その後の話
その日、シシリアはセルジュに激しく怒られた。
いつものように、魔導院の研究室を爆破したまではよかったのだが、下の階の実技研修室にまで被害が及んだのだ。
半分泣きながら研修室を復元していると、ニナが慰めてくれた。
ジリジリと暑い季節になったので、せっかく復元するのだから、と、いつでも適温になるようにしておく。
いつも着ている特級ローブに、温度調節の機能がついているので、それを応用したのだ。
実技研修室の復元を終わらせると、もう夕方だった。
セルジュに報告をして、帰ろうと荷物をまとめていると、カディルが顔を出した。
「シシリア嬢、今日も派手にやったんだって?」
軽い調子なのはいつものことだ。
「今日もって、いつものように言わないで」
シシリアの抗議は、笑顔で無視された。
「さっき、ルーファス殿に会ったよ。用があって、来ているみたいだね」
「そうなの? お兄様、何も言っていなかったけれど」
「会ったついでに伝言を頼まれた。一緒に帰ろうってさ。相変わらず、仲がいいね」
その言葉に、シシリアは「兄妹だもの」と笑顔で答えた。
そうしたところで、カディルが「そうだ」と話を変えてきた。
「ルーファス殿もそうなんだけど、もっとやばいのが――」
言い終わらないうちに、もう一人、ノックもせずに研究室に入って来た。
「シシリア、今日も来たぞ」
金の瞳を煌めかせたアシュレインだった。
「あ、来ちゃった」
カディルが、ため息をついた。
シシリアは、呆れた顔でアシュレインを見た。
帝国との技術協力を結んでから、当初はシシリアも帝国に派遣される予定だった。
しかし、詳細が決定する前に長い休養に入り、他の魔法職が派遣されることになった。帝国の治水問題は、滞りなく解決に向かっているようで、シシリアの派遣も見送られ続けていた。
そこで問題行動を起こしたのが、アシュレインだ。
王国への出禁が解除された後、職権を濫用し始めたのである。
――転移門でシシリアに会いにくるのだ。予告もなく。
ここまでくると、シシリアでも呆れてしまう。
「……陛下。また、ヴァルディス様に怒られますよ?」
「知らんな。俺は、仕事を終わらせてから来ているからな。怒られる筋合いはない」
「そういう問題じゃ、ないと思う……」
ついに、カディルも指摘しだした。
それを無視して、アシュレインはシシリアに近づき、両手を取る。
「さっさと俺の元に来い。俺の妻になれば、研究だってできるし、お前を危険には晒さない」
熱く煌めく金の瞳をスルーして、シシリアは笑顔で答える。
「いつも言っていますが、行きません。私は、ここにいます」
「俺は、お前がいいのだ」
「私は、魔導院がいいです」
いつもの平行線に、楽しそうに笑っていたカディルだが、開きっぱなしのドアの外を見て、顔を引き攣らせた。
「――陛下、そこまでにしていただきましょうか」
そこには、黒い笑みを浮かべるルーファスがいた。
「なんだ、ルーファス。お前も、そろそろ帝国に来い。一家で移住してこればいい」
「何を仰っているのか、わかりませんね」
シシリアの手を強引に取り戻して、ルーファスはニコリと笑った。
「では、そう言うことで」
シシリアを連れて、風のように去っていった、その後には、帝国宰相ヴァルディスが立っていた。
アシュレインの口元が、ヒクリと引き攣る。
「陛下、そろそろ、レガリア王国の妃殿下へご報告申し上げた方が、よろしいですか?」
「…………また来ると、シシリアに伝えておけ」
カディルにそう言い残して、アシュレインはヴァルディスに伴われて帰って行った。
帰りの馬車の中で、シシリアは兄に尋ねた。
「――お兄様。エルは、最近いかがですか?」
アーシェルの魔導院修了とすれ違いで復帰したので、シシリアは彼と数ヶ月会っていない。彼は、ルーファスの下で働いているという。
