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久しぶり

 シシリアが帝国に滞在していたのは、三週間ほど。そのうち、帝都から王都への移動で一週間ほど費やしているので、実際には二週間ほど、帝都で過ごしたことになる。

 帰国後は、半ば強制的に領地での療養を命じられた。

 久しぶりに会った父はしばらく彼女を離さず、母は早く嫁に行けと釣書を持ってきた。

 そんな二人を諌めるルーファスは、父とは静かに口論し、母には釣書を積まれ、とばっちりを受けた。

 いつもの通り賑やかな自宅で、シシリアは久しぶりに調合に没頭し、魔法植物で自室を氷漬けにし、ついでに研究室を吹っ飛ばしたりしながら過ごしていた。

 そんな日常も四日目で、執事から来客の知らせを受けた。

 応接室に向かうと、懐かしい笑顔があった。

「ライル! とても久しぶりね!」

 シシリアの声に、ライルの茶色い瞳が柔らかく輝いた。

 彼はソファから立ち上がり、笑顔でシシリアを迎える。

「シシィ、久しぶり。相変わらず、騒動を起こしているのかな?」

「失礼ね。私はいつも通り過ごしているだけよ」

「はいはい。いつも通り、やらかしているんだね」

 シシリアが頬を膨らませ、ライルが笑った。

 そうしてソファに対面で座り、お茶の時間を楽しんだ。

「叔父様から聞いたよ。今度は帝国でやらかしたんだって?」

 その口調は、薬屋の奥で無茶をする彼女を叱っていた頃と変わらない。

 ライルは、シシリアの父の姉の息子、つまり彼女の従兄だ。

 だからこそ、シシリアが薬術師として店を持った時の保護者としてライルが選定されたわけだ。

 普段は一級魔法薬術師として平民に紛れて生活しているのが信じられないくらい、今は貴族に見える。

 そんなライルに、シシリアは言い返した。

「だから、やらかしてなんて、いないってば」

 はいはい、と取り合わないライルに、シシリアは「もう」と拗ねた。

 その後は、ライルと薬屋をやっていた辺境の村の様子を聞き、シシリアの魔導院での生活にため息をつかれ、それでも「安心したよ」という言葉と共に、ライルは帰っていった。

 久しぶりの従兄との会話に、シシリアも心の底から楽しく、安心したのだった。


 

