話し合い?
穏やかに方向性が決まった時、ユリアスがエリスの向こうに目を向けた。
ルーファスは無言で魔具を解除し、防護障壁がほどける。
四阿の空気が、一気に現実へ引き戻される。
宰相と、数人の護衛を伴って現れた皇帝の視線は、迷うことなくシシリアを捉えた。
「――シシリア。離宮から出ることは禁じたはずだ」
怒っているわけではない口調なのに、金の瞳はシシリアを射るように見る。
シシリアは、怯むことなく一歩前に出た。
「陛下。離宮から出たことは謝ります、けれども、私はレガリア王国の人間で――」
「お前は、帝国の人間だ」
「陛下……」
「言ったはずだ。自由は与える。しかし――」
そう言って、アシュレインはシシリアの腕を引き、強引に寄せた。
それを見て、ユリアスは一歩踏み出したが、ルーファスが手で制した。
アシュレインは、ユリアスたちのことが見えていないように続ける。
「帰す気はない」
シシリアは、金の瞳を見つめて思った。
――まるで、子供のようだ、と。
子供なら、こんな時の対応は一つだ。
シシリアは、アシュレインの腕を振り解いて、両手を腰に当てた。
「もう! いい加減にしてください!」
精一杯目を釣り上げて言ったが、その場の空気が、言葉を受け付けなかった。
それに気づかずにシシリアは続ける。
「お淋しいのはわかりますけれど、私の気持ちも考えてもらわないと困ります!」
シシリアが投げ続ける爆弾に、アシュレインはようやく反応した。
「淋しい? 俺が? なぜだ」
「え? なぜって、陛下はどなたにも本心でお話ししておられないですよね?」
「……そうであれば、なおさらお前を離すわけがないだろう?」
「ですから、そこです!」
今度は、腕を組んでアシュレインに向き合った。
「私は、魔導院で研究と講師がしたいのです。ここにいたいわけではありません!」
勢いで言い切ってから、少し口調を和らげた。
「陛下がお淋しいのでしたら、会いにきますから」
にっこりと笑った。
「実は最近、転移魔法が使えるようになったのです!」
全員が思った。
――知ってる、と。
ただ一人、冷静にことの次第を観察していたルーファスが、シシリアとアシュレインの間に入り込んだ。
「陛下、妹を保護していただきましたこと、感謝いたします」
当然の顔をして、軽く一礼する。
ヴァルディスが、ルーファスを鋭く捉えたが、さらりとかわした。
「この通り、少々変わっている妹ですが、帰国しましても、帝国に来ることを、お許しいただけますか?」
帝国宰相が違を唱えようと口を開いたが、皇帝の呆れた声が先だった。
「おい、何なんだ? この詐欺のような兄妹は」
その問いかけは、ユリアスに対してだった。
「妹が調子を狂わせ、兄がその隙をついてくる。気がつけば、兄の手の内ではないか」
ユリアスは、顔が引き攣るのを、何とか耐えた。
全くその通りだが、何と言えば良いのだろうか。
ユリアスが答えたのは、全く別のことだった。
「――陛下は、我が国の特級魔法薬術師による、技術協力をお望みですか? この機会に、ぜひ検討しましょう」
宰相は、たまらず口を出した。
「先ほどから、口が過ぎますぞ。レガリア王国は、帝国との関係を――陛下!」
ヴァルディスの言葉を遮ったのは、アシュレインの笑い声だった。
ひとしきり笑った後、アシュレインは楽しそうに言った。
「シシリアもそうだが、お前たちも中々にクセがある」
ヴァルディスが上げた抗議の声を無視して続ける。
「気に入った。その話、乗ってやろう」
「しかし、陛下。リュミエラ嬢は……」
言い募るヴァルディスを遮る形で、アシュレインが問いかける。
「ヴァルディスよ。お前、好いた女に『ここにいたくない』と言われたことがあるか?」
「……いえ……」
ヴァルディスは、何の話をしているのだろう、と混乱して素直に答えてしまった。
『好いた女』にピクリと反応したユリアスとルーファスは無視して続ける。
「こうなったら、閉じ込めるか、俺の側がいいと言わせるか、どちらかだろう?」
「……はあ……?」
「で、閉じ込めた結果、どうなった?」
「…………幽閉の塔が、崩壊しましたが……しかし――」
「それなら、後者しかないだろう」
皇帝は、ニヤリと笑って宰相を見た。
その後ろでは、「シシィ?」と兄に呼ばれ、顔を真っ青にしたシシリアを、半目で見るユリアスがいた。
*
エリスの思考は止まっていた。
皆、何の話をしているのだろうか。
皇帝の視線は、迷いなくシシリアに向いている。
ユリアスは、笑っていない。
胸の奥に、じわじわと不快なものが広がっていく。
おかしい。何かが、決定的におかしい。
そう考えている間にも、時間がどんどん過ぎていく。
「で、閉じ込めた結果、どうなった?」
「…………幽閉の塔が、崩壊しましたが……しかし――」
「それなら、後者しかないだろう」
皇帝が、ニヤリと笑って宰相を見ている。
ユリアスとルーファスは、シシリアを見ている。
どこをどう聞いても、シシリアを奪い合っている会話ではないか。
誰も、エリスを見ていなかった。




