来世では決して離れられない関係にと生まれ変わったのだわ」
イーリスは、両手を胸の前で組み、目を輝かせて宙を見る。
「そ、そう……」
友人の妄想についていけないクラリッサが、適当に相槌をうつ。
リリーは、目をキラキラさせてイーリスの話を聞いている。
「ですから、私はお二人の中を引き裂くなんて、致しません……お二人に、認められる私になります!」
イーリスの言葉に疑問符を浮かべるクラリッサと、「まあ!」と嬉しそうなリリー。
「私、リュミエラ侯爵家の一員になることを、狙いますっ!」
力強い宣言に、クラリッサが「……は?」と言い、リリーは「ステキ……っ」と手を叩いた。
――
【その時の兄妹の会話】
シシリアは、魔法薬学棟から本塔へ向かう道を、いくつかの資料を持って歩いていた。
研究をしていたら、紙で折られた鳥が飛んできて、手の上に舞い降りた。
なにかしら、と思って見つめると、折り目がふわりと解けて一枚の見慣れた紙になった。中には、これも見慣れた兄の字で、いくつかの資料を取りに行くから、準備しておいてほしいと書かれていた。
シシリアは、とても素敵な魔法を見た、と思い、まずその紙を分析した。
すると、風の魔法を主体に、複数の魔法を組み合わせていることがわかった。そうすると、今度は自分もやってみたくなった。
そこで、兄に『そちらに持っていきます』と手紙を書き、蝶の形に折りたたんで、小さな魔法陣を複数展開した。
紙の蝶を魔法陣で取り囲み、ついでに光の魔法で残像をつけて、兄の元へ飛ばした。
そうして、今、資料を持って歩いているのだった。
本塔が近くに見えた頃、兄の姿を見つけた。
驚いたことに、女性の院生の腰に手を回し、良い雰囲気になっている。友人だろう女性が、顔を真っ赤にして横でオロオロしている。
これは邪魔をしてはいけないかしら、けれども、資料をどうしましょう、と困って立ち止まっていると、先にルーファスがこちらに気づいた。
女性たちに声をかけて、こちらに向かってくる。
残念ながら、女性から離れてしまったので、シシリアも兄に近づいた。
「シシィ。わざわざ持ってきてくれたんだね。ありがとう」
ルーファスは、穏やかに微笑んでシシリアから資料を受け取った。
「どういたしまして、お兄様。けれども、お邪魔をしてしまったみたいで、申し訳ありません」
「――? お前が謝るようなことは、何もしていないと思うけれどね」
「お兄様。私だって子供ではありませんから、大人の世界の一つや二つ、わかりますよ」
シシリアが、自信満々に言うが、ルーファスはなおもわからない、といった表情だ。
「何のことかはわからないけれど、一つや二つしかわからないのなら、お前はまだまだ子供だね」
「ですから、お兄様にも、ようやく婚約のお話がでるということです」
少し口を尖らせて言うシシリアに、ルーファスは「ああ、そういうことか」と納得がいった。
「ようやく理解したよ。けれども、それは大きな誤解だ。私は、ご令嬢がよろけたのを支えただけだよ」
兄の言葉に、シシリアは首を傾げる。
「そうなんですか?」
「女性がよろけたら、支えるのが普通だろう?」
まあ、無視はしないでほしいですけれど、とシシリアは呟いた。
「もちろん、お前は別だよ」
ルーファスの言葉に、シシリアは驚いた。
「え、まさか、私は無視されるのですか?」
「何を訳のわからないことを。抱き抱えて連れて行くに、決まっているだろう?」
「それは少し恥ずかしいです。お兄様は、私のことを大切にしすぎですよ」
「お前の兄だからね」
「――そうですね。私の、大切なお兄様ですものね」
シシリアが柔らかく微笑み、ルーファスが優しい視線を送る。
「学科棟まで送るよ」
ルーファスは、そう言ってシシリアを方向転換させた。
「それでは、私が持ってきた意味がないではありませんか」
ルーファスに促されながらも抗議する。
「意味はある。手紙を試す口実になっただろう?」
しっかりバレていた。
シシリアがチラリとルーファスを見上げると、優しい兄の瞳と目が合った。
「私を、誰だと思っているんだ?」
「……私のことが、大好きなお兄様です」
その通りだ、と温かく見つめる目が、シシリアはとても好きなのだった。




