久しぶりの素材集め
痛いシーンが出てきます。苦手な方はご注意ください
冬にしては暖かいほどの午後の日差しが、魔導院の裏門に当たる黒の門に柔らかく落ちていた。
レガリア王国に雪が積もることはないが、寒さに身が縮むほどには気温が下がる。
それでも、その日は太陽の光が暖かく感じられ、絶好の外出日和になった。
シシリアが戻って一ヶ月。
魔導院は平穏そのもので、時折起こる爆発も、列を成して行進する魔法植物を慌てて回収する院生たちの姿も、訓練場内が天変地異に見舞われて収束に追われる講師たちの楽しげな様子も、日常の風景の一つである。
「で、今日は素材集めってわけだ」
黒の門を潜りながら、カディルが気楽な調子で言った。
彼の横には、大きな銀の蛇に翼が生えた騎獣――ケッツァがフワフワと漂っている。
「お前が作りたいっていう魔具に使いそうな素材、この時期にしか獲れないんだよな……」
カディルの後ろを歩きながら、アーシェルがコートの襟元をかき集めた。彼は、アオランパスを伴っている。
「冬って素材採集する人が少ないから、素材自体が少なくなるのよね。私、ドロレンの爪が欲しいのよ」
アーシェルの横を歩くシシリアが、楽しげな声を出した。一緒に歩くのは、ヒョウに似た模様の白いふわふわの毛皮が特徴の騎獣、テスカルだ。
「……シシィ、それ、S級だからね?」
アーシェルがため息をつき、カディルが声を上げて笑う。
その反応を見なかったことにして、シシリアはテスカルに騎乗した。
相性の悪いケッツァと睨み合っているテスカルを宥めながら、騎首を北に向ける。
アーシェルとカディルも騎獣に飛び乗り、一行は素材採集に繰り出した。
「シシィ! そっちに行った!」
「任せてっ!」
巨大な翼を持った氷竜ドロレンが、アーシェルの放った暴風を受けてバランスを失い、高く空に舞い上がる。カディルが暴風に潜ませた炎の槍により、魔物の翼はボロボロになっている。
それでも上空で体勢を立て直したドロレンの口が大きく開き、その中央に冷たいエネルギーが集束した。
シシリアは、目をきらめかせた。
「その大きな牙も素敵ねっ!」
氷竜の口から、氷のエネルギーが放出される直前――
シシリアが自身の目の前に展開した魔法陣から、ドロレンの胴体に向けて凄まじい熱量のエネルギーが放出される。
それは、氷竜の脇腹を大きく抉り、天空に突き抜けていった。
巨体は、上空でぐらりと傾き、そのまま地面に叩きつけられる。
竜の体は非常に丈夫で、このくらいの衝撃ではびくともしない。
シシリアは、ホクホクとした表情で巨体に近づき、慣れた手つき(魔法操作)で素材を回収し始めた。
それを、離れた位置から見ながら、カディルは珍しく顔をひくつかせていた。
「え、シシリア嬢って、何なの? 一撃で氷竜を落とすご令嬢って、現実?」
隣でアーシェルが爽やかに笑う。
「現実。シシィは、昔から自分で素材を集めていたみたいだし、それで鍛えられたんだろうね」
「そういう問題じゃ、ないと思う……」
確かに、魔法薬術師にあるまじき攻撃魔法だと、アーシェルも思う。技術だけではなく、その知識も、シシリアの興味の及ぶ範囲に限っては広く、深いのだ。
「本当に、シシィは、すごいんだ――」
アーシェルは、彼女を目で追った。
そこには、瞳を輝かせて、せっせと爪を回収しているシシリアの姿がある。
「あー……はいはい。でも、彼女にも不得手があるとはねぇ」
カディルは、くっくっと笑った。
魔法には非常に強いシシリアが、カディルの作っていた魔具に手を出して暴発させたのには驚いた。何も難しい操作はなかったというのに。
聞けば、幼い頃から魔具作成だけは、相性が悪いのだと。構造は理解できるし、分解もできるのに、組み立てようと思うと爆発したり、氷漬けになったり、砂になったりするそうだ。
「ああ……あれには、俺も驚いた」
アーシェルは、シシリアの慌てた顔を思い出して、少し笑った。
彼女は、暴発したことよりも、禁止されていた魔具作成をしたことが兄にバレないかを心配していた。なぜかバレて、後で怒られたらしい。
そんなシシリアは、ちょうど氷竜の影に入って、見えなくなるところだった。
「……そういうところも、可愛いんだ」
アーシェルがぽつりともらした言葉を拾い、カディルは「ほどほどにね」と苦笑した。
シシリアは、ドロレンの左側にまわり込み、前足の爪を採集し終えた。
収納の魔法がかけられたカバンに爪を全て入れて、ふうっと一息つく。
あと鱗を何枚か貰ってこの魔獣を土に返そう、と思った時だった。
「――助けて!」
切羽詰まった男の声が、背後から聞こえた。
振り返ると、見知らぬ男が一人。年の頃は中年ほどだろうか。顔色は悪く、衣服も乱れている。息を切らし、必死な様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「魔物に……追われて……!」
「え?」
反射的に、シシリアは男性に向かった。
ドロレンの影に、アーシェルとカディルがチラリと見える。
すぐに男性に視線を戻して問いかけた。
「大丈夫ですか? どこに魔物が――」
視線が、男の背後、木立の向こうへと向く。
男が、走ってきた勢いのまま、シシリアにぶつかった。
怪我でもしていて、倒れ込んでしまったのかしら、と思い、「大丈夫ですか?」と声をかけようと息を吸い込んだ瞬間――
鈍く、押し込まれるような重たい感覚が、腹部に走った。
男が、ゆっくりとシシリアから離れる。
その表情は、異常に冷たく、歪んだ笑顔でシシリアは怖くなった。
アーシェルとカディルの方に近づこうと思った――が、身体が、腹部が異常に熱くて、動けない。
じわり、と内側から広がる、不自然な熱。
「……?」
冬の空気は冷たく、いつもよりも厚着のコートは、なんとなく、更に重たくなったように思えた。
シシリアは、ゆっくりと視線を下げながら、お腹の熱を持っている辺りに右手を置いた。
厚いコートの下、熱は腹部に集中しているが、ほの温かい感覚が下へ下へとじわりと広がる。
視界の中に、男の手がうつった。
その手に握られている、短刀。
帝国の紋章が彫られている。
刃先を濡らした紅い液体が、一滴、一滴と垂れる。
男が顔を歪めて叫び出した。
「お前さえ……お前さえいなければ……!」
何を、言っているのだろう。
「お前がっ! 皇帝を唆さなければっ!」
叫んでいる男が、短刀を振り上げる。
その後ろ、すぐ近くに光が走った。
光の中に、人影を見る。
だんだんと曇っていく視界の端に、アーシェルとカディルが見えた。
さっきよりも、ずっと近い。
周囲の音が、遠のいていく。
二人がシシリアを呼ぶ声が、妙に切迫している。
(また、心配かけちゃった? 大丈夫よって、言わないと……)
シシリアは、二人に向かって一歩踏み出した。
――そこで、意識が途切れた。




