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内緒話

 リュミエラ兄妹が話しているのを見ているユリアス。

 その表情が、驚愕から柔らかな笑みに変わったのを、エリスは見逃さなかった。

 ――というか、目が離せなかった。

 その笑みは、ゲームの中で心から安心した時、つまりエリスといる時に見せるものだ。


(あの兄妹の会話のどこに、安心材料が……?)


 エリスは、もうわけがわからなかった。

 ユリアスの側近だと思っていた男が、シシリアの兄だったことも驚きだし、シシリアが出現したことも、謎が謎を呼ぶ。

 ユリアスとの会話も、なんとなく噛み合わない。彼の、この笑みのタイミングなんて、もう意味不明だ。

 グラグラする頭の中を必死に押さえつけながら、エリスは四阿に向かってくるリュミエラ兄妹を見た。

 ユリアスは、笑顔で二人を迎える。

「――シシリア……怪我はないか?」

「はい。殿下、お久しぶりです」

 軽くカテーシーをしてから、シシリアも挨拶をする。

 ごく普通の、拐われていたとは思えない挨拶だった。

 それに苦笑いしながら、ユリアスはちょっとだけエリスを見た。

 目が合ったエリスは、にこりと笑ったが、ユリアスはすぐに視線を外してシシリアに向かい合う。

「シシリア、彼女のことは知っているかな? 魔導院の院生だったのだが」

 シシリアは、エリスに目を向けた。

 エリスも彼女を見て、慌てて笑顔を作る。

「いいえ。お会いしたことはなかったかと思います」

 ユリアスに返事をしてから、シシリアはエリスに向き直った。

「初めまして。リュミエラ侯爵家、シシリア・ミラ・リュミエラです」

 悪意のない笑みに、エリスは少しだけ狼狽えた。

 この人が、何の意図もなくエリスの世界を壊しているのだと思うと、心の底が冷え切っていくようだった。

 それでも、エリスは聖女らしく笑顔を作り、挨拶を返す。

 シシリアのことは、知らないふりで通すことにした。

「初めまして。エリス・バンデールです。お二人がご兄妹ということは、リュミエラ様は、レガリア王国の方ですか?」

「私は――」

 シシリアが答えようとすると、ルーファスが話を遮った。

「帝国の聖女様。申し訳ありませんが、時間がないのです。妹をお返しください」

 言葉は丁寧だが、有無を言わせない雰囲気だった。

 シシリアと長く話をする気はないので、エリスはおとなしく引き下がり、ユリアスを見た。

「あの、ユリアス殿下」

 彼は、柔らかい表情でエリスを見返す。

 それを見て、エリスはほっとした。

 やはり、ユリアスは、エリスを気にしてくれている。そう思って、話を続けた。

「さっきの話の続きですが――」

 いつ、王国へ戻りますか、そう聞こうとしたが、他ならぬユリアスに遮られた。

「すまないが、エリス。ここからは少し外してほしい。護衛無しでも戻れるか?」

「――え?」

 エリスは、言われたことが理解できなかった。

 反応できないでいると、ルーファスが彼に話しかける。

「殿下、魔具があります。時間がありません。このまま話しましょう」

 そう言って、シシリアを引き寄せて、エリスから一歩、二歩と距離を置く。

 ユリアスは、すぐに頷きルーファスへと近づいた。

 すると、フォンという音が鳴り、それとは別に三人の周りを防護障壁がぐるりと取り囲んだ。

 三人は、顔を見合わせて何かを話しているようだが、エリスには少しも聞こえない。

 エリスは、ただ一人でぽつんと取り残された。


 *


 音が遮断されたことがわかった。

 シシリアは、ルーファスとユリアスを交互に見て首を傾げた。

「内緒話ですか?」

 ルーファスが起動した魔具は、通称『内緒話魔具』。その名の通り、指定した範囲の音を遮断するだけの、簡単な魔具だ。

 彼は、その範囲の外側に防護障壁を張り、出入り禁止にしたが。

「シシィ、説明は後にしようね。皇帝陛下の意図はわかるかい?」

 ルーファスは、要点を全て省いてシシリアに尋ねた。

「最初は、私に何かをさせようとしていました。私が拒否すると、自由にしていいけれども、王国には帰さない、と」

「拒否したのは正しい選択だ。他の魔法薬術師には、兵器を作らせていたようだ。シシィにさせようとしたのも、多分似たようなものだろう」

「だが、それを拒否して、なぜ自由にする? なぜシシリアに執着する?」

 ユリアスの疑問に、シシリアが答える。

「執着かどうかはわかりませんが、私は過去に陛下と会ったことがあるようです。ただ、申し訳ないことに、私は覚えていません」

 ルーファスが、ため息をついた。

「まったく。お前は、どうしてそう、興味のないものは全く覚えないのだろうね」

「ええ!? 私、記憶力は良い方ですよ? さっきの魔法だって――」

「シシリア、それは後で聞くよ。陛下は、君を使役も拘束もしていないんだね?」

 いつもの兄妹の会話に逸れそうになるのを、ユリアスが無理やり戻した。

「はい。どこでも行き放題です。先日は、帝国軍研究所にお邪魔しまして――」

「どこだって?」

 聞き捨てならない言葉に、思わずユリアスが口を挟む。

「ですから、帝国軍研究所、です」

 ユリアスが絶句し、ルーファスが大きなため息をついた。

「お前は、どこまで呑気なんだろうね。今にも戦争になりそうな国の軍研究所に、堂々と乗り込んだ、と? そこで何をやらかしたのかも、後で聞かせてもらうよ」

 やらかしてなんか、いないわよ、というシシリアの抗議は無視して、ルーファスは話を進めた。

「それで? 基本的には自由にしていいんだね?」

「はい。ただ、殿下やお兄様がいらっしゃる間は、離宮から出ることを禁じられています」

 守る気のない命令を、さらりと言った。

 ユリアスとルーファスは、それでさっきのやらかし転移か、と納得した。

「シシィの状況は、何となくわかったよ。それで、シシィはどうしたい?」

 ルーファスの確認に、ユリアスはひどく緊張した。

 口の中が一気に乾燥して、瞬きすら忘れてシシリアを見る。

 二人の真剣な視線が刺さるシシリアは、少し怒ったように言い返した。

「どうしたいも何も、お兄様。お兄様や殿下が嫌だとおっしゃっても、私はお二人と一緒に王国に帰りますからね!」

 二人は一様に目を瞬かせたあと、一方はくすくすと笑い出し、もう一方は、ほっと安堵の息をついた。

「お兄様、どうして笑っていらっしゃるのですか? 思い出し笑いでも?」

「いや、いや、実に我が妹らしく、自覚に欠けた返答だね」

 ルーファスが笑いながら言い、シシリアは首を傾げる。

「では、私たちも、その方向で。シシィが嫌がっても、無理にでも連れて帰ろう」

「ぜひ、そうしてくださいませ!」

「帰ったら、何をしでかしたのか、全部話してもらうよ」

 兄の言葉に、シシリアは顔を引き攣らせた。

 それを見て、ユリアスが「相変わらずだね」と苦笑いをしたのだった。

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