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また暇になった

 シシリアは、あまりにも暇だった。

 帝国の皇帝に離宮から出ることを禁止されたとしても、自分はレガリア王国の貴族なんだから、従う必要はないわよね、と思ったのだが――

 離宮から出ようとしたら、止められた。庭に出ることすらできなかった。ベランダから地上に降りようとした時は、侍女に泣かれた。

 そうなると、離宮の中にいるしかない。

 離宮から出られなくなって五日。

 図書室の本は、だいたい読み終わった。

 離宮の天井裏から地下通路まで網羅した。地下通路が離宮裏の森の中に繋がっていることも発見した。地下通路の入り口には、見張りが配置された。

 シシリアは、寝台に仰向けに倒れ込んで天井を見上げた。

「……そう言えば」

 今は使われていないと言う転移門で見た転移陣。

 薬の研究に関係のない魔法には、あまり興味がないので忘れていた。

 思い出してみると、あれは、古代の遺跡をそのまま転記したようで、現代の転移陣とは大きくちがった。

 現代の転移陣は、基礎となる転移陣があり、そこと転移門の魔具を繋いでいる。どこにでも行けるわけではないのだ。

 一方で、ここにあった転移門の魔法陣には、座標を指定する公式を入れることができた。それで、以前、離宮の庭に設定してみたところ、離宮内の客間に移動してしまったのだが……

 座標の設定を間違えたのか、公式がずれていたのか。

 けれど理論そのものは、間違っていなかった。

「転移座標の概念が、そもそも違うのかも」

 ぽつりと呟いて、起き上がる。

「転移するっていうことは、時間も空間も飛び越えると言うことだから……」

 シシリアは考えた。

 実行するのはリスクがある。

 だが、考えるだけなら、いいはずだ、と結論づけた。

「そこまでの距離や、具体的な風景がイメージできないとだめ?」

 顎に左手の指を当てて、斜め上を見る。

「空間を平面にするということかしら?」

 シシリアの右手がクルクルと動いていることには、自分でも気づいていない。

 床に描かれていく魔法陣。

「たとえば……あ、皇宮のあのお庭なら、ほとんど人が来ないわよね」

 目を瞑って、どんなところか思い出してみた。

「えーと、ここからの距離は、だいたいでいいのかしら? お庭にあるのは……四阿と、テーブルセットと……」

 右手はクルクルと軽やかに動く。

「これを魔法陣に組み込んで――」

 魔法陣が金の光を放つのを、目を瞑っていたシシリアは気が付かなかった。

 ――と。

 風を感じた。

「………………?」

 足元には石畳。頭上は高い天井ではなく、空。

 周りには冬の花が咲いている。

 寒い。

「……あ…………れ……?」

 目の前の四阿にいる人の、深い海の色の瞳と、目が合った。


 ⸻

 

 皇宮に戻ったエリスは、真っ先に皇帝への謁見を申し出た。

「聖女としての名は、高まったようだな」

 応接室で、向かいのソファに座ったアシュレインは、淡々と告げた。

 労いとも皮肉ともつかない声音だった。

 エリスは、底の見えない人だと思いながらも、笑顔で答えた。

「はい。ご希望の通り、各地で癒しを施しました」

 アシュレインの背後に控えるヴァルディスをチラリと見る。

 宰相である彼がここにいるということは、全て知っていると思っていいはず。

 そう思って、エリスはアシュレインに問いかけた。

「それで、レガリア王国への侵攻をやめて、私が呼び戻されたということは、“運命の人”に出会えたのですか?」

「どうだかな……」

 はっきりしない返答に、エリスは「え?」となった。


(どういうこと? あの女が排除されて、皇帝は“運命の人”を手に入れたのじゃないの?)


「――あの……私の言っていた、彼女はどうなりましたか?」

 エリスは、皇帝を少し下から見上げた。

 彼は、口角を少し上げて答える。

「シシリア・ミラ・リュミエラなら、すでにレガリア王国にはいない」

 その返答に、エリスは心が躍った。

 やはり、ストーリーは正しい方向に戻っていくのだ。

「あ、あの……じゃあ――」

 両手を胸の前で組んで言いかけるエリス言葉を待たずに、宰相が話し出した。

「現在、レガリア王国の王太子殿下がいらっしゃっております。あと数日は、対談のためにご滞在の予定です」

 エリスが会いたい人の話題が出てきて、宰相に向き直る。

 宰相は、考えの読めない表情で続けた。

「バンデール様のご希望は、リュミエラ嬢をレガリア王国から排除すること、でしたな」

「あ……はい……あの……」

 エリスは、宰相と皇帝を交互に見た。

「陛下も、此度のあなたの助言には、大層満足しております。帝国としては“聖女様”を失うのは心苦しいところですが、あなたの希望通り、リュミエラ嬢のいないレガリア王国へお返しいたします」

