集合したけど騒がない
午後の講義が終わった。
シシリアは、午前と同様に院生の質問をうけた後、彼らを見送った。
今日の講義は、これで終了。いつもより二コマ少ない講義数だった。
持ってきた資料をまとめていると、視界の端に淡い金色が輝いた。
まだ誰かいたかしら、と見ると、そこには一週間ぶりのユリアスがいた。
「お疲れ様。疲れていないか?」
アクアブルーの瞳は、いつも穏やかに彼女を見ている。
シシリアは、ふと気がついた。
(ユリアス様って……お兄様に似てるのよね)
どこがにているのか、と言われてもはっきりしない。確かに、色味はなんとなく似ているが、容姿は全く違う。
では、何が似ているのか――シシリアは、無意識にじっと彼の顔を見つめた。
返事もなく、ユリアスを見たまま動かなくなってしまったシシリアに、彼は少し動揺した。
しかし、動揺を見せれば彼女のペースに巻き込まれると察知して、なんとか平静を保っているように見せかけた。
「シシリア? 何を考えている?」
ユリアスがシシリアに近づいて顔を覗き込むと、彼女は「んー?」と首を捻った。
「……難しい顔をして、また変なことを考えているだろ」
ユリアスは、目を半開きにした。
シシリアは、ようやく口を開いた。
「失礼ね。ユリアス様のことを考えていたのよ」
それを聞いた途端、彼の心臓はどきどきと早鐘を打った。
「え……シシリア、それって――」
「ユリアス様って、なんだかお兄様に似ているなって思ったの。見た目は似ていないのに、どうしてかしらね」
「…………え、それって……どういう……?」
顎に指を当てて小首を傾げるシシリアの言葉を、どう捉えていいのかわからずに混乱するユリアス。
二人で違うことに頭を悩ませた。
先に考えるのをやめたのは、シシリアだった。
「――あ、ユリアス様、ごきげんよう。一ヶ月ぶりで少し疲れたけれど、よい復習になったと思うの」
「……そこに戻るの?」
ついていけないユリアスを気にせずに、シシリアは続ける。
「魔法院は、変わらないわねって思うと、私、ほっとしたの。驚きだわ」
少し下を向いて微笑む。
その表情が、いつもと違う気がして、ユリアスは問いかけた。
「何が、驚きなんだ?」
「――戻る場所があったんだなって」
シシリアの言葉に、ユリアスは息を呑んだ。
「貴族院は、あまり居心地がよいとは思わなかったから、教育の場ってそういうところかなって思っていたの。魔導院の院生だったときも、試験を受けて修了するだけだったから、正直素通りした感じ。あまり覚えていないのよね」
少しだけ、悲しげに続けたが、次の言葉は笑顔で顔を上げた。
「でも、今は『変わっていなくてよかった』って、安心したの。ここは、私の居場所なんだわ」
ユリアスは、複雑な気持ちになった。
貴族院で居心地が悪い思いをした原因は、間違えなく自分だ。それを、口に出そうか迷ったが、やめた。
シシリアは、きっと謝ってほしくて言ったわけではない、と考えたからだ。
「……俺も、安心した」
二人で、何となく笑い合いながら、彼女の研究室へ戻った。
研究室に戻ると、扉の前で足音が重なった。
革靴が二足分。ひとつは軽く、もうひとつは規則正しい。
シシリアとユリアスが振り返ると、その先には、魔導院のローブを羽織ったアーシェルと、半歩後ろにカディルがいた。
「――おかえり、シシィ」
アーシェルが、穏やかに話しかける。
「心配したよ。急にいなくなって、連絡も何もないし……」
声は穏やかで、表情もいつも通り。
いつも通り近づいて、両手を握って眉を下げた。
「帝国で、何もされていない?」
薄灰色の瞳が、シシリアの顔を覗き込む。
「エル、ただいま。私は、この通り元気だし、何変わらないわ」
アーシェルを安心させるように、にっこりと微笑むと、灰色の瞳に浮かんだ心配が、少しだけ緩んだ気がした。
「はいはい」
明るい声を出したのは、カディルだ。
「感動の再会も終わったし、俺はシシリア嬢の研究室でおしゃべりがしたいな」
「賛成だな。久しぶりだし、立ち話よりはいいだろうな。シシリア、いいかな?」
揶揄うような口調のカディルに、ユリアスが賛成した。
話をするなら、喫茶室でお茶を飲みながらの方が良さそうだが、そこまで行くのも面倒だと、シシリアは三人を歓迎した。
お茶は出ないが、ソファは勧める。
「それで、何があったの?」
シシリアの隣に座ったアーシェルが、さらりと聞いてきた。
どこまで話しても良いのか、と、シシリアはユリアスを見た。
ユリアスは、苦笑いして答えた。
「君がいないことに気づいたのは、アーシェルだよ。帝国に連れて行かれたことを突き止めたのも。カディルもね。だから、君がいなかった理由も、知っているよ」
シシリアは一瞬驚いたが、講義の後にいつも研究室に来るアーシェルなら当然だと思い直した。むしろ、巻き込まれなくてよかった、とも思った。
「そうだったの……二人とも、ありがとう」
アーシェルは、眉を下げただけだったが、口の端を少しだけ上げる。
反対に、カディルは明るい調子で言った。
「ホント、大変だったんだからねー。主にアーシェルが。帝国にいるってわかってからも――」
「カディル、余計なことを言うな」
ニヤニヤして言うカディルを、アーシェルが遮ると、彼は肩をすくめて「やれやれ」と小さく首を振った。
「ま、すごく心配したよっていう話。アーシェルも、俺も」
シシリアは、カディルとアーシェルを交互に見た。
「そうよね。二人とも、心配してくれてありがとう」
そう言って、帝国に連れ去られた理由や、帝国での扱い、帰国に至った状況を、かいつまんで説明した。幽閉の塔を壊したことや、兵器に欠陥を見つけたこと、帝国の治水問題などは、説明しない。説明しようとしても、治水問題についてはユリアスが止めただろう。
シシリアの説明を聞いて、アーシェルは彼女の頭に手を置いた。
「そう――大変だったね。でも、どんな状況でも楽しめてしまうのは、シシィの良いところだね」
彼女の頭を撫でながら続ける。
「帰ってこられて、よかった。――もう、どこにも行っちゃだめだよ?」
シシリアを覗き込む薄灰色瞳が鈍く輝いたように見えて、どうしたのかしら、と思った彼女は、少し首を傾げた。
しかし、彼の心配を最大限に引き出してしまった結果だと考え、「わかったわ」と頷いた。
そのやりとりを、ユリアスは複雑そうに、カディルは渋面で見ていた。