 一ヶ月ぶりの魔導院は、何一つ変わっていなかった。

 正門で馬車を降りて本塔で院長に挨拶をする。

 いつものように、自分の足で歩いて魔法薬学棟へ移動した。

 少し摩耗した石畳の道を叩く靴の音が、心地よい。

 まだすれ違う院生もいない早朝に、彼女の靴の音だけが、カツコツと響いていた。

 シシリアは、魔法薬学棟の正面玄関の前に立ち、ゆっくりと息を吸った。

 ふうっと深く吐き出してから、顔を上げる。

 ――帰ってきた。

 その実感が、胸に深く染みわたった。


 復帰初日の講義は、基礎魔法薬学の応用。

 薬理と魔力干渉の相関を扱う、基礎と発展を終えた院生向けの内容だ。

 自分の担当する講義室に入った瞬間、空気がわずかに揺れた。

 ざわついていた学生たちの声が、一斉に小さくなる。

「……あ、リュミエラ先生」

「本当に戻ってきたんだ……」

 視線が集まるのを感じながら、シシリアは気にせず教壇へ向かった。

 書類を置き、指先で魔導具を起動させる。

「おはようございます。長い間不在にしていて、申し訳ありません。今日から通常通り、講義を再開します」

 淡々とした声に、安堵したような空気が広がった。

 欠勤した理由について、彼女は何も説明しないし、学生たちも聞かない。

 何事もなかったように、まずは前回までの復習を簡単に行なった。

「さて。それでは、本日の本題に入ります」

 黒板に魔力式を書きながら、シシリアは言葉を続ける。

「今回は、複合薬剤における魔力位相のズレを、意図的に利用する方法です」

 魔力の流れ、触媒の選定、安定化の工程。

 たまに首を捻る院生に、どう説明すればわかるのかとシシリアも一緒に首を捻り、彼らと共に講義を形作る。

 いつものペースで講義が終わり、質問を受けた。

 院生達が講義室を出ていった後、シシリアは、ほっと安堵のため息をついて、少しだけ驚きの表情を浮かべる。

 そして、ふふっと笑いを漏らしてから、自分の研究室に向かった。


 その途中、シシリアは廊下で声をかけられた。

「おかえりなさい、シシリア」

 少し先の廊下に、輝かんばかりの笑顔をたたえたニナが立っている。

 ちょっと着崩した紺色の一級ローブに、艶やかな黒髪がかかり、以前と同様に悩ましいほど美しい。

「ニナさん! 会いたかったわ!」

 シシリアも、笑顔でニナに駆け寄った。

 二人で肩を並べて歩き出した。

「元気そうでよかった。急にいなくなった時は、心臓が止まるかと思ったわよ」

 ニナが、シシリアの顔を覗き込むようにして言った。

 笑ってはいるが、眉が下がっている。

「心配をおかけしました。実はとっても元気だったのが、申し訳ないくらいなのだけど」

「本当に。私の心配を返してちょうだい!」

 ニナは、腕を組んで向こうを向いてしまった。

「今度、オリービアのお店のチョコレートをたくさん持ってくるから、この通り許して!」

 シシリアは、ニナの前に出て、両手を顔の前で合わせて拝み込んだ。

「一ヶ月分持ってきてくれたら、許してあげるけど?」

 片目を開けてチラリとシシリアを見る。

「よろこんで献上いたします、ニナ様!」

 シシリアは、深く頭を下げた。

 一瞬の間が空いて、二人同時に吹き出した。

 そうして、笑いながらもシシリアの研究室に到着した。

 ドアノブに手をかけて、シシリアはニナを振り返った。

「そういえば、私の研究室を片付けてくれたのって、ニナさん?」

「違うわよ。私が片付けると思う?」

 ニナの返事に、それもそうね、と言いながらドアを開けた。

 朝と同じように、片付けられた研究室。

 一ヶ月前、ここを使っていた時は、研究途中の材料が机に出ていたはずだが、それらは綺麗に、そして丁寧に片付けられている。

 整然とした机。

 分類された薬瓶。

 紙一枚、乱れていない棚。

 あまりにも使いやすそうな光景を見渡して、シシリアは朝と同じように首を傾げる。

 彼女の後ろから室内を覗いたニナが、ああ、と声を出した。

「ね、片付いているでしょ? 事務の方がやってくれたのかしら」

 シシリアの言葉に、ニナが遠い目をして言った。

「これは、一人しかいないでしょ」

 え、誰?とシシリアが聞くが、ニナは「そのうちわかるわよ」と言いながら、研究室のソファに座った。

 シシリアも、首を傾げながら向かいに座る。

「で?」

 ニナが、脚を組んで前のめりになって問いかけた。

「どうだったの?」

「どうって、何が?」

 シシリアは問い返す。

 不在にしていた一ヶ月間のことを聞きたいのはわかるが、どこの部分の質問かがわからない。

 魔導院の人たちは、院長と各学科長を除いて情報に制限がかけられているという。

 院生たちには「急な仕事で」、講師たちには「国家間に関わる問題が発生して」、彼女は帝国に"行っていた"ことになっている。

 ニナがどこまで知っているかはわからないが、シシリアはこの設定で通すしかないので、質問の意図を確認した。

「帝都には行ったの? こっちと違う魔法があった? 薬学ってどうなっているのかしら。あと……」

「多いわね」

「この先が、本命よ」

 ニナは、真面目な顔をして脚を組み替えた。

 シシリアも、つられて真顔になり、こくりと頷く。

「――良い人、いた?」

「良い人? それは、魔法薬学の研究でってこと? 正直、研究とかはしていなかったから……」

 彼女の答えに、ニナはこめかみに指を当てて、小さく首を振った。

「じゃなくて。あなた、帝国に技術協力で指名されているんでしょ? 偉い人と、何かあったんじゃない? 求婚されたとか」

 ニヤニヤする同僚に、シシリアはポカンとした。

「ないわよ、そんなこと。急に帝国に連れて行かれて、色々と見せてもらったら、協力してって言われただけ」

 シシリアの言葉に、嘘はない。沢山の内実とトラブルを省いてはいるが、嘘は一切なかった。

「なーんだ。じゃあ、国内サイドに期待ね」

「何を期待しているのよ?」

 シシリアは、ニナにじとっとした目を向けた。

 ついでに、研究以外の期待はしないでよね、と付け加える。

「本当に、彼らの努力が浮かばれないわよね」

 ニナはため息をついた。

「あなたのその鈍さって、完璧なお兄さんがいるせいなの? 理想が遥か高みにあるってことかしら。それとも、お兄さんが、シシリアを甘やかしすぎているせい?」

 これは、お兄さんも対象にしないと、と訳のわからないことを言うニナに、シシリアは首を傾げるのだった。

 ニナは笑っていたが、その視線はシシリアの背後――整いすぎた研究室に、チラリと向けられた。

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