 なんだ、皇帝も“運命の人”を手に入れたのか。


(それなら、私は――元の場所に戻れる)


 エリスは、混乱から喜びに表情を変えた。

「ただいまご滞在されています王太子殿下のご帰国と共に、お帰りになれるよう、手配を致します」

「ありがとうございます! あの、帰る前に、ユリアス殿下にお会いできませんか?」

 エリスの言葉に、皇帝はニヤリと笑う。

 金の瞳が値踏みするよう細められ、エリスはぞくりと身を震わせた。

 しかし、つぎの瞬間には先ほどまでの表情に戻っていて、見間違いかと考えた。

「いいだろう。手配しておく」

 皇帝は、そう言ってエリスをまっすぐ見た。

「お前の働きには感謝している。無事に帰れればいいな」

 妙な言い方に、エリスは首を傾げる。

 話は終わりとばかりに、皇帝は宰相を伴って応接室から出ていった。

 

 *


 エリスがユリアスに会えたのは、皇帝との謁見から二日後のことだった。

 皇宮の庭園。魔法によって冬でも暖かく保たれている四阿には、二人分のティーセットが準備されていた。

 四阿には王太子が一人座っており、外には白金の髪をした長身の男性が控えている。護衛には見えないので、側近か何かだろう。

 帝国の護衛を伴って現れたエリスを見て、座っていたユリアスは静かに微笑んで立ち上がった。

 エリスは、その微笑みに安堵を覚えた。

「エリス……と呼んでいいのだろうか? 今の君は、帝国の聖女と聞いている」

 椅子を勧めながら、ユリアスは確認した。

 その動作も気遣いも、エリスの知っているユリアスだった。

「お久しぶりです、ユリアス殿下。どうか、以前と同じように、エリスとお呼びください」

 レガリア王国では、邪魔が入ってエリスから離れていった王太子だが、彼に嫌われるようなことは一切していない。だから、王国に戻れば、以前よりも距離は縮まるだろう。

 この麗しい王太子は、聖女として活躍する自分を欲し、王国に帰ったら王太子妃にと臨んでくれるはずだ。

 そう考えると、エリスは少し恥ずかしくなった。

 赤くなった頬を誤魔化すようにお茶を飲み、下からユリアスの顔を伺った。

「そうか。では、エリス。久しぶりだね。魔導院でもあまり会えていなかったから、今回会うことができて嬉しいよ」

「そんな……私の方こそ、光栄です」

 エリスは、キラキラした王太子の微笑みを直視できず、俯いてしまった。

「帝国に来て、傷ついた人たちを癒して回っていたんだって? 大変だったね」

「あ、はい。皇帝陛下から直々にお言葉を頂きまして……みんなの役に立てるんだって思ったら、疲れなんて感じませんでした」

「そうか……」

 ユリアスは、お茶に口をつける。

 エリスは、聖女として百点の受け答えをしていると思う。さらに、あの女は王国にいない。バグがなくなり、失ったと思っていたものが目の前に、聖女として現れたのだ。王太子は、彼女を欲するに決まっている。

 エリスは、次の言葉を待った。

「エリス……君は、そろそろ王国へ戻ってもいいのではないかな?」


(――やっぱり! やっぱり、ユリアスは私を選んだのよ!)


 エリスは喜んだ。予想通り、ストーリーが戻っていくのだ。

 返答は、もちろん「はい」一択だ。

「は……はい、殿下。帝国のみんなもとても元気になりました。私は、そろそろ王国の人たちのためになることをしたいです」

 エリスの答えを聞いて、ユリアスはにっこり笑った。

「期待しているよ。ところで、エリスは王国にいた時から、帝国の人たちと繋がりが?」

「あ……いえ、その……」

 ユリアスは、エリスの瞳をじっと覗き込む。

「急にいなくなるから、驚いたんだよ?」

 エリスには、ユリアスの言葉が自分を必要としているようにしか聞こえなかった。

「あの……研究棟の事故のあたりで、知り合った人がいて。私は王国を守るために、帝国に来たんです」

 エリスは、恥ずかしくて下げていた視線を、少しだけ上げてユリアスを見た。

 きっと、心優しい自分の言葉に感動しているだろう、と予想して。しかし――

 射抜くようにエリスを見つめる瞳が、凍りついていた。

「え……?」

 喉元から声が出た。

「エリス。もちろん、私と一緒に、帰国してくれるよね?」

 微笑んでいる王太子の声は、初めて聞く冷めた声だった。

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