ユリアスの決断
――あの兄妹の仲の良さは、何なのだろうか。
ユリアスは、執務室で一人、頭を抱えていた。
時々、穏やかに口喧嘩をしていることはあるが、最後には仲良く軽口を叩き合って笑っている。とてもじゃないが、間に割って入れる要素は、持ち合わせていない。
しかも、お互いの危険を察知できて、お互いの側に転移し放題。
ユリアスは、執務机に突っ伏した。
「――それ、俺がやりたいやつ……っ!」
ルーファスのことは、尊敬している。
それと同時に、ユリアスにとって、彼は最も高い壁だった。
そのまま、深いため息をつくと、執務室のドアが開く音がした。
「――居眠り?」
「……違う」
声の主がアーシェルだったのをいいことに、ユリアスは、顔を上げずに反論した。
「そ。これ、室長がすぐに確認してほしいって」
二人でいる時のアーシェルの態度は、王宮で働くようになってからも相変わらずだ。ユリアス自身も同じなので、お互い様だった。
アーシェルから書類を受け取り、一通り目を通したユリアスは、眉を顰める。
「――これ、内務庁の高官だろ? 高額接待で人事の優遇とか、最悪じゃないか。国政を壊す気か?」
「さっさとぶっ潰すから、お構いなく」
「ああ。心強いよ」
書類にサインをして、アーシェルに戻した。
それを確認したアーシェルは、ユリアスに視線を戻した。
「――で、どうしたの?」
「……何が」
内心、ぎくりとしたユリアスだが、何とか平静を保ってこたえた。
しかし、アーシェルは見透かしたように続ける。
「進まないんだろ?」
その言葉に、ユリアスは眉間に皺を寄せた。
「お前には、言いたくない」
――というか、言えない。
言えるわけがない。この問題に関しては、二人は敵同士。牽制し合いこそすれ、仲良く相談しましょう、なんて雰囲気にはならない。
「あ、そ」
アーシェルは、表情を変えずに言って、くるりと体の向きを変えた。
シシリアがいないと、アーシェルは、驚くほど表情がない。薄灰色の瞳も相まって、冷たいと言ってもいいくらいだ。
スタスタと部屋を出ようとするアーシェルに、ため息をつきながらユリアスは声をかけた。
「――お前、冷たいって言われていないか?」
その言葉にぴたりと足を止め、アーシェルは振り返った。
「何? 構ってほしいの?」
ニヤリと笑う顔に、ユリアスは顔を引き攣らせた。
「知ってる? 手紙の中のシシィって――」
アーシェルは最後まで言わず、フン、と鼻で笑って出て行った。
その後、数秒経ってから、執務室で「なんなんだよ……っ!」という声が響いたとか、響かなかったとか……
――
シシリアが重傷を負って復帰してから、季節が一周した。
ユリアスは、順調に魔導院の修了証を集め、修士を得た。これで、魔導院で会うことはできなくなる、と多くの女子院生が落胆した――が、数日おきに姿を見せ続ける彼の姿に、同じ数だけの女子院生が狂喜乱舞した。
そして、季節が変わり、落ち葉の頃。
狂喜乱舞していた女子院生の半数が、変わらない王太子の姿に、冷たいような、苛立ったような視線を送っていた。
――曰く、さっさと行動しろ。
そんな視線を知ってか知らずか、今日も王太子は、魔法薬学棟の研究室に顔を出した。
そこでは、カディルを含め三人の院生がいて、それぞれの研究に没頭している。時々、研究室の持ち主である講師に助言を求めながら、黙々と作業をする姿は、他の講師の研究室では見ない光景だった。
その講師も、ライラックの瞳を輝かせながら、真剣に自分の課題に取り組んでいる。
院生の一人が、ユリアスに気づいて顔を上げた。
「――あ、シシ先生、殿下が来ていますよ―」
その女子院生は、なんともリラックスした調子でシシリアに声をかける。隣で一緒に作業をしている男子院生は、王太子の来訪を丸無視だ。
声に反応したのはカディルで、魔具の魔法回路作成の手を止めて、笑顔で右手を挙げた。が、すぐに作業に戻った。
シシリアは、研究に没頭していて反応がない。
女子院生も、最初の一声はかけたが、すぐに研究に戻ってしまった。
ユリアスは、いつも通り研究室に入り、本棚から勝手に本を取り出した。シシリアの側にある椅子に座り、前回の続きから読みはじめた。
「シシ先生、また明日ー」
「また明日」
「はい、さようなら」
夕方の鐘が鳴り、シシリアは男女の院生を見送った。
カディルも、シシリアの片付けを手伝った後に帰って行った。
帰りの荷物をカバンに詰め込んだシシリアは、ユリアスを見る。
「今日は、何を読んでいたの?」
ユリアスは、シシリアが手に持ったカバンを貰って、本棚をチラリと見た。
「この前の続き。『魔導教育原論』――君の書き込み付き」
クスリと笑って言った。
「あれは、いつ読んだの?」
ユリアスは、研究室のドアを開けて、シシリアを促した。
「講師を始めて、少ししてからかしら。とても参考になったわ」
研究室から出ながら、シシリアは答える。
そうして二人は、本の内容について歩きながら議論した。
魔法薬学棟を出て、議論がひと段落したところで、会話が途切れる。
シシリアは、隣を歩くユリアスが、少し緊張するのを感じた。どうしたのかしら、と思ったが、何も言わないので放っておいた。
正門までは、歩いて二十分。何かあれば話してくるだろう。
――十分後。
夕日が綺麗だ。もう、院生は誰一人歩いていない。
「――ねえ、シシリア」
ユリアスが、ようやく口を開いた。
いつもより少し低い声に、シシリアは彼を見ながら「なあに?」と返事をする。
「君は、魔導院の講師だ」
ユリアスの言葉に、そうね、と答えた。
「君は、これからも、講師を続けたい」
シシリアはもう一度、そうね、と答える。
「俺は、……国王になる」
また、そうね、という返事を返す。
「俺たちの未来は、違う道だ」
次の「そうね」は、少し淋しげだった。
「けれども、俺は――」
ユリアスは、ぴたりと立ち止まる。
「一生、君の側にいたいんだ」
ライラックの瞳を、まっすぐに見るユリアスに、シシリアは、ふんわりと微笑んで「そうね」と返した。
「だから、俺と…………え? 今、なんて?」
緊張の表情から、疑問符の浮かんだ表情になったユリアスが面白くて、シシリアはクスクスと笑った。
「『そうね』って言ったの」
「ええと、つまり……え?」
ユリアスは、ますます混乱した表情をして、シシリアは楽しそうに笑う。
「一緒にいられる方法を、一緒に考えてくれる?」
シシリアは、首を傾けてイタズラっぽく笑って言った。
ユリアスは目を見開いて停止した。
それは一瞬のことで、シシリアに一歩近づいた。ライラック色の瞳を覗き込む。
アクアブルーの瞳が、蕩けるように輝いている。
「――もちろん。喜んで」
どちらからともなく、ふふふっと笑い合って、また並んで歩き出した。
夕日で伸びた影の手が、そっと繋がれていた。
この後は、その後のお話をお送りします。