兄から話を聞くことだけが、彼との接点だった。
「ああ、とてもよくやっているよ。先日も、他の者が気づかなかった点を指摘していた。彼は、優秀だな」
友人が褒められて、シシリアは嬉しくなった。
「はい、エルはとても優秀です。私も、いつも助けてもらっていました」
彼が魔力暴走を起こした原因が自分であると、シシリアは兄から聞いた。だから、会えなくなったのだとも。
アーシェルと、とても仲が良かった自覚が、シシリアにはあった。大切な友人だと思っていたが、その関係に甘えていたのはシシリアだ。アーシェルの気持ちを見ようともせず、踏みにじっていた。その結果が、彼を追い詰めてしまったと、シシリアは考えている。
だから、彼からのアクションがない限りは、自分からも近づかないと決めた。
アーシェルの優しい笑顔を思い浮かべて、少し淋しくなったシシリアの頭に、ルーファスが手を置いた。
「――そのうち、手紙を書いてやってくれないか?」
シシリアは、「えっ?」と顔を上げた。
「……いいの、ですか?」
ルーファスは、微笑んで彼女の頭を撫でた。
「彼も、喜ぶ」
それに、と続ける。
「彼は、シシィの初めての友人だ。大切にしなさい」
優しい声に、シシリアは「あ……」と声が漏れた。
そうだ。彼は、シシリアに初めてできた、同年代の友人だ。かけがえのない、親友なのだ。彼を、失いたくはない。
シシリアは、顔を上げて言った。
「――お兄様。手紙を書いたら、エルに渡してください。必ず、お兄様が渡してくださいね」
ルーファスは、嬉しそうに「必ず、渡そう」と頷いた。
穏やかな雰囲気になったところで、シシリアは「そういえば」と切り出した。
「私が刺された時、お兄様とユリアス様は、転移していらっしゃったと聞きました。いつの間に魔具を使わない転移ができるようになったのですか?」
シシリアはそれを成功させているが、行ったことのない場所や、おおよその距離がわからない場所には、転移することはできない。
あの時、ルーファスとユリアスは、シシリアたちがどこにいるのか、知らなかったはずだ。シシリアの知る方法では、条件が合わない。
「ああ、それはね――」
ルーファスは、何でもないようにシシリアの左耳に触れた。
「これが、転移門なんだ」
そこにあるのは、兄からもらった深い青の石がついたピアス。
「世界最小の転移門。気に入っただろう?」
ルーファスが満足そうに笑い、シシリアは驚いて声を上げた。
「ええ! では、お兄様は私の元に転移し放題ではないですか! しかも一方的にっ! どれだけ私のことが好きなんですか?」
「それだけ、お前のことが大事なんだよ。――まあ、それだけではなくてね」
楽しそうな兄の顔を、シシリアはじっと見つめた。
「お前が命の危険に晒された時、これが、私に教えてくれるんだ」
そう言って、自身の右人差し指を示す。
そこには、繊細な細工をした指輪に填まった、深い青――シシリアのピアスと同じ石が、二つあった。
「ああ、それで……」
「うん。お前の危険がわかったから、そこにいた殿下を連れて転移したんだ。私が兄で、良かっただろう?」
「いつも、そう思っているわ。けれど……」
シシリアは、不満そうな顔をした。
「それは、お兄様への一方通行ですか? 私が、お兄様の危険を察知できるようには、できませんか?」
ルーファスは、驚いた顔をして、目を瞬いた。それは一瞬のことで、すぐに幸せそうな顔に変わった。
「私の妹は、どれだけ私のことが好きなんだろうね」
「とっても好きですよ。ですから、どうすれば双方向になるのか、教えてください」
さらりと流されたルーファスは、苦笑しながら言った。
「この石は、二つでセットなんだよ。私に何かあれば、シシィに知らせる。お互いが転移先だ。――これで、満足かな?」
「大満足です!」
シシリアは、にっこり笑って頷いた。




